04
夕飯もお風呂も手早く済ました私達は、パジャマ姿でテーブルにお菓子を広げていた。女の子のお喋りにはこれが必要不可欠。次々に箱や袋が空き、また新しいチョコの箱を開けてテーブルの上に置く。すぐさま紗衣ちゃんの手が伸びてきて、一つ摘まんだ。
「あの子達も暇人よね。人との仲を邪推しすぎてるわ」
「うん、まぁ実際仲良いしねぇ」
「どこがっ!?」
心底わからない顔をされて、私が困ってしまう。ここまで気持ちが届いてないというのも不思議だ。鈍いって言うより電波を受信するアンテナがついてないみたい。思わず紗衣ちゃんの頭の上を手で確認してしたら、払いのけられた。
「そりゃ話はするわよ。向こうから話かけてくるんだもの。でも、それを考えたら綾の方が構われてるじゃない。あいつが話しかけてくるのって綾といる時が多いし」
事も無げに言われた言葉に絶句してしまう。
「まぁ私に文句を言ってくるだけましね。綾にだったら、体育館裏に呼び出して実力行使に出そうだもの。綾、何かあったらすぐ言うのよ。倍返しにしてやるから」
力こぶを作りながら紗衣ちゃんは、請け負ってくれる。
紗衣ちゃんの言うとおり、背も高くすらっとして、尚且つ賢い彼女にケンカを売るのは勇気のいることだが、ちっちゃくのほほんとしている(様に見える)私には絡みやすいだろう。
ただ、もうどうしたら良いものか。まさかそんな風に思っていたとは、少しも考えもしなかった。
確かに律君は私によく話しかける。私に話しかければ、必然的に紗衣ちゃんも話に乗ってくるためだ。つまり四六時中一緒に居るわけだから話しかけやすく、話に乗ってくれる方に話しかけているだけ。現に彼は、私が一人の時にはそんなに話しかけてこない。
「彼女達は私には言ってこないよ」
取り巻きの人達も仲良くしてて腹を立てるのは、紗衣ちゃんにだけ。それは彼の瞳に特別に映っているのが彼女だけだと、何となくでも気付いているからだろう。律君が私や他の子達には取る距離や壁を、紗衣ちゃんには開け放っているからだ。
「そうかしら?」
訝しげに眉を寄せる彼女は、全くそういう思考に行かない様子だ。これじゃあ彼も報われないし可哀想にも思うけど、それ以上は私の問題ではないし、話が進まないので話題を変えることにする。
「そういえば助けてくれた男子って、律君の知り合いみたいだったね」
目立ちそうな人だが、他人にあまり興味が無い私には知らない人だった。首をかしげていると、紗衣ちゃんが答えを教えてくれる。
「ああ、坂上ね」
「知ってるの?」
きょとんとして聞き返せば、紗衣ちゃんは頷く。
「同じ学年なんだから、綾だって見覚えくらいあるでしょ?」
「え?」
「……え?」
しばし二人で見つめ合う。
「いやいやいやいや、見覚えあるわよね?」
言われて頭を捻ってみるが、ちっとも見た記憶が無い。
「うん、無い。本当にウチの学年?」
「間違いなくウチの学年だわ! 去年、私は同じクラスだったっつーの!」
「へぇ……」
私は別のクラスだったが、度々紗衣ちゃんのクラスには遊びに行っていた。しかしながら全く記憶に無い。
「全然知らなかったよ」
あっけらかんと言った私に、紗衣ちゃんは項垂れた。
「あんなに背が高くて目立つのに……」
「ああ、本当に背が高いよね。私と並んで立ったら親子に見えそう」
感想を漏らせば何故か半眼のまなざしを向けられたので、瞬きを返しておく。
「去年同じクラスだったから律君とも友達なんだね」
「というか、坂上は芹澤律の幼馴染みなのよ。去年、芹澤律に苦労させられている私の、唯一の理解者だったわ」
ようやく気を取り直したのか、チョコを口に放り込みつつ紗衣ちゃんは教えてくれる。
「あと剣道部で、段も持ってて、大会なんかでも優勝したり、強いみたいね」
「へぇ、すごいんだねぇ。ところで防具って汗臭くないのかな?」
率直に疑問を投げかけると、紗衣ちゃんは眉間に手を当てため息一つ。
「……綾と話しているとたまに、訳がわかんなくなるわ」
「お疲れ様です」
疲れたようなので労いの言葉をかけただけなのに、紗衣ちゃんは肩をずり下がらし、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
紗衣ちゃんが動かなくなったので、私はもう一度思い出そうと頑張ってみる。でもやっぱり無理で、諦めようとした時、ふと思い出した。
「そういえば、いつぞやかの昼休みに律君を呼んでたのってあの人かな?」
ぽつりと漏らせば紗衣ちゃんが体を起こしてくる。
「ほら、律君と紗衣ちゃんが仲良くソロの良さを語ってくれた時の」
「仲良くってところに異議はあるけど、そうね」
紗衣ちゃんは頷いた。
「助け船を出してくれたんでしょ」
声色には信頼がこもっていて、ちょっとだけ驚いてしまう。
これは、律君は本格的に行動を正さないとまずいのではなかろうか。今度会った時にでも忠告してあげた方が良いかもしれない。
「にしても中々現れないわね。こうしてると本来の目的を忘れそうだわ」
ふいに時計を確認し、紗衣ちゃんは深く息を吐く。
「いや忘れないでよ」
慌ててつっこみを入れると、紗衣ちゃんは声を上げて笑った。
「冗談よ。でもいつ現れるのかしら? 一向にその気配は無いけど。あの鏡よね?」
二人して全身鏡に目を向ける。
鏡は相も変わらず部屋の中を映し続け、何の変哲もないただの鏡のままだ。
若干忘れかけていたが、今日の目的は彼女にライサンダーを見せることだ。そしてできれば映し人捜しに協力してもらう。ついでに紗衣ちゃんが映し人じゃないか確認もして貰えば、一石三鳥。そういう目論見がある時にかぎって、上手くいかないものだ。
「いつも何時くらいに現れるのよ」
「いつもっていうか、前回はお風呂出た後だから九時くらい?」
その時間はとうに過ぎている。時刻は十一時半。そろそろ寝ても良い時間だ。
「諦めて寝ますかね」
紗衣ちゃんは私と違ってそこまで熱心じゃないため、伸びをして大きなあくびをしている。
「まだ良いんじゃない? ほら、向こうの都合だってあるでしょ」
「都合も何も、時間の概念があるかも怪しいわ。だって妖精って名乗ったんでしょ? 向こうでは一日くらいのことがこっちでは十年とか。更に言うなら悪戯の可能性も否定できないわね。妖精は悪戯好きって綾、言ってたわよね」
現実的なくせに、幻想趣味の親友から言われたことをきちんと覚えている人って手強すぎる。その通りかもって感じがして否定できない。
でも、ちょっとだけ嬉しくなる。
「紗衣ちゃん、その言い方だと信じてくれてるってことになるけど?」
鏡に妖精が映って私と話したということを前提にした言い方。多少なりとも信じてくれていたのなら嬉しい。
「うん、まぁ、そこそこね。……とりあえず今日は寝ましょうよ。これ以上待っても出てくるとは思えないし」
正直私もそう思う。これ以上食い下がってもダメそうだし、意見に賛成して寝ることにした。
ベッドを紗衣ちゃんに譲り、電気を消して床に敷いた布団に潜ると、窓から月の光が差し込んできて部屋を少しだけ幻想的に照らし出した。
どうしてライサンダーは現れなかったんだろう。
やっぱり無理に私に助けを求めたから、魔女に気付かれてしまったのだろうか。
次元の狭間なんかじゃなくて、もっともっと深い所に閉じ込められていたりしたら、どうにもならない。私はただの人間で、彼が助けを求めてきても人を捜すくらいしかできないのだから。
暗くなった気分を払いたくて寝返りをうつ。
大丈夫。
まだできることは残っている。手遅れじゃないかもしれないし、ライサンダーの映し人を捜し出すべきだ。
決心すればやる気も湧いてくる。明日からでも行動するために、充分な睡眠は必要不可欠だ。寝る体勢を整えるため深呼吸をすると、紗衣ちゃんが話しかけてきた。
「綾、起きてる?」
「うん?」
ベッドの上でもぞもぞと動く気配がして、ベッドの上から顔が覗いた。
「ライサンダーって美形なのよね? 見れなかったの、残念だわ」
いつでも信じる余地を残してくれる紗衣ちゃん。本当大好きだ。
「きっと会わしてあげられるよ。そんな予感がするの」
おやすみを言い合って目を閉じる。
月は静かに部屋を照らし続け、夜は段々と深まっていった。




