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せいじょうなるもの  作者: ナガツキ
2/2

終わりの始まり 1-1

 ――エディン歴650年


 無限にも思えるほど拡がる広大な森。そこは人類が生まれる以前から数多の命を育み、そして数多の死を受け入れてきた。そうして幾千年も命の循環が成され続けてきたこの場所は、今では神聖な森として人が侵入する事は一切許されぬ場所となった。

 そんな侵入禁止なはずの神聖な森だが、実は誰にも知られず自然と一体となって生きる一人の子供がいたのだ。

 樹齢500年は過ぎているだろう巨木の、頂上付近の太い枝の一つにその子供は寝そべっていた。


「へぇ、この森の外にはそんなに人がいるんだ!」


 目の付近まで延びるボサボサしている赤毛を揺らしながら子供はガバリと体を起こし、傍らでさえずるツバメに琥珀みたいな黄色い目を見開かせて好奇心いっぱいの顔を覗かせた。


「ありがとう、話のお礼にこれあげるよ」


 そう言って子供は目の前を飛ぶ羽虫をサッと掴み、それをツバメに差し出した。ツバメは木から腕に移動するとその羽虫を咥え、お礼するかのように子供を見上げてから腕から飛び立ってしまった。


「……いいな」


 ツバメを見送る子供は無言のまま再び寝そべった。子供はツバメを見送ったそのもっと先にある、森の地平線を羨望するような眼差しで見ながら小さく溜め息を吐いた。

 森の外には一体どんな光景があるのだろうか?

 人々はどのように暮らしているのだろうか?

 この森を出た事ない子供にとって外は全てが未知で、そしてすべてが憧れだった。

 思い馳せつつ子供は目を瞑る。葉と葉の間に射し込む光、風に揺れる葉の音、生き物たちの匂いが染みついた木の匂いを感じながら子供の意識は深く、そこの方に落ちて行った――。



 天高く昇っていた太陽は地の底へと沈もうとしていた。空は紅く滲み、これから暗闇の時間の到来を空は告げる。

 しかし、そんな時間が来ようともしていても木の枝の上で寝ている子供が起きる気配は無かった……。


「すぅ……すぅ……」


 このまま夜を迎えてしまうのかと思われたその時、子供を呼ぶしわがれた声が下の方から聞こえてきた。


「お~い、下りて来い」

「……んん」


 その声が耳に届いた子供は閉じてしまっていた目をゆっくりと開き、大きく背を伸ばした。


「……ふあぁ、寝ちゃってたな」


 少しボーっとしてから目を擦り声がした巨木の下を見た。するとそこには所々穴が開いた栗色のローブを着た、白髪白髭の老人が見上げて立っていた。


「下りてこい。もう帰るぞ」

「んん……分かった~。今行く~」


 眠気を振り払って子供は立ち上がると、そのままそこから樹齢500年の巨木から飛び降りた。

 重力に逆らわず落ちてゆき――眼下に伸びている太い枝に猫のように静かに着地すると、すかさずまた飛び降りる。着地できるほどの太い枝から、さらに下の太い枝へ移動していき最後は栗色のローブを着た老人の目の前に綺麗に着地した。

 寝起きながら見事な着地が出来た。と、子供は誇らしげに顔を上げようとした瞬間、頭の上に拳骨が飛んできた。


「痛っ! なにすんの、ラディヴァン!」

「全く……私の授業から逃げ出しおって。明日になれば齢を一つ重ね十二歳、大人になるというのにまだまだ子供じゃな……。ご飯を食べたら寝る直前まで特別授業を受けてもらうからの」

「ええっ!」


 子供はヒリヒリする頭を擦りながら嫌そうな顔をした。

 元来、頭を使う事が苦手な子供は「一日ぐらい授業しなくても……」と文句を言いたかった。だが栗色のローブを着た老人、もとい――育ての親であるラディヴァンの眉を顰めた困った顔に子供は逆らえる気がしなかった。

 小さく溜め息を吐きながら子供はその文句を飲み込んだ。


「……分かったよ」


 項垂れる子供に、ラディヴァンは眉間に寄せていた皺を解いて優しく諭す。


「イーデオ、お主が自然を愛でる優しい子だというのは分かる。だが私の授業はしっかりと受けて欲しい。一人になったとき必ず、その知識が必要になってくるからの」

「一人になったとき? ラディヴァンはどこか行くの?」


 まるでいつかラディヴァンがいなくなってしまうかのような発言に子供――イーデオは不安になり、ラディヴァンを心配そうに見る。

 まるで群れから一匹だけはぐれてしまった小鹿のようにラディヴァンを上目で見るイーデオに、ラディヴァンは微笑みながらゆっくりと首を横に振った。


「私はどこにも行かんよ。そもそも、まだまだ子供のお主を一人残してどこかに行くなんて事はできんよ」

「そ、そうなの? ならいいけど……」


 ラディヴァンの言葉を信じ、イーデオは安心しようとした。が、夕日に霞むラディヴァンの微笑みはいつも見る微笑みと違ってどこか物悲しく寂しそうに見え、どうしてだか分からないがイーデイは底なし沼に足元が引っかかったような暗くて悲しい気分になった。

 その所為か先ほどの発言が本当なのか懐疑的になり、もう一度ラディヴァンに「本当にどこにも行かないのか?」と聞こうとした。しかし、これ以上その事に追及するのは本能的にダメだと感じ、イーデオは開きかけていた口をゆっくりと閉じた……。

 太陽は沈み暗闇が森を支配する時間が来た。

 イーデオとラディヴァンは満天に輝く星々と煌々と光る満月の明かりを頼りに、少し落ち着かない雰囲気のまま家の方向へと歩いて行った。

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