第61話 見逃す敵と見逃せない敵
「まさか、またここに来る事になるとはな……」
江戸城で家康との謁見が終わり、日も暮れ始めた頃。俺は目の前の門にかかる、『鬼道館』の看板を見て呟いた。半蔵の情報によると、謀反を起こした家臣達は、この鬼道館を屯所にしているらしい。殆ど俺に壊滅させられて、使う者が居なくなったから、丁度良かったのだろうと半蔵は言っていた。しかも、タイミングがいい事に、どうやら忠勝も鬼道館にいるらしい。
「上様まで来られる必要は無かったのです」
傍らの土方が気を使った。家康が同行しているからだ。他にはジンとコン、それに俺を入れた五人が今、鬼道館の門前に立っている。通常、この様な事に領主が直々に出向くなど、あり得ない様な事らしい。しかし当の家康は、当然の様な顔をして答えていた。
「あの忠勝を説得するなら、妾が直接叱りつけた方が早かろう。なにしろ、あの猪熊が傍におるでのお……妾がおらぬ所では、あのバカに何を吹き込まれるか分からんでな」
家康はフンっと鼻を鳴らして吐き捨てた。
「それに……しっかり見張っておらぬと、真人が何をしでかすか分からんからの」
そう言って家康は、俺の方に視線を向けて来る。忠勝は見逃すという約束……どうやら家康は、自分の目で見届けるまで、俺の事が信用出来ないらしい。まあ、その気持ちは分からないでもない……俺自身、余り他人を信用出来ないからな。相手が俺みたいな、人間嫌いを公言している様な奴なら、尚更だ。
「そんなに心配するな。約束は守るさ……お前等の隊長の事もな」
俺は家康に答えながら、傍にいる、心配そうな顔をした土方に目を向けた。俺が約束した、忠勝を見逃す事……それと、もう一つ。親衛隊の隊長、近藤勇について話したからだ。俺は敢えて土方に分かる様、家康に返した。
「楓の頼みだからな……近藤は見逃してやってくれと。聞けば、捕まってからも猪熊達が楓に手を出せない様、色々と手配してくれていたみたいだし。うちの新しい雑用が世話になった礼だ……奇襲にも参加して無かったみたいだしな」
そう。あの後、半蔵の部下からの報告で、俺の町に奇襲をかけた連中の、詳細が明らかになっていた。そして、そのメンバーの中に、忠勝も近藤も入ってはいない。実行犯に忠勝と親衛隊の人間は、一人も含まれていなかった。全て猪熊が集めた連中と、忠勝の親衛隊以外の家臣で構成されていたからだ。勿論、それに京の連中が加わるのだが。
「かたじけない……」
土方が俺に頭を下げる。もう俺が見逃さねば、自分達では勝ち目が無いという現実を、ようやく受け入れる事が出来たらしい。新八達に江戸城を出た後、懇々と諭された様だった。
「気にするな。別に関係ない奴まで、皆殺しにするつもりは無い。さて……行こうか」
俺は不愛想に答え、そのまま門を潜った。ジンとコンが続き、その後ろを、土方に護衛された家康がついて来る。俺達はそのまま、特に見張り等に会う事もなく、屯所となっている道場へ踏み込んだ。正面に相変わらず偉そうな、白髪のジジイが座っている……猪熊だ。そして、その隣に熊みたいな大男……おそらく、あれが忠勝だろう。という事は、その傍に控えているのが近藤か……。
──本多忠勝。
まさか、こんな形で出会うとはな。戦国最強との呼び声も高い、有名な武将だ……まあ、前世での話だけど。目の前の忠勝は、ボサボサの黒髪に無精髭……おまけに巨体だから、まんま熊だ。ギョロリとした大きな目は、たしかに相手を威圧するだけの迫力があるけど。
そんな事を考えながら道場内を見渡していると、俺に気付いた猪熊が声を荒げた。
「貴様っ! 何故生きておるっ! まさか、あの結界の中で親衛隊がしくじったのか!」
ん? こいつまさか、俺が天守閣で新八に殺られたと思ってたのか? すると、後ろから土方が、ボソボソと説明を始めた。
「うちの隊長……近藤に頼んで、情報を伏せていたのだ。お主が生きていると猪熊が知れば、忠勝様に泣き付くのは目に見えている。そうなれば我等とて、動かざるを得なくなるのでな……忠勝様の命である以上。我等とてこれ以上、あのジジイに振り回されるのは御免なのだ」
なるほど……そういう事か。やはり、土方は忠勝と違い、かなり頭が切れる様だ。それに、普段から親衛隊は、鬼道館を良く思っていなかったみたいだし。猪熊に良い様に使われるのも、こいつ等には我慢出来なかったのかも知れない。
そんな俺達の様子を見て、猪熊の隣にいる忠勝が腰を上げた。立ち上がると、かなりデカい。二メートル以上あるのではないだろうか。忠勝はギロリと俺を睨み付け、すぐに後ろにいる土方に目線を動かした。そして、よく響く低い声で言い放つ。
「土方……その異人は何者だ! まさか上様を狙っていたとかいう、真人とかいう男じゃあるまいな……貴様、もしや裏切ったのか!」
「い、いや忠勝様! これは──」
地鳴りの様な怒号が、道場内に響き渡る。何とか弁明をしようと試みる、土方の言葉を俺は遮った。
「うるせえぞ、脳筋」
「なっ!」
顔を真っ赤にした忠勝が、俺の言葉に反応した。構わず俺は、忠勝に向かって吐き捨てる。
「お前が馬鹿だから、土方達は皆んな苦労してるんだ……俺にお前を殺させない様にな。これ以上、部下に迷惑をかけるな……能無し」
「き、貴様ああ──」
怒り狂った忠勝が吠えようとする。
「うるさい、邪魔だ」
「──ぎゃはぁっ!!」
俺は一瞬で忠勝の懐に潜り込んで、軽く裏拳でぶっ飛ばした。横っ面を弾かれて吹き飛ばされた忠勝が、道場の壁に叩きつけられる。割れた壁の板張りにまみれ、蹲る忠勝を見て、俺は視線を眼下に向けた。座ったままでガクガクと震え、口を開けたままの猪熊を見下ろす。俺はその姿を確認すると、顔を上げて周りを見渡した。
何が起こっているのかも分からない、そんな顔で唖然と俺を見つめる、謀反に加わった家臣達。そこそこ広い道場の両脇に、所狭しとひしめき合っている。その数、二百余りという所か。多分、外にもそれなりの数がいる筈だ。俺は、とりあえずこの場にいる家臣達に向かい、淡々とした口調で宣言した。
「──お前等、皆殺しだ」
★補足
本多忠勝と言えば生涯において参加した合戦は大小合わせて57回、いずれの戦いにおいてもかすり傷一つ負わなかったと伝えられている最強の武将の一人。織田信長は「花も実も兼ね備えた武将である」と絶賛し豊臣秀吉は「日本第一、古今独歩の勇士」と称した程。「家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭に本多平八」なんて歌も有名ですね。とにかく逸話が多い!(笑)
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