第02話 女神
《──いつまでも今の状態が続く訳ではございません。その個体は、まもなくお亡くなりになりますので》
──え?
何だって? この子が死ぬ?
(それはその……この子はもうすぐ死ぬって事?)
《はい。そういう運命の様ですね》
ファラシエルは当然の事の様に、平然と答えた。
(それって決まってんの?)
《決定事項です》
(…………)
つまり、あれか? どうせこの子はもうすぐ死ぬから、今の内から取り憑いておいて、死んだら体を頂きます、みたいな感じなのか? なんか、考え方がドライだな……発想が少し、悪魔染みてる様な気がする。こいつ、本当に女神なのか? 何か、すっごくイメージ悪いんですけど……
(つまり……この子の死体を使えって事か? 何だかあまり、気分の良い話じゃないな。幾ら五体満足でもイメージが悪いと言うか……気乗りしないなあ……だって、死体だろ? ゾンビみたいだ……)
《ご心配には及びませんわ。魂の定着後、体の方も貴方様に合わせて再生を始めますので。正真正銘、貴方様の新しい体になりますわ。それに女性の体のままですと、貴方様も何かと不自由でございましょう?》
そう説明するファラシエルの声は、クスクスと少し笑っている様な気がした。それにしても……
──女の体で転生か。
それはそれで……いかんいかん。つい邪な煩悩に流されるところだった。自分の体に興奮するとか、それじゃ新種の変態じゃないか……
(ま、まぁそうだな。それなら問題ない)
《…………》
なんだかジト目の女神が想像出来た。姿形は適当だけど。
(因みにだが……死んだ後のこの子の魂はどうなるんだ?)
俺は慌てて話題を変えた。
《死後、そちらの方の魂は、貴方様が新しい人生を全うするまでは、この世界とその体から離れる事が出来ません。あくまで今、魂が同化しているその体との繋がりが切れた時に、輪廻の輪へと帰る事になります》
ファラシエルは、何事も無かったかの様に説明を再開した。どうやら、さっきの件は上手く誤魔化せたみたいだ。
(つまり……どうなるんだ?)
俺は、もう少し詳しい説明を求めた。魂とか輪廻とか……いまいち良く分からない。
《貴方様の魂の片隅をお借りして、その体に留まられる事になりますわ。つまり、今の状況と逆ですね。但し死後、その魂が貴方様の許可なく自我に目覚める事はございません》
(なるほど。大体、事情はわかった……気がする)
要するに、死んでも魂は俺の中に存在するけど、今の俺の様に自我は無い、という事か。
《貴方様はこう言っては何ですが……前世では非常にお辛い経験をなさったみたいですので。こちらの世界では少々、前世の常識とは違った部分もあるかと思いますが、寧ろ貴方様の場合は、こちらの世界の方が上手くやれると思いますわ》
何だか、同情されてるみたいで気分悪いな……それにしても、俺向きっていうのはどう言う意味だろう。ぼっちに優しい世界って事か?
(別に俺だけが特別、辛い経験をしたとは思って無いんだけど……あんた、いつもこんなお節介やいてんの? 俺みたいな奴をいちいち転生させたりなんかして……)
もし本当にこいつが本物の女神なんだとしたら、自分で言うのも何だけど、俺はわざわざ気にかけて貰う程の人間じゃない。どちらかと言えば、碌な人間じゃないと思っている。
《いいえ。いつもこんな事をしている訳じゃございませんわ。今回は偶々……本当に偶々ですの。こちらにも事情がございまして……普段は個々の人格に対して干渉するなんて事は、まずあり得ませんわ。まして、その人生に介入を試みるなんて……私達にとって人間の人生とはあくまで何百億、何千億分の内の一つでしかありませんので。そう言う意味では、貴方様は本当に運が良かったと言えるのかも知れませんね》
そりゃそうだ。確かにこんな事しょっちゅうやってたら世の中、転生者だらけだ。
(運が良かった……か。確かにそうかも知れないな。そう言えばさっき、気になる事を言っていたな。こっちの世界じゃ常識が何とかって……どういう意味だ?)
《こちらの世界はいわゆる、貴方様のいた世界の並行世界みたいなものですの。厳密には全く違うんですけどね。貴方様の生きた世界とは、生命の進化も歴史も文化も環境も……何もかもが全く違う運命を歩んできた、似て非なる世界ですわ。まあ、中には貴方様のいた世界と似たような運命を辿った部分も、多少はあるみたいですけど》
似て非なる世界……どういう事だ? 似たような運命を辿ったって言う意味も、良く分からんが。それより転生といえばやっぱり……
(もしかして、よくある剣と魔法のファンタジー世界ってやつか?)
俺は何となく思った事を口にした。正確には口は無いんだけど……
《ふふふ……そう言うのもありますね、こちらの世界では。他にも貴方様の世界で言う、亜人とか魔物なんかも居ますよ》
(──マジか!?)
俺は思わず反応した。適当に言ってみただけだったんだけど……まさか、本当にそんな世界があるなんて。俺の反応を予測してたのか、ファラシエルは悪戯っぽく笑っている様な気がした。
《ええ。ご自分の目でお確かめ下さるのもお楽しみの一つかと……他に何か、お聞きになっておきたい事はございますか?》
ファラシエルは淡々と話を進めて行く。
(そうだな……正直、一度にいろいろ聞き過ぎていまいち実感が沸かん。転生とか再生とか……とんでもない話ばかりだしな。とりあえずあんたの言う様に、まずは適当に自分の目で確かめてみる)
いきなりのラノベみたいな展開に、俺の理解がついて行かない。転生? 異世界? 自分の目で見てみる迄は、とてもじゃ無いけど信じられない。
《そうですか……魔法とか魔物とか、もう少し色々とお聞きになりたいのではと思っていたのですが。貴方は私の想像よりも肝が据わっていらっしゃるのですね》
(どっちにしろ、自分の目で見てみるまでは信用出来んからな)
そりゃあ、聞きたい事は山程ある。だが、正直とても理解出来そうに無い。ファラシエルは肝が据わってるとか言ってるが……寧ろ俺は、どちらかと言うと、自分の見た物しか信じられない小心者だ。
《わかりました。では再生の時までもう暫くお待ち下さいませ。ちょっとしたプレゼントもご用意しておりますので》
(プレゼント?)
またもや気になる言葉が出て来た……
《うふふ……貴方様が前世から望んでいた力です。私にもその詳細は分かり兼ねますが──》
力って……これはもしかしてチートって奴か!? いよいよラノベ展開か!? だけど、授ける張本人も分かっていない力って……一体、どういう事だろう。
(力、ねえ……それはちょっと気になるけど、分からない物を気にしても仕方ないか……)
《この世界ではきっと役に立つと思いますわ。それでは私はこの辺で……》
そう言って暫くすると、女神の気配が消えたのが何となく分かった。それにしても……
──転生。
──亜人や魔物。
──剣と魔法がある異世界。
なんだか現実味のない言葉が並んでるな。だけど、これは紛れもない現実らしい。
まあ、あのクソみたいな人生に比べたら、どんな世界だろうがマシだろう。亜人や魔物もいるみたいだし。俺は人間なんかより、そっちの方がよっぽど興味深い。勝手なイメージだが、亜人の方が信用出来そうな気がする。人間よりも柵とかも少なそうで……何となくだけど。
今度はもう少しマシな人生になるんだろうか……
それにしても……とりあえず、何をしたらいいんだろう?
俺は、ようやく今の状況が見えてきて、これからの事を考える余裕が少し出て来た。あーだこーだとくだらない事を考えていたら、そう言えばさっきから何か聞こえている事に気付く。
「──〇△×□っ! 誰なんですかっ!?」
そうだ……俺は今、この子に憑依しているんだった……
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