第52話 三段突き
「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」
ぶち切れたコンを覆い隠す様に、紫煙の様な妖気が辺りに漂う。そして、その妖気に呼応する様に、建物全体がギシギシときしみ始めた。ゴゴゴゴ……と、僅かに振動を続けていた道場内は、やがてその紫の妖気が充満し、コン達の姿を包み隠す。すると、傍らにいた半蔵が思わず呟いた。
「と、とんでもない妖気でござるな……」
唖然として、姿の見えなくなったコンのいた場所を見つめる半蔵。しかし俺は、経緯はどうであれ本気になったであろうコンに、少しホッとしていた。こいつらを相手に油断は命取りになりかねない。コンの実力を信用してない訳では無いが、始めから全力であるに越した事は無い。
暫くすると、建物の振動は落ち着き始め、やがてコン達を覆い隠していた紫煙の妖気が晴れ始めた。道場の中央に、対峙する二つの人影が見え始める。その片方、沖田であろう人影が口を開いた。
「まさか亜人だったとはね……」
そう呟いた沖田の視線の先に、妖気が晴れて、姿を顕にしたコンの姿があった。
紫の髪から除く三角の獣耳。そして、俺も初めて見る九本の立派な紫の尻尾。相変わらず妖艶なその容姿は大きく変わらないが、放つ妖気が桁違いに膨れ上がっている。これが『九尾の狐』、コンの本来の姿と言う事か……
「虫けら風情がご主人様と同格を気取るなんて……殺されないからって調子に乗るんじゃないよっ!」
ああ……やっぱり切れた原因はそれなのか。まあ、薄々感づいてはいたんだけど。
『気持ちは分かります』
雪……お前まで……
どうやら沖田はこいつ等に、随分嫌われているらしい。自分ではイケてると思っているだけに、何だか憐れに見えて来た。しかし、当の本人は全く気付いていない様だ。
「残念ですね……折角、僕の取り巻きに加えてあげてもいいと思ってたのに。しかし、その容姿……獣人にしておくには勿体無いですね。奴隷なら僕の傍に置いてやっても良いのですが……如何ですか?」
さっき迄よりも若干見下した目で、コンに失礼な提案をする沖田。どうやら、こいつも亜人を下に見ている様だ。しかし、こいつ……コンの妖気を見ても全然、動揺していない。相変わらずの澄ました顔で、平然とくだらない軽口を叩いて来る。逆に、コンの方は怒りに身を震わせて、冷静さを失っている様だ。
「何度も同じ事を言わせるんじゃないよっ! 私は真人様の奴隷だっ!」
「奴隷……?」
またも恥ずかしい事を平然と、得意気な顔で宣言するコン。こいつは、本当に俺の奴隷である事が誇りらしい……何て困った奴なんだ。怪訝そうな顔をしている沖田は、おそらく、コンと俺は普通の主従関係だとでも思っていたんだろう。コンが『ご主人様』とか連呼するから、メイドか何かだとでも思っていたのかも知れない。すると突然、沖田は顔を綻ばせて笑い始めた。
「ハハハハッ! 奴隷ですかっ! それなら話は早い。奴隷の所有権は持ち主が決める物……新八さんがそこの異人を倒したら、力ずくで貴女を僕の奴隷にして差し上げますよっ!」
狂気の様な物を目に宿らせて、笑う沖田。沖田はその口元を醜く歪ませると、正眼に構えていた刀の切っ先を僅かに下げた。その動きに反応して、半蔵が呟く。
「『三段突き』でござる……」
沖田の『三段突き』。前世での沖田総司が得意にしていた技だ。確か、一度に三回突くとか何とか言う、現実では眉唾物の得意技……しかし、こっちの世界では十分あり得る。なにしろ、異能や魔法が当たり前の世界だからな……俺も含めて。
「知ってるのか?」
俺は半蔵に尋ねた。
「沖田の『三段突き』は有名でござる……なにしろ、自らが自慢気に喧伝しているのでござるからな。ただ、その技の全貌は親衛隊の幹部以外、誰も知りませぬ……『三段突き』を受けて、生き残っている者がいないのでござる」
そんな半蔵の説明を他所に、コンと沖田の戦いは動き始めた。沖田が更に強い剣気を纏い始め、コンが紫の瞳でそれを睨みつける。細めたコンの瞳から感じる只ならぬ妖気……どうやら、少しは頭が冷えて来たらしい。コンの瞳は間違いなく本気だ。
沖田の体が一瞬ぶれる。すると、ほぼ同時に、コンを取り囲む様にして二人の沖田が現れた!
「分身っ!?」
驚いたのは半蔵だ。分身の術と言えば忍者の十八番……どちらかと言うと、半蔵にこそ相応しい異能だ。
三人になった沖田がコンに切っ先を向けて構える。構えから判断するに、突き技……三方向から同時に襲い掛かるつもりらしい。俺は思わずツッコんだ。
これじゃ『三方突き』だろっ!
そんな俺の心の声はお構いなしに、沖田の『三方突き』がコンを襲う。
──速い!
動きは斎藤とほぼ同格。一瞬でコンとの間合いを詰め、一気に沖田の凶刃が襲い掛かる……それも、三方向から! しかし、コンは冷静に沖田の太刀筋を見極めている。横に躱すのは危険だと判断したのか、コンはタイミングを見計らい……
──跳んだ。
三つの切っ先が寸分の狂いなく、コンのいた場所で交錯する。しかし、絶妙のタイミングで跳び上がったコンは、その突きを中空に逃げる事で躱していた。着地までの刹那、コンが掌に炎を纏いかけたその時、予想外の展開がコンを襲った。
「何っ!?」
中空に跳んだコンの更に上、コンの頭上に刀を逆手に持った、下突きの構えの沖田が突然現れた。真上から襲ってくる沖田の下突きを、咄嗟に体を捻る事で躱そうとするコン。しかし、その切っ先はコンの脇腹を抉り取る様に掠めた。
「ぐっ!」
致命傷では無い物の、重大な手傷を負わされたコン。中空で崩れた体勢のまま、庇う様に左手で脇腹を抑えたコンは、着地の体勢を整えようとした。反撃に転じる為の炎を掌に纏わせたまま、中空でそのまま背転して着地を試みる。そして、床板に両脚が付きかけたその時、何と、三度現れた沖田の突きが突然コンに襲い掛かった。
「がはっ!」
無防備な着地の瞬間に、背後から胸を貫かれるコン。そのまま膝を着き、崩れ落ちるコンの胸元から沖田の刀が引き抜かれると、大量の血がボタボタと床に流れ落ちた。
コンの傍に立つ沖田を残し、他の沖田が煙の様に消えていく。
なるほど……三段回の突きだから『三段突き』と言う訳か。俺は妙に納得した。
返り血を浴びた沖田の足下には、胸を貫かれて倒れたコンの姿があった。明らかに致命傷に見えるが、どうやらまだ息はあるらしい。しかし、早く治療しなければ命に関わりそうな深い傷だ。そんな、今も尚、広がり続けているコンの血溜まりの中で、沖田は薄く笑ったまま呟いた。
「新八さん……まだ生きてると思いますんで、医療班の手配、お願い出来ますか? この奴隷、まだ死なせたく無いんですよね」
そう言って、悪戯っぽい笑みを浮かべる沖田。すると、その沖田の喉元に、突然、鋭く光る短刀が充てがわれた。
「あんたの奴隷じゃ無いって言ってんでしょ」
「なっ!?」
激昂していた先程迄とは違い、淡々と冷たく言い放ったコンが、いつの間にか沖田の背後に立っている。その短刀は、いつでも殺せると言わんばかりに、沖田の喉元に当てられていた。驚きの余りに飛び退く沖田。慌てて目を向けた足下には、既にコンの姿は確認出来なかった。
「い、いつの間にっ! こ、このっ!」
半錯乱状態でコンに再び斬り掛かる沖田。その刃は、微動だにしないコンの首を跳ね飛ばした。斬り落とされたコンの首が床板の上に転がり、沖田の足にぶつかって止まる。
「お、大人しく僕の奴隷にならないから、こんな目に会うんですよっ!」
そう嘯いた沖田の表情は、言葉とは裏腹に先程迄の余裕は無かった。しかし……
「誰があんたみたいな虫けらの奴隷に……」
コンの冷たい声が響き、またも沖田の喉元にコンの短刀が充てがわれる。
「ひっ、ひいっ!」
最早、完全に錯乱状態に陥った沖田は、めちゃくちゃな太刀筋で刀を振り回した。まるで子供のチャンバラだ。
すると、今、まさに戦っている筈のコンが目線の先に現れた。いつの間にか人間の姿に戻り、平然とした顔で俺の前に歩いて来る。
「幻術か……」
コンに向かって呟いた。
「はい。あの程度の人間なら簡単にかかりますから」
そう言ったコンの表情は、まるで初めから沖田等、眼中になかったとでも言いたげだ。コンは紫の瞳で蔑む様に、虚空に向かって刀を振るう沖田を見据えた。確かに、以前聞いたのコンの話では、幻術と言うのは余程、相手との妖力差が無ければかかりにくい。だから俺には、今の戦いも全て見えていた。
だが、沖田にはそれが見破れ無かった。つまり、コンにとって沖田とは格下、その程度の相手だったと言う事だ。樹海でも屈指の実力者『九尾の狐』は伊達じゃ無かったと言う事か……
コンはふぅっと一つ溜息を付き、沖田に向かって吐き捨てた。
「──偽物にはそいつがお似合いさっ……いつまでも狐につままれなっ!」
★補足
因みに作中の正眼の構え、沖田総司が実際使った「天然理心流」では「平晴眼」と言うそうです。他にも三本の愛刀の一つに菊一文字則宗があったとか(眉唾らしいが)、作中の「三段突き」とか、とにかく本物は逸話の多い人気の人物ですね。
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