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第06話 差別



 ──板張の隙間から朝日が射し込んで来て、ゆっくりと雪が目を覚ました。



 雪が目を開いたので、俺にもようやく視界が開き始めた。うん……いい天気だ。悲しい事に、家の中にいても分かる。雪が起き上がって、板張の隙間から表に出た。俺には感覚が無いけど、早朝の空気は冷んやりと澄んでいて気持ちいい……気がする。


 雪は大きく背伸びして、少し背を後ろに反らすと大きく息を吐いた。


(出掛けるのか?)


 俺は川の水で顔を洗っている雪に話しかけた。


『とりあえず、近くの農家さんのお手伝いをしてから……町にあるお店もいくつかまわってみます』


(店って買い物か?)


『違いますよ。たまに捨てる食べ物とかを分けて貰えるんです』


 雪は少し自嘲気味に笑いながら言った。


(そうか……)


 俺は気の利いた言葉が出てこなかったので、そう答えるしか出来なかった。



 ──そして今、雪は一生懸命、畑の雑草を(むし)っている。



 雪が作業に集中してるので、俺は仕事の邪魔にならない様、黙ってその様子を見ていた。


 結構な重労働だ。


 俺は感覚がないから感じないけど、この態勢……かなり腰にくるはずだ。雪は朝から休まずにずっと、ひとりで雑草を生真面目に毟っている。そして日が登りきり、傾き始めた頃……


「ふうっ……やっと終わりました」


 俺は憤っていた。


 こんな広い畑の雑草、飯も食わさずにひとりで毟らせるとは。ここの農家、舐めてんだろ! 雪が大人しいからって良いように扱き使いやがって……すると、ふと視界の先に、ここの主らしき農家が歩いて来るのが見えた。


「こんな時間までかかりやがって。やっと終わったのか」


「すいません。一生懸命やったんですけど……」


 ──こいつ……ぶっ殺す。


 よく見たら、何だかムカつく顔をしている。大体、こんな広い畑の雑草、女の子ひとりで毟れる訳がないだろうが。とりあえず、体を手に入れたら覚えてろ……


「ほらよ」


「ありがとうございます」


 は? これだけ!?


 これだけ重労働させといて、屑みたいな野菜や切れ端がちょろっと。ふざけんな! 大体、その態度は何なんだ! もしかして雪は、いつもこんな報酬しか貰ってないのか?


(……雪、任せろ。こいつは俺が殺してやる)


『シッ! 駄目ですよ、真人さん。これでも今日はマシな方ですから』


 まったく……この世界は雪に酷すぎるな。雪が死なずに、俺が体を手に入れる方法はないのだろうか。体さえあれば俺が守ってやれるのに……どうしようもなく歯痒い。


『さて……少し遅くなりましたが町に向かいましょう』


 雪はそう言って屑野菜の入った麻袋を抱えると歩き出した。



 ──で、雪は今、関所の詰所にいる。



 ここでも虐げられてるよ……


 やれ誰の所に行くのかだとか、お前みたいな汚いガキが知り合いの筈は無いだとか……難癖付けるにも程があるだろ。しかも結局、散々あれこれ言ってた癖に、人目が集まり始めるとあっさり通しやがった。最初から雪に()()()()()付けたかっただけみたいだ。


 ニヤニヤと、ムカつく面で笑ってやがる……こいつも殺すリスト入りだ。


(雪。こいつもちゃんと殺してやる)


『駄目ですってば』


 雪は苦笑いを浮かべている。冗談だと思っているみたいだ。


 ──いやいや。本気だからな?


 こうして何とか町に入る事が出来た雪は、食堂らしき店や屋台、魚を籠に入れて歩く商人等、片っ端から物乞いして歩いた。それは何とも、胸が絞め付けられる様な不憫な光景だった。そして、一通り歩き回った雪は家路につく……あの、家と呼ぶには余りにも簡素な、小屋の様な家へ。


 まだ、暗くなるには少し早い。町を出て、そんな時間帯の川沿いを歩いていると、俺はふと、ある物が目に止まった。昨日見た、この辺りで暮らしている人達が、屋根しかない作業場の様な所で牛を屠殺、解体している。どうやらこの世界では、屠殺は彼等の仕事らしい。まあ、前世でも昔は宗教上の理由だか何だかで、こう言う仕事は、虐げられている人達の役目だったらしいし……おそらく、こっち(異世界)でもそうなんだろう。しかし、俺が気になったのはそんな事じゃ無い。


(雪、止まってくれ)


 俺は家路につく雪の足を止めさせた。


『どうしたんですか?』


(雪、()()()()に作業を見学させて貰えないか頼めないか?)


 牛を解体している人達を意識して(指して)、俺は雪に尋ねた。俺の意識を汲み取って、雪が答える。


『あれは、この集落でも位の高い人達ですから……お肉は分けて貰えないと思いますが、見るだけなら……』


 どうやら、ここの人達の中でも身分に位があるらしい。仕事があると言うだけでも、ここでは身分が高いんだろう。確かに、昨日見た人達よりは幾分、表情も明るいし健康そうだ。まあ、昨日の人達に比べたら、だけど。


(頼む)


 こうして、俺の頼みを聞き入れた雪は、作業場の男達に頼んで見学を許された。


 男達は雪には一瞥もくれず、手慣れた手付きで牛を解体していく。俺も間近で初めて見るが、みるみる内に一頭の牛がただの肉塊に変わって行く。大きな枝肉を天井から吊るされたフックに掛け、部位ごとに切り分けられて行く中で俺は確信した。


(雪……あれ、貰えないか?)


 俺は作業場の端に寄せられた、明らかに廃棄されるであろう扱いの、赤黒い塊を意識して(指して)雪に尋ねた。


『あれ、ですか……? 聞いてみます』


 意外そうに少し驚いた雪は、自信なさげに答えた。


 結論から言うと、男達はあっさり赤黒い塊(それ)を譲ってくれた。やはり、捨てるつもりだったらしい。こんな物を何に使うんだ、と怪訝そうな顔はされたが、結局は捨てる手間が省けたと喜んでいた。何を譲って貰ったのかも分からずに、雪はそのグロテスクな塊を籠に入れ、礼を述べる。物乞いの成果が殆ど無く、ほぼ空だった雪の籠が赤黒い塊でいっぱいになった。


『こんな物貰ってどうするんですか?』


 作業場から少し離れると、雪が不思議そうに尋ねてきた。


(こいつは牛の内臓……ホルモンだ。勿論食える。俺の世界じゃ結構人気の食材だ)


 俺は牛が解体されているのを見て、前世でも昔は捨てられていたと言う話を思い出した。それで、江戸時代みたいなこの世界なら、もしかしたらと思ったんだが……やっぱり廃棄されていた。



 ──日も暮れ始めてオレンジ色の空が広がった頃、俺達はようやく小屋に帰り着いた。



(…………)


『どうしたんですか?』


 俺は、今日一日の出来事を思い出していた。


(いや、ちょっと考え事をな……しかし、この町の人間はムカつく奴が多いな)


『今日のオバさんの話ですか? 食堂の……あの人も普段はいい人なんですよ?』


(ああ……そんな奴もいたな。ムカつく奴が多過ぎて危うく抜ける所だった。安心しろ。あいつも殺すリストに──)


『駄目です!』


 怒られた。


『何て言うか、その……私を虐める人達に怒って下さる気持ちは嬉しいのですが……』


 いや、満更でもないみたいだ。まあ、本気で()るとは思ってないから、そういう風に思ってくれてるのかもしれないけど。


 ──クククッ。本気ですけどね。


『それより()()、どうするんですか?』


 俺が少しトリップしていると、雪が困った様に、籠の中の赤黒い塊を見ながら尋ねて来た。


(ああ、そうだな……雪、もう少しだけ頑張れるか?──)



 ──そして雪は、大量に手に入れたホルモンを、俺の指示で丁寧に川で洗っている。


 少し大変な作業をさせて、俺は申し訳ない気持ちになりもしたが、雪は疲れも見せずに頑張ってくれた。未だに()()が本当に食えるのか、半信半疑ではあるみたいだが。そして、ようやく下処理が終わり……


「美味しいっ!」


 恐る恐る口にホルモンを運んだ雪は、声に出して驚いた。塩は貴重らしいので控えめの味付けだが、普段、碌な物を食べていなかった雪には、衝撃的だったみたいだ。一口食べて気に入ったのか、雪は次々に新しいホルモンを焼いて行く。少しボロいが、どこかから拾って来たらしい、薄い鉄板があって良かった。ホルモンはまだまだ大量にある。その後も雪は、夢中でホルモンを頬張り続けた。


 腹いっぱいに食べさせてやれた……大して良い物では無かったが、俺は雪が喜んでくれたのが嬉しかった。少しは役にたてた……それは、ただの自己満足かも知れない。それでも俺は、雪の幸せそうな()()()()が嬉しかった。


 まだ、雪と出会ってたったのニ日。


 しかし、人間嫌いの俺の中で、確かに何かが変わり始めていた……



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