09
その後もドキドキわくわくしっぱなしだった。以前も乗ったことのあるアトラクションのはずなのに、こんなに楽しいのはきっと、一緒にいる皆がそれぞれ楽しんでいるからだろう。会話や高揚感を楽しみながら回っているとお腹も減ってきて、私のお腹が訴えを起こした合図でお昼になる。
園内にあるいくつかのカフェの一つで、運良くテラス席に空きを見つけ、場所を取ると買出し組みの選抜になった。
「私、行って来るわ。綾は何にする?」
「紗依ちゃんにおまかせ~。美味しそうなの、頼みます」
「了解」
女子側はすぐ決まり、そうなると律君が行くのかと思いきや違った。紗依ちゃんは坂上君を従えて店内の注文カウンターへ向かう。背の高い二人は後姿だけ見ればお似合いで、何故かほんのりとお腹に熱を感じた。
一方、残された私達はとくに会話するわけでもなく、お互いちょこんと座っている。手持ち無沙汰でキョロキョロ見回していると、律君と視線がぶつかった。
こうして見るとやっぱり律君は、ライサンダーと似ている感じがする。優しげな印象がそっくりだ。でも心のどっかで〝違う〟と否定する自分もいる。かといって彼以上にそれっぽい人が思い当たらない。
「俺の顔に何かついてる?」
あまりにも見つめ過ぎたせいで、律君がおどけてくる。
「いや、いつも笑顔を絶やさなくて偉いなぁと思って」
本当にそう思ったのだけど、若干馬鹿にしているように聞こえてしまったかもしれず、慌てて弁解しようとしたが止められた。
「大丈夫、わかってるから。俺ってそんなに魅力的?」
普通の人が言えば「何言ってんの?」って白けちゃう言葉も、彼が言うと嫌味なく聞こえるのが不思議だ。きっと自分が人からどう見られ、どう行動すべきか知り尽くしているんだろう。
「確かに魅力的だけど、私の好みじゃないなぁ」
「そりゃ残念」
頭の後ろで手を組んで、背もたれに寄りかかる律君は全然残念そうじゃない。
「じゃあ守は?」
いきなり出てきた名前にぱちくりと目を瞬かせてしまう。
「何で坂上君?」
「いや、随分打ち解けてきたかなぁと思って」
まぁ朝から昼まで一緒にいれば、それなりに馴染む。ましてや、ほとんどの乗り物で隣同士に座れば当たり前だろう。
「うん。怖い人では無いってのはわかったよ」
むしろ好感を持ったと言った方が正しい。まだ気を遣ってくれているというのもあるだろうけど、一緒に遊んでいて少しも嫌な所が目に付かない。最初の印象通りの人だ。
「それは良かった」
大きく頷いてから口に人差し指を当て、意味深な表情。空気が変わった。
「実はね、あいつを連れてきたのはお詫びもあるけど、別の理由もあるんだよ」
「別の理由?」
やっぱり何か企んでいたらしい。眉間にしわを寄せ、口を尖らしてしまう。ろくでもないことだったら、さっさと紗衣ちゃんに言いつけないと。
「綾ちゃんにね、会わせたかったんだよ。あ、別にくっつけようとか思ってるわけじゃなくてね」
視線が買い出しに行った二人を追い、また私に戻ってくる。和やかに微笑む律君は、確かに変なことを企んでいるようには見えない。
「何で私に会わせたかったの?」
「それは秘密。本人から聞いて。俺からは言えないよ」
中途半端に貰った情報はすごく気になる。でも、どんなに言っても律君は笑ってかわすばかりで教えてくれる気配もなく、やっぱり本人に聞くしかなさそうだ。
「あ、でも付き合うのなら応援するよ。良いヤツなのは保証するし、そうすれば委員長も俺を見てくれるかもしれないし」
ふざけているのはわかっているけど、私は呆れて頬杖を付く。
「今ので高感度、だだ下がりだよ、律君」
「あ、やっぱり?」
律君は苦笑いになる。
「でもさ、委員長が一番好きなのって綾ちゃんじゃん。まずは君に勝たないと委員長は手に入れられなさそうで……」
「そういうことなら手加減してあげないよ。紗衣ちゃんが取られちゃうの、寂しいもん」
笑い合いながら宣戦布告をしたところで、ちょうど二人が戻ってきた。
トレーにはホットドックやサンドウィッチ、飲み物が載っている。それをテーブルに置くと紗衣ちゃんは私の方を向いた。
「何を話してたの?」
坂上君も気になるのかこっちを見てきたので、私はにっこり笑顔を作る。
「紗衣ちゃんの過去の栄光の数々。小学校の時、いじめっ子の男子をやっつけたこととか、集金の紛失事件のあった時、疑われそうになって真犯人捜しにやっきになってたこととか。他にも――」
「とりあえずその口を閉じろ!」
買ってきたばかりのホットドックが口に押し込まれる。粒マスタードがきいていて美味しい。
「委員長はやんちゃだったんだね」
「まぁ今もその片鱗はありそうだけどな」
男子二人はしきりに頷き合っていたが、般若のような顔で睨まれ口をつぐんだ。
「綾、あんまり言いふらすと、私もバラすわよ」
紗衣ちゃんが椅子に座りつつ、横目で睨みながら忠告してくるが、私はけろりとしてそっぽを向く。
「別にバラされて困ることしてないもーん」
「へぇ……じゃあ言っても良いのね?」
火に油を注ぐような態度に、紗衣ちゃんはぷっつんしたようだ。声のトーンが一つ低くなった。
「ピーターパンが来るかもしれないって言って、お泊り会の夜に窓開けて風邪ひいたこととか、妖精を探すんだって言って裏山に入って迷子になって、べそかいてるところ見つかったこととか。そうね、後は——」
「窓から入ってきた風でカーテンが舞い上がったのを、おばけと勘違いして大騒ぎしたこととか、一緒に裏山に入って、窪みに引っかかって転んで、スカートびりびりに破けて大泣きしたこととかもあったよね、紗衣ちゃん。で、他には?」
首をかしげて続きを促してみる。ひきつった顔でも私の親友は美人さんだ。
「幼馴染みって良いね、紗衣ちゃん」
「……そ、そうね、綾」
顔を合わせて笑いあうが、紗衣ちゃんのこめかみには青筋がぴくぴくと動いていて、口の端が引きつっていた。
よっぽどやり取りが面白かったのか、坂上君はまた吹き出した。律君も頑張って笑いをこらえているのか、変な顔になっている。ようやくギャラリーがいることを思い出した紗衣ちゃんは、真っ赤に茹で上がった。
「綾のせいよ」
「しっつれいな」
つーんっとそっぽを向いてホットドックをほおばる。誰に確認もしてないけど、すっかりこれは私のものになった。口もつけちゃってるし構わないだろう。
「二人とも仲良いよね。いつからの付き合いなの?」
「生まれた時からよ。病院が一緒だったの。お母さん同士がそこで仲良くなってね」
律君の問いに、ここぞとばかりに紗衣ちゃんは乗っかった。
「そういう二人は?」
「俺達は幼稚園から。いじめられっこだったコイツをかばってやってたの。偉いでしょ」
ぐるりと肩に回された腕を、坂上君はしかめっ面で払いのける。
「本当に偉いやつは自分で言わない」
「なんだよ。良いじゃんか」
仲が良いのはお互い様で、からかったり、じゃれ合ってる様子は長年の付き合いを感じさせる。何だかんだ言って、お互いを信頼し合っているみたい。
「あんなに可愛かったのに今じゃ俺よりでかいし、剣道の大会では優勝しちゃうし、変わったよ、本当。去年の十月に県の武道場であった試合で一本勝ちして優勝したの。あれはすごかったね」
身振り手振りを交えて話す律君は嬉々としていて、まるで自分のことのよう。こっちまで嬉しくなってくる。
「去年の十月っていったら綾も県営ホールで合唱部のコンクールがあったわよね。あの武道場の隣にあるホール」
「そういえばそんなのもあったねぇ」
遠くを見ながら同意していたら、律君が坂上君に何やら目配せをしたのが目に入った。坂上君はあえて知らん振りしているようなので、こちらも素知らぬふりをしておく。
その後もとくに何か反応するわけでもなく話は流れ、他愛もない話で盛り上がりながらだとすぐに食べ終わった。
腹もふくれると午後をどうするかという問題になり、テーブルの上に園内マップを広げて皆で眺める。
「何でも良いから好きなのに乗りなよ」
お詫びも兼ねた交遊会だから自由にって意味なんだろうけど、それじゃあ申し訳ない。
「じゃあ乗り物広場でパンダの車にでも乗ってきてもらいましょうか。あの百円で動いて夕焼け小焼けが流れるやつ」
「勘弁してください」
紗衣ちゃんの意地悪に、すぐさま律君は頭を下げた。
「冗談よ。そうね、食べた後だしのんびりしたのが良いかもね。天気も怪しくなってきたし、念の為室内のが良いかもね」
見上げれば機嫌の良かったはずの空は、段々と灰色に覆われていっている。もう少し覆われればライサンダーと会えるかもしれないが、会っても今は何もできないし、身動きのできない彼のことを考えると、こうして遊んでいることに罪悪感が浮かんできた。
「あ、鏡の迷路なんてどう?」
紗衣ちゃんが園内マップを指差す。
ウサギの乗った観覧車の絵の隣にはお城のような建物が描かれ、ミラーキャッスルと書いてあった。ちょうど良いことに、今いるカフェからそんなに遠くない。
「良いね。そうしよう」
満場一致で決定。男子達にトレーを片して貰い、その間に女子がテーブルの周りを汚してないか確認する。
「坂上はどう? 馴染めた?」
他の人に譲るためにテーブルから離れながら、紗衣ちゃんが切り出してくる。
「うん、それなりにね。寡黙なふりして笑いに弱いのは意外だったかな」
「それはあんたの言動が面白いからだと思うわ」
呆れ顔で肩を叩いてくるけど、さっき笑われたのは紗衣ちゃんとのやり取りだということを忘れないで頂きたい。
でも皆が楽しく笑えているのは良いことだし、私も楽しい。
「またこうやって皆で遊べたら良いかもね」
「そうね」
紗衣ちゃんは顔をほころばせた。




