第65話 謀反の真相
「肝心な時にお役に立てず、申し訳ございません……」
神妙な顔付で、ウォルフが頭を下げて来た。まだ、胸元から見える包帯が痛々しいが、どうやら、ある程度は回復したらしい。
俺は今、ウォルフが治療を受けていた、江戸城本丸にある天守閣の部屋にいる。傍らにはジンとコン、そして楓が控えていた。そして、正面には家康。更に、その側には近藤と土方。新八や沖田、斎藤等の、親衛隊の幹部達も揃っていた。勿論、家康の後ろには二代目の半蔵……正成もいる。要するに、俺の知る限りの江戸の重鎮……家康の家臣の中でも、幹部クラスの者が勢揃いしていた。そして……
「この、たわけがああああああ!!」
「ぐわああっ!!」
そんな幹部連中が見守る中、部屋の中央では、家康による折檻が繰り広げられていた。勿論、相手は今回の謀反の旗頭……忠勝だ。土下座して謝る忠勝を、容赦なく家康が殴る蹴る……もう、かれこれ一時間くらいはこの調子だ。
「こんな、馬鹿丸出しの書状に騙されおって……! 何か重要な判断が必要な時は、近藤か土方に意見を仰げと、あれ程いつも言っておろうがっ!!」
「どわああっ!!」
まるでコントだ……俺はそう思った。確かにまあ、自分の家臣があんな書状に騙されたのかと思えば、情けなくて頭に来るのもよく分かる。まして、忠勝は筆頭家老という立場らしいし。家康がキレるのも無理はない。
しかも今回は、謀反という大事件まで起こしている……幾ら人望厚く、人畜無害な馬鹿とは言え、流石に誰も忠勝を庇う奴はいない様だ。だが、俺もそろそろ、このコントには飽きて来た。
「おい、家康。身内の事は後でやれ。俺はさっさと帰りたいんだ」
一向に終わりの見えない説教に、俺は嫌気がさして待ったをかけた。
「真人殿……」
家康の手が止まり、忠勝が嬉しそうな目で俺を見る。勘違いするな……俺は、早く帰りたいだけだ。忠勝を庇った訳じゃない。俺は目線を家康に戻し、淡々とした口調で促した。
「ウォルフの治療が終わったのなら、俺はもう江戸に用は無い。とっとと樹海に帰りたいんだよ。色々とやる事も多いしな。だけど、家康がどうしても話がしたいって言うから……。俺も暇じゃないんだ。用件があるならさっさと話せ」
俺は、今回の謀反の裏側について、全て楓から報告を受けていた。なのでもう、今さら家康には用事が無い。ならば、さっさと帰って、町の再建に取りかかりたいのだ。
「う、うむ。そうであったな……お主の聞きたがっていた情報は全て、既に楓が調べ尽くした様じゃしの……」
俺の知りたかった情報……そして、江戸に来た理由。それは、半兵衛と晴明について、その情報を家康から仕入れる事。つまり、俺の町を襲った奴等の正体と、その目的だ。
俺の町を襲った奴等の正体……これについては、既に実行犯は分かっている。謀反を起こした一部の家臣達と、京の晴明達との混成軍だ。そして、その主力部隊となったのは、楓の報告によると猪熊達……江戸の兵達が殆どらしい。
「ああ。俺が一番知りたかった情報は、もう分かった。その目的もな」
俺は、家康の目を見返して言い切った。
そう。今回の謀反の本当の目的……それは、裏で大和統一を企む、京による陰謀だった。大和の国を統一したい京にとって、関東の拠点……つまり、江戸の都は、どうしても手に入れたかった領地らしい。
そこに、内通者としては都合のいい男、猪熊という適任者が現れた。俺に鬼道館を潰されて、剣術指南役としての立場が危うくなった猪熊。あのジジイは京の連中に、幹部待遇という条件をチラつかされて、アッサリと家康を裏切ったらしい。
勿論、それは京の連中が、猪熊を釣る為に用意した餌だろう。だが、追い詰められていた猪熊は、渡りに舟とばかりに、この話へ食いついた。
「全く、あのジジイ……余計な連中を呼び込みやがって」
全ての事情を把握していた俺は、思わず恨み言を零した。俺の町が襲われる事になった、直接的な原因……それは、この京の陰謀が関係していたからだ。
猪熊という内通者を得て、江戸で内部からの謀反を企てた京。しかし、京が江戸に攻め入るには、もう一つ解決しなければならない問題があった。それが、京と江戸の間に広がる、広大な森林地帯……樹海の森だ。
亜人が棲み、強力な魔物達が跋扈する、人間にとっては未開の地。素通りするだけでも危険が伴う、そんな地域だ。その為、樹海を挟んだ位置関係では、互いに攻め込む事が出来ないと言うのが、この世界での通説らしい。そして、これこそが大和の西と東が冷戦状態になる、原因の一つでもあるそうだ。
京は、この樹海を安全に通過するだけでなく、あわよくば、江戸に攻め入る際の拠点にしようと考えた。それが、鬼人族を懐柔して、東の森を支配しようとした理由だ。
そして、新たに現れた死神という驚異に対し、少しでも勢力を削いでおきたいという目的……これが、俺の町を急襲した直接の理由らしい。しかし、どうやらこれに関しては私怨に駆られた猪熊が、相当強く京に進言したみたいだが。
『本当に禄な事をしませんね……猪熊は』
(全くだ……)
少し呆れ気味に、俺は雪と会話を交わす。
「全部、あいつの手の平で、踊らされていただけだとも知らずにな……」
皮肉を込めて、俺は小さく呟いた。
そう。裏で今回の策略を描いていた、全ての張本人……竹中半兵衛に対して。俺の町の戦力をいち早く調べ上げ、晴明の出陣を手配したのも半兵衛らしい。これらが全て、半兵衛の判断による物なのか、秀吉の指示による物なのか迄は分からない。そもそも秀吉は、本当に京と手を結んだのか。それとも……。
「まあ、考えても仕方ない……」
俺は自分に言い聞かせる様に、頭を切り替えて声にした。
確かに秀吉や半兵衛が、何を企んでいるのかは分からない。だが、俺はとりあえず、今は考える事を保留にした。
楓の報告では、江戸の戦力……つまり、猪熊達が全滅した事を知り、京の兵達は撤退したらしい。勿論、晴明も一緒に。今の自分達だけの戦力では、亜人や魔物達と江戸の両方を、同時に相手にするのは厳しい。そう判断しての事だそうだ。それならば、今すぐ何か仕掛けて来る様な事は無いだろう。京が諦めたとは思えないが、暫くは放っておいても良さそうだ。
半兵衛と晴明にはいずれ、町を襲った落とし前は付けさせる。だが、それには少し時間もかかりそうだ。それなら俺も、少し町の体制を整えておきたい。主な実行犯を皆殺しにした事で、少しは留飲も下がった事だし。まずは、生活を立て直す事を先決にしよう。俺はそう思い、早くこの場を立ち去りたくて、家康に用件を促した。
「用がないなら、俺は帰るぞ?」
俺に催促された家康は、少し慌てて話を始めた。
「ま、まあそう慌てるでない。用と言うのは、お主にとっても良い話じゃ。ほれ。以前、妾に言うておったじゃろ……お主の町と交易をして欲しいと。その件じゃよ」
「ああ…確かに言ったな。お前が仲介してくれるんだろ? 確か、そういう約束だ」
江戸との交易。確かに楓を救い出す際、条件にしていた話の一つだ。樹海じゃ、物資にも限りがあるからな。そんな俺の考えを見越してなのか、家康は意外な提案を口にした。
「──うむ、その通りじゃ。実は、その件に関してはそこの土方達とも話しての……どうせなら、仲介等とそんなまどろっこしい事はせずに、いっそ江戸の都として、正式にお主の町と交易を結んではどうか……。そういう話になったのじゃ」
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