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穢れた私でも 6

 さっきの短い一戦の後、一度も迷わずに最後の階段を降りた。何度か交戦はあったものの、遭遇するのは必ず一体だけで、毎回翡翠さんと蓬莱さんが即座に息の根を止めた。当たり前だが、アタシの出番はない。雷咎も寝ているのか、小声で話しかけても反応がないため、アタシが出る幕はなかった。


 経緯はさておき、降りた先にはもう通路が続いていなかった。表面に淡い青の線が、ヒビのように入った大きな扉だけが構えていた。その前には上半身から下が無くなったごぉれむが、静かに倒れていた。とても動くとは思えない状態なのはわかる。


「翡翠さん、今訊くことじゃないと思うんすけど、どうしてここまで迷わずに来れた、の?」


 翡翠さんは腕を組んで振り返る。


「愚問だ。黒姫の手助けがあったがために、目的の地まで辿り着けた。到着するまでに、奴のごぉれむを一度でも目にしたか?」


「えーと……見てないっ……見てないよ」


「黒姫には戻せと命じたが、奴はその命に背き、ごぉれむの部位を壊しながら私達に道を案内したのだ。分岐した道のどちらかに砂が落ちていたことに気づかなかったのか?」


 …………あ、翡翠さんが足下を調べていたのって、黒姫さんが残した正しい道を調べていたからなんすね。


「あはは……全く、かな。蓬莱さんは気づいてた、の?」


 蓬莱さんの顔を見上げると、


「そりゃ……あ当然」


 他所を向いていた。そしてアタシが察すると同じ時、


「貴様が気づいてた? 笑わせるな」


尋ねた翡翠さんの目つきはいつも通り鋭く、声調も怒っているときと全く変わらない。けれど口元はほんの僅かに緩んでいる。呆れて笑っているときの表情だ。蓬莱さんはまだ他所を向いていているせいで、本当はいつものことだと分かりきっていると言っていることに気づいていない様子だ。


「……まあよい。雑談はここまでだ」


 長い付き合いだからだと思う。一方的にでも、相手の心理や感情を察するのに言葉を交わす必要すらない。ふとした仕種もいらない。ただ傍にいるだけでいい。


 翡翠さんは扉の方へ向き直り、魔石を腰の袋から取り出して、それに話しかける。


「青、聞こえるか」


『ああ、最下層まで来たのか?』


「うむ。現在扉の前で待機しているのだが、進んでよいのか?」


『……まあ、心配はいらないか。そこから先には一体の獣がいる。それさえ倒せば迷宮は時間をかけて崩壊していく。それからの動きは事が済んでからだ。俺は俺で』


 そこで青の声は途切れた。


 翡翠さんが何かあったのか、と何度も聞き返しても返事はなかった。


「どうする? 翡翠ちゃん」


「……分かりきった答えを聴きたいか? 謳架、蓬莱、扉は私が開ける。いつでも交戦可能な準備をしておれ」


「おう」「はいっす」


 アタシと蓬莱さんは抜刀して、一歩前に出る。


 翡翠さんは魔石をしまって扉を両手で押した。実際に触ってはいなくとも、それが重いことがすぐ伝わってきた。腕に血管がはっきり浮き出るほど、翡翠さんは力をかけている。翡翠さんは体格から想像できないほどの筋力がある。


 それなのに、ほんの少ししか開かない様だ。


「手伝うぜ」


「いらんっ……!」


 翡翠さんは助けを断ったため、開けるのに一分はかかった。アタシがその立場だったらどれくらいの時間を要していたのか。


「オヤ、コレハコレハ、珍シイ、客人、ダ」


 扉を開けた先は、縦横高さが最低五十メートルはある広大な空間。壁は迷宮迷宮内と同じ青い線が無数に巡っていて、一番奥には祭壇のようなものがあった。


 その中心に、二体の胡座をかいている獣がいた。体格的に迷宮内で見た四足歩行の魔物とは、似て非なる姿だった。二足歩行の魔物に近い。目は無く、口は大きくて鋭い歯が見える。ここまでは四足歩行の魔物と同じ。全身は影のごとく黒く、鱗が一際硬く見える。弱点と思われる腹部には鱗はない。そして爪は反対に、汚れ一つない真っ白なものだ。背丈はどのくらいだろうか。立てば二メートルくらいありそうだ。


「ホウホウ、ワカリヤスイ、カツ、カリヤスイ、ナラビ。カンシャスル」


 途切れ途切れだが言葉を話せる。四足歩行の魔物と違って、普通の喋り方だ。


「仲間でも呼んでるのかぁ……? ならその前に殺るだけで済むか」


「さあな。私達には分からん」


 蓬莱さんが先陣を切ろうとすると、


「イヤハヤ、メンドウナ、モノダ」


 アタシの目の前で蓬莱さんの刀と、獣のすねが交錯する。獣が腰を地につけたまま跳んできたのだ。


 直後、アタシ足が地面から離れた。翡翠さんに抱きかかえられて、交戦する場所から離された。あまりの早さに色々な事が起きる。全ての出来事に遅れて気がつく。


「オマエハ、センセンリダツ!」


 その言葉が耳に入った瞬間、アタシは察した。蓬莱さんの体勢は、咄嗟なことに何とか追い付いた状態だった。例えるなら、棚から落ちた重要な物に手を伸ばして僅差で間に合ったそれだ。次へ行動を移す速さは、蓬莱さんではなく、獣の方だ。これは必然。さらに二体がいるのは開いたままの扉の目の前。


 そう、


「ワタシ、ノ配下デモ、相手ヲシテクレ」


 獣は蓬莱さんをこの空間から蹴り飛ばし、あの重い扉を軽々と閉めた。


 これはアタシの足が地面に着くまでの出来事だ。


「サア、ツワモノハ、シバラク、ハイカト、タワムレルコトト、ナッタ」


「謳架、奴は何と?」


 そう訊きながら、翡翠さんは刀をアタシに預けた。


「えっと、強者はしばらく配下と戯れることとなった…………って、信じてくれたんすか!?」


「蓬莱と似た問いをするでない。それより、少々奴の鳴き声が癇に障ると思えばそのような侮辱を……」


 戦闘の始まりは突然だ。


 体の反応が追いつかない速さで、翡翠さんの目の前まで跳んできた。翡翠さんの左拳と獣の右膝が衝突すると、辺り一帯の空気が震える。二体の衝突はそれで終わらない。獣は体を捻って空いている足を叩きつけるも、翡翠さんはそれを同じく空いている手で弾く。


「ホウホウ」


 獣は軽い足取りで距離をとる。挨拶代わりの攻撃だったのかもしれない。


「謳架、蹴りの弱点が何か分かるか? 特にこのような一騎討ちでのだ」


「えっ……?」


 突然すぎる質問で、頭の中が真っ白になった。


「……私が知る戦士曰く、大まかに言うなら三つある。一つ、片足もしくは両足が浮くこと。二つ、相手が武装をしていて、格上だった場合に撤退が確実にできなくなること。三つ、必ず当てなければならないという精神的な圧がかかること。貴様が理解できるよう要約すると、一つ、単純に必ず相手の反撃が命中する。一つ、足を負傷をすれば逃走が困難になる。一つ、外した時が最後という意味だ。それがどうかしたのかと思うだろうが、どうかしてるのだよ。奴の外皮は強固だ。私のような刃物を扱わない者の反撃を受けたところでは痛くも痒くもない。ましてや動きを鈍らせるほどの致命傷も与えられない」


「……アイツに弱点がないってことすか?」


「否。持ち味を最大限に生かしているだけよ。……覚醒」


 翡翠さんが離れる獣の目の前に瞬間移動した。いや、そこまで跳躍した。その距離はおおよそ五メートルくらいだ。あの獣が仕掛けてきたときと同じように、空中で顔面に膝蹴りをくらわせていた。あっちも突然の出来事に理解が追い付いていないのだろう。悲鳴すらもあげることができないのか、獣はそのまま後頭部から地面に倒れる、かと思うと両手を着いて軽やかに一回転して前に向き直った。


「ハヤイハヤ……」


 既に着地している翡翠さんの右腕がしなる。それは頭部に直撃し、獣は顔面から地面に叩きつけられる。さらに巨体が吹っ飛ぶほどの蹴りが側頭部に命中した。


 獣は地面を転がると、仰向けになったまま動かなくなった。


「いくら全身が強固だろうと内部までそうであるとは限らない。あれほどの衝撃を与えれば嫌でも脳震盪のうしんとうを起こすだろうな……。謳架、私の刀を持ってきてくれぬか」


 始めは獣が格上かと思ってたすけど、やっぱり翡翠さんのほうが強かったっすね……。あれだけ強くて勇ましいのに、どうしていつも独りで頭領を支えるんすかね。アタシには理解不能っすけど、内政、最近のような事件が起きたときの収拾しゅうしゅう、各地の税の記録の確認及び管理等々。アタシからしたら――――平凡な魔物からしたら到底続けられる仕事じゃないっすよね。過労死しそうなくらいだ、って蓬莱さんも言ってたくらいっすからね。


 アタシは真ん中で微動だにしない獣を迂回して、向かい側にいた翡翠さんのところへ警戒しながら歩く。


「……穴? いや、切れ目?」


 獣の腹部をふと見たとき、亀裂が走っていたことに気づいた。そして獣の座る場所には灰が溜まっていた。先ほどまでは灰なんて落ちてなかった。だったら元々死んでいた? 腹部を切り裂かれて?


 それはない。出血していない。


「じゃあ……」


 背後。壁の方で何かが崩れる音がした。音のした方へ振り向く間際、翡翠さんがアタシに手を伸ばしているのが見えた。大切なものを高いところから落としたような表情だった。


 それを見た直後、アタシの視界が輝く無数の線が巡る天井へ移動した。意図的にではなかった。同時に足が地面を失う。


「はい……!?」


 そこからの光景は時間をゆっくりと進めているように見えた。アタシのすぐ上を獣が通りすぎた。その風で前髪が激しく揺れる。遮られた天井を再び目にした時、アタシは背中に衝撃を受ける。しかし、痛みは感じなかった。いや、忘れた。


 アタシを見下ろす魔物がどうしてここにいるのか驚いて、痛いどうこうではなかった。


「生きてるな」


「ア、アンタ……どうしてここにいるんすか!?」


「事が済んだら説明する」


 青はどこからともなく出した左手の短剣を投げる。青もそれを追うように跳躍した。しかしそれは追ったのではなかった。空中で回転する短剣はよく見ると大きな放物線を描いて動かなくなった獣へと向かっていた。


「ハズシタハズシタ」


「そうか」


 青は空中で一回転すると、こちらを向き直る獣に踵を叩きつける。その一撃は腕で防がれるも、それを分かっていたようにもう片方の足で獣を蹴り、自分との距離を離す。


「翡翠! 腹を刺せ!」


 突然青が名前を叫んだ。その時には既に翡翠さんが動いていて、倒れた獣に投げられた短剣を空中で手にする。着地した後、下腹部から胸にかけて一瞬で切り裂いた。まるで事前に打ち合わせをしていたのかと思うくらいの流れだった。


 しかし翡翠さんは獣の弱点部分を切り裂いてすぐにピタリと動きを止めた。自分の手元に視線を落として、全く微動だにしない。


 とにかく刀を渡すのがいいっすかね……。


「え」


 すぐ目の前を何かが通りすぎた。直後、入り口の方で壁が崩れる音がした。扉に向かって投げられたものが何なのかはすぐに理解できなかった。そしてもう少しタイミングが違えばそれと接触していて、とても無事じゃ済まなかったと思う。


「イヤハヤイヤハヤ。ヨソウガイヨソウガイ」


 声がした位置が。とても近かった。まさかと思いながら左を向くと、間近で見る体格差を知る前に脇腹に大きな物が触れる感覚を覚えた。

 今年ももう少しで終わりですね。皆さんどうでしたか、今年は。私は忙しくてあまり話を進めることができませんでした。来年は時間が今よりできると思うので、サイドストーリーと共にテンポよく執筆をこなしていきたいと思っています。

 来年もこんな私ですがよろしくお願いします。そして皆様よいお年を。では、さようなら。

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