間章2 凶愛と狂愛
「よっ、セシリア。どうだった?」
夜中だというのに騒がしい街中で、一つの影がセシリアの横を歩く。マントで身を隠した三枝だ。
「残念ながら、ふわぁぁ…………失敗さ」
それは三枝だった。緋翼が殺されたと言っていた、三枝だ。
「すまない。わたしだけに命じられた任務なのに付き合ってもらって本当に申し訳ないよ」
「いいってことよ。儂の、儂に見立てた死体工作を手伝った恩返しだ。感謝しなくてよきよき」
三枝はセシリアの背中をバンバンと叩く。微かにも笑いながら話すも、二体の声は小さく、周りに誰かがいても聞こえないような声量だった。聞かれたところで殺すだけだと二体の考えは一致している。
もし逃げられたところで話の内容は済んだことなので大したことじゃない。単純になるべく顔は見られないようにしたいだけだ。顔を知られると以降その場所で動きにくくなる。
「フフフ、それでもさ。手を貸してもらったことには変わりない。ありがとうの一言くらい言わせてくれよ」
「へいへい、老いぼれをあんまり照れさせんな。恥ずかしくて心臓が止まるかもしんないからな」
「それは大変だ。わたしの美貌と合わせたら本当に死んでしまうじゃないか」
「はいはい、そうだなそうだな。ところで、翡翠とついでの緋翼は殺ったのか?」
三枝は慣れた様子でセシリアの言葉を流す。
「翡翠は生きていた。どういうわけか緋翼と撤退するはずだった部下だけ殺られていた」
「やっぱりか。見てないからあんまり文句は言いたくないんだけどな、緋翼には無理だろぉとは思ってたんだ。翡翠、あの鬼は味方……いや敵ながら敵に回したくない。考えはそれこそ、戦闘や指示に癖や型がないんだ。昔から鬼士の座に就いている儂も、翡翠の過去は知らねえ」
「三枝、わたしはまだ最後まで話してないよ。一体だけ生きのびた部下がいたんだよ。暗闇に身を潜めながら逃げてきたらしい。これまた運良く緋翼と一定の距離を保って観察を続けてた鬼でさぁ……緋翼を倒したのは、謳架っていう運命の鬼だっムグッ!」
「ばっか、大声出すんじゃねえよ……!」
喜びの声をあげるセシリアの口を三枝が急いで押さえる。周囲も慌てて確認する。幸い誰の姿もなく面倒なことにならなかった。
三枝はそのあとアホかっ、とセシリアの頭を叩く。どちらかというとその音がセシリアの出した声より大きいことを、叩かれた魔物は口にしない。
「おっぐぅぅう……わたしは鬼と違って脆い魔人なのだからっ…………叩くならもう少し優しく」
「知るかこのアホっ……! てめえが興奮する話はあとで聞いてやるからとりあえず早く出るぞ。今の声で誰かくるかもしれねえ……!」
「りょ、りょう、かい」
その夜二体の魔物が街から出たのは、出入り口に構えていた数体の見張り――――夜風に吹き散らされる灰しか知らない。