第07話 心を抉る言葉
俺が雪の中で同居し始めて、一ヶ月程が経っていた。
この頃、俺達は既に、お互い無くてはならない様な存在にまでなっていた。
不思議な気分だった……俺は、あれだけ前世で誰も信じる事が出来なかったのに、雪の事はすんなりと受け入れていた。相変わらず、雪を通して出会う他の人間には、何の感情もわかないんだが……やはり、俺は魂が繋がっている特殊な状況にいるからこそ、こうして雪を信頼出来るのかも知れない。雪さえいればそれでいい、そう思えた自分に驚いていた。未だに、他の人間の事はどうでもいいんだが。
いずれ雪は、本当に死んでしまうんだろうか……
俺は自分が転生する為とはいえ、雪ともう、会えなくなる事の方が怖いと感じ始めていた。しかし、いくら考えても答えが出せなかった俺は、自然にその事を考えない様にしていた。
──雪は今、町の外郭の川沿いにある、落人の集落にいる。
雪は、自分と同じ様にこの町の人間から虐げられている、その集落の中でも身分の低い子供達に、ホルモンを振る舞っていた。
子供達は最初の頃、見たことも無い食べ物に戸惑っていた。しかし、雪が目の前でひとつ食べて見せると、空腹には耐えられなかったのか、皆、恐る恐る手を伸ばし始めた。
今では子供達が雪を見かけると、自然に集まって来る様にまでなっている。数日に一度、こうして雪が子供達に、ホルモンを振る舞い続けて来た結果だろう。
この日も雪が集落を訪れると、待ちきれなかった様に子供達が集まって来た。雪を囲む子供達の瞳の奥には、僅かにだが光が宿り始めている。
(嬉しそうだな、雪)
『はい。ここでこうして子供達に、食べ物を振る舞ってあげられるのが凄く嬉しいんです。真人さんのおかげです』
確かにここ最近、雪は凄く楽しそうだ。ここでこうして、子供達と触れ合うのが嬉しいんだろう。
今までずっと一人だったもんな……
──その時俺は、ふと気付いた。
ここには集落があり、子供達もこんなにいるのに、どうして雪は、離れて一人で暮らしているんだ?
ここの住人は貧しいながらも、助け合って生きている。雪にとっても、一人で暮らすよりはマシなはずだ。なのに、どうして雪はその輪に入らないんだろう?
そういえば……
大人も数人は混じっている物の、集まって来るのは大体が子供だ。ここの大人たちと上手くいっていないのか? 過去に何か、問題でもあったのだろうか。
一度気になり始めると、今まで意識もしていなかった物に気が付く様になった。さっきから雪を遠巻きに見ている人間がいる……ここの大人達だ。
能面の様な無表情。氷の様に冷たくて、蔑む様な目で此方の様子を伺っている。何故あんな目で雪を見るんだ?
そんな事を考えていると、視界の端に子供達の輪の外でおどおどと、様子を伺っている茶髪の少年が見えた。多分、見た事が無い子だ。おそらく、人の輪に入って行くのが苦手なんだろう。俺も苦手だったから気持ちは分かる。
「こっちにおいで。一緒に食べましょう」
雪が、手招きをしながらその少年に、優しく語り掛けている。少年はキョロキョロと何かに脅える様に、周りの様子を伺いながら、遠慮がちに近ずいて来た。
雪の顔を見上げているその少年は、酷く脅えて、とても悲しそうな暗い瞳をしていた。
「どうしたの? いっぱいあるから、遠慮しなくてもいいんだよ?」
雪は膝を折り少年に目線を合わせると、優しく頭を撫でながら語りかけた。
「お姉ちゃん……ありがとう」
よほど空腹だったのか、少年は美味しそうにホルモンを頬張っている。
「お姉ちゃん、おかわり!」
「お姉ちゃん、次はいつ来るの?」
「ありがとう。お姉ちゃん!」
子供達が周りを取り囲み、雪の争奪戦を始め出した。雪の両腕にしがみつき、自分に構ってくれと、おねだりする様に引っ張り合う子供達。雪は困った様に子供達を宥めているが、その表情は明らかに嬉しそうだった……。
『──私が子供の頃は、こうして満足に食べる事も、皆で笑って食事する事も出来なかったので……この子達にはそんな思いをして欲しくないんです』
雪は少し落ち着いたのか、川の辺に腰かけると、子供達を優しい目で眺めながら俺に語りかけてきた。
『この集落の人達は……戦で負傷してしまった人や、罪人の親族の方達なんです。だから、ここの人達には……ましてや、子供達には何の罪も無いんです……』
(ここの子供達を、自分の子供時代と重ねているのか?)
だけど、だったら何で、雪は昔から一人なんだろう。
ここの住人が罪の無い人達なんだとすれば、雪もここで暮らせば良かったんじゃ……ここの環境も恵まれてるとは言えないけど、今みたいに、一人で生活するよりは遥かにマシなはずだ。それとも、この集落で暮らせない理由でもあるのか?
『そうなのかも知れません。ただ……子供達の瞳は純粋なんです』
──瞳……そうか!
だから雪は子供達と居る時、こんなに嬉しそうな表情をするのか……。
確かに、ここの大人達や町の人間の、雪に対する視線や態度は異常だ。だから雪は、自分を純粋な瞳で見てくれる子供達が好きなんだ。
今も此方を伺っている、大人達の冷たい視線……理由はわからないけど、おそらく雪は子供の頃から、ずっとこんな目で見られて来たんだろう。雪が集落にも入らず一人で居るのは、もしかしたら、この目に何か原因があるのかも知れない。
(この町には、子供達だけでも受け入れてくれる様な、孤児院とか教会みたいな所は無かったのか?)
そういう施設があるのなら、雪は今までこんな生活をしなくても済んだはずだ。
『私は……そういう施設には入れないんです。ここの子供達も。罪人の親族は孤児院では受け入れて貰えないんです』
という事は、雪は罪人の親族って事なのか? いや、それじゃあこの集落に入らない理由にはならない。
町でも暮らせない、孤児院にも受け入れて貰えない、集落にも入らない。それに、あの目……
──何か、軽々しく聞いちゃいけない様な気がする。雪はどうやら、とても重い物を背負っているみたいだ。
だけど、俺には事情なんてどうでもいい。どんな理由があっても、雪にこんな生活をさせたくないし、雪を理不尽に虐げている奴らにも腹が立つ。元々俺は、雪以外の人間は信用してないし、興味もない。
その時、ふいに意識の外から何かが聞こえて来た。
何だ?
雪が、声のする方に視線を向けると、先程の茶髪の少年と母親らしき三十代位の女が、俺の視界にも飛び込んできた。
「──こんなものっ! さっさと捨てなさいっ! 汚らわしいっ!」
女は少年からホルモンを取り上げ、投げ捨てている。
「ああっ! せっかくお姉ちゃんが持って来てくれたのに……」
少年は食べ物を取り上げられた悔しさと、雪に対する申し訳なさで、顔を真っ赤にして涙ぐんでいる。母親らしきその女は、少年の腕を掴み、強引に引きずって行こうとしていた。
「あ……あの……」
雪がおずおずと少年、そしておそらく母親の女の間に割って入った。
「何よっ!!」
うわぁ……近くで見ると強烈なババアだ。下品な顔付きで、神経質そうな目と細い眉が吊り上がっている。この母親の目を盗んで来たから、あんなにおどおどしてたのか。
「な……何か問題ありましたでしょうか?」
「問題も何も、人の息子に変な物、勝手に食べさせるんじゃないわよっ!」
ヒステリックに怒鳴り付けて来るババア。あんたの息子、腹ペコで死にそうになってたじゃないか……ここまで息子にメシを食わせて置かないで、何を言ってるんだこのババアは。
「いえ、あの……私は良かれと思って……意外と美味しいんですよ、これ……?」
「はぁ? 美味しい? 知ってんのよっ! こんなの、捨てるだけのゴミじゃない!」
馬鹿か、こいつ。ホルモンは完全栄養食品だぞ。高たんぱくで低脂肪、鉄分、ミネラル、ビタミンAやB1、B2も豊富に……
「子供達がお腹を空かせてたので、少しでも栄養のある物をと思って……」
雪……今、俺の思考流れてただろ……
「あんたなんかの施しは受けないわ! あんたにだけは! 迷惑だから、この集落に関わらないで頂戴!」
「わ、私はただ……」
「教会に目を付けられたらあんたのせいよ! 全く、汚らわしいっ!」
「…………」
雪が黙り込んでしまった。ちょっと視界が潤んでいる。涙が溜まっているみたいだ。
「ふん。下賤な存在が偉そうに……私達に施しなんて。対等にでもなったつもり?」
さっきまで怒り狂っていたのが嘘のように、スッとババアの顔から表情が消えて、あの冷徹な目になった。蔑む様な、人を見下したあの目だ。一体、何なんだ……どいつもこいつも。
よほどショックだったのか、雪が呆然としていると、ババア……いやクソババアは、捨て台詞を吐きながら、少年を引っ張って立ち去って行った。少年は終始、申し訳なさそうな悲しい目でこちらを見つめていた。
(雪。大丈夫か?)
『……』
視界が涙でぼやけて、揺れている。目から溢れそうな涙を、必死で堪えているからだろう。雪は俯いたまま、暫くそのまま立ち尽くしていた。少しでも動けば、涙が零れ落ちてしまいそうだった。
──雪がようやく動ける様になった時は、いつの間にか辺りに人影は無くなっていて、寒々とした景色を、夕暮れの空気が静かに包み込んでいた。
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