第45話 忍者
「こ奴が楓の師匠……服部半蔵じゃ」
家康はそんな俺も良く知る人物の名前を口にした。
楓の奴、こんな有名人の弟子だったのか……!
──服部半蔵。
言わずと知れた歴史上、最も有名な忍者の名前だ。
実際の人物がどうだったのか迄は知らないが、少なくとも俺の知る限り、様々な忍者のモデルになっている。名前くらいは誰でも知ってる様な超有名人だ。
そう言えば確かに、服部半蔵って徳川家に仕えてたんだよな……やっぱりこの世界でもそこは一緒みたいだ。
「半蔵……楓の件、説明してやるが良い」
「は……」
家康の後ろに控えている鋭い目の老忍者──半蔵が静かに頷いて話し始めた。
「拙者、家康様にお仕えしております忍、服部半蔵正成と申す者でござる。真人様には我が弟子、楓がお世話になっております」
出たっ!
ござるっ!
初めて聞いた!
まさか本当に使う奴がいたとは……!
それにしても、服部半蔵……正成って言うのか、名前。知らなかった……
「別に世話なんかしてない。寧ろこっちが世話されてたからな。それより……楓に何かあったのか?」
俺は『ござる』に胸が踊っていたが、出来るだけ悟られない様に平静を保ちながら答えた。
さっきの家康の口ぶりからして、楓に何かあったのはおそらく間違い無い。
「は……実は、楓の奴は愚かにも猪熊達の手の者に捕らえられまして……情けない事に楓は今、人質として奴等に囚われているでござる」
「人質?」
意外な言葉に思わず聞き返してしまった。
人質って……どう言う事だ?
「は……本来なら我ら忍の者に人質としての価値など無いのでござるが……どうやら家康様にとって、楓は特別な存在の様でして……」
「幼い頃から見てきておるからな……妾にとって楓は妹みたいな物なのじゃ」
無表情のまま説明する半蔵と違い、家康は遠い目をしながら辛そうな素振りを見せた。
なるほど……楓を人質に取られていたから、家康はここから動けなかったのか。
いくら結界があるとはいえ、ここから出られないと言う訳ではないからな……ましてこの半蔵と言う男、かなりの能力だ。おそらく、ここから家康を逃がすだけなら、半蔵にとっては至極容易い事だろう。
「それで……楓は今どこに?」
俺は辛そうな家康から目を反らし、半蔵に尋ねた。
「ハッキリとした事は分かりませぬが……おそらくは本多家の屋敷かと」
「本多?」
また新たな名前が出て来た。
本多、本多……どこかで聞いた事ある様な……
「この度の謀反……その旗頭となっている男でござる」
首を傾げて聞き返した俺に、半蔵が答えた。そして、家康が更に言葉を付け加える。
「本多忠勝……妾の側近中の側近だった男じゃ。まさか、あ奴まで猪熊に誑かされるとはな……」
あっ!
思い出した……戦国最強の奴だ!
──本多忠勝。
徳川家に仕えた家臣で、戦国時代最強と言われていた男だ。確か、東の本多忠勝に西の立花なんとか……とにかく、色んなゲームやアニメでも、大体そんな位置付けだった人物だ。
「本多忠勝……そいつが今回の謀反の主犯なのか?」
俺は、何も知らない振りをして半蔵に尋ねた。
大体、俺が知っているのは名前だけだし、そもそも前世での忠勝だ。この世界では知らないと言っても間違いじゃない。
半兵衛達の時もそうだったけど、ヘタに知り合いだとでも思われたら面倒くさい事になるだけだ。それに、この世界での情報は違う物かも知れないし。
「一応、謀反の旗頭ですし、主犯と言えば主犯なのかも知れぬでござるが……」
さっきまでと違い、半蔵はどこか歯切れが悪い。少し答えに困った様な素振りにも見える。すると、家康がまた半蔵の言葉に付け加えた。
「──忠勝は……馬鹿なのじゃ」
「はあ?」
思わず家康を見返すと、手で目の辺りを覆いながら、やれやれと言った顔をしている。
半蔵も気まずそうに苦笑いを浮かべていた。
「あ奴は恐ろしく腕は立つのだが、ちょっと頭の方がな……だが、あ奴の妾に対する忠義は本物じゃ。お主も会えば分かる。忠勝はこんな謀反なんぞを企てる様な奴では無い」
やっぱり、この世界でも腕は立つみたいだ……それに、思ったより家康からの信頼も厚い。半蔵の口振りにも、特に敵意の様な物は感じられなかった。
それなりに人望はある奴みたいだ。
それにしても、ここまで言われる程の馬鹿って一体……どんな奴なのか逆に気になる。
「幽閉こそされてはおりますが、ここで家康様の身が保証されているのは、忠勝様の命による物なのでござる。一度主君と崇めた以上、無礼な行いは罷りならぬと……」
まるで忠勝を庇うように半蔵が補足した。
どうやらこの二人は忠勝に、敵意を持ってはいないみたいだ。
「忠勝は猪熊に騙されておるだけなのじゃ。大体、あ奴にこんな真似が出来る様な頭などあるものか。全く、猪熊の奴め……妾の見る目が無かったわ!」
家康は、家臣の本質を見抜けなかった事が相当悔しいみたいだ。どちらかと言うと自分を責めている様にも見える。
「まあ、お前等の事情は分かった。だが何度も言うが、俺はこの町がどうなろうが知った事じゃない。聞きたい事を聞いて楓の無事を確認したい、それだけだ。幸い、お前の身はは保証されてるみたいだし」
若干、家康には同情するが、殺される訳では無いみたいだし。それに半蔵もいるなら大丈夫だろう。
町は家康だろうが忠勝だろうが、好きな者が治めればいい。俺が来て、気に入らなかったら潰すだけだ。
「仲間が出来て少しは変わったのかとも思ったが……相変わらずじゃの、お主は。まあよい……それよりどうじゃ、真人。妾と取り引きせぬか?」
家康は薄く笑いながら溜息を付くと、グイと身を乗り出して提案して来た。
家康の言う通り、俺は何も変わって無い。
家康は人間の仲間だと思っているみたいだが、ジン達は人間じゃないからな。俺はまだ、そこまで人間を信用していない。
楓は、まあ……ちょっと情が移ったと言うか……ペット。そう、ペットみたいな物だ。
それより……
「取り引き?」
「そう、取り引きじゃ。妾の願いを聞き届けてくれるなら、対価としてお主の知りたがっている事に幾らでも答えてやろう」
さっきは何でも答えるって言ってた癖に……やっぱりこいつは食えない奴だ。
「聞くだけ聞いてやる。願いって何だ?」
余り面倒くさい話なら聞く気は無い。
「なに、簡単な話じゃ……楓を無事、救い出して貰いたい。お主にとっても悪い話では無いだろう?」
家康はニヤリと笑って俺の目を見つめて来た。
こいつ……俺が断らない事を見越してやがる。
「言われなくてもそのつもりだ。だが──」
俺は半蔵の方に視線を移しながら続けた。
「居場所まで分かって置きながら何故、今まで助けに行かなかったんだ?」
忠勝の命令で家康の安全は保証されている。だったら、半蔵辺りが動けば楓を救い出せた筈だ。
「それは、拙者では楓を救い出せないからでござる。仮に忠勝様の留守を狙ったとしても、あの屋敷には、とんでもない手練の剣客集団がおります故……」
「忠勝の親衛隊じゃ。幾ら半蔵と言え一人ではどうにもならん」
家康が割り込んで来て、半蔵の言葉に補足した。
更に半蔵は続ける。
「そもそも、我ら忍は諜報活動が主な任務でござる。闇討ちならまだしも、正面から手練の剣客とやり合う等……」
なるほど……いかに手練の忍者とはいえ、敵の土俵では能力を存分に発揮出来ない訳か。
しかし、忠勝の親衛隊か……まあ、俺達なら多分、何とかなるだろう。だが、余り騒ぎに首を突っ込むのも御免だ。
「家康……楓を取り戻すのには力を貸す。だけど、その後のゴタゴタに巻き込まれるのは御免だ。話を聞くだけじゃ割に合わない」
「ほう……では他に何を望むと言うのじゃ?」
「俺達は楓を助けたら、ゴタゴタに巻き込まれる前に町を出る。だが、これからも人間の町との交流は必要だ。特に物資とかはな……だから、俺達が樹海に戻った後も速やかに取引出来る様、取り計らって貰いたい」
何せ俺達は見た目がこれだからな。
いちいち差別されてたんじゃ、まともに取引なんて出来そうに無い。家康を通して取引した方が楽だし、確実だ。
「何じゃ、そんな事か……良かろう。妾が責任を持って誠実な取引になる様、商人共に取り計らおう。しかし、その為には忠勝の目を覚まさせねばならん。猪熊の好きにされては動き様が無いからな」
「それはそっちで勝手にやってくれ。俺は約束さえ守って貰えればそれでいい」
樹海に戻っても人間の町と取り引き出来るのは大きい。どうしても森での生活には限界があるからな……
「まあ良い。とりあえずは……取り引き成立じゃな」
ニヤリと口元を歪ませて家康が確認して来た。
「ああ……とりあえずな。だが約束は守って貰うぞ? 楓を救い出したら俺の問に答えて貰う。知っている事は全部だ」
晴明の事。
半兵衛の事。
猪熊達の事。
他にも聞きたい事はあるが……まずは楓を助け出す。話はそれからだ。
俺がそう決意した矢先、廊下の方が急に騒がしくなり出した。大勢の人間がこの部屋に向かって来る気配がする。振り向くともう、目の前に数十人の兵達が、この部屋に押し入ろうと間口に詰めかけていた。
その中で一人だけ……一人だけ違う空気を纏った男が、兵達を割って現れた。
──こいつ……強い。
男が静かに口を開く。
「家康様を誑かす不届き者。我が主の命により成敗致す」
それを見た半蔵が驚愕の表情で呟いた。
「──何故ここに忠勝様の親衛隊が」
★補足
服部半蔵正成は一番有名と言われる二代目の服部半蔵です。一番皆さんがイメージする服部半蔵は彼ですね。この半蔵と言う名前、代々受け継がれていたんだそうてす。実は忍者だったのは初代だけで、二代目以降は伊賀同心を束ねたりした普通の武将だったと言われています。
因みに作中で真人は知りませんでしたが、西国最強と呼ばれたのは立花宗茂ですね。今回は一気に登場したから書ききれない…そのうちまた、どこかで触れたいと思います。
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