第05話 似て非なる異世界
『──そろそろ戻りましょう』
気が付くと、さっきまで暖かく降り注いでいた日射しも生茂る木々に遮られ始めて、森は奥の方から少しずつ闇を纏い始めていた。夜の森が危険なのは俺にでもわかる。暗くなる前にここを離れた方がいい。
雪は大きく背伸びをしてから、ゆっくりと立ち上がった。
俺は町までの帰り道でこの世界やこの国、雪の住む町についていろいろと話を聞かせてもらう事にした。
まず、俺が転生したこの世界には女神の言っていた通り、人間以外の種族が存在するらしい。
人間は人族として認識されていて、他にはお馴染みのエルフやドワーフ等の精霊種と呼ばれる種族や、ケモ耳の獣人種等がいるらしい。ただ、その数は圧倒的に人族が占めていて、特にこの国では他種族は集落にでも行かない限り滅多に見かける事はないらしい。
魔族に至っては全世界でも数体しかその存在は確認されておらず、存在事態が希少らしかった。
(じゃあ、ほとんど人間社会といっても問題ないんだな)
接する機会が無いのなら人間しかいないのと変わらない様な気がした。
『というより、私達は人間社会の中でしか生活してないですからね。完全に住み分けちゃっていますから。ほとんど出会う事がないんですよ』
やっぱりそう言う事か……少し残念な気もする。せっかく異世界なのに……まあそれも仕方の無い事なのかも知れないけど。
(思ったより互いに交流がないんだな。まあ、見た目の違う種族が一緒にいたら人間は差別とか碌な事しかしないだろうし、その方がいいのかもな)
『真人さんは本当に人間が嫌いなんですね……前世で何があったのか気になります。あ、でも人族と他種族が一緒に暮らす町も、世界にはあるらしいですよ?』
俺の前世は……雪にはあんまり知られたくは無いな。もしかしたら何となく伝わってしまうのかも知れないけど……
(そうなんだ。まあ、俺には関係ないけどね。どうでもいい。別に人間はそこまで嫌いな訳じゃないけど、好きではないな。俺はまだ雪以外の人間は信用出来ないし)
『えっ! あっ、ありがと……』
雪が少し照れ臭い様な何とも言えない感情を送って来た。俺もそうだけど、人に信用されるのに慣れてないのかも知れない。
しかしまあ……これだとケモ耳だのエルフだのは見てみたかったけど、暫くお預けっぽいな。
他にも、俺の住んでいた世界とは大きく事なる情報がいくつもあった。
それは当たり前のように其処らを跋扈する、魔物達だ。整備された街道以外を素人が通るのは自殺行為で、魔物の狂暴さはライオンや熊みたいな獣とはレベルが違うらしい。
そして、驚いたのがこの国のことなんだが……
『ここは大和の国。私達が住んでいるのは江戸の都っていう徳川様の領地で城下町ですよ』
江戸かよっ! しかも、徳川って……
剣と魔法のファンタジーは!?
転生じゃなくてタイムスリップ物かよと思わず女神に突っ込みを入れそうになったが、よくよく話を聞いてみると、確かに似て非なる別の世界だった。
どうやらこの世界は、俺の住んでいた世界とは全く違う歴史と進化を遂げた世界らしいのだが……大まかな部分は所々被っている。一部の世界線は方向性が似ているらしい。この国に限った事なのかも知れないけど。
そう言えば女神がそんな感じの事を言ってたな。
例えばこの世界には魔法があるみたいだが、この国ではあまり魔法文化は発達してない。本格的に学んでいるのは陰陽師や高僧と言われる一部の人間だけだそうだ。
文化レベルは江戸時代の後期程度みたいだが魔法文化の影響で所々、生活水準が異常に高かった。電気みたいな物もあるみたいだ。
そして、いちばん驚いたのが……信じられない事に俺でも知っているような歴史上の偉人が、こっちの世界にもいるみたいなのだ。但し性格も生き様も全然違う上に、登場する時代も違う。はっきり言ってめちゃくちゃだった。
しかも徳川とか言うから江戸時代をイメージしていたら全然、天下統一なんてされて無い。今でも各地でバチバチにやり合っているそうだ。そして俺の知る歴史ではあり得ない人間が同じ時代にいるらしい。織田信長を名乗る者もこの時代にいるそうだ。この世界の三英傑はいったいどんな奴らなのか……
この世界における、世界情勢も気になる。
外国はどんな感じなんだろう?
むしろ外国こそが俺の異世界のイメージに近い世界、なんて事もあるのかもしれない。
何となくそんな事を考えていたら、少し先に明かりらしき物が見えてきた。だいぶ日は傾いていて、辺りはすっかり闇に覆われ始めている。
ぼんやりと見えた町並みはパッと見た感じだと、やっぱり江戸時代の城下町っぽい雰囲気だ。木造平屋の建物が立ち並んでいて、夜を迎える町人達の生活の明かりがポツポツと灯り始めている。所々、似つかわしくない石造りの建物もあるみたいだが……それでも奥の方には城らしき物が見えた。思ったよりも活気はあるみたいだ。
町へ向かうには、目の前に流れる川を渡る必要があるみたいで、少し先に橋が架かっているのが見えた。橋の脇には詰所みたいな小屋がある。町の出入りを管理する関所みたいだ。
雪は関所の方に歩いて行くと、町には向かわずにその前を素通りして、そのまま川沿いに歩き始めた。
その川は町に人が入るのを遮る様に流れていて、そのまま歩いて行くと薄暗い中にポツポツと人影らしき物が見え始めた。町に入れずに此処等で暮らしている人達みたいだ。
皆、濁った暗い目をしていて何だか疲れ果てている様に見える。隻腕の老人や、義足で歩く壮年の男もいた。着ている物はボロボロで、襤褸切れを纏っているだけみたいだ。痩せこけた子供達が数人遊んでいて、母親らしき女性や老婆達がその様子を虚ろげに見つめている。
雪はそんな人達の間を通り抜けて、少し離れた場所にある薄いベニヤ板の様な木材で囲まれた一角に潜り込んだ。風で飛ばされない様に、屋根を覆うシートの所々に重石が置かれている。どうやらこの板張で囲われた小屋が雪の家らしい。
──こんなところで暮らしているのか?
俺は目を疑った。年頃の女の子が一人で暮らす環境じゃない。
いくら何でも酷すぎる。
(雪。話、出来るか?)
『はい』
先程迄と変わらない明るい声が普通に帰ってきた。
どうやら雪にとっては話相手がいるだけで嬉しいみたいだ。
この状況を当たり前だと思い込んでいるのか、雪の感情が伝わってきて、何となくこれが雪にとっては普通なんだと理解出来てしまった。
(聞きづらいんだけど……雪、ずっとここに一人で暮らしてきたのか?)
『はい。お母さんと暮らしていたけど私が小さい頃に……』
雪が胸元のペンダントを見つめている。装飾に綺麗な石が嵌め込まれた、高価そうだけど嫌らしくないデザインのペンダントだ。
多分、母親の形見なんだろう。
(そうか。今の生活は辛くないか?)
『うーん……お腹が空くのは辛いけど、それ以外は気にならないです。それに今は真人さんがいるから寂しくもないですし』
今までこんなところにずっと一人でいたんだ。そりゃ寂しかったよな……
母親にも先立たれて心細かっただろうに。
俺に体があればなあ……
何かすっごく歯痒いんだけど。
本当に俺なんかと話すだけで少しは気が紛れるのなら、いくらでも付き合ってやろう。どうせ俺にはそれくらいしか出来ないんだし……
俺はこの日、雪が疲れて眠ってしまうまでずっと二人で話し続けた。
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