第13話 没落令嬢は真面目君にアドバイスをする
日間1位は嬉しいですが、胃が痛い
目立たずひっそりと人気になって欲しい(なろう主人公感)
フェリシアがライジングに所属し、一週間が経過した。
「くはぁ……疲れた」
練習終了後、自室に戻るとフェリシアはぐったりとベッドに倒れた。
全身の筋肉が疲弊し、体は鉛のように重く感じる。
「大丈夫ですか? フェリシアさん」
「あんまし、大丈夫じゃないぜ。アーチボルトのやつ、頭イカれてるんじゃないか?」
フェリシアとマルカムの二人は、徹底的にアーチボルトに扱かれた。
二人とも相当な才能があり、フェリシアに至っては飛行能力だけならば同じチームの上級生に匹敵する能力を持っているのだが……
だからこそ期待され、そしてその分練習は厳しいものになっていた。
特に今日は一段と練習が厳しかった。……アーチボルト曰く、「お客さん扱いはおしまい」である。
これが平常だと知り、フェリシアは少しだけ泣きたくなった。
「全身筋肉痛な上に、あちこちぶつけたから痛いなんてもんじゃないぜ」
ラグブライにおける飛行では体を安定させるために、全身の筋肉を利用する。
特に腹筋や背筋などの筋肉は酷使される。
加えてバランスを崩せば落下したり、ポールに体をぶつける。
そして運よくそういう事故がなかったとしても、タックル練習は常に行われる。
そういうわけで打撲や擦り傷は当たり前だ。
このあたりが、女子でも活躍できるにも関わらず、女子選手が少ない原因である。
嫁入り前の体を傷つけるわけにはいかない。
「保健室から、薬を貰ってきましょうか?」
「いや……あそこの薬は効きが弱いし、いいや。私のローブから、魔法薬を出してくれ」
「あ、はい」
フェリシアに言われるままに。ケイティはハンガーに掛けられていたローブの中を漁る。
そして打撲や擦り傷、筋肉疲労に効く魔法薬を取り出す。
「おお、サンキューな。ああ、いてててて……」
「良かったら私が塗りましょうか?」
「そうしてくれると助かるぜ」
起き上がるだけでも辛かったので、フェリシアはケイティに薬を塗ってもらうことにした。
体に鞭を打って、どうにか服を脱ぎ、下着だけになる。
「で、では……し、失礼します」
なぜか緊張した様子でケイティはフェリシアの白い肌に手を伸ばす。
その白さと美しさと柔らかさに感動を覚え、思わず変な気持ちになりながらも、ケイティは至って真面目な顔で薬を塗っていく。
「あれ? ここの傷は……こんなの、ありましたっけ?」
ケイティの手が止まる。フェリシアの腕や足の一部に、細い線のような傷跡を見つけたからだ。
鉛筆で線を引いたかのような痕が何本もあった。
「ん? ああ……それは、あー、昔できた傷なんだ。痕が残っちまってな。普段はクリームで見えないようにしているんだが……水浴びした時に落ちちゃったのかな? まあ、気にしないでくれ」
「そう、ですか……?」
ケイティは少し気にはなったものの、気にしないでと言われた以上は気にしないことにした。
「ふぅ……大分楽になった。ありがとな」
「いえ、私も楽し……ごほん、フェリシアさんのお役に立てたなら」
「そうか。御夕飯、食べに行こうぜ。お腹空いちゃってさ」
「はい!」
夕食後、フェリシアはやはりベッドに横になっていた。
その金色の瞳はとろん、となっている。
「食べたら眠くなってきた……ふぅぁ……課題、やらないとな」
「そうですね」
フェリシアは今すぐにでも寝たい気持ちを抑え、起き上がる。
そして課題に着手した。
といっても、魔法学園はそれほど課題そのものは多くはない――代わりに自習が求められるのだが――ので、すぐに終わった。
「よし……ケイティ、どうだ? 聞きたいことはあるか?」
「いえ……少し、自分で頑張ってみます」
「そうか。じゃあ、私は……」
フェリシアはハンガーに掛けてあったローブを手に取り、机の上に広げた。
そしてローブに掛けられている魔法式の解析に乗り出す。
「……効力的には、たぶん時空間操作、次元魔法が主なんだよなぁ」
無数に物を収納できるのは内部の空間が折り重なっているからで、そして入れたものが保存されるのは内部で時間が停止しているからだ。
入れた物の質量がなくなるのも、次元魔法の応用だろう。
どんな衝撃も熱も防ぐことができるのは、ローブそのものの時間が凍結され、エネルギーが遮断されるから。
ローブが伸び縮みするのも、やはり次元魔法の応用だ。
「針を通すには、時間を動かさないといけない。でもそのためには魔法式を解かなきゃいけない。魔法式を解くと全体が崩壊しかねない……難しすぎる」
フェリシアはため息をついた。
ガシガシと頭を掻く。
「やっぱり、根本的に知識不足だぜ。次元魔法に関して調べるか……」
そして善は急げだ。
「ケイティ、私、ちょっと図書館に行ってくるぜ」
「今からですか? もう、遅いですけど……」
「門限までには戻るぜ」
「分かりました」
ケイティに一言断ってから、フェリシアは制服を着こみ、いくつも持っている帽子を被った。
そしてローブと筆記用具を鞄に詰め、意気揚々と図書館へと向かった。
「さて、これだけ読めば少しは掴めるだろ」
時空間に関わる書籍およそ十冊をテーブルに置き、フェリシアは早速本を読み始めた。
そしてフェリシアが本を一冊、読み終えた頃。
「何をしているんだ?」
「見ての通り、調べものだぜ。そういうお前こそ……勉強か? クリストファー・エルキン」
「ああ、そうだ。じゃあ、僕はあっちに……」
「まあまあ、そう言うな。前に座れよ。お互い、邪魔をしなければ良いだろう?」
フェリシアはそう言って自分の前に座るように促した。
時間も遅いため、図書館にはフェリシアとクリストファー以外にはいない。お互い。側にいた方が寂しさは紛れる。
「……そうか」
クリストファーも少しは寂しいと思ったのか、素直にフェリシアの前に座った。
さてフェリシアが二冊目を読み終え、そしてノートへ筆記を始めてからのこと。
集中力が切れたのか、クリストファーはフェリシアに話しかけてきた。
「何をしているんだ?」
「次元魔法について調べてるのさ。師匠からの課題があってね」
「師匠……魔導師マーリンか」
「そうそう」
マーリンに師事していた事実はフェリシアにとって隠すべきことではない。
というよりも明らかにした方が良い。
というのも、「マーリンに教わったのならば、あれくらい優秀なのは当然だろう」とある程度、周囲からの嫉妬が和らぐからだ。
……たった一人、「どうして私はダメだったのに、悪役令嬢は良かったの? やっぱり転生者? 何か、裏技を知っているの?」と悶々している少女がいたが、それはごく一部の例外だ。
「お前は何をしているんだよ。課題が終わってないってことはないだろう?」
「そんなはずないだろ。アルダーソンじゃあるまいし……見ての通り、予習復習だ」
「へぇ、真面目だな。そう言えば……お前、クラブ活動とかはやってないのか? ラグブライとかさ」
「……幾何学同好会に入っている」
「そんなのあるのか? へぇ、面白そうだな。今度、見学させてくれよ」
フェリシアがそういうと、クリストファーは眉を顰めた。
怪訝そうな表情を浮かべている。
「お前、そんな暇があるのか?」
「どういうことなんだぜ?」
「……ライジングに所属しているんだろう? 今日も、遅くまで練習があったらしいじゃないか。加えて、師匠とやらからの課題もある。もちろん、学業もある」
「その辺は時間のやりくり次第だぜ。せっかくの青春なんだから、楽しまないとな」
フェリシアにとっては一度は諦めかけた学園生活だ。
悔いが残らないように楽しみたいという気持ちがあった。
「……なぜだ?」
するとクリストファーは何とも言えなさそうな表情で呟いた。
フェリシアは首を傾げる。
「なぜって?」
「どうして……お前はそんなにいろいろ手を出しているのに、常に主席でいられるんだ! どうして……僕は勝てない!?」
突然声を荒げたクリストファーに、フェリシアは少しだけ驚き、目を見開いた。
自分でも感情が高ぶってしまったことを自覚したのか、クリストファーは目を伏せた。
「それを私に聞かれてもな」
「……才能の差だって、言うのか?」
「どちらかと言えば、効率の問題だぜ」
「……僕は教科書の通りにやっているだけだ」
「だからだぜ。教科書の通りにやっている限りは、教科書の範囲を超えることは絶対にないからな。もっとも、普通に生きる上ではそれで充分だから、何の問題もないわけだけど」
しかしフェリシアが目指しているのは魔導師、正確に言えば真理探究であり、そして知識の生産者である。
だから教科書を超えていかなければならない。
「……やっぱり、暗記が良くないのか?」
「暗記は重要だぜ? あらゆる学問はまず、知識を蓄えることから始まるからな。暗記は土台だ。でも……土台だけでは家は完成しない。それと同じで、暗記をしただけでは学習したとは言えないし、到底学問ではないな」
「じゃあ、何を参照すればいい? お前が使った本を教えてくれ!」
身を乗り出してくるクリストファー。
鬼気迫るものを感じ。思わずフェリシアもたじろぐ。
「お、落ち着けよ」
「敵に塩は送れないってことか?」
「別にお前は敵じゃないぜ」
「……僕なんか、眼中にないと?」
「そういう意味じゃない。別に私は主席にどうしても拘っているわけじゃないから、別にお前に効率の良いやり方を教える分は、何の問題もないぜ?」
あくまでマーリンの顔に泥を塗らないようにしているだけだ。
また、奨学金の受給のためにも一定以上の成績を維持することが求められる。
それにフェリシアもそれなりに負けず嫌いなので、主席の座を譲りたくはない。
が、それらはどうしても主席でなければならないというわけではない。
「でも……主席になったところで、どうするんだ?」
「どういう意味だ?」
「私に勝って、お前はどうしたいんだよ。私のように教科書を超えた先にゴールを見据えているなら、超える必要はあるけど……教科書の範囲内で問題ないなら、つまり良い成績さえ取れれば良いなら、教科書を超える必要はないだろ?」
怪訝そうな表情のクリストファーに対し、フェリシアは分かりやすく説明する。
「林檎の皮を剥くのに、斧は不要ってことさ。お前は木を伐りたいのか? それとも林檎の皮を剥きたいのか? 一応言っておくけど、双方に貴賤も、高いもないぜ? 誰もが私みたいに木を伐る必要なんてないんだ。林檎を食べて満足なら、それでいいと私は思うな」
師匠はそうは思っていないようだけど。
と、フェリシアは内心で付け足した。
「僕は……」
クリストファーはしばらく考え込んだ末に答える。
「僕の夢は、王宮に仕官することだ。そのためには良い成績を取らなければならない」
「じゃあ、斧は不要だぜ。次席でも十分に良い成績だし……私は万が一にも王宮には行かないから、実質お前がトップさ。……おっと、そろそろ時間だな」
フェリシアはそういって立ち上がった。
読み終えていない本を借りるため、残りの八冊を持ち上げる。
「意味のない努力は徒労だぜ? エルキン、いや、クリストファー。もっとも、意味を見出すのはお前自身だから、私がどうこう言うことじゃないけどさ。主席を……上を目指すのは決して悪いことじゃない。そういう人間は、私は嫌いじゃない。私も見栄っ張りだし、プライドは高い方だからな」
黙ってしまったクリストファーに対し、フェリシアはさらに続けて言った。
「明日……私が使った本を紙に書いて、渡すぜ。多分図書館にもあるだろうしな。分からないことがあるようなら、聞いてくれても良い」
「良いのか!?」
てっきり断られる流れだと思っていたクリストファーは驚きの声を上げた。
するとフェリシアは快活な笑みを浮かべた。
「もちろん! 友達の頼みを断るほど、私は薄情じゃないぜ。主席の座、盗れるものなら盗ってみな」
そしてクリストファーに対し、ウィンクをした。
女子に耐性のないクリストファーは、そんなフェリシアのあざとい仕草にドキリとしてしまう。
「じゃあ、また明日。……お前と一緒に勉強するのは、そんなに悪くなかったぜ。この時間は多分、大抵ここにいるから、気が向いたらまた付き合ってくれ」
「あ、ああ……」
思わず上擦った声で返事をしてしまう。
するとフェリシアは「ふふ」と小さく、可愛らしい笑みを浮かべた。
その夜、クリストファーは悶々とした夜を過ごすことになるのだった。
ブクマ、評価等応援ありがとうございます
これからもご声援のほどをよろしくお願い致します
どうでも良いんですが、これジャンルは「ファンタジー」か「異世界(恋愛)」か、どっちが良いですかね
実は投稿する時にも迷いまして
取り敢えず、逆ハーだから恋愛かなと雑に決めたのですが
ファンタジーの方がしっくりくるという方が大勢いらっしゃるなら、変えようかなと思っています
まあ、作者の立場からするとファンタジーだろうが異世界(恋愛)だろうが、大差はないのですが
テンポの件と合わせて、思うところがありましたら教えて頂けると幸いです
※追記
試しにファンタジーにしてみました