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冷たい地下牢とかに閉じ込められるのかと思ったら、意外と居心地の良い部屋に閉じ込められた。
絨毯も敷かれているし、ソファは柔らかい。ただ他に家具は無くて、窓も無く、入った瞬間入口すら消え失せた。その摩訶不思議な魔法にはときめいたし、見張りのためとライサンダーも残ってくれたから話し相手もいる。悪くない囚人生活だ、歌を歌う気分にはなれないけど。
「綾、どうして大人しくしていなかったのですか?」
向かいに立つライサンダーの咎めるような言葉に、私は肩を竦める。
「だって、あんまりにも二人が意地っ張りだから、つい言葉が出ちゃったんだもん」
まるで中々素直になれなかった、どっかの誰かさん達を見ているみたいだった。世界や地位なんかが違っても、やってることは変わらないらしい。
「それよりライサンダー。私、あなたにも言いたいことあるの」
「私に?」
「そうだよ」
腰に手をあてて鼻息荒い私とは正反対に、ライサンダーは何の事だか見当もつかないよう。尚更それに腹が立つ。
「どうして魔女を殺そうとしたの?」
女王の話じゃ二人は恋人同士だったみたいだ。そもそも幽閉したのだって助けようとしてやったことだ。手段はまずかったけど、もう少し話を聞いてあげたって良かったと思う。
「まさかどうせ王の物になってしまうなら、いっそのこと——とか馬鹿なこと考えたんじゃないでしょうね?」
そこまで思いつめるタイプじゃないかもしれないけど、恋愛は人を愚かにもさせる。そういう思考に至ってしまう可能性は否定できない。
「そうしようと……思ったわけではありません」
でも考えたことはありそうな言い方。なんて似た者同士なんだ。
「彼女はあなたを助けてくれたんでしょ? 感謝こそすれ、殺そうとするなんて恩知らず。それってすごく騎士っぽくないよ」
「あなたに何がわかるんです?」
さすがにライサンダーも腹を立てたみたいだった。騎士である彼の誇りを傷つけてしまったのかもしれないが、それでも言わずにはいられない。
「ライサンダーは魔女に、王に言い寄られてるって相談されてたの?」
「……はい」
「じゃあ何で助けてあげなかったの?」
私の厳しい視線を避けるように、ライサンダーはそっぽを向く。
「私は一介の騎士にすぎません。どうしろと言うのですか」
「渡すもんかって、自分だけを見てろって言えば良かったじゃない! そうすれば魔女だって思いつめなかったかもしれないのに!」
恋人からの想いが感じられなかったのも、思いつめた一因だと思う。
「それに、手に入らないからって相手の恋人を殺すとか言う人に、好きな人を渡しても良いの?」
そんなヤツに渡したって、幸せにならないのが明白だ。
「アヤ、王は絶対の存在なのです。例えそれがどんな命令でも、従わなければ秩序は守られない。それに背いたのならば、しかるべき処罰が必要なんです」
「だからって自分を殺せって言った王様のために、好きな人を、助けてくれた人を殺すの?」
「それが王の騎士です」
きっぱりと強い瞳で言い切って譲らないけど、こっちだって譲ってなんかやるもんか。
「本当に忠誠を誓っているのなら、間違いを正すのも大事だと思う」
私も毅然として言い放つ。
自分勝手に振る舞うのは王として、上に立つ者として褒められたものじゃない。例えばそれが人のためになっているならともかく、なっていないのなら、その身を挺してでも諫めるのが忠臣ってもんだろう。
私から見た彼は優しい人だった。
自分に自信があって、揺ぎ無い意志を心の灯した誇り高き騎士。木漏れ日のように、かすかに優しさを分け与えてくれる、そんな人。だからこそ魔女は彼に惹かれたのだろうし、私だって憧れる。でも今の彼は曇っていて、すごくかっこ悪い。
「ねぇ、私に自信を持てって励ましてくれた、優しいライサンダーはどこにいったの? 私を励ましたように、どうして魔女にも優しくしてあげなかったの? 魔女、泣いてたよ」
「見たのですか?」
弾かれたようにこちらを見るライサンダーはうろたえていて、やっぱり魔女のことを心配してるみたい。
「池が見せてくれたの。魔女、泣いてた。すごく哀しそうだった。好きなんだったら、泣かせちゃダメだよ」
好きだから笑っていて欲しい。その人に一番、似合う姿でいて欲しい。幸せでいて欲しいし、喜ばしてあげたい。恋ってそういうもんじゃないの?
「ライサンダーは魔女のこと好きなんでしょ?」
その問いに、ライサンダーは体をこわばらせて動かなくなり、そのまま答えをもらうことができずに話は途切れた。ちょうどそこに消えていた扉が現れ、兵士が入ってきたからだ。
「時間です。法廷へ」
兵士達に囲まれ、私は連れ出された。 静まり返って誰もいない廊下を抜け、厳かな扉の前に立たされると、さすがに冷や汗が溢れ出てくる。重たい音を立てながら扉は開き、また足を進めていく。
正面の壇上に、王があくどい笑みを浮かべながら、ふんぞりかえって座っている。隣には微妙な空間があり、空の座席。おそらく女王であるタイタニアの席なんだろうけど、姿は無い。
私は王を睨み付けながら、物珍しげな傍聴者達の視線やヒソヒソ話に耐えつつ、中央の被告人の立つ台の上に登った。
付き添ってくれていたライサンダーもそばを離れ、壇上の前、王の左下に控えた。代わりにのっぽと体格の良い二人の兵士が私の後ろに立ち、逃げられないようがっちりと固める。兵士達は法廷用の格好なのか、布の覆面をかぶっていて、顔を窺うことはできなかった。
「開廷する」
王の宣言と共に低い鐘の音が響く。それが私の命がもうすぐ消える合図じゃないことを祈りながら、罪状が高らかに読み上げられるのを聞いた。
「被告人は人間でありながらこちらの世界に侵入し、好き放題暴れまわった。禁忌を犯した者には厳重なる罰が必要だ」
読み上げたのは王で、どうやら王が検事と裁判長を兼ねているらしい。そんな裁判でどうして公平に裁きが下せよう。
どうせ有罪になるのなら、この際とことん文句を言ってやる。
「誰が暴れまわったのよ。ただあなたの見栄っぱりさを指摘しただけじゃない。子供みたいに気に入らないと癇癪起こして、随分とわがままな王様ね! 付き従う家来達が可哀想だ!」
日頃よっぽど苦労しているのか、何人かが頷きかけ、王にじろりと睨みつけられ、身を竦めた
「しかも反省も見られんようだ。誰か、事の重大さを説明してやれ」
「では僭越ながら、わたくしめが説明しましょう」
ひょろりとして、骨と皮しかなさそうな老人が立ち上がる。とんがり帽子を被り、ローブを着て、モノクルを付けている。文官というよりかは学者さんか何かなのだろう。少なくとも王様よりかは賢そうに見える。
「えー……人がこちらの世界に来たことにより、次元が不安定になっております。詳しくはこちらを見ていただきたい」
老人の袖からハンドボールくらいはありそうな大きさの丸い水晶を取り出し、宙へ放り投げた。水晶は落ちる事無くそのまま浮かび上がり、法廷の中心で大きくなっていく。
そこには多分、妖精の世界と思われる映像が流れていて、確かに美しい自然の世界なのに黒い霧が漂って月の光を遮断し、植物達もあまり元気がなく見える。
「次元の歪みより出る瘴気が、王国を曇らせています。加えて魔女の不在により力の循環が滞り、枯渇する状態。極めて深刻と言わざるを得ないでしょう」
「え? ホントに?」
水晶の中の世界は言われたとおり問題だらけで、それが本当に私の来たせいだというのなら困る。いや困るだけじゃない、住んでいる人達には死活問題で、どうすれば償いきれるのかもわからない。
「わかったか、娘。お前が来たことにより、どれだけこの世界が不安に陥ったかを」
法廷全体から憤りを宿したまなざしが私を突き刺すて、呼吸すらままならない。
「どうたぶらかしたのか知らないが、私の騎士を惑わせ、魔女まで別の世界に隔離。か弱い振りして、とんだ災厄だ。その命を持って償うが良い」
法廷は満場一致で私の死刑を望む。恨みをぶつける罵倒の言葉が降り注ぎ、悲哀を含んだライサンダーのまなざしも辛い。私がここにいるだけで色んな人が不幸になるのなら、いなくなるしかない。
でもそれは本当に私の責任なら、だ。
「ちょっと待った! 私は聞き逃さなかったわよ! 私はライサンダーをたぶらかしてないし、魔女を隔離なんてしていない。魔女は自分の意思で私の世界に来たし、それというのも大元はあなたのせいじゃない!」
どさくさに紛れて魔女の不在や、自分の責任まで人になすりつけるなんて何てやつだ。王というか男というか、人の風上にも置けない。妖精だけど。
「忘れたとは言わせないわよ。奥さんがいるくせに魔女に言い寄ったせいで、魔女が思いつめちゃったんじゃない! しかも自分のものにならなきゃ恋人を殺すとまで言ったんでしょう。そのせいで今回の問題が起こったのよ。色んな人に迷惑掛けて、まるでつむじ風! 私のせいの部分もあるかもしれないけど、全部人のせいになんかするな、この馬鹿殿!」
「ば、馬鹿……何だと!? 何を訳のわからんことを! 兵士達、その娘を黙らせろ!」
「黙るもんですか! 女王に構って欲しくて他の女の人に手を出しまくってるくせに! 好きなら好きって素直に言って、とっととプロポーズでもして来やがれ!」
ふんっと鼻息を最後に吐き出して言い切り、腰に手を当ててふんぞり返る。立つ位置は向こうの方が高いけど、気分的には見下してやる。
体裁も見てくれも、すっかり気を回していられなくなった王は、髪を振り乱しながら怒りわめき散らしている。一番の被害者は、唾や振り回す手の当たる近場の人達。離れた場所の人達も何が何だかわからない様子で、ぽかんと口を開いて呆けていた。
「その娘を殺せ!」
「王!」
ライサンダーは何とか止めようとしてくれたみたいだが遅い。命令で我に返った体格のいい兵士が、金属音を響かせながら剣を抜き、振り下ろした。
「アヤ!」
ライサンダーが深みのある声で名前を呼ぶ。
私は反射で目をつぶり、両手で頭をかばう。その上で剣が風を切る音がした——けれど、体のどこも痛くない。
不思議に思いうっすら目を開いてみると、体格のいい兵士の剣はのっぽの兵士の剣に止められ、私に届いていなかった。
困惑し、隙のできた兵士をのっぽが殴り飛ばして昏倒させる。
「——意外と鈴代は喧嘩っ早いんだよな……。見てて肝が冷えた」
聞き覚えのある声、のっぽの兵士が頭にかぶっていた布を脱いでいく。その下にはやはり見覚えのある顔。
「坂上君!」
「あー……。間に合って良かった」
安堵のため息をつく彼はどう見ても坂上君だ。いるはずのない人物の登場に思考回路がエラーを起こしそう。
「ど、どうしてここにいるの? ていうかその格好……」
展開が速くてついていけないのは私だけじゃない。王も口をぱくぱくと池の鯉みたいに開けたり閉めたりしている。顔は崩れていないけどライサンダーも度肝は抜かれたらしく、瞠目している。
「わたくしが手引きしました」
扉がまた重い音を立てながらゆっくり開く。その間から、女王が堂々と進入してくる。その様は毅然としていて美しく、まさに女王の名にふさわしい。
「タイタニア……。お前には謹慎を申し付けていたはずだが?」
「生憎とわたくしは女王であって、妃ではありません。王の命令に従う義務はございません」
しれっと言い放ったタイタニアを、王は苦い顔で睨み付ける。
「だからと言って、人間を更に呼び寄せるなど、重罪だぞ」
「わたくしが重罪と言うのならあなたはどうなのですか、王よ。すべての元凶はあなたですよ」
苦々しげな王の噛み付きを軽くかわして、女王は鼻を鳴らす。そしてゆっくりと、この場にいる全員を見回した。
「わたくしは、過ちを正すために参りました」
女王の登場と宣言に、益々場は混迷を極めていった。




