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せいじょうなるもの  作者: ナガツキ
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プロローグ


 ――エディン歴638年



「ぐうぅわぁああ」


 断末魔のような叫びと共に、夕焼けの空に右腕が血を撒き散らしながら飛んでいった。その場に崩れるように膝をつく漆黒のマントを被った男は、痛みに呼吸を乱しながら大量に流れる血を左手で押さえてついさっきまでここにあった右腕を探す。

 左、右、そして後ろ――見つけた。

 男の右腕は無秩序に生えた原っぱに埋もれるように落ちていた。肉塊と化した右腕からは血が止めどなく溢れ緑色の草を真っ赤に染まらせていた。

「ううぅ……」

 傷口に空気が触れる。たったそれだけで露になった肉が刃で削がれるような痛みが走り、またそこに土埃が触れれば極小の剣で刺されているような激痛が走った。今まで感じたことのない痛みに男が呻いていると、恐ろしい程冷淡な声が頭上から聞こえてきた。


「……忌み子をどこにやった?」


 男はその声の主に精一杯の思いで睨んだ。

 繊細美麗な装飾が施された白銀のプレートアーマーを着た騎士は、まるでユニコーンの尾のような真っ白な飾り羽を取り付けたヘルムを身に被っていてどこか気高さや神聖さを感じさせた。しかしその神聖さとは対照的に右手には真っ赤な血が滴るブロードソードが握られており、神と悪魔の両方を白銀の騎士は体現しているかのようだった。


「お、教えるものか……」


 あまりの痛みで気を失いそうだが男は弱みを一切白銀の騎士に見せず強がって答えた。しかし白銀の騎士はそんなこと歯牙にもかけず冷淡な声で質問を繰りかす。


「もう一度だけ聞く。忌み子はどこだ?」

「…………くっ」


 武器を持って見下ろす白銀の騎士の姿があまりにも恐ろしく、威圧的で男は思わず睨みつけるように見上げていた顔を背けてしまった。その瞬間、不意に意識が一瞬遠のき背けた方に体がガクンと傾いた。思わず出た「うっ」という小さな声と共に体は傾き、血だまりの中に倒れそうになる。が、何とか男は意識を保ち咄嗟にその血だまりの中に左手を出して落ち行く身体を支えた。

「はあぁ……はあぁ……」

 地面との衝突を防ぐことが出来た。しかしもうすぐそこまで死が迫っていると分かった男は最後の最後、恐怖と威圧に挫けた心を奮い立たせ目の前に立つ白銀の騎士を睨んでみせた。


「…………」

「そうか……」


 絶対に教えないという男の無言の訴えが伝わったのか白銀の騎士は哀れむ様子で呟いた。

 白銀の騎士に決して屈しなかった男は一矢報いることができた嬉しさに笑みを浮かべたその時、心と体を支えていた気力が一気に途切れていった。


 ――ベチャッ。


 自分の血だまりに顔を埋める男。生暖かくて気持ちよくて、何だか寝てしまいそうだった……。

 空に浮かんでいた夕日が落ちてゆく。夕焼けの朱色に染まっていた空は一瞬垣間見える空の青と、これから訪れようとしている夜の黒が混じり合い何とも幻想的な宵闇になっていた。

「あ…………あぁ……」

 男は今にも瞼が閉じてしまいそうだった。だが最後の力を振り絞って腕が飛ばされた後方に体勢を向ける。そして閉じてしまいそうな瞼を必死に我慢して視線の先の巨木が何本も立ち並ぶ深くて広大な森を見つめた。


「…………」


 そんな虫の息の男を冷たく見下ろす白銀の騎士は無言まま、ベルトの装飾のように吊り下げられてある数ある宝石の中の一つをブチっと千切り手に取った。それは今の暮れの太陽の様に真っ赤な結晶、白銀の騎士はそれを人差し指と中指、そして親指でパキンと割った。

 つぎの瞬間、白銀の騎士の周りに風が巻き起こり、次第にその風はブロードソードを中心に凝縮するように集まっていった。ブロードソードは淡く緑色に輝き、ひゅうひゅうとブロードソードから巻き上がる小さな嵐にぶつかる小石や草花は、存在が許されぬかのように跡形もなく消えていく――。

 宵闇の下、白銀の騎士はその嵐のブロードソードをゆっくりと振り上げる。


「主の導きがあらんことを」


 必死に意識を保っていた男だったが、もう事切れる寸前の為か後方でブロードソードが振り上げられたのなんて全く分からなかった。霞む視界、それでも眼前の森を見続ける男は最後の最後、自身に残った全生命力を振り絞り我が子の名を呼んだ。


「イ……イーデオ……」




 ――――ザシュッ。


 その微かな声がした後すぐに残酷な斬首の剣が男に振り下ろされ、宵闇だった空は闇に包まれていった……。


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