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01

「鏡に映るのって幽霊?」


 私の質問に親友である紗衣ちゃんは口をあんぐり開け、箸を手のひらから落とし、動きを止めた。

賑やかな昼休み、私達の机だけは時を止めたように静かになり、一番廊下側の席ということもあいまって隔離された感じになる。しばらくして我を取り戻した紗衣ちゃんはわなわなと拳を震わせ、いきり立った。


「綾、あんた、私が怪談話嫌いだって知ってるわよね?」


 笑顔に反して声は低いし、ドスがきいててかなり怖い。でもそれに怯むことなく口を尖らせて反論する。


「ただ聞いただけじゃない。怖い話はしてないでしょ?」

「してる。〝ゆ〟が付く言葉を言う時点で怖い話なのよ」


 すごい暴論。

〝ゆ〟が付く言葉なんてたくさんあるのに。でもそれを口にするほど私は馬鹿じゃない。これ以上怒らせて話を聞いて貰えなくなるのは嫌だし。


「私がしたいのは怖い(ホラー)じゃなくて、不思議な(ファンタジー)だよ。昨日の夜、髪を乾かしてたら鏡に人影が映った気がしたの」


 遮られる前に言い切った私を紗衣ちゃんが睨み付ける。恨みがましいその目は「どこが怖い話じゃないんだ」って言っていた。


「良いこと、綾。この世に幽霊なんて存在しないのよ。それは気のせい。そうね、きっと湯気よ。湯上りさっぱりぽっかぽか。ほこほこ湯気がたっていたって不思議じゃないわ」

「でも――」

「湯気よ」


 取り付く島もない。全く持って真正面から全否定だ。しかも嫌がっていたくせに自分で幽霊と言ってしまっている。なんだか本末転倒じゃないか。

 幽霊嫌いな人っていないと言いつつ、信じているからこそ怖がってるって思うのは私だけだろうか。だっていなきゃ怖くないし。でもこれも胸の中にしまっておいた方が良さそう。


「まぁ湯気でもいいけどさぁ……」


 そんなつもりはなくてもしょぼくれた声が出てしまう。さすがに悪いと思ったのか、紗衣ちゃんはまたお弁当を食べ始めながら話題を振ってくれた。


「百歩どころか千歩譲って映ったとしましょう。綾は何だったらいいの?」


 それは盲点だった。映ったものが何だろうと考えてばかりで、何だったら良いとかそんなことは思ってもみなかった。確かに私としても幽霊ってのはいただけない。湯気なんて以ての外だし、だとしたら何だろう。


「——妖精、とか?」


 盛大なため息が親友の口から漏れる。請われたから言ったのにその態度はないと思う。


「予想通りすぎるわ」

「おかげさまで」


 べーっと舌を出して皮肉る。どうせ私はメルヘン思考だ。


 魔法、妖精、ドラゴン。そういう不思議なものがこの世にあると思っている。誰もが幼い時は信じるくせに成長するにつれ忘れ去り、信じなくなる事柄を。

 それが悪いことだと思ってはいないけど、信じなくなった人達はその考えを他に押し付けてくる。わざわざ「そんなもの無いんだよ」と教えようとするなんて大きなお世話だ。誰にも無いと証明することはできないのだから。


「まぁ綾は嘘をつかないから、本当に何か見たのだと思うけどね。あんまり期待しない方が良いと思うわ。きっと湯気よ」


 紗衣ちゃんは不思議を否定しつつも私の趣味、思考までをも否定したりはしない。忠告はするけど。だから紗衣ちゃんは大好きだ。


「うん、まぁほどほどに期待しておくよ」


 現実主義の彼女が譲歩してくれたのだから、私もそうするべきだろう。

 お互い笑い合ったのと同時に横の窓が開けられ、廊下から闖入者が現れる。


「委員長、ちょっと良い?」

「良くないわ」


 にべもなくきっぱりと即答する紗衣ちゃんは、顔すらそちらを向けなかった。その態度に侵入者たる芹沢律君も困ったように眉を寄せた。


「せめて内容ぐらい聞いてくれないかなぁ。綾ちゃんもそう思わない?」

「何で綾にふるのよ」

「そりゃあ委員長が話を聞いてくれないからですよ」


 いたずらっぽくウィンク。気障なその動作も彼がやるととても似合う。茶目っ気たっぷりの様子は魅力的で彼がモテる理由がよくわかる。


 律君は先輩から後輩にまで大人気で、校内にファンクラブもある。抜け駆け厳禁なんて戒律もあるとかないとか。正直興味の無い私には関係の無いことだけれど、紗衣ちゃんはそうはいかない。

 何故か律君は紗衣ちゃんにちょっかいをかけてくる。そのせいで彼のファンからの風当たりは辛いのだ。まぁ何故かとは言っても私には理由は明白なんだが、当人には難しい問題らしい。


「——だと思うよ。ねぇ、綾ちゃん?」

「うん? そうだねぇ」


 話を全く聞いていなかったが、とりあえず同意しておく。目の前にいる親友が裏切ったと思うやいなや、紗衣ちゃんは激昂し椅子から立ち上がった。


「綾、あんたどっちの味方なのよ!」

「えぇー、人の話を聞いてあげられる優しい紗衣ちゃんの味方ー」


 小首を傾げておどけて笑って見せると、彼女の口がぱくぱくと開閉を繰り返す。それから頭を左右に振ると、自分にある非を不本意ながら認めたらしく、すとんと椅子に腰を下ろし律君の方を向いた。


「で、何の用よ?」


 ほら聞いてやるぞ、と言わんばかりの態度だがそれでも律君は嬉しいらしく、顔をほころばせた。が、すぐに視線が泳ぎだすことになる。


「また屋上で打ち上げ花火しようぜとか、夜の校内で肝試し大会とか、ホームルームにコンサートしようとか言い出すんじゃないでしょうね?」

「そんなことしないよ……」


 次々と過去の突拍子も無い提案や振り回された思い出を並べ立てるのを、うなだれながら否定する。さすがにふざけすぎたと反省したのかもしれないが、今日は言い出さないだけで、また今度言いそうな雰囲気にも見える。それを機敏に感じとっている紗衣ちゃんは学級委員としてビシッと忠告した。


「次言い出したらあんただけ、行事に参加禁止にするわよ」

「わかりましたよ、委員長」


 降参と律君は両手を上げた。


「でもそうやってお願いするのは、怒りつつも妥協案を模索してくれる委員長を信用しているからですよ」


 確信犯の彼はさっきの反省した態度もどこへやら、悪びれもせずに言う。


「屋上の花火はダメでも河川敷のクラスの花火大会はやってくれたし、夜の校内の肝試しだって先生に掛け合ってくれて用務員さん付きで決行できたし。さすがだね、委員長!」

「あんたに褒められても嬉しくなーいっ!」


 と言いつつも、まんざらでもなさそうに見える。話を聞いた時、私も素直によくやるなぁと感心したものだから本当に偉いと思う。そしてはたから見てイチャついている様に見える彼らは、私の存在を忘れていそうだ。うん、このまま気配を消していよう。


「で、本題なんだけどさ、委員長会議、明日に延期だって。伝言、確かに伝えたよ」

「了解。確かに聞いたわ」


 頷くと紗衣ちゃんは手帳を取り出し、予定を書き直し始める。

それで用件は済んだわけだし、立ち去るのかと思いきや律君はまだここに居て、話しかけてくる。


「そういえば綾ちゃん、ソロのオーディションは参加するの?」

「ふぇ?」


 虚を突かれた私は変な声が出たが、気にせず律君は話を続けた。


「合唱部のコンクールで歌う曲にソロパートがあるんでしょ? 誰がやるかオーディションで決めるって聞いたよ」


 何故、部外者が部の内情をしているのか。

 どうせ彼の取り巻きの内の誰かだろうけど、勝手に話さないで欲しいものだ。じゃないと、こういうめんどくさいことになる。


「良いじゃない! 綾、もちろんオーディション受けるわよね!?」

「受けないよ」

「何で!?」


 若干食い気味で畳みかけられ、たじろいでしまう。


「いや、そもそもソロ云々の前に、まだ参加メンバーすら選ばれてないから」

「え? 基本、全員参加なんでしょ?」

「そうよ。アンタ、去年だって出てたじゃない」


 二人はすんなりと誤魔化されてくれず、心の中だけでなく実際にも舌打ちをかます。

 本当に一体誰が喋ったのか。部員と律君の取り巻きメンバーを照らし合わせつつ、私はため息をついた。


「出るには出るかもしれないけど、ソロはまた別の話。三年のお姉様方がやるんじゃないの?」

「そんな他人事みたいに……」


 律君が苦笑いを浮かべる。


「もう、今からそんなんでどうするのよ! ソロよ、ソロ! 何が何でも掴み取りなさいよ!」

「そうだよ。折角綺麗な声してるんだから、ズバッと皆を魅了してやんなよ」


 やったほうが良いと、ソロをやることでのメリットやら何やらを語り続ける二人は、人の話を聞くつもりはなさそうだ。珍しく息の合う二人の、なんとお似合いなことか。


「やりたい人がやれば良いと思う」


 暗に乗り気でないと匂わせて、再びため息を漏らす私に、紗衣ちゃんはガッツポーズをする。


「大丈夫、綾なら立派に務め上げられるわ! 私が保証してあげる」

「音痴の紗衣ちゃんに保証されてもねぇ」

「余計なお世話よ!」


 本当の事を言ったのに手帳で叩かれた。ひどい。

 一連の動きを律君はにこやかに見守っていたが、腕を組み、しきりに頷きだした。


「いやぁやっぱり女の子の友情は良いね、和むよ。男のはむさくていけない。俺も混ぜて、混ぜて」

「邪魔よ、入ってくるな!」


 窓から押し入ろうとする律君を、紗衣ちゃんは全力で追い出そうとする。その攻防のすさまじさは傍から見ていると面白いことこの上ない。


「律」


 廊下の奥から誰かが呼び、二人の動きが止まる。呼ばれた律君は振り返り誰かを確認した。


「ほら、呼ばれてるわよ。さっさと行きなさいよ」


 紗衣ちゃんはぐっと頭を押しやって、鼻息も荒く椅子に座る。


「もう委員長はつれないなぁ。じゃあまた後でね」


 最後にもう一度穏やかに微笑んでから、律君は呼ばれた方へ向って行った

軽やかに手を振りながら去って行くところも様になり、さすが美形は一味違うと感心しながら手を振り返していたら、すごい顔で睨まれていた。


「美人なお顔が台無しですよ、お姉さん」

「じゃあこんな顔にさせるヤツに言ってちょうだい」


 ほっぺたをむくれさせながらそっぽを向く様はまるで子供。普段はキリッとして大人っぽく、できる女って感じの彼女が時たま見せるこの顔は可愛い。


「何が不満なの? 律君、面白いじゃない」

「私は面白くない! いっつも、いーっつも迷惑かけられて……ってそうじゃない!」


 乱暴に髪をかきむしった後、大きな音を立てて机に手をつき、再び睨んでくる。


「とりあえず過ぎ去った嵐? 竜巻? のことは置いといて、私はソロになるの、応援してるからね!」

「私は春風だと思うけど。暖かいし、人を喜ばせて、でも時折気まぐれ。律君にぴったり」

「そこはどうでも良いのよ」


 へなへなと紗衣ちゃんの力が抜けた所でちょうど予鈴が鳴った。


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