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第1話 悪役令嬢様は原作開始前に没落する

「やった! 私、本当に転生してる!」


 黒髪の少女は鏡を見て、嬉しそうに笑った。

 顔立ちは平凡だが、少し愛嬌がある少女は……しかし幼い容姿とはやや似つかわしくない、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


「えっと……名前は、うん、やっぱり女主人公を選んだ場合のデフォルトネーム、『アナベラ・チェルソン』ね。ちゃんと、原作開始が満十二歳で、九年前に転生させてくれって頼んだから……今は三歳か」


 彼女、アナベラの“前世”はとある国の、とある中小企業のOLだった。

 小さい頃から面倒くさがり屋で、勉強もスポーツも嫌い、お洒落には無頓着な彼女の唯一の趣味は恋愛ゲームだった。


 故に不幸な事故で三十年ほどの人生を終えてしまった彼女は、“神様”に「好きな世界に転生させてやる」と言われた時、一切疑問を持つことなく、一番好きだった恋愛ゲームの世界への転生を希望した。


「転生特典の『魔法の才能』と『魔力無限』はちゃんとあるのかしら? うーん、まあきっと魔法を習うときになれば分かるでしょう」


 その恋愛ゲームの舞台は、剣と魔法のファンタジーな世界観。

 どうせなら魔法を自由自在に使いたいと“神様”に伝えると、あっさりと二つのチートな転生特典を貰うことができた。


 ……その時、“神様”の口元が気持ちが悪いほど割けたことは、彼女は気付いていなかったが。


「原作開始が楽しみだなぁ……特にチャールズ様は絶対に攻略したいわ!」


 アナベラにも当然、『推しキャラ』がいる。彼らと実際に触れあえると考えるだけでワクワクする。

 特にイチオシのキャラはエングレンド王国の王太子チャールズだ。

 もっとも彼には“主人公”の引き立て役となる“悪役令嬢”フェリシア・フローレンス・アルスタシアという婚約者が存在するので、攻略は決して簡単ではない。

 ……が、しかし原作開始まではまだまだ時間がある。

 その間にやれることがあるだろう。


「内政チートと幼少期の成長チートは鉄板よね!」




 そしてアナベラは考える。

 内政チートと言っても、果たして何をすればよいのか。

 ただのOLで、しかも勉強には不熱心だった彼女には小説における“テンプレ”は知っているが、実際に何かを作ったりする技術や知識はない。


「取り合えず、木草紙ならなんとかなるかしら? ……お父さんに提案してみよう!」




 さて、“成り上がり”の貴族家の当主であるアナベラの父は、非常に賢い人物であった。

 彼はアナベラのやや要領の得ない説明を噛み砕き、理解し、そしてそれを実行に移すだけの知恵と行動力があった。

 

 斯くしてこの世界で木草紙が発明された。


 元々やり手の商人だったアナベラの父は、この木草紙を大量生産し、大々的な販売を開始した。

 結果としてアナベラの実家であるチェルソン家は王国有数の財力を持つに至り、大きな権力を手にする。


 


 ……ところで、あらゆる物事は表裏一体である。

 勝者の背後には敗者が必ず存在する。

 “主人公”が勝利すれば、“悪役令嬢”が敗北するように。


 そしてその原理は政治や経済においても、当然ながら同様に働く。


 木草紙が売れれば売れるほど、旧来の羊皮紙は売れにくくなる。

 木草紙の職人が儲かれば儲かるほど、羊皮紙の職人は困窮する。

 そして……


 チェルソン家が裕福になればなるほど、羊皮紙の職人を数多く抱えていた「とある大貴族」の資金繰りは悪くなる。

 チェルソン家が政治的な権力を強めれば、それだけ「とある大貴族」の権力は弱まる。


 まさしく巨象のごとく王国に君臨していたその大貴族家は、今や年老いて衰弱しかけの象のようになってしまった。

 そんな象に対し、肉食獣たちは牙を剥いた。


 斯くしてその大貴族家は没落。

 そして謂われなき罪を被せられたその大貴族と家族は貴族の地位と財産のほぼ全てを王国から剥奪されることとなった。

 

 それはアナベラが丁度、八歳の頃のことだった。




 さて、アナベラが八歳の誕生日を迎え、幸せの絶頂にいた時……ある家族は不幸のどん底にいた。


「ああ、これからどうすれば……」

「……本当にすまない。私が不甲斐ないばかりに」


 金髪の男女が嘆くように言った。

 女性はふさぎ込むように顔を俯かせ、そして男性は馬車を操りながら暗い表情を浮かべている。

 二人はエングレンド王国の()大貴族。アルスタシア家の当主とその妻だ。


「お父様のせいではありませんよ。私はお父様が頑張っていたことを知っています」 


 金髪金色の瞳の少女は背後から、優しく父親を慰めた。

 凛とした意志の強い声。

 将来、見る者を圧倒することになる美しい容姿はその片鱗を見せている。

 今までは縦ロールにしていた長い髪は、整える余裕がないためか、ツインテールにして簡単に結んでいる。


 フェリシア・フローレンス・アルスタシア。

 容姿端麗・頭脳明晰・スポーツ万能な彼女は、八歳でありながらも自分の置かれている状況を正しく認識していた。


「木草紙が……あんなものが発明されるだなんて、誰も想像ができませんでした。だから、仕方がないことなんです。お父様に責任はありません」

「だが……本来なら、お前は王妃に……」

「過ぎたことを悔やんでも、仕方がないじゃありませんか。……お母様も、元気を出して! 三人で頑張りましょう!!」


 そう言って明るい表情で両親を慰めているフェリシア本人は知る由もないことだが……

 彼女は『恋愛ゲーム』で“主人公”の引き立て役になるはずの、“悪役令嬢”である。


 ゲームシナリオ次第では王太子に婚約破棄をされ没落する運命にあるのだが……

 まだ原作開始前であるにも関わらず、アルスタシア家は没落し、婚約も自然消滅となった。


 原因はアナベラがこの世界にもたらした紙、木草紙である。 

 アルスタシア家は羊皮紙で財を成した一族だが、この新たな紙の発明により財力を失ってしまったのだ。


 故に本来は傲慢なフェリシアの性格にも、若干の変化が起こっていた。


「見知らぬ土地でも、家族三人で協力し合えば、きっと大丈夫です!」


 アルスタシア家の一行はエングレンド王国を離れ、その北にあるアルバ王国という国で新たな生活を始めようとしていた。

 今は僅かに残った財産を馬車に詰め、目的地である街に向かっている最中だ。


「私、結構楽し……」


 フェリシアがそう言いかけた、その時。

 馬車に大きな衝撃が走り、大きく揺れた。


 結果、フェリシアたち三人は外へと投げ出されてしまう。

 三人を投げ出した馬車は、谷底へと真っ逆さまに落下した。


「っち、馬車が落ちちまったじゃねぇか!」

「てめぇの作戦のせいだぞ! どう落とし前つけるつもりだ!」

「そ、そんな、お頭ぁ……」


 複数の騎馬が近づいてきた。

 盗賊だ、とアルスタシア家一行の中で唯一冷静だった彼女は気付いた。


「お、お父様、お母様、に、逃げ……」


 フェリシアは落ち込んでいる両親を立たせ、逃げようとする。

 が、しかし少し遅かった。


「ほう、生き残りがいるとは」

「奴隷にして売り払えば、少しは金になるか……」

「それに中々、良い服を着てますぜ、お頭」

「それに女の方は中々の上玉だ」


 あっという間にフェリシアたちは盗賊たちに捕まってしまう。

 アンガスは涙を流しながら、盗賊に懇願する。


「どうか……どうか、お願いだ、私はどうなっても良い。妻と子供だけっぐはぁ……」

「黙れよ、おっさん」


 腹を蹴り上げられたアンガスは苦しそうに呻く。

 

「お、お父様……っぐぅ……」

「黙りな、可愛い子ちゃん」


 長い髪を引っ張られ、フェリシアは小さな悲鳴を上げた。

 目の前では父親がリンチされ、そして母親は今にも辱められそうになっている。


「なあなあ、お頭! この妖精ちゃん、ヤっちまってもかまいませんよね?」

「ふん……構わんが、その前に髪を切るぞ。この金髪は良い値で売れるはずだ」


 盗賊の頭がフェリシアの髪に短刀を当てる。

 頑張って伸ばした、長く、美しい金髪が、無残にも切り落とされようとしている。

 フェリシアの瞳に涙が浮かんだ。


「誰か……助けて……」

「はは! そんな都合よくヒーローが駆けつけてくれるわけっぐぁ!!」


 その瞬間、盗賊は吹き飛んだ。

 フェリシアが気付いた時には全ての盗賊たちは地面に倒れ、動かなくなっていた。


「だ、誰?」


 いつの間にか、男性が一人、立っていた。

 がっしりとした体つきで、二十代半ばほどに見える。

 その容姿は貴族からしてみても、整っていた。……もっとも美しいというよりは逞しいという印象の方が強いが。


「通りすがりの正義の味方だぜ。趣味は人助けだ。名乗るほどのものじゃないぜ」


 キメ顔で男性は言った。

 そしてフェリシアたちに背を向ける。


「感謝の言葉も、お礼の品もいらないぜ。……まあ、強いて言えば、そうだな。悪事を為す奴は、必ず大魔導師ローランが打倒すと、宣伝してくれればいいぜ。それだけで悪への抑止力になるからな」


「……名乗ったじゃん」


「少女よ、細かいことを気にすると、大物になれないぜ? 俺様のような、な!」


 そう言うと魔導師ローランはどこかへと飛び立ってしまった。

 これにはフェリシアたちも、あんぐりと口を開けて呆然とするしかない。

 大魔導師――魔法を極めたごく一部の魔法使いである魔導師の中でも特に優れた人物――は変人が多いと聞いたが、なるほど、確かに変人だ。


 そう、変人だが……輝いていた。


「……カッコいい。私も、あんな風に……」


 その強い憧れは、やがて少女の、いや……

 世界の運命(原作)を大きく変えることとなる。


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