第4話 現実での和解
「自己紹介も終わりましたので、早速意見交換を始めたいと思います。 まずは最初に今回の一件についてですが、我々運営サイドが行った罰に関して何か意見等はございますか?」
最初の質問から、全力のストレートを投げてきた。
聖亜は思っている事を伝えようと言葉を選ぶが、中々思い浮かばない。
そうしていると、静流が挙手して発言の許可を求めた。
「静流さん、どうかされましたか?」
「あの、この場での発言は公にされないと思いますので良ければ3人共ゲーム内のキャラクターネームで話をしませんか? 仮想世界で起きた事件を現実の人として語ろうとすると、上手く言葉で言いづらい部分が有りますから……」
「そうですか……聖亜さんは静流さんの提案をどう思われますか?」
「はい、それで構わないです。 俺も現実の立場から意見を言おうとするのに、少し無理を感じていたので」
「では、ここからはゲーム内での名前で会話をしていきましょう。 我々としても、本心からの言葉を聞きたいので」
「ジャッジさん、まず始めに俺から率直に言わせてもらってもいいですか?」
「はい、イセアさんどうぞ」
「シズルさんがもし反対の意見だったら、言い出し辛くしてしまうかもしれないから先に謝っておくゴメン。 俺は今回運営がされたお仕置きを、支持します。 被害者に与えた苦痛や苦しみを実際に味わう事で、犯した罪の大きさに気付けると思えたからです。 そして……あの時もしもアカウントの停止などで済ませていたら、きっと俺はゲームを退会していたでしょう」
「イセアさんは、我々が行ったお仕置きを支持なさるのですね。 シズルさんのお考えはどうでしょうか?」
「私も支持の立場ですが、少し付け加えて欲しい事がございます」
「それは何でしょうか?」
「お仕置き後にもしも犯人が心から反省をしている場合には、今回の意見交換会の様に被害者の方々と直接会って謝罪する機会を設けて戴けませんか?」
「「!?」」
イセアとジャッジは、驚きで声が出なかった。
「これは、総理の言っていた死刑廃止後の事も踏まえての意見です。 今の制度では死をもって償った後に本当に反省をしていたのか判断する事は出来ません。 相手は既に死んでいるのですから……」
シズルは一旦深呼吸すると、続きを語る。
「私が提案したいのは死刑の廃止後はその犯人が殺害した状況を再現して、その恐怖や苦しみを本人に体験し理解してもらうことです。 そして反省している事を確認出来たなら直接謝罪する場を設けて、本人の口から遺族に伝えてもらう事を望みます」
俺はゲーム内での事しか考えてなかったが、シズルさんは総理の言っていた死刑の廃止後の事まで考えていた。
俺よりも若いのに何て聡明な方なんだろう、その理由が分かったのはこの直後の会話だった。
「シズルさんは、何故そこまで踏み込んだ意見が出来るのですか? 良ければ、ぜひ教えてください」
「ジャッジさん……今回被害に遭った方の家族構成は、把握している筈では? 現実でも家族を殺された遺族だと知っているのに、それを聞きますか?」
「!?」
「イセアさん、気分を害する様でしたらすみません。 私は両親を薬物を打って錯乱状態にあった方に、刃物で何度も刺され殺されました。 その裁判中に犯人は『俺は刺した事なんて覚えていない! 覚えていない事を何で反省出来る! どうせ俺が死ねばそれで済む話だろうが!?』と、謝罪の言葉を聞く事も出来ず死刑の判決が下り、数年後に執行されました……」
「犯人に命をもって償って欲しい気持ちは有ります。 けれど何人もの家族を失った者からすれば、1度死ねばそれで許されると思われるのも我慢出来ないのです!」
「奪った命の数の分だけ、同じ恐怖を味わって欲しい。 そして家族が味わった苦痛と、望まない死を与えた己の罪に向き合って欲しいです」
シズルさんは、流す涙を拭く事もせず語ってくれた。
ジャッジさんは俺にわざと聞かせる為に、こんな質問をしたのかもしれない。
そしてシズルさんも、その気持ちを汲み取って話している。
イセアは、自分の浅はかさを恥じるばかりだった。
「シズルさん、すまい。 俺は、目先の部分しか見えていなかった。 今回の件はこれからの日本の……いや世界から死刑が廃止された後の事まで、もっと深く考えなければいけない事を知らしめた出来事だったんだ」
「いえ、私の方こそ泣いている所を見せてしまいすいませんでした」
『シズルさん、辛い過去を思い出させてしまったな。 改めて謝らせて欲しい、今回は本当に済まなかった』
入ってきた扉の向こう側から、シズルさんに謝罪する声が聞こえた。
すると扉が開き、2人の人物が入ってきた。
1人はまだ未成年の少みたい年だが、もう1人は先日国会中継でで見たばかりの人物だった。
「え、総理が何故ここに!?」
「イセアくん、シズルさん。 私も意見交換に参加して、他の参加者からも直接話を聞いていたのだよ」
「そうだったのですね」
「そしてシズルさん。 今回のお仕置きによって、あなたが望んだ結果も起きているのだ」
「私が望んだ結果ですか?」
「そうだ。 この意見交換はこの子が直接謝罪したいと運営に申し出が有って、実現させた物でも有るのだ」
「じゃあ、この子がもしかして!?」
「はい、僕が今回皆さんをPKした犯人です。 仮想世界とはいえ、苦痛を与え死の恐怖を味わわせてしまいすいませんでした!!」
少年はその場で土下座をして、イセア達に謝罪する。
イセアはシズルさんが望んでいた物を、理解出来た気がした。
(そうか、ただ同じ目に遭えば良い訳じゃないんだ。 実際に反省の言葉を聞く事で赦す気持ちも沸いてくるのか……)
「シズルさん、あなたが望んでいた物を俺も実感する事が出来た気がします。 同じ目に遭って貰うだけでは不十分なのですね。 本人の口から直接謝罪の言葉を聞かせてもらう事で、初めて赦そうと思える様になりました」
「イセアさんにも、私の気持ちが伝わった様で何よりです……」
「この件をマスコミの連中は、ゲームのサービス終了の方向へ意識を向けようとしている。 だがしかし私が目指している死刑廃止後の在り方は、シズルさんと同じものだ。 今日は貴重な意見を出してくれて本当にありがとう」
総理がイセア達に頭を下げると、ジャッジさんも頭を下げた。
イセアは土下座を続けている少年に近寄り、頭を軽く叩くとこう告げた。
「もう立っていいよ、お前が反省しているのは分かった。 これ以上、俺が望むものは無い。 もう十分だ」
少年を立たせてやると、肩を引き寄せ慰める。
これ以上罪の意識を持たせたままだと、彼の心も壊れてしまうと思えたからだ。
「今日は忙しい中、ご足労頂きまして有難うございました。 以上で意見交換を終了したいと思います。 今回お越しいただいたお礼として、スイートルームを御2人に各1部屋用意してありますのでそちらで疲れを癒してください。 またレストランでのディナーもご用意してありますので、更に意見の交換をされたい場合はお時間の許す限りなさってください」
ジャッジは2人に部屋の鍵とレストランのディナーのチケットを渡すと、少年を連れて部屋を後にした。
そして残されたイセア達と総理も、部屋を出てエレベーターに乗り込む。
「意見交換は、今回の君達で最後だ。 本当はもう少し話をしたかったが、公務が残っているのでね。 それに若い男女の語らいの場に私が居ると話も弾まないだろうから、邪魔者は消えるとしよう。 2人で仲良く食事を楽しみたまえ」
総理はそう言い残すと、1階でエレベーターから降りた。
残されたイセアとシズルは気恥ずかしさを感じながら、レストランの在る階まで無言の時間を過ごしたのだった……。