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そして1つの真実へ 20

 アタシは口元の血を袖で拭う。


 灰で隠れた床を歩き、三階へ上がるとエルフの不死人が魔人の首を掴んで持ち上げていた。こちらに背を向けて気づいていない。


 ――――指示通り動いて。まず腕。


 アタシは横へ回り込むと魔人を掴む腕を切り落とした。


 ――――顔に一発。あとはお好きなように。


 顔面に拳を叩きつけて壁に背中から激突したところを、雷咎で脳天を一突きにする。


 ――――不意をつけば例え力に大きな差があってもこんなものだよ。みんなあまりにも突然のことには対応できないんだ。余程反射神経がいいなら別だけどね。それより後ろの魔人を立たせてあげたら?


「あの……大丈夫す」


 アタシは振り返ろうとしたとき、


「ひっ……ば、化け物!?」


 既にアタシの横を通り過ぎていた。魔人は階段を駆け降りていった。数秒後、断末魔に近い叫び声が聞こえた。外にいたリザードの不死人がもう来ているらしい。


 ――――かわいそー。でも自業自得だね。


 雷咎はあざけるように言った。あながち間違いじゃないからか否定しずらい。それでも言いすぎだと思った。


 待てっすよ。となるとこっちに近づいているってことじゃないすか。

 上の生存者を助けたいのは山々だ。でも加勢が来たらどのみち追いつめられてしまう。


 そうだ……。ここで迎え撃てばいいじゃないすか。


 寮の階段は踊り場になっている場所が次の階へ上るたびにある。つまり一階毎に死角があるのだ。だから曲がり角からきたリザードに飛びかかれば一体は確実に仕留められる。もしそのあと何体か襲いかかってきても次の階への踊り場でもう一体またもう一体と倒せる。不死人の考える力は皆無。生きている魔物と違い同じ手が通用する。


 今日はいつもより頭が冴えているかもしれない。血を飲んでから体も軽い。


 でも血の影響だと思いたくない。きっと冴えているだけ。


「オオ……」


 きた。


 アタシは階段の上から跳躍し、不死人が正面を向いたときに合わせて首を撥ねる。


 次。


「あがっ……」


 ぎ払われて階段に叩きつけられた。


「はは……何が冴えてるっすよ……!」


 アタシごときの頭で思いついた策なんて上手くいくはずなかった。先の先まで考えていればよかった。こんな単純に倒せるなら昔から恐れるような存在じゃなかったんだ。


「雷咎……」


 叩きつけられときに手放してしまった。雷咎はリザードの足元に落ちている。


 もう嫌だ。自分の周りで起きてることが不幸ばかりだ。死にかけて、交渉手段に使われてまた死にかけて、仇討ちのはずがまた死にかけて、頼まれて請け負ったら死にかけて、散々だ。


「あ、あの待って待って待って待って!」


 声が届くはずもなく、今にも千切れそうな太い腕が叩きつけられた。


 リザードの一撃をモロに受けた体から言葉にならない音がした。血を吐いたことすらすぐに気づくことができないほど重い。階段は奇跡的に抜けてなかった。


 アタシ胴体の下はそうもいかない気がする。動けば今にも抜けそうだ。


 というか死ぬ……これは本気で死ぬっすよ!

 覚醒使って乗り切ってもこの体じゃロクに動けやしない。むしろ体に負担がかかって自滅する。


 なのに、アタシの脳裏にこのままでもいいんじゃないかという考えがよぎった。抱えるものがなくなって楽になれるならむしろ都合がいい。


「……?」


 リザードがいつまでたっても腕を上げない。


「謳架」


 リザードは後ろから横に押し退けられて灰になった。代わりにそこに立っていたのは狐の仮面をつけた、いつぞやの魔人が立っていた。


「青、じゃ……」


 アタシは急な出来事に言葉を失う。


「交代だ」


 シオン――――青に抱きかかえられて踊り場の壁に寄りかからされる。途中、そんな状態にさすがに耐えきれず自分から離れると、体が悲鳴をあげた。


「いっ…………いっだああああ!」


「元気だな、お前も」


「だ、誰のせいだと思ってんすか!」


 心臓のバクバクという鼓動が聞こえる。 男に抱き締められるなんて蓬莱さん以外なかったものだから、おまわず痛みも忘れて抵抗した。


「謳架、少し待ってろ」


 青はそう言い残して階段を上がっていった。そのとき通った場所はまるで何事もなかったように直っていた。強い衝撃があった場所とは思えない直りようだ。




 五分くらいたった。


 青は約十体くらいの魔物を引き連れ帰ってきた。アタシを踊り場の壁際に寄せるとその横を通らせて一階へ向かわせた。魔物がいなくなると、雷咎をアタシの横に立て掛けて膝をついた。


「けっこう少なかったすけど、やっぱり手遅れだったんすか」


「まあ、そうだな。今日はちょうど帰省してもいい日だったらしい。死者は抑えられた。が、死んだやつは死んだ」


「死んだって……アンタここで一番偉いんすよね!? そんな奴が軽々しく死んだってどういう神経してっゲホッ!」


 いっ……つ。


 大声をあげないほうがよさそうだ。体の中の損傷が酷い。骨は確実に折れているはずだし、喉が渇くこの感覚。死体の血を吸う直前の感覚と同じ。


「今はお前が心配だ。目も充血して、それに…………お前も大丈夫じゃなさそうだな」


「別に……てか早く他のとこ行った方がいいんじゃないすか?」


「大丈夫だ。アルカナを盾に街の兵やトレジャーハンターが応戦してる。あいつがいれば大方片付く」


 青は突然手袋を外したかと思うと、


「ほら」


「ほらって……何すか?」


 口の近くで傷だらけの手が差し出された。


「暴走一歩手前だろ。血ならいくらでも分けてやるから吸えよ。それとも他に要望があるのか?」


「…………できるなら殺してくれないすか? アタシは自分がどんな鬼なのか自覚してるんすよ。ここで」


「そうか」


 視界に刃物が映り、一瞬首に痛みを感じて視界が傾く。アタシが体を傾けたから、じゃない。顔の横で何かぶつかるような感覚と血と灰が散った床が見えたのを最後に、意識が途切れた。




「え……と」


 何で生きてるんすかね……。


 アタシは踊り場で無傷のまま立っていた。一瞬夢かと思った。違う。ここまで夢はリアルじゃない。痛覚もまだ若干残っている。じゃあさっきのはなんだ。


 青がアルカナさんに何かを渡しているのが見えた。


 アルカナさんはすぐにどこかへいってしまう。


 アタシはたしかに一度死んでいる。青に首を切られて殺された。


「しっかり殺したからな。これで満足だろ?」


「……アンタ、一体なにしたんすか」


「俺はな、チェルと同じことができる。完全に再現はできないがな。そしてやったことは単純。殺して灰になる前に、お前の時間を戻した。望みは叶えた」


 アタシは青に殴りかかった。全力で、顔を殴り飛ばす勢いで。しかしそれは青に手首を掴まれて止められた。力で押しきろうとするも虚しく、押し返された。


 どうして。


「アンタに何が分かるんすか……。これ以上迷惑かけて生きてくのは嫌なんすよ! 信じられないすけど、生き返らせるまでは頼んでないっすよ! なんでアタシをこんなに助けるんすか!? 好きで生きてるんじゃないんすよこっちは! もう鬼とは話し合いまで持ち込んだのならアタシは必要ないじゃないすか!」


「助ける理由はそうだな。この世界で長く生きて、色々な光景を見てくるとな…………思うんだよ。せめて自分より長く生きるやつを助けたいって。先の奴らはな、後の奴らのために生きる。後の奴らは先の奴らの努力を無駄にしない。だからこんなとこでつまづかれたくないんだよ」


「先のって、アタシと大して歳離れてないっすよね! 適当なこと言わないでくれっすよ!」


「お前は、知らないか。信じられないと思うが、俺はこれでも七十歳過ぎてるんだよ。チェルの力で時間を戻したからこんな姿なんだがな」


 青は掴んだままの手を放した。


「俺だって生きたくていきてるんじゃねえんだよ……。長く、近くにいる魔物がバグに変わる。これが俺のバグだ。お前にこの辛さが分かるか? 仲間が目の前で殺される気持ちが分かるか? 後をたくされてなきゃ飛び降りだろうが服毒ふくどくだろうがなんでもやってる」


 なんすかそれ……! アンタの苦悩なんて訊いてないっすよ! アンタの都合なんか知らないっすよ! アタシは迷惑なんてかけて……!


「じゃ、じゃあアンタはアタシの気持ちが分かるって言うんすか!?」


「あまり死にたがりに言っていい言葉じゃないが、気持ちは分かる。お前がどんなことでいくら悩みに悩んでるかまでは知らないけどな、頼れよ。バグだから吸血鬼だからとか同情しているからとかどうでもいい。お前が暴走しかけたらいくらでも戻してやる。生きる意味も教えてやっ」


 アタシは青の仮面を殴りつけていた。無警戒だったはたまたわざとくらったのか大きくよろけて壁にぶつかる。


 大量の灰が舞った。


 いっ……だぁ……。


 仮面が恐ろしく硬い物で造られていた。触れた部分が青くなっている。そして、紙芝居の場面が変わるがごとくそれはなくなった。


「なんでアンタはそう上から目線で物を話すんすか!? 普通に言えないんすか!? お礼なんて言わないっすから……! アンタが勝手にやってることすから! 言葉には責任持て!」


 自分が自分でない。自分が自分じゃなければいい。落ち着こうにも落ち着けない。無性にこみ上げてくる悔しさと下に見られている怒りが抑えられない。


 もう一度殴りかかるとあっさりとまた受け止められた。


 あーあー! 何してんすか! アタシはアタシでめちゃくちゃっすよ。


 行き場のない感情を目の前の魔物にしかぶつけれない。


 分かるはずない。こんな奴に分かられて堪るか。アタシの心の中は否定の嵐で荒れていた。言葉を発しようにもあらゆるものを否定するものしか口から出てこないはず。


「言ってることが支離滅裂しりめつれつすぎないか…………本来こうやって口喧嘩している場合じゃないんだ。事が終わったらいくらでも相手してやるから、行くぞ」


 青の拳を受け止める手がアタシの脇の下差し込まれ、抱えられる。青はアタシの後方の壁に向かって走っていた。それと一緒にアタシも運ばれていく。


「はっ!? ちょ、何してっ」


 辺りの光景が変わる。大樹のある広場だ。大量の不死人の中心だろうか。すぐそこにいたアルカナは無傷でも、他の戦っている魔物は深手を負っている。その多くは引っ張り出されたような者ばかり。


「あぉっ……シオン様、遅いですよ」


「悪い、じゃじゃ馬が中々に暴れてな」


 青はアタシを降ろすと左手に握られていた石を消して、


「誰がじゃじゃ馬……って、それ」


 代わりに現れた雷咎を押しつけられ、渡してきた魔人は逃げるようにアルカナの方へ歩いていった。二体は片っ端から不死人を倒し始める。


「そ、れ……」


 怒りがすっと消えた。考えるより先にアタシの中でよくないことを察した。


 柄に灰が付いていた。それも不自然に。刀を握るような形で湿った灰が付いているということは青以外の魔物からの灰とは考えられない。


 ――――謳架、生き、てるよね。


 そういえば殴ったときも妙にたくさんの灰が舞った気がする。

 もしかしてチェルさんと同じことができるって…………そんなはず、ないわけないっすよね。


「そっすね。生きてるっすよ。それより早く力を貸してほしいんすけど」


 ――――……わかった。行くよ。


 アタシは不安そうに返事をする雷咎の名前を口にして、前へ進んだ。




 戦闘は朝まで続いた。勿論そこで朝まで戦っていたわけではなく、街のあらゆるところを手分けして探して不死人を倒した。そしていないのを確認したとき、空は明るくなって戦闘に終わりが告げられた。


 青はいつの間にかいなくなっていた。多分もういつもの場所へ向かったのだと思う。アタシはその頃アルカナさんに道を案内されていた。とても見知らぬ場所から城へ戻れる気はしなかったのでありがたい。


「アルカナさんて、なんでここにいるんすか? いつもアーノルドのやろーの近くにいると思ってたんすけど」


「私は魔道具でいつでも来れますので昨夜のような事態があればどこにでも駆けつけます。アーノルド公のお側にいるのはあくまでも任務の護衛のためです。普段は日々の訓練を受けている毎日ですよ」


 アルカナさんはまだ警戒心を解いていなかった。話ながらも渇いた赤黒い血で刀身の紅くなった剣を握っている。


 街はまだ明け方で魔物の姿があまり見えない。けれど昨晩の騒ぎはもう知れていてもおかしくないはず。アタシが死にかけたもとい死んだ学園の一帯が大きく被害を受けた。そこだけ死傷者が多かったらしい。結局不死人が現れた原因はあのセシリアで間違いないが、アタシはこの事実を誰にも話していない。一応あとで青には訊くつもりだ。青ならセシリアという魔人を知っているはず。

 なぜなら、バグとアタシを決めつけていたからだ。


「ちなみにですが謳架様」


「はい? なんすか?」


「謳架様もバグなのですか?」


 …………えっと。


「一応そうらしいんすけど、青の近くにいるとなるとアルカナさんもすよね? アルカナさんもバグについて知ってるんすか?」


「はい、私もバグです。バグについては私は青様から聞いた限りですが承知しています。バグとは実験の障害物です。この世界は情報の集合体で創られています。同じく私達も。言うなれば私達魔物は神と自称する存在に正常に動くか試されているのですよ。そして私達は決められた通りに動いているか四六時中監視されています。青様が知る限り、私達が行った『異常』である行動は全て報告されています。なのでこの言動も、いえバグになった以上の動きは全て伝わっていますよ」


 アルカナさんは呟くような小さい声で、


「私達は逃げられません」


 スッと振り返る。


「絶対に。絶対にですよ」

 こんにちは。更新するのを忘れてはや2日。完成した二章の最後の二話を修正を何回もして急ぎながらも形にはできたと思います。二章の最後は謳架が吸血鬼と自覚するまで。そして形としては三章に続くような形で終わらせています。

 ではまた次の更新する時までさようなら。

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