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06

 オーディションのこととか微妙なことは多いけど、目的があると生活がぐっと変わる。彼の為にも早く映し人を見つけなくては。


 確かめるには魂の歌を歌う必要があるけど、そう何回も歌えない。手っ取り早いのは皆を一同に集めて歌を聞かせることで、それこそ校内放送とかで学校全体に流すって手もある。ただこれは大事になりすぎるから却下。そうなるとまずは候補者を集めなくちゃいけない。


「随分静かね。どうしたの? 考え事?」


 登校途中、紗衣ちゃんが顔を覗き込んでくる。

「うん、ちょっとね」


 誤魔化し笑いを浮かべてその場を取り繕い、正面を向く。けれどこっそりと、静かに考え事をさせてくれようと黙っていてくれる親友の顔を盗み見た。


 実は密かに紗衣ちゃんが映し人じゃないかと思っている。

責任感の強そうな所とか彼にそっくりだ。それに私のそばにいるだろうってライサンダーが言っていた。いつでも一緒にいる彼女は、映し人と性別が異なっても構わないのなら、一番それっぽい。


 二人目は芹澤律君。

ライサンダーは近くにいる気配がすると言った時、来たのは彼だ。優しい笑顔を絶やさない所とか似ている。性別も男だし、問題は無いはず。ただ騎士っていうには軟派っぽいかも。


 でもまだ足りない。候補者はできるだけ多い方が良い。他にそれっぽい人はいないだろうか、そんなことを考えながら歩いているとすぐに学校へ着いた。

校門を通り抜け昇降口に行くと、律君が下駄箱の前で待っていた。私達の姿を見つけ寄りかかっていた背中を離し、軽く手を挙げてくる。


「珍しいわね、朝早くに」


 正直、私達の登校は早い。始業の三十分以上前には教室にいるし、同じ時刻に学校にいるのは朝練をする運動部の生徒だけだ。そして律君は遅めに来る、女子の取り巻きの間を抜けながら。だからこそ、こうして一人でこんなところにいるのは珍しく、訝しげに紗衣ちゃんがつぶやくのも無理はない。


「おはよう、委員長、綾ちゃん」

「おはよう、律君。早いねぇ」


 指摘すると曖昧な笑みが返って来て、とりあえず何か用があるのは確かなようだ。


「おはよう。朝早くからこんなところで何を企んでるのよ?」


 つっけんどんな言い方。きっと彼女の頭の中には、過去の問題発言の数々が渦巻いているのだろう。


「そんなつれない言い方しなくても……。何も企んでないよ、本当。ただちょっとお願いが」

「それが企んでるっていうのよ。さぁ言って御覧なさい。特別に聞いてあげるわ。今日の私は寛大だからね! ただし聞くだけよ!」


 寛大というより尊大と言った方が正しい態度だったが、あえて突っ込まず、ここは黙って二人を交互に観察することにする。

 いつもと同じ様に微笑んでいるはずなのに、どこか律君は緊張して見えた。身構えている紗衣ちゃんは気付かないようだけど、やっぱり違う。その緊迫感に居辛さを感じ、早々と退場したい気になった。


「じゃあ私は先行くね」

「あ、待って。綾ちゃんにも話があるんだ」


 突然のご指名に目をしばたかせてしまう。これまで律君が私に構うことなんてそうそうなかったのに、一体どういう風の吹き回しだろう。

紗衣ちゃんだけならいつものちょっかいの可能性もあるけど、私にも話となると違う。私と紗衣ちゃんは顔を見合わせて首を傾げ合う。


言い辛そうなは律君は中々話を切り出してこず、地面を見つめている。数拍間を開けて、やっと意を決したのか大きく息を吸って話し始めた。


「——あのさ、色々迷惑かけたみたいじゃない、俺の事で」


 いつもだ、と紗衣ちゃんは言いかかっていたようだけど堪えていた。その言葉が先日の一件にかかってくることがわかるからだ。

彼女達が勝手にしでかした事とはいえ、大元の事柄は律君に関することだ。でも、そのことで彼を責めるつもりは私達にはない。


「それで二人に迷惑をかけたお詫びに……一緒に、遊園地でも行きませんか?」


 出された提案に、一瞬思考が飛んだ。

横を見れば紗衣ちゃんも同じ気持ちらしく、これほど面白い親友の顔を過去何年か見たことがない。小学二年生の時に、同じクラスの悪ガキにザリガニを顔にくっつけられた時以来のすごい顔だ。ちなみにその後、それをやった男子に対し、ボコボコに制裁を加えた。


 顔が文字通り凍りついた紗衣ちゃんは、言葉すら発さず固まっている。つついてみたけど反応がなく、律君も対応が取れず困っている。


「えっと……だめ、かな?」


 律君が覗き込むと抜けた魂が帰還したらしく、紗衣ちゃんは犬が水を払うかのようにブルブルと震えだした。両腕で肩を抱き、心底寒そう。


「だめ? だめっていうより恐怖よ! あんな屋上からバンジーしたいとか、文化祭は執事&メイド喫茶が良いよとか言ったり、あんだけ人に苦労をかけた人間がお詫び! 今まで一度もしたことなかったのにお詫び! 一体どういう心境の変化? いえ、違うわね。きっと何か企んでるのよ。きっとそう! ドッキリ企画とかそんなことなんだわ! 私は騙されないわよ。さぁ白状しなさい、芹澤律!」


 ビシッと人差し指を胸元へ突きつけて言い切る彼女にはきっと、敏腕弁護士か検事の霊が乗り移っている。裁判なら勝訴確定だが、これは可哀想すぎる。


「律君、行いを正した方が良いかもね」

「……反省する」


 さすがに笑顔が保てなくなったのか、彼はうなだれた。

 さて、ここは私の出番だろう。

ため息一つつくと紗衣ちゃんの手を下げさせる。


「紗衣ちゃん、人に指差しちゃいけません」

「綾、騙されちゃだめよ。きっと陰謀よ!」


 頑なな態度。でも耳はほんのりいつもより紅くも見えた。


「いやだな、紗衣ちゃん。律君は何も企んでないよ。純粋なお詫びでしょ? それとも紗衣ちゃんは人の好意を受け取れない冷たい人なの? ていうか、もし企んでいたとしたら、それこそ紗衣ちゃんが行かなきゃどうなるかわからないよ。遊園地でウチのクラスのパレードしようとか言い出すかも。それを止めるのは紗衣ちゃんの役目じゃないの?」


 そこまで言って一度止める。彼女の視線がゆっくりと円を描き、段々その通りだという考えに動いてきてるのがわかる。普段ならこんなに簡単に丸め込まれないのに、よっぽど混乱しているらしい。そしたら最後の一手で決まりだ。


「——そこまで拒否したらまるで、彼のことを意識してますって言ってるようなものだよ?」


 こそりと耳元でつぶやいてそっと離れ、ぎこちなくこちらを向く親友の顔に、満面の笑みで応えてあげる。


「……綾……あ、あんた…」

「綾はぁ素直な紗衣ちゃんがぁ好きですよぉ?」


 別に騙したり企てたりしたわけじゃないのに、紗衣ちゃんは詐欺にでもあったかのよう。拳を震わせながら目をつぶり、うなり声をあげた後大声で爆発し、普段どおりのきびきびとした彼女に戻った。


「わかったわ……行ってやるわよ……。ただし! 期末テストが終わってからよ。学生の本分は勉学! それが済んだら遊園地でも水族館でも行ってやろうじゃないの!」


 高らかに宣言し、ドスドスと象なみの足音を立てながら靴を履き替え、廊下を突き進んでいく様は特撮に出てくる巨大怪獣みたい。意地っ張りな親友を持つと苦労もするけど、面白くもある。

 先に行っちゃう彼女を追うように、私も靴を履き替える。


「助かったよ、綾ちゃん」


 さすがですとお手上げ状態だけど、律君は安堵しているようだった。


「何のこと? 私は紗衣ちゃんをからかっただけだよ。それより私まで誘ってくれなくて良いのに」

「いや、君にも迷惑かけたからね。後もう一人いるから、四人でちょうど良いでしょ?」

「うん、まぁ、確かにちょうど良いけど……」


 お二人さんの間に挟まれてしまうのは居辛いし、いたたまれない。馬に蹴られて宇宙の彼方へバイバイだ。かといってもう一人と言われても思い当たる人はいないし、見知らぬ人と行動するのは気が引ける。当日仮病を使うって手もあるが、それは誘ってくれた彼に対して、いささか失礼すぎるだろう。


「もう一人ってのは俺の幼馴染みなんだけど——」

「ああ、坂上君?」

「良かった、知ってた。まぁアイツも目立つしね」


 律君は柔らかに微笑む。

 つい最近知りました、とは口に出さないでおく。


「アイツも今回の件に遭遇したし、アイツへのお詫びでもあるんだ。知らないヤツがいるのは気兼ねするだろうけど、悪いヤツじゃないから、一緒に来てくれると助かるな」


 何て断り辛いお願いの仕方だ。本当に口が上手い。


「わかった。行くよ。それに、ここで行かなくちゃ、後々紗衣ちゃんから恨まれそうだし」

「ありがとう、綾ちゃん」


 キラキラしいスマイルを向けられて、思わず目を細めてしまう。

 イケメン、マジ怖い。こうして人をたらしこんでいくのね。


「じゃあ、詳しい話は後でメッセージ送るね」

「うん、お願い」


 私が頷くと、律君は教室に向かう様子はなくそのまま外へ行ってしまった。足取りが軽やかでやっぱり風みたいな人だと感じた。

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