ONE STEP 3
「んで、何の用だっけ? 可愛い可愛い雪精さん」
準備運動をしながら余裕を見せつけるも、何もしてこない。あの雪精から殺気だった気配を感じるのは気のせいか。
うん、いいね。いちいち反射するものから支配する必要もなくなったし、その後の体を動かすことに違和感を感じなくなってきた。まるで自分の体のようだ。ただ、本体が拒んだ状態だと少し抵抗がある。動きが鈍い。
「あなたが私と同じかどうか訊いているのですよ。予め肉体に魂があったのか、それとも他の手段で憑依しているのか」
「後者だね。その質問をするということは、ボクが君と同じ存在立った場合に何か知りたいことでもあったのかな?」
「知りたいというよりは伝えたいことがある、といったところですね。まあ私としては憑依した存在の方が都合がいい」
雪奈は太陽の光を反射する水の表面のように光る水色の髪を、ポケットから出した紐で、後ろで一本に結ぶ。風が吹いた時に顔にかかって邪魔になっていたからだろう。
「伝えたいこと?」
「もっと正確に言うと、保険をかけるためです。あの塵が間違いを犯した時は、あなたが止めてください。私と妹には止められないので」
塵? ああ、あの魔人のことか。
しかし間違いとは何だ? ここ最近眠っていたせいで謳架の周りの状況を把握していなかった。
「私も詳細は把握していないのですが、彼の目的は不死人を殲滅することではないような気がしてならない。だからその時はよろしくお願いします」
あー、はいはいなるほどね。
「断る」
ボクの答えは一つだった。拒否。当然のことだろう。憶測だから断定はしないが、止める際にこの雪精も相手をする可能性も無きにしもあらずということだろう? たしか不死人の殲滅までの時間はもう一ヶ月しかない。ボクが謳架と完全に一体化しているならまだしも、まだそれは半分もできていない。しかも本体である謳架もまだ体ができていない。ボク自身の覚醒を合わせても使えて四回。
四回で青と雪奈姉妹を倒せるか? いいや無理な話だ。というか冗談じゃない。死ねと言っているも同然だよ、これは。請け負うかどうか別として、一体化しても青には勝機があるかどうかの差がある。未来を見れることと、謎の力が判明していない以上はいくらボクという存在でもどうしようもない。
存在が反則だ。理というルールに反する存在に、理というルールに従うボクらが奴から勝利を掴みとる行為は無謀極まりない。
「では、ここで死んでください。止められないのならいるもいないも変わりませんので」
「あのさぁ、頼み事しといてそれはないんじゃない?」
「いえ、殺すのはあなただけなので御安心を」
そういうことじゃないんだよなぁ。ま、承諾しなきゃこっちの意見や言葉はガン無視だろうけど。ちょっと実力計るために戦ってみるか。一ヶ月後に敵対するだろうし。
ボクは刀を鞘から抜いて、全力で雪奈の立つ方へ投げる。
「そう単純ではありませんよ」
雪奈は体を傾けて躱す。刀は失速しながら下へ落ちていく。
「あらよっと」
五秒後にボクは木の上に瞬間的に移動させらせた。左手には刀が握られている。
予め下へ落ちるよう投げていたため、当てるつもりはなかった。そしてこれはボク自身の呪いの一つ。ボクが刀から一定以上の距離で離れると、強制的に刀のところへ戻される。一体化し始めているため、ボクが支配している今は謳架も移動できる。
何度か繰り返し、木の枝に足を着いたあと、すぐに地面に降りて森の中を走る。どうも見覚えがあると思えば、ここは謳架が竜胆に襲われた場所の近くだった。
「仕組みは気になりますが、事が済んでから訊きますね」
もう追い付いて来たのか!?
振り向きながら走ると、丘の上から氷によって作られた坂ができていた。今足を着いている場所のすぐ後ろまで続いていて、もの凄い勢いで追いついていた。
あっれぇ……もしかして強さ計るまでもなくない?
「アイシクルナイフ・エウリュアレ」
一秒に満たない速さで後方に無数の刃が展開された。それを視認したときには、既にこちらへ迫ってきている。
いやー……ボクより強いよ、あの雪精。
「エンハンス」
こっちが小細工無しならね。
全身を教えられた強化魔法で守り、刀で片っ端から氷刃を斬り壊す。被弾は免れないため、止められないものは無視した。
「っ!」
ボクはその場から離れた。いや、逃げた。体の正面は雪精に向けたまま後退すると、さっきいた場所から鋭利な氷が突き出ていた。
「勘が鋭いですね」
何もない場所から何かを出すというのはとても厄介だ。迂闊に近づけない。相手の底が尽きるのを待つのが得策か? いいや、あれほど豪快に氷の坂やナイフを作れるのなら、底無しに等しい。惜しむ様子が一切見られない。そう考えていい。しかも氷刃がどこまでも飛んでくる辺り、威力はさておき射程も尋常じゃないと見ていい。
ていうかあの雪精一体で世界救えるだろ! 何なんだあの怪物じみた魔物は! ボクの体があった時はあんな雪精いなかったぞ!
「手数で劣るならこっちは魔物の数で有利を取るか」
ボクは足以外の支配を解く。
「え……?」
アタシ何してんすか? てか何で足が勝手に動いてるんすか? いや何で雪奈さんがアタシを追ってるんすか!?
――――事情はあとで話すから、とりあえず足を動かして逃げてよ。止めたら死ぬよ?
言われなくても動かすっすよ!
しかし一瞬足が止まる。足を動かすのが雷咎からアタシに変わったからだ。
「雪無!」
雪奈さんが驚異的な速度で距離を詰めてきた。見逃さない辺り、このままの状況は無理があるのではと思い、アタシは迎え撃つことを選ぶ。
「ぐっ……!」
「クソ、耐えたか」
雷咎で突っ込んできた雪奈さんの手に握られた氷刃を止めた。めちゃくちゃ重い。吹き飛ばされそうなくらいだ。
数十センチほど地面を抉ったような跡が二つできた。それはアタシが雪奈さんとの衝突で押された距離を表している。
いつもと様子が違うのは今はどうでもいい。
「あの、何で今こんな状況になってんすか?」
「知るか。姉貴に聞けや。俺はただ殺せって言われたからそうしてんだよ」
大量の鳥が頭上で騒がしいくらいに鳴いていた。
「姉貴? え、雪奈さんじゃないんすか?」
「あ? 気づいてねえのか? 姉貴と俺が一つの体を共有してんだよ。普通に考えりゃ分かるだろ」
――――気づいてなかったの?
「知らないっすよ!? アタシそんなこと教えられてないんすから!?」
まさか気づいてないのアタシだけってことは……あるっすよね。
雪奈さんと面識のない魔物ならまだしも、認知している魔物で知らなかったのはアタシだけのようだ。
――――それで本題だけど、謳架は自分の力で戦って。
「アンタ何言ってんすか……!? 無理に決まってんじゃないすか!」
――――大丈夫。死にはしないさ。これ実は練習試合でね、ボクが無理言って相手してもらってるんだ。
「そ、そうなんすか?」
――――ああ、思いっきり戦いな。殺す気でね。
それにしては雪奈さん? の殺意が高いような。本当に練習なのだろうか。練習なのにこんな森の中でやる必要なんて――――。
――――嘘だよ。
「やっぱり嘘じゃないすか!」
――――でも大丈夫。ボクがいる。自分を信じな。
「何独りでごちゃごちゃ抜かしてんだ!」
両手のナイフが飛んできたかと思うと、本体もそのまま突っ込んできた。その手には別の氷刃が握られている。
速い。避けるか受けるか迷う暇はないと悟った。
「とっ……!」
雷咎でナイフを払った。と思いきや、それは軌道を変えて刀を躱してアタシに飛んでくる。
え――――――――――。
二つの鈍い音がした。氷刃の一つは右手を貫いた。もう一つは脇腹を貫通した。その直後に右手と貫かれた脇腹に凍てつく感覚を覚える。
視線を向けると刃が消えて、代わりにその部分が凍っていた。進行はしないようだが、右手で拳が作れなくなった。
何より恐ろしいのは、雷咎のおかげなのかは分からないが、体全体に強化魔法が発動しているというのにいとも容易くそれを無視していること。最早あってないようなものに等しい。
出血はないものの、このままでは動きが徐々に制限されていく気がした。
「オルァ!」
本体からの攻撃はどうにか受け止めたが、体格に見合わない力で左手ごと弾かれて胴体ががら空きになった。
刹那、突然雪奈さんが押し返された。腕で何かを受け止めたらしく、そうしたと思われる部位が赤くなっていた。
「おー、良くできてるねぇ」
顔のすぐ前で一本のナイフが止まっていた。もう一本は脇腹に触れるスレスレで。
強い風が吹く。木の葉と共にアタシの視界を彩る銀髪。
「柄の扶郎花も良くできてる。芸術品として見れば大したもんだ」
目の前の少女が素手で氷の刃を握力のみでへし折る。真ん中から折られた氷刃は、一気に端の方まで氷の欠片を散らせて消えた。
「こうやって外で体を維持する時間が欲しかったんだ。ごめんね」
雷咎は一瞬で間合いを詰めた。目にも止まらぬ蹴りが炸裂したのか、再び雪奈さんは遠ざけられる。
「相性悪いなぁ」
「雷咎……すよね?」
少女は振り返る。少し見ていないうちに少し容貌に変化が起きていた。どことなく中性的な顔立ちになっていた。得意気に笑う表情は変わりない。
「そうさ。ボクだよ。そんなことより、多分負けることだけ伝えとくね」
「え、圧倒してるじゃないすか! いけるっすよ!」
「いや、あの雪精の動体視力えげつないよ。防ぐのもそうだけど、ボクの速さに追いついてくるのは中々。あと知識として覚えてほしいんだけど、氷って電気通さないのさ。いくら殴りあっても、ボクは衝撃だけしか彼女には与えられない。かといってボクのこの時間は有限だから持久戦はできないし、本領も出せない。だから最終手段をとる」
最終手段。まさかまだ本気じゃないとかだろうか。さらに目が追い付かない速さで動いて畳み掛けるとか。加速して強力な衝撃を全力でぶつけるとか。
「降参。投降。負けを認めまーす。無理でーす。勝てませーん。はい、両手も上げちゃう」
は?
「いや最終手段って降参すか!? 何か凄いの待ってたアタシの期待返してくれっすよ!」
「……最近不完全燃焼なんだよ。せめて楽しむくらいいいだろ」
一方で雪奈? さんは独り言を口にしていた。正直未だに信じられない。あの体の中に二体分の意識があるなんて。
「おや? まあボクも最近ロクに力を借りられなくて暇してたんだ。命に関わらない程度なら構わないよ」
雷咎の発言に返事はなかったがしばらくして、
「おい、名はなんつーんだ? 姉貴から許可貰ったからよ、久々の相手の名前くらい覚えなきゃな」
代わりに質問が返ってきた。少し嬉しそうに笑っているのが見て感じられた。
「雷咎。そっちは?」
「雪無。忘れんなよ」
「セツナか。気が向いたら覚えとくよ。そんで、どれくらい力を出せばいい? 遊ぶくらいなら二割ちょいで足りると思うけど」
「あ? おちょくって…………わーったよ姉貴」
そういえば体を共有しているとか言っていた。アタシと雷咎のように、第三者に聞こえない会話ができる感じだろうか。となると二対一。さっき雷咎と話していた情勢と逆転した。
「ボクはここからあまり動かないから、いつでもどーぞ。ああ、別に手加減するつもりはないよ。さっき見ただろうけど、ボクは本体から離れると強制的にそこへ戻されるからってだけだから」
「……分かってるっての」