第6話 国を味方にした者、敵に回した者
「この度は、急な頼みに応じて頂いて本当に感謝してます」
聖亜が礼を言うと、ジャッジこと裁居田さんは逆に頭を深々と下げてきた。
「いえ、とんでもない! あなたからの連絡を受けて警察にも確認を取りましたが、この様な事件が起きてしまった事にお詫びのしようが有りません」
シズルは、いきなり家に現れた2人の姿に戸惑っている。
「え、ジャッジさんと総理!? 何故、2人がこの家に?」
「実は先日イセアさんから私の携帯に、今回の件に対する相談が入りました。 そして警察に確認を取り、今度は私が総理に直接連絡して今日訪問させて頂く事になったのです」
「聖亜、あなた何でそこまで?」
「静流、お前の為に決まっているだろうが! 何でお前が名前や住所まで晒されないとならない!? お前はたたまたま1つのスキルを得ただけだ。 それなのに後の事を何も考えないでSSを張り付けた奴と個人情報を晒した奴の所為で、お前は心をズタボロにされてしまった。 一時の優越感や軽薄な行いの所為で、どれだけの人を苦しめるのか理解出来ていないんだ!?」
聖亜は今までに無い憤りを露にする、静流の名前や住所がネット上に晒された。
最早彼女の情報の拡散を防ぐ事は不可能だ、乱暴しようと自宅に来る奴まで現れ彼女は外に出る事にさえ恐怖心を抱く様になっている。
晒した連中は、その事に対して罪の意識を持っているのか?
ほぼ間違い無く、罪の意識など持って無いだろう。
居場所を探し出して殺してやりたい、そんな気持ちさえ沸いてくる。
「私から2人に報告があるので聞いて欲しい。 現在、静流さんあなたに関する個人情報は日本だけでなくアメリカやイギリスなど主要20カ国の支援のもと全世界の掲示板からの削除と投稿の禁止を行っている。 またネットに接続されている全ての端末にもアクセスして、個人情報や画像も含めて消している所だ」
総理がとんでもない事を言い始めた、さらにジャッジの言葉が続く。
「作業は80%以上終わっており、シズルさんの個人情報は間もなくこのネット上から完全に消えます。 そして、今回の件であなたに関する情報の全ては国家機密指定となり、情報を流そうとした者には刑事罰が与えられる事になります」
「今回の情報の削除は各国政府要人の情報を晒された場合に対する、緊急対処法を確立させる為のマニュアル作りに活かさせてもらう。 事後承諾の形になってしまうが許して欲しい」
「総理、もしかして静流を助ける為に他の国まで利用しちゃったんですか!?」
「勿論だ。 日本だけでは、保有しているスパコンを駆使しても限界がある。 ならば今回の様に掲示板だけでなく、全ての端末に至るまで調べる為には他の国も巻き込んだ方が早いし確実と判断した」
うわぁ、この人思ってたよりもやる事が過激だ。
多分これから言う事の予想も付くが、国がそこまでの事をやるのだろうか?
「今回の事件を巻き起こした犯人達は既に特定している。 裁居田くん、今後の予定を説明してあげたまえ」
「はい今回の件を踏まえ、個人情報を簡単に晒す輩が今後出ない様に見せしめと致します。 もうすぐテレビのニュースで取り上げられる時間帯と思いますので、点けてもらえますか?」
言われるまま、聖亜はテレビの電源を入れた。 すると全てのテレビ局で政府による臨時放送が行われていた。
『テレビをご覧の皆様、これより大事な発表がありますのでお聞きください。 先日、フリーファンタジーオンラインの1プレイヤーの本名と住所が正当な理由も無く掲示板に晒され、それを見た男に襲われるという被害が発生しました。 そこで現時点をもって、その被害を発生させる原因を作った方達へのお仕置きを実行致します』
『まず暴行未遂で逮捕された男達は既に拘置所に収監され、刑事罰を受ける事が確定しております』
『次にSSでキャラクター名を晒したプレイヤーですが、今後1年間国内で運営されている全てのゲームで使用しているキャラクター名と現在の外見がログイン画面で表示されます。 周囲の人達に、キャラクター名を晒す人間だと知られる事となるでしょう』
『そして最後にプレイヤーの本名と住所を掲示板に晒して拡散させた男性には、もっとも重いお仕置きを課させて頂きました 。本日より1年間、この方の名前と住所並びに給与や勤務状況などを政府公式HPにて公開します。 毎日更新を行い、その文書は全てダウンロード可能です。 職を失ったとしても、生活保護の申請は受理しない様通達も出してあります。 被害者の人生を踏みにじる行いに対する罰として、己の人生で払って頂く事と致しました』
国家による、公開処刑が行われた瞬間だった。
この男はもう表をまともに歩く事すら出来ない。
国外に逃げてそこで暮らすしかないのかもしれない……。
だが総理は、それすら許す人では無かった。
『尚、この方の情報は我が国だけでなく主要20カ国の政府公式HP上でも公開が開始されております。 今回、被害者の方の個人情報を削除する為に協力して頂いた国々に対し、この場を借りて深い感謝を申し上げます』
この時になって多くの人間が、1度晒され拡散された情報を削除する為にはどれだけの国が動かなければならないのかを理解出来た。
そして軽い気持ちでした行いの所為で、残りの人生を棒に振る事になった事実を痛感した。
翌日、当然の如く国会は紛糾した。
「国が個人の情報を漏洩する事が 許されるとでも思っているのですか!?」
「それではお聞きします。 今回この男性が晒した被害者の個人情報を削除する為に、どれだけの費用が掛かったと思いますか?」
「精々、1億くらいではないのですか?」
「11兆350億円です」
「なんですって!?」
この発表に議員だけでなく、中継を見ていた多くの国民も驚いた。
「これは個人情報の漏洩を防ぐ為の、機材の設置費用も含まれます。 協力して頂ける国が増えれば、更に費用は増えていく事になるでしょう。 なお今回の件では被害者の方の了承のもと、各国政府要人の個人情報の漏洩や流出を防ぐ為のマニュアル作りにも活かさせて頂く事になっております」
「国民の税金を、そんな事の為に使って良いとお考えなのですか総理!?」
「これは、国民1人1人の人生を守る為に必要な物です。 ご希望でしたらすぐにでも、あなたの家族の情報だけ対象から除外出来ますが如何致しますか? 既に我が政府は国民の個人情報が晒されない様に動き始めております! 与党野党も関係ありません、国民の全てが対象です。 しかし、それでも情報を晒そうとする者が現れた場合には……今回の男性の様なお仕置きが待っているでしょう」
総理の行ったお仕置きは過酷なものだった。
しかし国会での発言によりお仕置きされた男性の家族の情報を晒そうとする者は出なかった。
これまでは縁を切った筈の家族の情報まで偽りの正義の名の下に晒して、壊れる様を楽しんでいた者が多かった。
だが今後はそれを行うと、晒した自分の人生まで終わってしまう。
人生を捨てるだけの価値の有る行為などでは、最初から無かったのだ。
その後、静流は総理の厚意により新たな本籍を得た。
竹森 静流から幸多 静流として新たな人生を歩んでいる。
幸多はこれから幸多い人生となって欲しいとの、総理の思いから付けてもらった苗字だ。
静流は少しずつでは有るが外にも出られる様になってきた。
そして聖亜も静流を幸せにする為に、ある決断をしている。
「静流、ちょっといいか?」
「どうしたの聖亜? 急に改まったりして」
「俺もお前を幸せにしたい、だから俺と結婚して欲しい」
「えっ!?」
「俺の妻として、幸多い泉になってもらえないか?」
「はい、よろこんで! きっと何時までも、多くの幸せが湧く泉になります」
2人は婚姻届に署名して幸多 静流から泉 静流となった。
こうして現実と仮想世界を共に過ごす生活が、新たに始まるのだった。