第29話 種族間会議
「ここが虎人族の里か」
何気無しに俺は、独り言を呟いた。
乱雑に建てられた竹製の家々が、目の前に広がっている。里の周りには竹槍の様な柵が張り巡らされて、数メートルおきに立つ見張りの兵が目を光らせていた。どう見ても臨戦態勢だ。
門番らしき兵に、ウォルフが話しかけている。
「東の川の上流地帯を治める、真人様とその腹心のジン様だ。それと私は真人様の配下、狼人族のウォルフでそこの者は妹のラルだ。本日の種族間会議の為に参った。ここを通されよっ!」
門番の兵は此方を一瞥すると、もう一度ウォルフを見直してから、無言で付いて来いという素振をして歩き出した。俺達は黙ってその兵の後に続いた。
やっぱり虎だけに、竹なんだ……これって強度的にどうなんだろう。いや、燃えにくいから防犯的には、却っていいのかな。
俺はそんな、どうでもいい事を考えながら、里の中をキョロキョロと見回していた。
しかし、どうも視線を感じるな。どうやら、俺とジンが彼等の視線を集めてるみたいだけど……
あ、そうか。俺達が人間だからか。ジンも今は人型だし。やっぱり獣人の世界では逆に、人間を差別したりとかしてんのかな。それとも人間を恐れているのか……
『人間が珍しいのではありませんか? 獣人と人間は余り接する事がありませんから』
(そうかも知れないな。こんな魔物だらけの森に人間が入って来る事も無いだろうし)
『中には差別する者もいるかも知れませんが、それはどの種族にも言える事ですから』
そりゃそうだ。人間同士でも差別するくらいだからな……俺や雪みたいな異人とか。やっぱり経験してるだけあって、雪の言葉は重いな。
(まあ、俺には関係ない話だ。他人にどう思われようが、どうでもいいし)
俺は誤魔化すようにして話を打ち切った。
すると、丁度会議場らしき建物が見えて来た。ここに各種族の族長が集まっているのかと思うと、少し楽しみだ。どんな奴らなんだろう。
「東の川上流の真人様とジン様。それに狼人族の代表をお連れ致しましたっ!」
「ご苦労。入れっ」
建物の中に入ると、案内の兵は一番大きな扉の前で立ち止まった。そして、俺達を案内した旨を叫ぶ様に告げると、中から声がして扉が開いた。案内の兵とは別の虎人族が中から扉を開けて、俺達に中へ入る様にと無言で促している。
俺達は促されるままに会議室の扉を潜った。
濃い茶色の大きな円卓が目の前にある。俺達以外は既に揃っているみたいだ。
俺達は案内されるまま、手前側の席に着いた。三人しか座れなかったので、ラルは俺の傍らに控えている。
席ぐらいちゃんと用意しとけよなっ……四人で来るって伝えておいた筈なのに。
俺はそんな事を考えながら、会議に参加している面々を見回した。どの種族も四、五人程度で来ているみたいだ。其々の族長らしき者の後には、何人かの護衛が控えている。
「ようやく揃った様だな。では、これより種族間会議を始めたいと思うっ!」
低いが良く通る声で、正面の男が会議の開催を宣言した。筋骨隆々な体付きに下顎から突き出た様な長い牙。豚の様な鼻のこの男が進行役の様だ。おそらく猪人族の族長だろう。
「何人かは見知った者もいる様だが、改めて挨拶させて貰おう。私は猪人族の族長、ボアルと申す。この会議での進行役を務めさせて貰う」
ボアルと名乗る猪人はそう告げると、ひと呼吸おいて話を続けた。
「皆にこうして集まって貰ったのは言うまでもない、鬼人族共に関しての事だ。奴等はこの、東の森の覇権を目論んでいる。この中にも既に被害の出ている種族はいる筈だ」
ボアルはウォルフの方を見ながら話している。狼人族が一番被害が大きかったからだろう。
「奴等は既に、この森の下流地帯にまで侵略を拡げようとしている。我等、猪人族やここの虎人族が中流で防波堤の働きをしておるからこの程度の被害で済んでおるが、このままではいずれ防波堤は崩壊する。時間の問題だ」
ボアルは鎮痛な面持ちで話している。余程、追い詰められた状況なのだろう。
「単独種では奴等に太刀打ち出来んと考えた我等と虎人族は手を組む事にしたんだが、それでもまだ奴等には及ばん。このまま我等が倒れれば、いずれお主等、他の種族も奴等に侵略される。そこでまだ戦力が残されている今の内に、奴等に総攻撃を仕掛けたい。その為の同盟を結ぶのがこの会議の目的だ」
ドン! と机を叩き、ボアルが熱の籠もった言葉で皆に働きかけた。何人かの族長はボアルの迫力に気圧されつつも、それしか手が無いのなら、と言う感じで仕方なく同意の意志を見せている。
対岸の火事だと思っていたら、既に足元まで火の手が伸びていたという現実にようやく気付いたらしい。顔が真っ青になっている。
「いい機会だ。鬼共に獣人種の力を見せてやろうじゃねえか。なんせこっちには、逃げ出した狼やその飼い主まで要るんだ。怖い物無しだろっ! ギャハハハハハッ!」
思いっ切り皮肉を込めて馬鹿にして来たこいつは、虎人族の族長だろう。さっきの案内兵と同じ斑模様で、見るからに『虎』だ。ニヤニヤと馬鹿にした笑みを浮かべて俺とウォルフを見ている。
「貴様……私達はともかく、真人様を愚弄するとは──」
『殺しますか?』
『殺しましょう』
ウォルフとジンがブチ切れそうになっている。
ジンは少しわかりにくいけど……これは相当、頭に来ている顔だ。ちなみに雪は、俺の事になると普通じゃない。言っても無駄だ。既に決定事項になっているみたいだし。
まあ、自分の為にこれだけ怒ってくれるって言うのも、悪い気はしないんだけどね。
『まあ、待て』
俺はとりあえず念話で二人を止めた。実の所を言うと、俺はそんなに頭には来ていない。多分、俺がこの虎人を思いっ切り見下しているからだろう。
虫ケラに馬鹿にされた所で、大して何も思わない。それよりも俺はこの会議で、其々の族長の気質なんかをもっとよく知りたかった。
『真人さんも寛大になりましたね』
(こんなのいちいち、相手にしてられるか)
雪は少し不満そうだが、落ち着いた様だ。
「どうした? 狼は群れなきゃ何にも出来ねえのか? それとも、ご主人様の腰抜けが移ったか? ギャハハハハハハハッ!」
「ぐっ!」
『『…………』』
物凄くムカつく笑い声だ。既に皮肉でも何でもない。馬鹿にしてるのを隠す気も無いみたいだ。
ウォルフは奥歯を噛み締めてグッと堪えている。雪とジンも平静を装ってはいるが、相当苛ついてそうだ。それにしても……
(何で俺まで腰抜け扱いされてるんだ?)
『真人さんが何も言い返さないからじゃないですか?』
あ、そうか。念話で話してたから勘違いしていた。こいつにしてみれば、俺は黙って何も言えない様に見えるのか。余りにもどうでも良過ぎて気が付かなかった。
(まあ、別にいいんだけどさ……)
「やめんかっ! タイガ殿、ウォルフ殿に失礼だぞっ! それに真人殿にもっ!」
お、この議長なかなか人間が出来てるな。あ、人間じゃないか。
「我等の呼び掛けに応えて、わざわざ出向いてくれたんだ。それ以上の暴言は控えられよっ!」
「フンッ!」
タイガと呼ばれる虎人は、ボアルの剣幕を見て、面白く無さそうな顔でドサッと椅子にもたれ掛かった。
「ウォルフ殿、気を悪くしないでくれ。今は少しでも戦力が必要な時だ。こ度の招集に応えてくれた事には感謝している」
「いや……もういい」
ボアルはウォルフの目を見ながら語りかけた。ウォルフも幾分か落ち着きを取り戻したみたいだ。
それにしても出来たおっさんだな。おっさんと言っても、顔を見て何歳なのかわからないけど。
「仕切り直そう。現状は先程、話した通りだ。鬼共に我等の総力を上げて総攻撃を仕掛ける。何か異論のある者はおらんか?」
ボアルが一人一人、確かめるように顔を覗き込む。
先程、顔を青くしていた者達は、目を逸らす様にして俯いている。おそらくだが彼等は犬人族、猫人族、そして兎人族の族長だろう。皆、下流の種族なのは、戦闘が得意では無いという事なのだろうか。
だがそれなら鼠人族が俯いていないのはおかしい。狡賢そうな笑を浮かべて、堂々と座っている。彼等は西側にも集落があるみたいだし、その辺りが関係しているのだろうか。
「それで、具体的にはどうするんだい?」
今まで何も言わず様子を見ていただけの女が、初めて口を開いた。狐人族だ。確か東の川の東側一帯を全て支配している種族……おそらくこの樹海でもトップクラスの獣人だ。ちなみに樹海の西側端を支配する狸人族とは犬猿の仲らしい。
この女が族長なら、九尾の狐はこいつと言う事になる。九尾と言えば、どんな漫画やアニメでもラスボス級の大物だ。俺は品定めでもする様に、この女を観察した。
煙管を咥えた唇は髪と同じく妖しい紫。その長い髪はポニーテールにして纏めてあり、色白の整った顔の上部にはピンと立った獣耳が覗いている。そして、まるで喪服の様な黒い長襦袢姿の臀部には、太い、一尾の尻尾がその存在感を大いに示していた。
その妖艶な空気を纏った人型の狐が、見下した様な目でボアルに問い掛けていた。
「うむ。やはり我は奇襲が良いと思うのだが」
ボアルもようやく具体的な話になり、身が入って来た様だ。
「奇襲って……鬼共の里にかい? そんな危険な事、誰がやるって言うんだい。それとも皆、集落の守りを捨てて全員で突っ込もうって言うのかい? そんな事をしたら、鬼共に隙を突かれて一瞬でお終いさ」
フンッと馬鹿にした様な口振りで、その狐人は吐き捨てた。
「だったら、どうするのが良いと言うんだ?」
ボアルの言葉には少し怒気が混ざっている。
「そんなの知らないよ。あんた達で好きにすればいいさ。あたしゃ別に、あんた達と一緒に戦うつもりで此処に来た訳じゃないんだ。あんた達と鬼共。戦い、弱った方を喰ろうてやろうと思っただけよ」
「何ぃっ!」
そう、やる気の無さそうな態度で言った彼女の口許が嫌らしく歪んだ。
「鬼共の里には酒呑の奴が居るからねえ。あんた達でも弱らせる位は出来ると思ったんだが……とんだ見込違いさっ」
「き、貴様ぁぁっ……」
「ついでに其処の死神とやらも一緒に喰ろうてやろうかぁ? そうすれば東の森は貰ったも同然ね。ヒャッハッハッハッ!」
ボアルは血管が切れそうな程、額に青筋を浮かべて震えている。九尾と思われる彼女は、どこまでも軽い笑い声をあげながら、馬鹿にした様にボアルを見下していた。
あ、そう言えばこいつ……今、俺を喰うとか言わなかったか? 全く虎と言い狐と言い、随分舐めてくれたもんだ。
「この女狐がっ! この場で噛み殺してくれるわっ!」
タイガが円卓に足をかけ飛び掛かろうとした瞬間、九尾を囲む様に、控えていた護衛達が立ちはだかった。
「ヒャハハハハッ! 何の準備もせずにこんな所へノコノコ来る筈が無かろうがっ!」
彼女がさらに高笑いすると、静観していた鼠人達までもが彼女を庇う様にタイガの前に立ちはだかった。どうやらこの二種族は初めからグルだったみたいだ。
「お、お前らあぁぁぁっ!」
タイガは怒りの余り、プルプルと震えている。
「マウロ殿っ! 貴様もかっ!」
ボアルが驚きの表情で、マウロと呼ばれた鼠人の族長に向かい叫んだ。
「ヒッヒッヒッ。私達、鼠人族は紅桜様の配下に加えて頂いたのです。いずれ東の森を支配する、紅桜様にね。そして覇権の成った暁には、この中流地帯は私達、鼠人族の物になるのです。今迄散々、私達を見下して来た貴方達を、鼠人族が支配するのですよっ! ヒャッヒャッヒャッ!」
なるほど。ようやく話の流れが読めて来たぞ。
要するに、九尾は東の森と呼ばれている、中央の川より東側の森の支配を企んでいた訳だ。そこに都合よく鬼人族が侵攻を始めた物だから、獣人種との共倒れを狙った、と。おそらく鼠人族は情報操作にでも動いていたんだろう。
彼女にとって問題は、鬼人種の首領……酒呑童子とか言う奴と俺だった訳だが……俺は腑抜だから問題無いと判断して、残りの酒呑だけなら自分達だけでも何とかなる、と思ったのかも知れない。
──なるほど……大体、獣人種達の気質や力関係は分かってきたな。
(もういいや)
『『『──え?』』』
突然、興味を失った様に呟いた俺に対し、連れの三人が思わず反応した。雪だけは動じていなかったみたいだけど。
「えっと……ボアルだっけ?」
突然立ち上がった俺に平然と声を掛けられて、ボアルは思わず顔を顰めた。
「な、何だ、こんな時にっ!」
「ああ、取込み中にすまん。えっと……とりあえず顔は出したし、ウォルフはもう義理は果たしただろ? それに鬼退治も全員参加じゃなさそうだし──」
俺は狐人と鼠人達をチラリと見て続けた。
「──だから俺達、もう帰るわ」
「はぁ?」
俺達は何事も無かった様に、普通に扉へと歩き出した。ボアルだけでは無く、この場の全員が呆気に取られている。
「あ、そうだ……忘れてた。ウォルフ、お前、虎人族滅ぼしてもいいぞ」
「何をっ!」
呆気に取られていたタイガが反応して、一瞬で顔を真赤にした。
「はっ! ありがとうございます」
「真人様、私は……?」
ウォルフが畏まって頭を下げて来た。ジンは少し拗ねているみたいだ。
「ジン。ウォルフは俺だけじゃなくて一族も馬鹿にされたんだ。今回は譲ってやれ」
「……仕方ないですね。私も少し、頭に来ていたんですが」
この冷静沈着なジンを怒らせるとは……タイガの奴、中々やるな。
「さっさと終わらせろよ」
「はい。真人様、ジン様。ありがとうございます」
ウォルフは礼を言うと、そのまま振り返ってタイガの方へ歩いて行った。タイガは怒りに震えながら、傍らの大剣を抜いて構えている。
「舐めやがってっ……この、狼風情がっ!」
タイガが大剣を大きく振り被ってウォルフに斬り掛かった。ウォルフは難無く躱している。タイガは続けざまに連撃を繰出しているが、ウォルフには掠りもしない。完全に見切られている。
そう言えばウォルフも、俺に忠誠を誓った時に大幅に戦闘力が上がったんだよな……
「貴様は我が一族だけで無く真人様を侮辱した……これは万死に値する。死んで後悔するがいい」
ウォルフの右手がバチバチと放電し始めた。ウォルフは風属性の魔法が使えたはずだ。と言う事は雷は風に属するのか……
「【雷光の牙】」
ウォルフの右手から放電された珠の様な電気の塊が、タイガの頭上に留まり脳天に落雷した。
「グギヤアアアアアアアアアアッッッ!!」
タイガは一瞬で消し炭になると、プスプスと放電しながら崩れ落ちた。
「終わりました」
ウォルフが平然とした顔で報告して来た。
「なっ……こ……こんな…」
「ウォ、ウォルフ殿……その能力、いったい……」
鼠人のマウロは言葉が出て来ないみたいだ。唖然として、消し炭になったタイガを見ている。ボアルは自分の知るウォルフより強くなっている、その能力が理解出来ない様だ。
「あ、あんた、そんな能力があるんなら、鬼人族どころか酒呑とだってやり会えたはずじゃ……」
紅桜と呼ばれていた九尾は、狼人族が鬼人族に住処を追われた事が納得出来ないみたいだ。確かに今のウォルフなら鬼人族が相手でも、そう簡単にはやられはしないだろう。
「さて、帰るとするか」
そう言って俺が歩き出そうとすると、ふいに呼び止める声がした。
「──お待ち下さいっ!」
読んで頂いてありがとうございました。
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