第44話 家康との再会
江戸城本丸。
俺達は城内に入ってすぐ、その場にいた兵を捕まえて家康の居場所を詰問した。勿論、力強くでだ。
家康はどうやらこの城の天辺、天守閣に作られた部屋に居るらしい。
俺達は土足のまま木張りの廊下をズカズカ歩き、その部屋を目指した。
(やけに大人しいな……)
俺達が城内に侵入してる事は、分かっている筈なんだけど……全く兵達が止めに入って来る気配が無い。
『そうですね……遠巻きに此方の様子を伺っている様な感じです』
雪も気配は感じているみたいだ。
だけど何もして来ない……どう言うつもりだ?
不審に思いながら狭い廊下を進んで行くと、少し先に引き戸の前に立つ見張りの兵が見えた。
あそこだけ何だか様子がおかしい……おそらく家康がいるのはあの部屋だ。
「何だ、貴様等っ!」
二人いる見張りの内、手前の兵が此方に気付いた。
「がっ!」
「ぐあっ!」
ほぼ同時にジンが二人を背後から襲い、気絶させた。漫画みたいに首筋に手刀を叩き付け意識を刈り取っている。
どうやらちゃんと、無闇に殺すなと言った命令を守っているみたいだな……ジンは俺より容赦が無いからこれ位で丁度いい。
「多分、ここだな……」
俺は引き戸の前に立って呟いた。
『真人さん』
(どうした?)
雪が俺を引き止めた。
『何だか変な感じがします……この部屋』
言われてみると、確かに何だか嫌な感じがする。
部屋自体が変な空気に包まれている様な……白い靄がかかっている様な感じだ。
(結界……ですねぇ……)
ジンは何か知っているみたいだ。
(結界?)
ウォルフがジンに尋ねた。
(ええ……この部屋全体に結界が張られています。おそらく大魔法……人間で言う上級魔法ですか。それが張られてるみたいですねぇ)
(また大魔法か……するとこれも、町を襲ったのと同じ奴の仕業か……?)
晴明か……なるほど。ウォルフの言う通り、その可能性は高いかも知れない。上級魔法を使える人間は限られているらしいし……
(それはどうでしょうねぇ……ただ、その可能性は高いかも知れませんね。中々、見事な結界です)
感心した様に淡々とジンは説明した。
(確かに何だか気持ち悪いねえ……これ、何の結界なんだい?)
コンも身震いする様な仕草をしながら尋ねている。
(おそらくですが……魔力を封じ込める結界みたいですね。貴女達で言う所の妖気みたいな物もです。力の強い者程、その影響を受け易いのかも知れませんね)
魔力を封じ込める……つまり、この中では魔法は使えないと言う事か。それに妖気まで……
まあ、それは当然の事かも知れない。コンの様に一部の亜人は強力な妖気を宿してるけど、もとを正せばこれも魔力だ。
妖気、気力、神力……そして魔力。いろいろな呼び方をされてるけど、根本はどれも同じ様な物だ。一応、体内に宿す力を『魔力』と統一して呼んでるけど、これを色んな力に変換させた物が妖力や神力と呼ばれるらしい……
「考えてても仕方ない。行くぞ」
俺は何やら風景が描かれた立派な襖を、両側へ一気に空け開いた。
──眩しい。
室内は思ったより採光されていて明るかった。三方全ての障子が開け放たれ、部屋中に陽の光が差し込んでいる。
細めていた目を凝らして見ると、江戸中を見渡せる様な見事な展望が目の前に開けていた。
いかにも領主らしい立派な部屋だ。
ふと部屋の中心に、赤い着物の人物が座っているのが見えた。
家康だ。
「おお……真人か。よう来たな」
家康は相変わらず艶のある声で、平然と語りかけて来た。
まるで動じて無い。
やはり俺達が侵入して来た事を知っていたからか?
「いつでも来いと言って置きながら、随分な歓迎をしてくれるじゃないか」
少し探りを入れてみた。
「何の事じゃ?」
本当に何の事かわからないと言った素振りで、キョトンとしている。まあこいつの場合、鵜呑みには出来無いんだけど……
「異人……と言うより俺が来たら殺せと命じられてたみたいだぞ? 門番達は。いきなり襲い掛かって来やがった」
「ほう……」
家康の雰囲気が少し険しい物に変わった。
目を細めて何かを考えている。思い当たる節でもあるかの様だ。
「まあ、そんなとこに突っ立っておらんで、こっちに来て座らんか。立ち話も何じゃろう」
パッと元の飄々とした雰囲気に戻って、家康は俺達に座る様に促した。
俺が家康の対面に座り、後ろにジン達が控えて座る。家康は特に何も言わず、俺の連れを一通り見回して話し出した。
「随分、連れが増えたのお……それも癖の強そうな者ばかりじゃ」
コンがピクッと反応した。
何やら今の発言が気に食わなかったらしい。
「ふふふっ……そう気を荒立てるでない。妾は褒めておるのじゃよ。よくぞここ迄、頼もしそうな仲間を集めて来た物じゃとな……この男はほれ。そう言うのは苦手そうに見えたのでな」
一瞬、苛立ちを見せたコンを宥める様に、家康は話した。
確かに前に来た時は一人だったし、仲間を作るのは得意では無いが……そこまで見透かされてたのか。
ジン達の能力にも薄々感付いているみたいだし……やっぱりこいつは油断出来んな。
「仲間じゃないよっ! あたしはご主人様の奴隷さっ!」
当然、コンが訳の分からない反論をした。
「なっ! 馬鹿、何言ってんだ!」
誤解を招く様な事言うんじゃ無いっ!
家康が呆気に取られてるじゃないか……!
「ぷっ! あはははっ! そうか、奴隷か! それは失礼した……許せ!」
さっき迄の艷やかな雰囲気が一転して、家康はケラケラと大笑いし始めた。目尻には涙まで浮かべている。
当のコン自身は家康の謝罪? を受けてご満悦だ。
大体、奴隷と言われて何でそんなに得意気なんだ……こいつは。フフンッと自慢気に踏ん反り返って、まるで自分の方が上だと言わんばかりに家康を見下している。
全く……こいつのペースに嵌まると碌な事にならん。
話を戻そう……。
「おい、家康。そんな事はどうでもいい。それより俺達を襲った理由をサッサと説明しろ」
コンを奴隷と勘違いされたままなのは癪だけど、正直、誤解を解くのも面倒くさい。
それよりも早く要件を済ませたい。
「あ、ああ……そうじゃったな……」
目尻の涙を拭いながら、家康はひとつ咳払いをして話を仕切り直した。
「コホン……お主等を襲ったと言う兵共の話じゃったな……おそらくそれは猪熊達の命によるものじゃ」
家康の顔から笑みが消えて真剣な口調に変わった。
「ああ……それは知っている。門番の兵が自慢気に話してたからな」
「そうか……ならば話は早い。要するに今、この江戸城は、妾よりあ奴らの命の方が優先される事態に陥っておる、という事じゃ」
やっぱり家康が襲わせた訳では無かったみたいだ。
しかし、城主である家康より命令が優先される事態って何だ? 陥っているとか言ってたけど、まさか……
「……謀反か? 猪熊達の」
「流石に察しがいいの……話が早くて助かる。その通りじゃ。猪熊が中心になって家臣達を唆しての……お陰で妾はこの様じゃ」
自虐的な笑みを浮かべながら、家康は今いる部屋を見渡す様な素振りを見せた。ここに幽閉されている、と言いたいんだろう。
「この結界もお前を逃さない為の物なのか?」
「それもあるかも知れんが、おそらく違うのお……妾の妖術に対して、ここ迄する必要は無いからの」
やはり家康も何らかの『魔法』が使えるみたいだ。
だけど、本人曰くここ迄警戒する程の必要は無い能力らしい……だったらこれは何の為の結界なんだ?
「これって多分……安倍晴明って奴が張ったんだろ? 態々呼び寄せたのか? 猪熊達が」
この国では滅多に使える者がいない上級魔法……その為に態々、晴明を呼んだんだろうか。それとも別の誰かなのか。そこまでしなきゃならない理由って一体……
「お主、あ奴を知っておるのか!? 京の大陰陽師、安倍晴明を……!」
家康が初めて動揺を見せた。
確かに俺と晴明には接点なんか無いからな……もしかしたら、俺が京と内通してる可能性を疑ったのかも知れない。まさか俺の口から晴明の名前が出て来るなんて、夢にも思わなかったんだろう。驚くのも無理は無い。
「知っているって言っても名前だけだ。実は俺の町も何者かに襲われてな……俺はそれも晴明の仕業だと睨んでいる。だからピンと来たんだ」
「お主の町も……」
家康は未だ動揺を隠せていない。
色んな事が頭の中を駆け巡りつつも、俺が町を襲われた事に同情はしてるみたいだ。
「ああ……だから俺は晴明と……それに他にも心当たりがある人物について聞きたくて、お前を尋ねて来たんだ。そしたらこの有様だった、と言う訳だ」
「そうか……それはすまん事をしたな。で、妾に聞きたい事と言うのは何じゃ? 晴明の事か?」
幾らか冷静さを取り戻した家康が尋ねて来た。
聞きたい事は山程ある。
勿論、晴明の情報。
それに、半兵衛の情報だ。
しかし、何より今のこの状況……
猪熊達が謀反を起こしたと言うのは分かったが……正直俺は、そんな事はどうでもいい。
それより、猪熊達と晴明が繫がっているのかどうかの方が気になる。もし俺の町が襲われた事に、猪熊達が何らかの関わりを持っていたら、放って置く訳にはいかない。
それに、さっきから姿が見えない楓だ。
楓も何かに巻き込まれてるのか?
まさか猪熊達についたとは考えにくいが……
そして、今いるこの部屋の結界。
態々、上級魔法まで施した理由が分からない。
家康はここ迄する必要は無いと考えているみたいだし……
ひとつひとつ、確認して行くしか無さそうだ。
「聞きたい事は山程ある。ここに来て更に増えてしまったくらいだ……とりあえず、気になっている事を片っ端から聞いていくから教えてくれ」
「妾に答えられる事ならな。何でも聞くが良い」
家康は俺の目を見て答えた。
真剣に答えてくれるつもりではありそうだ。
「とりあえず……楓はどこだ?」
一つ目の問いが意外だったのか、拍子抜けした様な顔で家康は微笑んだ。
「ほう……まさかお主が楓を気にかけてくれるとはな。些か意外ではあるが……妾としては喜ばしい事じゃ。あれは妾にとっても特別な忍じゃからな……」
何かを思い出す様な少し嬉しそうな顔で、家康は語った。
「楓の事ならこの者に聞くが良い」
感傷を振り払う様にキッと顔を強張らせ、家康はパンパンと二回、手を鳴らした。
すると、スッと音も無く家康の背後に黒づくめの男が姿を現した。よく見ると白髪を後ろで束ね、鋭い目つきをした老人である事が分かる。
男は黙ったまま家康の言葉を待って控えていた。
家康は、此方を向いたままで男が現れたのを確認すると、ゆっくりと口を開いた。
「こ奴が楓の師匠……服部半蔵じゃ──」
※誤字脱字報告をして下さっている読者の皆さん、この場を借りてお礼申し上げます。いつもありがとうございます!出来るだけ誤字脱字が無い様には心掛けているんですが…(^_^;)
本当に助かります。ありがとうございます!
読んで頂いてありがとうございました。
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