第10話 没落令嬢様は元婚約者と踊る
ついに、悪役令嬢と転生者が激突!?
するかもしれない回です
さて、五月。
入学から一月が経ち、生徒たちが授業に慣れた頃。
新入生への歓迎会を兼ねたダンスパーティーが開かれることになった。
このダンスパーティーでは踊った相手との好感度が大きく上がるため、ゲーム的には非常に重要だ。
しかし……このパーティーを楽しみにしていたはずのアナベラは、心ここにあらずという様子だった。
(間違いないわ……あの悪役令嬢は、きっと転生者よ!)
アナベラはフェリシアの情報を集めるため、マルカムとの仲を深めた。
それなりに仲良くなり、今では男友達程度の関係まで進めることができたと、少なくともアナベラは思っている。
おかげでフェリシアとマルカムとの出会いも、ある程度、知ることができた。
(だ、大体、悪役令嬢が喧嘩なんて、あり得ないもの! ……前世は不良とか、ヤンキーとか、そういう人種だったのかしらね?)
尚、アナベラはフェリシアが、つまりアルスタシア家が没落したことには全く気付いていなかった。
アルスタシア家が没落した事実をアナベラが知らないのは、誰もがアナベラの前で、というよりはチェルソン家の前でアルスタシア家の話題をするのを避けたからだ。
チェルソン家のせいでアルスタシア家は没落した……と非難する意図はないにせよ、あまり気分の良い話にはならないからである。
アナベラの父であるチェルソン卿もわざわざアルスタシア家の話を家庭ではしない。気分の良い話ではなく、また言わずとも知っているだろうと思い込んでいたからだ。
そしてこれは学園でも同様だ。
アルスタシア家が没落したことは、貴族たちの間では常識だ。
常識であるが故に、口に出さずとも伝わる。
そして意地悪い者たちも、大っぴらにフェリシアを「没落貴族」などと口にしたりはしない。……勿論、陰口は叩くが。
そのため、案外アルスタシア家が没落した、という常識をアナベラが知ることができる機会は少ない。
またマルカムがアナベラにもたらした情報にも、一部偏りがあった。
マルカムは貴族になったばかりで貴族の常識に疎く、アルスタシア家が没落した事実は知らず――勿論、フェリシアの境遇から察しはしているが――、少し前までフェリシアが窃盗・物乞い・靴磨き・ゴミ漁りで生活していた事実しか知らない。
そしていくら気が利かず、鈍いマルカムであっても、その事実が不名誉であることは分かる。
だからそのことは省き、「アルバ王国の街で出会った喧嘩友達」程度の話しかアナベラにしなかったのだ。
故にアナベラは、「フェリシアは転生者でゲームの情報を知っている。だからマルカムとの幼馴染フラグを立てるために、わざわざアルバ王国に行き、喧嘩をしてきたのだろう」と結論付けた。
すでにチャールズと婚約破棄済みなのも、転生者ならば説明がつく。
(婚約破棄からの断罪イベント、教会へ幽閉を避けるためには、そもそも最初から婚約しないか、もしくは事前に婚約破棄してしまう……うん、確かにその手はありだわ。というか、悪役令嬢モノでよく読んだし)
とはいえ、フェリシアが転生者であるということは、アナベラにとって決して悪い話ではない。
お邪魔虫がいないから恋が発展しにくいという欠点は確かにあるのだが、フェリシアから受けるはずだった嫌がらせがなくなることを考えると、プラマイゼロだ。
(きっと、彼女は私を敵視しているわ。私も転生者であることを明かして、話し合わないと!)
そう決意するのと同時に、アナベラはドレスに着替え終わった。
「よし、出陣!」
アナベラはパーティー会場へと向かった。
さて、アナベラはパーティーが始まる前に、本題の件を済ませてしまおうと会場でフェリシアを探す。
が、しかしフェリシアを見つけることはできなかった。
代わりに会場で不安そうに辺りをキョロキョロと見渡している、ケイティを見つけることはできた。
(よし、将を射るならまず馬を云々って言うわよね!)
アナベラはそう思い、ケイティの方へと向かった。
ケイティはお助けキャラということもあり仲良くなっておくに越したことはない。
それにアナベラはゲームにおけるケイティのキャラには少しだけ好感を抱いていたので、純粋に友達になりたいという気持ちもあった。
ところがケイティは常に悪役令嬢であるフェリシアの側に、まるで金魚のフンのようについて回っていた。
そのせいでアナベラは中々、ケイティに話しかけられなかったのだ。
「ごきげんよう、ケイティさん」
「へ? あ、はい……えっと、チェルソンさんですよね」
一方、唐突に話しかけられたケイティは少し混乱していた。
アナベラがケイティに対して好印象を抱いているのに対し、ケイティはアナベラにそれほど良い印象は持っていなかった。
というよりも、その印象は悪かった。
まず初対面の印象があまり良くなく、「変な人」扱いだった。
またアルスタシア家の屋敷はケイティの両親の勤め先で、アルスタシア家が没落したことで少なからずケイティとその家族は経済的に困窮した。幸いにも、転職はすぐにできたが。
そして……何より、フェリシアが悲惨な境遇になったのは、ケイティからすれば許し難いことである。
それらの間接的な原因を作ったのは、チェルソン家だ。
「覚えてくれていて嬉しいわ! ところで……フェリシアさんは?」
「フェリシア様……さんは、まだ着替え中です。私に先に行けとおっしゃられて……」
ケイティは正直、アナベラから逃げ出したかった。
しかしパーティー会場に来る前にフェリシアから言われた言葉、「別に嫌なわけじゃないんだけどさ。私の側にずっと、金魚のフンみたいについているのは、お前にとって良くないぞ?」を思い出し、自分を奮い立たせた。
「へぇ……フェリシアさんって、とても頭が良いわよね! 凄いなぁーって、私、思っちゃうわ」
アナベラはとりあえず、フェリシアを褒めるところから始めた。
これは決して嘘ではなく、ある程度は本心である。
(……転生特典で、何を貰ったのかしら? それとも、私の知らない裏技が?)
若干の勘違いは孕んでいたが。
「ええ、そうです。フェリシアさんは、凄い人なんです。昔は……まあ、ちょっと意地悪なところもありましたけど、今は優しくて、頼りがいがあって、カッコよくて、綺麗で、頭も良くて、強くて……何より、名門中の名門、アルスタシア家の血筋を引くお方なんです!」
「え、ええ……そうね」
フェリシアの自慢を始めたケイティに対し、アナベラは若干引いていた。
もしかしたら、そういう趣味なんじゃないかと、勘繰ってしまう。
「だから……本当は、もっと幸せな人生を送るはずだったんです。それなのに、本当に、お可哀想で……」
「……?」
ケイティはケイティなりに、大敵であるチェルソン家のアナベラに牽制球を投げたつもりだった。
しかし……アナベラはケイティの予想よりもアホだったため、その牽制球の意味は伝わらなかった。
お互い、微妙な空気になっているところで……騒めきが起こった。
二人は揃って、その騒ぎの方へと視線を向けた。
そこにいたのは……話題の人物、フェリシアだった。
(とりあえず、変じゃないようで安心したぜ)
一方、着替えを終えてパーティー会場に入ったフェリシアは堂々と胸を張りながら、しかし内心では少しだけ安堵していた。
フェリシアは真紅の美しいドレスを身に纏っていた。
肩の部分が露出している、やや大人っぽいデザインだ。
美しい金髪はシニヨンのように結い上げ、うなじを見せている。
普段は改造制服もあり可愛らしい印象を受けるフェリシアだが、ドレスと髪型の効果が、一段と美しく、大人っぽく見せていた。
(これで胸がもう少しあれば、完璧だが……贅沢は言わないぜ。何しろ、中古品だからな)
実はこのダンスパーティーはフェリシアにとっては中々の鬼門だった。
というのも奨学金頼りのフェリシアはドレスを買うようなお金を持っていないからだ。
そこで中古のドレスを購入し、最近の流行に合わせて縫い直したのだ。
「フェリシアさん!」
パーティーが始まるまで少し時間を潰そうと辺りを歩き回っていると……ケイティがフェリシアのもとへ駆け寄ってきた。
「おお、ケイティ。お前、今、チェルソンと話している途中じゃなかったのか?」
「……良いんです。丁度、話は終わったので」
「そうか? まあ、良いや。料理を取りに行こうぜ」
実際のところ、フェリシアは色気より食い気の人間だ。
料理を使用人によそって貰ったフェリシアは、適当なテーブルを見つけ、料理を口に運ぶ。
フェリシアの体は、八歳以前に仕込まれた立食形式を含めるあらゆるマナーを忘れていなかった。
さて、そんな風に優雅に食事をしていると……優雅とは程遠い食べ方をしている人物がフェリシアに近づいてきた。
「馬子にも衣裳だな」
「はぁ……マルカム。少しでもお前に期待した私が、馬鹿だったぜ。……あと、ネクタイ、曲がっているぞ」
ドレスをまともに褒めることもできない、それどころか衣装の着方までなっていないマルカムにフェリシアは呆れ顔を浮かべる。
そして皿をテーブルに置くと、ネクタイに手を伸ばし、丁寧に解き始めた。
フェリシアの細い指が、マルカムの首に触れる。
そしてマルカムのネクタイをきれいに結び直す。
「ほら、ちゃんとしろ。……ここは裏街じゃないんだぞ。その場所と時には、それに相応しい服装ってものがあるんだ」
「お、おう……」
一方マルカムは顔を少し赤らめ、どぎまぎしながら頷いた。
実は最近、マルカムはフェリシアにドキドキしっぱなしだった。
(本当に女なんだな……あー、目のやり場に困る)
露出したフェリシアの肩に、ちらほらと視線を送りながらマルカムは思った。
さて、そんなことをしているとダンスパーティーが始まった。
フェリシアは食い気派ではあるが、ダンスパーティーに来た以上は踊るつもりだった。
「マルカム、お前、踊れるか?」
「踊れると思うか?」
「だろうな。足を怪我したくないし、やめて置くぜ」
フェリシアは周囲を見る。
誰か、適当な人物を探そうかと周囲を見回す。
フェリシアは没落貴族ではあるものの、絶世の美少女だ。そのため踊りたいと望むものは山ほどいたが……
多くの男子たちはフェリシアを遠巻きに見守るだけで、誘いには来なかった。
ある一人の人物がフェリシアのもとに向かって来たからだ。
「フェリシア、そのドレス、とても似合っているよ。情熱的な紅が、君の美しい髪をよく引き立てている」
「あら、お上手ですわね。チャールズ王太子殿下。……おい、マルカム。こうやるんだ、見習え」
「……そんな臭い台詞、言えるかよ」
マルカムは何故か、モヤモヤとした気持ちを抱いた。
一方チャールズもフェリシアの近くにいたマルカムを見て、何故か気持ちが少し焦るのを感じていた。
「僕と踊ってくれないかな? フェリシア」
「おいおい、良いのか? 私より先に、踊らなければいけない相手がいるんじゃないか?」
「元婚約者を差し置いて踊る相手はいないよ」
「そういうなら……よろしくお願い致しますわ、ジェントルマン。何分、少しブランクがあるんでね」
「任せてくれ」
二人は手を絡め合い、見事な踊りを始めた。
さすがは王太子と言うべきか、チャールズの踊りは見事の一言だった。
しかしフェリシアも数年以上のブランクを感じさせないほど、軽やかにステップを踏んでいる。
元々婚約者同士、度々踊った経験があったから、二人の息はぴったりだった。
視線が美男美女へと、集まった。
「どうかな? 実は練習だけは欠かしてなかったんだが」
一曲踊り終えてから、フェリシアはチャールズに尋ねた。
「見事だったよ。僕がリードされている気分だった。やっぱり、君は上手だね」
「それは良かった。……どうだ? チャールズ。逃した魚は大きかったと、思ったか?」
パチッ、とフェリシアはウィンクをして言った。
ドキっと、チャールズの心臓が高鳴り……一瞬だけ「惜しい」と彼は思った。
「はは、冗談だぜ。楽しかった……また機会があったら、踊ってくれ」
フェリシアはポンと軽くチャールズの胸を叩いてから、ケイティのもとへと戻ろうとし……
そこへアナベラが近づいてきた。
「えっと、フェリシアさん!」
「ん? どうした、チェルソン。まさか、私と踊りたいのか? ……まあ、どうしてもって言うなら、吝かじゃないが」
「ち、違うわ! ……だ、大事な話があるの。ちょっと、場所を移せない?」
「……まあ、良いけど」
フェリシアはアナベラと共に、人気のない会場の片隅へと向かう。そして到着して早々に、アナベラは開口一番にこう言った。
「『あなた、転生者よね!』」
「……何語だ?」
突如、正体不明の言語を話し始めたアナベラにフェリシアは首を傾げる。
「『だから、転生者でしょ? 大丈夫、私も転生者なの!』」
「エングレンド語で頼むぜ」
「あなたも、私と同じ転生者でしょ?」
「転生? 東方の宗教哲学、『輪廻転生』のことか?」
マーリンとの授業で『輪廻転生』という概念があることは、フェリシアも知っていた。
しかしフェリシアはそういう宗教を信じていない。
「生憎、私はそういう宗教哲学は信じてないぜ。十字教徒なんでな」
「そうじゃなくて……前世の記憶が、あなたにもあるでしょ? 『日本』で生まれ育った記憶が! 神様に異世界転生させてもらったんじゃないの? この、『乙女ゲーム』の世界に!」
「……イセカイ? オトメゲーム? ……魔術用語か、何かか?」
フェリシアは首を傾げる。
(こいつ、頭大丈夫か? ……ヤクでもやってるのか? それともどこかで頭でも打ったのか、単に妄想癖があるのか……保健室に連れて行った方が良いかな? それとも、妄想に付き合ってあげた方が良いのか……)
フェリシアはアナベラが何を言っているのか分からず、どう対応するべきかも分からなかった。
が、しかしすぐに納得がいった。
(なるほど、これが『不思議ちゃん』というやつか。もしかして、私と友達になりたいのか? でも素直に言いだせないから、変な言いがかりをつけてきたり、よく分からない設定を言いだしたり……なるほど、要するにケイティと同じだ。それにチェルソン家とアルスタシア家には確執があるもんな)
勝手に一人で納得したフェリシアは満面の笑みを浮かべ、親指を前へと突き出した。
「よし、分かった!」
「ほ、本当!」
「ああ、友達になってやるぜ。アナベラ! ……だから安心しろ。そんな変な作り話は、私たちの友情の間には不要だぜ。あと、私はフェリシアで良い。敬語も不要だぜ!」
「い、いや、作り話じゃ……」
もしかして本当に転生者ではないのでは? と、少し焦り始めるアナベラ。
と、そんなカオスな空間を、さらに混乱へと陥れる人物が現れた。
「アナベラ・チェルソンさん。やめた方が良いですわよ? そこの小汚い盗人と友達になるのは。大切なものを、盗まれてしまいますわよ?」
くすんだ金髪に派手なドレスを着た女の子。
ブリジット・ガスコインは取り巻きを引き連れながら、そう言った。
悲報 転生者さん、不思議ちゃん扱いされる
ちなみにエングレンド王国はキリスト教っぽい宗教が主流派なので、アナベラの「私、転生者なんだ」は「私、実は堕天使なんだ」くらいの痛々しさを持っています
ところで「大切なものを盗まれる」って警告されているけど、既に財布盗まれてるんですよねぇー
次回予告
とんでもないものを盗みます
盗人フェリシアちゃん悪い子可愛い子と思う方はブクマptを入れて頂けると
フェリシアちゃんに相応の罰が下るかも……やっぱり可哀想