第1話 ようやく始められたのにあんまりだよ……。
この日、泉 聖亜は定時に会社を出ると急ぎ帰宅していた。
その理由とは【フリーファンタジーオンライン~自由の幻想~】の第2次募集で当選し、18時からログインが可能となっているからだ。
【フリーファンタジーオンライン~自由の幻想~】は、つい半月程前にサービスが開始されたばかりのVRMMOである。
既存のVRMMOよりも更に現実味を持たせる為に五感に対する感度を上げ、特に痛覚を擬似的に再現した事でよりリアルな戦闘の緊迫感を楽しむ事が出来る。
ネットで紹介された事もあり会員登録は当初の予想を大幅に超え、第1次の募集は開始からわずか数秒で埋まってしまった。
そのため大幅なサーバー増強を施して再度募集を掛ける事が決定した。
しかし第1次募集が数秒で埋まった事で更に話題を呼び、今回の第2次募集でも定員を3倍近くオーバーしている。
その第2次募集で無事当選し、聖亜もこの自由の世界に入れるようになった。
夕飯はコンビニでサンドイッチを買って、車の中で食べながら帰る。
今晩は徹夜してしまうかもしれないから、念のため朝食のパンも買っておいた。
アパートに着くと大急ぎでPCを立ち上げ、無線のVRヘッドセットを繋ぐ。
仕組みは不明だが、脳に特殊な電磁波を浴びせる事で五感を刺激するらしい。
【フリーファンタジーオンライン~自由の幻想~】は、ユーザー登録を行う際に医師の診断書を必要としている。
痛覚を再現している為に五感に過敏に反応が出てしまう人の中ではショック死を起こす人が出る可能性も有る為だ。
【仮想五感過敏症】と仮の命名をされているが発症原因や対処方法も不明の為、発症した場合には強制退会させる場合が有ると規約にも明記されている。
聖亜の場合は医師の診断でその兆候は見られなかった為、許可がおりた。
だがもしも実際にゲーム内で死者が出てしまった場合、最悪サービス終了となる恐れも有るから当然の措置だろう。
PCが立ち上がると早速床に敷いた敷き布団の上でヘッドセットを装着する。
ベッドの上や椅子に座った状態でゲームをすると、何かの拍子で転倒や転落した際にヘッドセットが故障してログアウト出来なくなるという事故が年に数回発生している。
最新のVRヘッドセットは振動や衝撃を感知すると、強制ログアウトさせて事故を防ぐ機能が追加されている様だが、1台20万円近くするそんな代物を買えるほど生活に余裕は無いので旧式で我慢するしかなかった。
布団の上で横になると、聖亜はログインを始める。
時計を確認すると19時の少し手前だった。
ゲーム内での1日は現実の時間に換算して、およそ2時間。徹夜して朝5時までプレイすれば、ゲーム内に5日も滞在する事が出来る。
初日は色々な事を試してみようと考えていたので、既に興奮状態だった!
『ようこそ【フリーファンタジーオンライン~自由の幻想~】の世界へ』
お、女性のアナウンスが流れてきたぞ。
『この世界では現在5つのエリアが確認されております。 まず旅の始まりの地であるフロンティア平原が在る、中央のセントラル連邦。 北側に凍てつく大地の広がる、ノース自治領。 東側には緑が生い茂る、イースタン諸島連合。 西に荒れ果てた荒野が広がる、ウェタン部族会議。 そして最後となりますが南方には暗黒の雲に覆われた、サウスアイランド魔王領が存在します』
一旦間をおいて、女性のアナウンスが再開された。
『魔王領は過去の争いが原因で、現在他種族の入国を厳しく制限しております。 しかし現魔王はこれからの魔族の発展や共存を目指して、鎖国を解除する意向を示していますので近い将来入国出来る様になるかもしれません』
おおまかな世界の説明が終わると、キャラメイクが開始された。
『まず始めにプレイするキャラクターの名前を決めてください』
名前か、これからこのゲームでプレイしていく上で重要だよな。
ふざけた名前だとフレンド登録してくれる人も限られてくるし、本名でやるのは論外だ。
まあ、無難に名前を組み替えて【イセア】とでも名付けるか。
『イセアでよろしいですか?』
はい と いいえ の選択肢が現れたので、はいを選択する。
『名前はイセアで決定しました、続いてアバターを選択して下さい』
アバターは開始時に着ている服装だ。
皮の鎧を着込んだりローブで体を覆ったりと選択肢は結構多い。
外見は重騎士なのに実際は魔法使いだったりと、意表を突いたプレイを楽しむ人が居るのもこのゲームの特徴でもある。
アバター自体には防御力は設定されていないが、追加効果を持つアバターも今後実装されていくらしい。
聖亜は目立つつもりは無かったので、一般的な初心者の服を選択した。
事前に調べた情報ではこの服を着ていると、好意でクエストを手伝ってくれる人が声を掛けてくれるそうだ。
『アバターは、初心者の服でよろしいですか?』
再び、はい と いいえの選択肢が現れたので、はいを選択した。
『アバターは初心者の服となりました。 以上でイセアは無事この世界の住人となる事が出来ました。 もう2点この世界についての説明が有りますので、あと少しの間お付き合いください』
早く始めたくて説明をスキップしたい衝動に駆られる。
だが大事な事を聞かずにプレイしてBANされたりするのも嫌なので、最後まで聞く事にした。
『この世界では、人族・獣人族・妖精族・龍人族・ドワーフ族・エルフ族・魔族と大きく分けて7つの種族が存在しています。 ゲーム内においてあなたは自由に生活する事が可能ですが、その地で犯罪行為を行うとその種族から追われる事になります。 また最悪の場合敵対した種族と戦争状態となり、全プレイヤーに悪影響が及びますのでご注意下さい』
1人が身勝手な行動をすれば、それが他のプレイヤーにも悪い影響を与える。
自由を謳う割に、どこか現実世界に近い部分も有るように思えた。
『全プレイヤーに対する迷惑行為を繰り返し行った場合、アカウントの凍結またはアカウントの削除などの措置を取らせて頂く事もございます』
やっと全ての説明が終わり、プレイ開始の瞬間が訪れた。
『大変お待たせいたしました、ただいまよりイセアをフロンティア平原の中央に在ります召喚神殿に転移いたします。 方角を確認して頂きまして、神殿から東の方向に進みますと【始まりの村】が在ります。 尚スキルや特技などの詳しい説明はこの場ではご案内致しません。 ご自身で試行錯誤を繰り返し、望む力を手に入れてください。 さあ神殿から外に出た時から、あなたは何もかもが自由です! あなただけの【自由の幻想】をお楽しみください』
目の前が闇に包まれると、次の瞬間白い光に覆われた。
そして気付くとイセアは、見知らぬ神殿の祭壇の前にいた。
「召喚神殿へよくぞ参られました、イセアよ」
祭壇の中央にいた、1人の神官が話しかけてきた。
「わたしは、召喚神殿を管理している神官の1人アーウェン。 この世界に来た人間を癒したり、また蘇生を行っております。 あなたはまだ、武器を所持しておりません。 そこでわたしから短剣を授けますので、それを用いて【始まりの村】を目指してください。 なお白い線で囲まれている中はセーフティエリアとなっていますが、その外に出ますとモンスターからの攻撃を受けますのでご注意ください」
イセアはアーウェンから短剣を受け取ると、弾むような足取りで神殿を出た。
目の前には平原が広がり、子犬ほどの大きさのウサギの姿も見える。
スタート地点付近に生息する、初級モンスターのラビットだ。
頭の中に浮かぶ方位磁石で東の方向を確認すると、イセアは白い線を越えこのゲームの第1歩を踏み出した!!
ドスッ!!
突如、胸に衝撃が走り激痛が襲った!
見ると胸に矢が突き刺さっており、視界が暗転する……。
意識が徐々に遠のく中で、アナウンスが流れた。
『イセアはプレイヤーの攻撃を受け死亡しました、召喚神殿にて蘇生致します』
待ち望んでようやく手に入れた【自由の幻想】。
それは初心者狩りの手荒い歓迎から始まった。
やっと始められたのに、こんなのあんまりだよ……。