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第08話 碧い瞳と碧い髪



 ──雪は今、川の(ほとり)で静かに水の流れを眺めている。



 辺りはもうすっかり日が落ちて、月の光だけが川面(かわも)に映りキラキラと川の流れに反射している。

 雪は膝をくの字に折り畳み、深く抱え込む様にして川の(ほとり)に座っている。まるで雪の周りだけ時が止まった様に、もう何時間もこうして川の流れを見つめている。


(なあ、雪……そろそろ話さないか?)


 俺は意を決して雪に話した。

 本当は雪が話すまでずっと待っていようと思っていたのだが、雪が切り出し辛そうにしていたので、俺の方から切り出す事にした。


「……はい」


 周りには誰もいない。雪は声に出して答えた。


(俺は……雪が話したくないなら話さなくてもいいと思ってる。だけど、俺が知りたい事の答えは多分、雪が話したくない事なんだろうと思う。だから、俺は雪に聞きたい事を聞くけど答えたくないなら答えなくていい)


「はい……出来れば言いたくなかっただけで、隠してる訳じゃないから……大丈夫です」


 雪は俯いていた顔を上げた。少し吹っ切れたのか、軽く笑みを浮かべているようだ。


(そうか……無理はしなくていい。俺は雪の事がちゃんと知りたいから聞くだけだ。だから、遠慮はしない。単刀直入に聞く──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ド直球で行った。遊び球は無しだ。


「はい……そう……ですよね。ちょっと待って下さい」


 そう言うと雪は立ち上がって歩き出した。小屋の方へ向かっているみたいだ。

 雪は板張りの間を潜り小屋の中へ入ると、さらに板張で仕切られた奥へと入って行く。そこには、木で出来た古い箱が置いてあり、雪はゴソゴソと箱の中から鏡面が少しひび割れた一枚の手鏡を取り出した。

 漆塗りの背面には見事な雪の華の装飾が施されている。


「これは……お母さんの形見なんです」


 そう言って大事そうに手鏡を両手で包み込むと、元居た場所へ向かい歩き始めた。


(そのペンダントだけじゃなかったんだな。六華(りっか)……雪の華か。雪にピッタリだな)


「ありがとうございます……これは、私が産まれた時に作られた物らしいんです」


 雪は愛おしそうな目で手の中の手鏡を見つめてから、元居た川の(ほとり)に座り込んだ。そして……


「真人さんは私の見ている物は見えるけど、私の事は見えないんですよね? だから……最初から話しやすかったのかもしれないです。これが……私が皆から嫌われる理由────」


 雪はそう言って手鏡を覗きこんだ。

 雪の目を通して見た手鏡に映っていたのは……



 肩に掛る程度の艶やかな淡い碧髪(へきはつ)に、少し眠たそうな同色の碧眼(へきがん)。白い肌にスッと通った鼻筋と桜色の小さな唇──目の覚める様な美少女だった。

 年の頃は16~7くらいに見える。髪は水気を失いパサパサで、肌も汚れてくすんではいるものの……その少女は間違いなく美しかった。


 俺はしばらく呆然として、雪に見惚れたまま言葉を失ってしまった。

 すると、雪が続けてぼそりと呟いた。()の端の方が少し潤んでいるみたいだ。


「私……異人の子なんです」



 ──そういう事か。


 確かに雪は、この国では珍しい異国の血を引く少女みたいだ。だから髪や瞳の色の事で差別されて、迫害されて来たんだろう。

 人間という生き物は、自分達のコミュニティを守る為なら平気で残酷な事をするからな……自分と違うという理由だけで。

 まったく……ますますこの国の人間が嫌いになりそうだ。


 あっ! そうか! だから雪は、出来るだけ俺にその事を知られない様にしてたのか……

 確かに今思えば、これだけ一緒にいて雪の顔を見る機会って全然なかった様な気がする。顔を洗う時も目を閉じてたみたいだし。あれは自分の顔を見られない様にする為だったのか……

 異人だという事がもしばれて、俺の態度が変わったら。そんな事を考えると怖かったのかも知れない。

 ああ……何故もっと早く気付いてやれなかったんだろう。


(気付いてやれなくて……悪かったな。)


「いえ……私も出来るだけ隠していたので……」


 今考えれば、雪に対する町人共の態度はあきらかに異常だったのに……そこまで考えが及ばなかった。あの侮蔑を込めた見下した様な目。全く気付かなかった自分が情けない……。


(今日の集落での話だけど……雪があの集落に入らないのも異人だからか?)


「……はい。私が居ると、教会があの集落への施しを止めてしまうかもしれないので……私が町で暮らせない事や孤児院に入れなかったのも同じ理由です」


 だから雪は子供の頃からどこにも受け入れて貰えずに一人だったのか。

 それにしても……町も、教会も、孤児院も。全部、差別主義者か。胸糞悪い話だな。

 よってたかって雪を虐めやがって……全員、殺すリストに入れてやろうか。


(異人ってだけで、とんでもない差別だな……)


「仕方ないです……私の髪と()は……こんなですから」


 鏡の中の雪はそう言って自嘲気味に笑って見せた。雪にとってはこの髪と瞳は呪いの象徴みたいな物なのかも知れない。

 こんなに綺麗なのに……


(その髪と瞳のどこがおかしいんだ? こんなに綺麗なのに……この国の人間は本当に頭がおかしいな)


「えっ? き……綺麗?」


 雪が目を丸くして心底、驚いている。

 おそらく物心がつく前から当たり前のようにその容姿を馬鹿にされてきたんだろう。心無い言葉で相当、傷付けられてきたんだろうな……

 そろそろ自分の本当の価値を教えてあげなければ……


(俺は今日、初めて雪の容姿を見たけど……まさか、こんなに綺麗な女の子だったなんて思わなかった)


「嘘です……私、異人の子ですよ……? 髪も目も人と違いますし……」


 雪は俺の言葉に心底戸惑っている。


(世界に出れば雪の様な異人の方が多いんだ。この国の人間なんて、それこそちっぽけなものだ。人と違うのはむしろ、この国の人間の方なんだ。世界から見たらこの国の人間こそ異人だ。だから差別のない目で普通に見れば……間違いなく綺麗だよ、雪は)


 俺のみた雪は間違いなくとんでもない美少女だった。俺は上手く言葉に出来る自信は無かったが少しでもそれを伝えようと言葉を尽くした。どうしても()()()()ではなく言葉で伝えたかった。


「嘘です……そんなの……そんなのって……」


(雪のお母さんも綺麗な人だったんだろうな。俺はこっちの世界は知らないが、元居た世界は知っている。世界の広さも、この国のちっぽけさもな。髪や瞳の色なんか気にする必要はない。雪だって普通に幸せを求めていいんだ)


 母親の事を言われたのが嬉しかったのか、それともこれまで差別され続けて来た悔しさを思い出したのか……抑えきれなくなった感情が一気に込み上げて来ているみたいだ。今にも瞳から涙が溢れ出しそうになっている。


「うっ……うっ……」


(自信を持て。その髪もその()も。雪は俺が見てきたどんな女の子よりも綺麗だ)


 俺は少し照れ臭かったが、結局は一番ストレートな言葉を雪に送った。()()()()()()()()分、若干言いやすかったのかも知れない。前世では考えられないセリフだ。


「うぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 俺の気持ちが伝わったのか、雪の抑えていた感情が爆発した。

 (せき)を切ったように涙が溢れだして、雪は人目も気にせずに大声で泣いた。今まで虐げられても抑え続けていた色んな想いが一気に溢れ出したみたいだ。


 俺は黙って雪の感情を受け止めたまま、涙で光る川面(かわも)をずっと見つめていた。




 ──雪は泣き疲れて眠ってしまった。


 雪の感情の波は、ようやく穏やかさを取り戻してきた様だ。

 俺は雪を抱き締めてやれないもどかしさに身を切られるような、心が捻切(ねじき)れるような歯痒さを感じていた。

 何もしてやれない。頭を撫でる事すら出来ない自分に腹が立ち、気が狂いそうだった。


 まさかこんな事なるとは自分でも信じられなかった。他人に……それも、よりによって憑依した人間にこんな感情を抱くなんて。

 いや、気付いていながら目を逸らしていた。

 大体、体を手に入れる事が出来るのは雪が死ぬ時だ。それじゃ体を手に入れても意味がない。

 わかってはいるが……

 わかってはいるんだが。


 初めから詰んでるだろ……これ。


 なんなんだ、この転生は。


 前世よりキツくないか?


 俺にとって雪は既に、体を貰い受ける為だけの憑依対象では無い。初めて心を通わせる事が出来た、かけがえのない存在だった。

 それだけでは無い。勿論、異性としても……

 この歳にして初めての本当の初恋かもしれないのに。


 俺はこの理不尽な転生が許せなかった。


 雪にこんな想いをさせて来たこの国の人間も憎くて仕方がなかった。


 俺はこの日、しばらく自分の感情の波が暴れるのを止める事が出来なかった──



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