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『そこの者、聞こえていないのですか?』


 美女は青や黄色の入り混じった不思議な色の瞳で、私を見つめてくる。


「綺麗なお姉さんは大好きです!」


 思わず私は言明してしまう。美女はもちろん、言葉に詰まって固まった。


「あ、すみません。つい、本音が。で、あなたは誰ですか?」


 水を向けてあげれば美女は気を取り直し、呆気にとられた顔を元の凛としたものに戻した。


『わたくしはタイタニア。妖精の女王であり、妖精王の妻でもあります』

「女王様!」


 彼女の雰囲気ともぴったりで、あっさり信じられる。


「女王様が何で私を呼ぶの?」

『あなたを保護するためです』


 端的な答えを告げ、女王はほうっとため息をつく。


『あなたが、追ってくる者達に捕まりたいと言うのであれば、話は別ですが』


 そんなこと言うわけがない。


「保護して欲しいです! で、できれば元の世界に帰して欲しいです!」


 挙手をして望みを発せば、女王は深く頷いた。


『では、まずこちらへおいでなさい。詳しくはこちらで話しましょう』

「はい! で、どこに行けば良いんですか?」

『こちらです』


 女王の手が円を描くと水が渦巻いていく。もしや、この渦に飛び込めと言うのではなかろうな?


『飛び込みなさい』


 言われましたよ、コンチクショウ。


「ええい! 女は度胸!」


 怖い気持ちもあるけど、不思議に触れられるのと喜びと、このままここにいるわけにもいかないっていう現実もあり、両頬を叩いて気持ちを奮い立たせる。


「行くぞ! とう!」


 ためらわない様に一気に地面を蹴って、私は渦へ飛び込んだ。

 一瞬の浮遊感の後、私は床に倒れ込んだ。カーペットが敷かれているけども、痛いことは痛い。這いつくばったまま周囲を確認する。


 幾何学模様の描かれた床は輝くほど磨かれていて、部屋の中央にはテーブルセット、端にはキングサイズはあろうかという天蓋付きのベッドがある。天井も高く、そこには水晶でできたシャンデリアが掛かっていて柔らかで幻想的な光で周囲を照らしており、その光を受けて部屋の主であるタイタニアが凛と佇んでいた。


「起きなさい」


 開口一番、命令である。

 労りの言葉もくれても、バチは当たらないと思う。


「こちらへお掛けなさい」


 私はむくれつつも立ち上がると、勧められた椅子に座ると、タイタニアは無言のまま、陶磁器の茶器でカップにお茶を注ぎ、私の前へ差し出してくれた。


「いただきます」


 正直、喉がカラカラだったので、申し訳ないけど先に頂くことにする。一度口に付ければ、味わう余裕も無く、一気に飲み干してしまった。

 タイタニアは空っぽになったカップにもう一度お茶を注ぎ入れてくれ、それから向かいの椅子へと腰を下ろした。

 喉も潤い落ち着いた私は、ようやく落ち着いて女王に向かい合う。

 タイタニアはすっと背筋も良く、品格もあり、きつい印象を受ける美人だけど、不思議とどこか親しみを感じた。


「体に不具合はありますか?」


 口火を切ったのはタイタニアで、淡々とした声色ながら、一応は心配してくれているらしい。


「はい。喉は渇いてたけど、今潤ったし、特に問題はありません」

「そうですか」


 タイタニアはお茶を一口飲む。


「あなたがこちらの世界に来ることになった原因は、ライサンダーとハーミアですね?」

「どうしてそれを?」


 私は目をしばたかせる。

 さすが女王様、見てもないことまでわかるなんてすごい。とか思ったけど、そうじゃないらしい。


「ハーミアの様子がおかしかったので、様子を窺っていました。ハーミアも愚かのことをしたものです」


 吐き捨てるように言うが馬鹿にした感じじゃなくて、自分に向けても言っているようだ。


「巻き込まれたあなたには申し訳ないことです。責任をもってわたくしが元の世界へ返しましょう。ですがその前に、どうしてあなたがあの二人と関わったのか、その辺りの事情を聞かせて貰えますか?」

「事情と言っても……」


 私もきちんと理解しているか、微妙なところだ。だから整理もかねて、ライサンダーと出会った所から、順番に話していく。


「それで、運良く映し人が見付かって、ライサンダーは脱出できたんですけど、気付いた魔女が追っかけてきたみたいで、戦いになっちゃったんです。でも、魔女がライサンダーを閉じ込めたのは、ライサンダーを助けたかったからみたい、だった、し……」


 最後は尻すぼみになってしまう。

 ライサンダーが王に殺されそうになったから、魔女はライサンダーを守るために閉じ込めた。そして、目の前にいるのは王の伴侶で、女王様。


 私、もしかして、すんごいヤバイ状況にいるんじゃないか?

 今更ながらに気付いて、自分の迂闊さ、警戒心の無さにあきれ果ててしまう。出されるままに飲んじゃったけど、お茶に何か入ってたらどうするつもりだ、私!


「安心なさい。私はあなたを害しはしません」


 私の顔色を呼んだのか、タイタニアは言った。


「でも、ライサンダーの事を殺したりはしますか?」


 やけっぱちで爆弾を投下してみれば、女王は目を瞠った。


「王の騎士を殺す? 何故わたくしが、そんなことをせねばならないのです?」


 心外な言葉に対しても、さすが女王。感情を荒げることなく返してくる。そして、その返事は決して誤魔化しや取り繕うものでも無くて、やはりタイタニアは信じられると思えた。


「魔女は王がライサンダーを殺そうとしていると言っていました」


 私の言葉に、女王はこめかみに手を当て、大きく息を吐いた。


「一体、何を馬鹿なことを……」

「でも、王様がそう命令したんじゃ……?」


 口にしてすぐ、それは違うと気付く。

 魔女は「殺されてしまう」と言ったけど、そんな命令をされたわけでもないし、ライサンダーも「王に背いた」とは言ったけど、「王命に背いた」とは言っていない。


「あれ? もしかして勘違い?」


 その問いに、女王は違う答えをくれた。


「あの二人は想い合う仲でした」


 遠まわしな言い方に一瞬考え込む。


「え? つまり恋人同士ってこと!?」


 それが何であんな殺し合いをする仲になっちゃってるんだよ。

 驚きの余り、立ち上がって椅子を倒してしまった。


「おそらく、いくら口説いてもなびかないハーミアに、振り向いてくれなくてはライサンダーを殺したくなるとでも戯れを口にしたのでしょう」

「え? じゃあ、魔女は王の冗談を本気にしてしまって、あんな行動に出てしまったと?」


 間抜けな沈黙が場に落ちる。 

 ちょっと、その行動力は別の所で発揮すべきじゃ無かろうか?


「王がハーミアに言い寄っているという噂は聞き及んでいましたが、まさかこんなことになるとは……。わたくしに相談してくれれば良かったのに……」


 女王はまたため息をついて瞳を閉じた。


「いやいやいや! 『あなたの夫に言い寄られてます』なんて、普通言えないですから!」


 魔女もズレてるけど、女王もズレてる。それとも、妖精と人との価値観の違いだろうか。


「王は好色家です。今更愛人の話ごときで、わたくしはうろたえたりしません。そのことをハーミアも知っているはずです。わたくし達は友人なのですから」

「いや、友人なら尚更言えないし!」


 わざわざ親しい人に不快な情報を届けるヤツを、“友達”とは言わないだろう。やっぱりズレてる。

 しかも、タイタニアはどこか意地になってる感じもする。「そんなことでうろたえる女じゃないわ」って強がってる感じ。私でさえそう感じるんだから、友達っていう魔女だって、当然気付いていただろう。


 それを指摘して良いものか言い淀んでいると、にわかに部屋の外が騒がしくなる。そして、荒い音を立てて扉が開かれ、王と騎士と思われる人達が、ズカズカと遠慮もなく部屋へ侵入してきた。外にも何人もの兵士達が待機しているのが見える。

 女王は眉間に深く皺を刻み、不快感を露にしながら立ち上がった。


「わたくしの部屋に無断で入るとは、随分無礼な行いをするものですね」

「私は王で、お前は妻だ。妻の部屋へ入るのに了承がいると? そんなことより、ここに人間がいると思ったのだが?」


 はっきりと私を視認しているくせに、嫌味なことだ。

 睨み合う女王と王の間には火花さえ見えるよう。

 そっちも気になるが、それより私の視線を釘付けにしたのは、王の後ろに控え、澄ました顔のライサンダーだ。私を見ても表情を変えず、凛々しい。


「そちらの人間を引き渡して貰おうか。侵入者は捕らえなければ。ライサンダー」

「はい」


 指示を受けてライサンダーが私を捕まえようと歩みだしたが、女王が手の平を突き出し、制止する。


「ここはわたくしの部屋です。あなたの騎士が好きに振舞うことを許しません。それに、この者は被害者です。そちらの騎士が随分と情けないことに、この者を巻き込んだために起きた事故です」

「言いがかりは止めてもらおうか。彼は背反した魔女の手より戻った、私の忠実なる騎士だ」

「それについて、わたくしと意見が異なるようですね」

「私に背き、私の騎士を次元の狭間へ幽閉したのだ。反逆と言っても過言では無かろう?」


 王は大袈裟に嘆息し、ライサンダーを見やる。


「そうだな、ライサンダー?」

「はい」


 何の感情も浮かべず、ライサンダーはただ工程を告げた。瞳は冷たく冷え切っていて、やはり最初に会った時の雰囲気は一切ない。

 その様子に女王はすっと目を細めた。


「ライサンダー、あなたはもう少し思いやりがあると思っていました。どうやら、わたくしの勘違いだったようですね」

「思いやりなど騎士には必要ない」

「なるほど。主がこうであれば、騎士も朱に染まるのも頷けます」


 悪びれもしない王の態度に、女王は我慢の限界を迎えたのか、いささか語調が強くなる。


「そもそも、あなたが彼女に想う者がいるのを知りながら、言い寄ったのが問題でしょう。それを袖にされたからと言って、何が反逆ですか。あなたが彼女を追い詰めたのでしょう!」

「ふん。私の空虚な心を彼女が満たしてくれると思ったから思いを伝えたまでよ。それの何が悪い。お前に関係あるのか?」

「彼女はわたくしの友人です。あなたがどんな女性と火遊びしようが構いませんが、わたくしの友人を巻き込むのは止めてくださいませ」

「友人であれば、人の恋路に口を出して良いと? 随分と傲慢な!」


 二人は周囲をそっちのけで口喧嘩を始めてしまう。

 その言い合いを、私は黙って聞いていたけど何かが引っ掛かった。何だろう、この感じ。何だかその言い方って——。


「女王に構ってもらいたいの?」


 ぽろりと漏れてしまった一言に、場は凍りついたように時を止めた。外にいる兵士達ですらあんぐりと口を開けて間抜け面をさらしている。


「あ、あなたは一体何を……?」


 いち早く我に返った女王は、何とか声を絞り出した。


「だって、そんな言い方だったから」


 どうやら王と女王の仲はそんなに良くないようだし、それが周知の事実のようだけど、実際はどうなんだろう。

 関係ないとか言ってるくせに、女王も噂を耳に入れてたりして、王の女性関係は気にしてるみたいだし、王も気を引きたくて色んな人にちょっかいをかけてるみたいだ。そう思えばしっくりくる。あえて女王の友人に手を出そうとしたのも、今までは反応が薄かったからとか? それが理由なら納得できる。理解はできないけど。


「そんな回りくどいことしないで、好きなら好きって言えば良いじゃない、王も女王も。素直になれば良いのに」


 好きになったほうが負けとか、そんな意地の張り合いをしているのでもあるまいし。

 ざっくばらんに言い切ったのは良いけど、今まで誰も指摘しなかった事柄に、誰もが放心状態。逃げるなら今の内だが逃げる場所のあてもなく、非常に残念だ。


「——ず、ずいぶんと、好き勝手言ってくれるものだな!」


 口の端を引きつらせながら、王が指差してくる。なんとか威厳を保とうとしているようだけど、図星を突いてしまった後となっては怖くない。


「兵士達! この不法侵入者を捕まえろ! 法廷で裁きを下す。娘、恩赦など期待するなよ!」


 ガチャガチャと鎧を鳴らした兵士達に、私は両腕を掴まれる。王にじろりと睨みつけられたけど、怯んだりなんかするものか。べーっと舌を出してやる。

 でも、弁護士って請求できなさそう?

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