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第23話 樹海の森へ

 俺はファラシエルと話したその日、目を覚ますと簡単な準備を整えて、翌日には江戸の町を出た。殆ど持物は無かったので、リュック一つの身軽な出立ちだ。そして今は西に向かい街道を歩いている。行先はこの先に拡がっているらしい樹海の森だ。


 行先を樹海の森に決めたのには幾つか理由がある。


 俺が異人という事もあって、江戸の町ではたいした聞き込みは出来なかったが、それでも幾つかの噂は耳にした。そのうちの一つが、樹海の森には何種族かの亜人の集落があるらしいという話だった。

 俺は人間には興味はないが、亜人は少し見てみたい。これが行先を決めた理由の一つだ。

 もう一つは、ファラシエルの話だ。


 《──人の少ない場所が望ましいですわ。()()()()()()()。自然の豊かな土地がいいですね──》


 あの女神の話を完全に信じたわけじゃ無いが、()()()()()()と言うのなら、樹海の森は条件的には問題ない。

 この二つが、とりあえずの目的地を樹海の森に決めた理由だった。


「真人様。この先に小さいですが宿場町があります。明日には樹海の森に入りますので、今晩はここで宿を取られた方が良いかと思います」


 樹海への道半ばで楓が進言して来た。


(そうか。わかった、そうしよう)


 楓は家康の指示を受けて、俺の旅に同行している。楓の話によれば、突然、俺が町を出るという報告を受けた家康は最初、他領との接触を疑ったらしいが、楓からの普段の俺の行動報告と行先が樹海の森だと言う事を聞いて、単に俺が亜人に興味を示しているだけだという事を信じる事にしたそうだ。

 そして今は引き続き、俺が他領と接触しないかどうか監視する為に、楓が世話役と言う名目で同行している。


『撒いてしまえば良いのではないですか?』


 雪がコソリと耳打ちする様な声で語りかけてきた。


(俺に都合が悪い動きをする様ならそうするさ。ただ楓はこの世界の情報に詳しいし、何かと役に立つかもしれないと思ってな。撒く事はいつでも出来る)


『真人さんがそれでいいのなら構いませんけど』


 楓は忍だけあって、いろいろと情報に明るい。この世界の事を殆ど知らない俺としては、何かと役に立つんじゃないかと考えていた。雪は少し不服そうだけど。


(それに断った所で家康は、何らかの手を使って俺の事を調べ回るだろう。俺はそっちの方が鬱陶しい)


『なるほど。そこまでお考えだったのですね』


 どうやら納得してくれたみたいだ。


(まあ、あんまり面倒臭くなる様なら最悪ぶっ潰すけどな)


『フフフ……さすが真人さんですね』


 雪にとって気に入らない物は全てぶっ潰す様な俺が()()()なんだろうか。俺はそこまで傍若無人では無いと思うのだか……雪のさすがの判断基準がわからん。


 そんな話をしていると、楓の言っていた宿場町が見えてきた。俺は手頃な宿を見つけ、受付を済ませる事にした。


「いらっしゃいませ。お二人様ですね。お部屋はご一緒でよろしいですか?』


『別々です』


 いや、わかってるって。楓と同室なんて、俺だって落ち着かない。

 俺は食い気味に反応した雪に苦笑いを浮かべそうになりながら宿の主に話した。


「いや、別々の部屋で頼みたい」


「作用で御座いましたか。いや、申し訳御座いません。実は本日、大変混み合っておりまして……ご用意出来ますのが一部屋しか無いのですが……」


 主はそう言いながら、申し訳なさそうな顔で此方を伺ってきた。


「真人様。私は別に同じ部屋で問題ありませんぞ?」


 楓は平然とした顔で同部屋を肯定している。むしろ何故わざわざ別の部屋にする必要があるのかといった顔だ。どうやらこの美少女忍者は、こういう事には無頓着なタイプらしい。


「いや、俺が問題ある」


 最近落ち着いたとはいえ、また雪の精神攻撃をくらっては堪らない。

 しかし、この宿の主は俺を見ても嫌な目をしないな。この主だけじゃなく宿場町に入ってからここまで、特に嫌な視線は感じなかった。


『大きい町以外では割と、異人を差別しない人も多いんです』


 俺の感じていた疑問を何となく感じ取ったのか、雪が答えるように話し出した。


(そうなのか?)


『はい。差別する人もそれなりには居ますが、江戸の様な大きい町に比べれば全然少ないんです』


(そうだったのか……じゃあ何で雪はあんな嫌な思いしてまで江戸の町にいたんだ?)


『それは……お母さんと暮らした町ですし。それに、それなりに人が多い町でないと、お仕事や施しも少ないんです』


 大きい町じゃないと仕事も施しも無い、か……

 よっぽど地方の村は貧しいみたいだな、この世界は。そういえば俺の前世でも、昔は貧しい農村なんかでは口減らしをする様な所があったらしいしな……この世界でも田舎の農村では、異人の女の子なんか受け入れる余裕なんか無いのかも知れない。


(異人には厳しい世界だな)


 俺は思わず呟いた。


『そうですね。真人さんに聞くまで異人の扱いは、これが当たり前なんだと思っていましたし。まさか他の国は違うなんて思いもしませんでした。それと大きい町には必ず教会があるので、もしかしたらそれも関係してるかも知れませんね。教会は異人を認めませんから』


 そりゃあ、あんな生活してたら他の国の事なんて考える余裕も無かっただろうな。疑いすらしなかったんだろうし。しかし今、気になる事を言っていたな……


(教会の癖にか? 俺の前世じゃ教会は異人が創った物だぞ? 全く、とことんめちゃくちゃだな、この世界は)


 そう言えば、集落でも教会の施しが何とかって言っていた気がするな。家康は民にそんな差別を推奨する様には見えなかったし……そうか。教会が元凶か。


 クックックッ……


『真人さん? 何か物凄く黒い感情が流れて来てますが……』


 雪が少し困惑している。


「ま、真人様。物凄く悪い顔をされておりますが、如何なされた?」


「あ、あの……お客様……」


 いかん、いかん。余りの怒りにトリップしていた。どうやら顔にも出ていたみたいだ。楓は驚いているし、主に至っては脅えてしまっている。自分の凶悪な目つきを忘れていた。


「いや、すまん。ちょっと別の事を考えていただけだ。主、別に部屋が無くて怒っている訳じゃないから気を悪くしないでくれ。楓も」


「…………」


「さ、作用で御座いましたか。では、お部屋の件は如何致しましょう?」


 楓は若干、不審がってるな……まあ、いい。


「それなんだが……困ったな。まあ、仕様がない。楓の分だけでも部屋を用意してくれ。俺は野宿でも問題ないし」


「そんなっ、真人様! そう言う訳には参りません! それであれば私が野宿致します。私は普段から野宿など慣れておりますので」


 楓が慌てて(たしな)めて来た。


「女ひとりを野宿させる訳にはいかんだろ」


「──あ、ちょっとすいません。少し宜しいですか?」


 俺達が受付前でどちらが泊まるか押し問答していると、後ろから知らない男が声をかけてきた。


「突然ですいません。少しお話が聞こえてしまいました物で……宜しければそちらの異人さんにご提案があるのですが」


 男は少し済まなさそうにして話し始めた。


「実はこの宿が混み合っているのも多分、私達が原因でして。私達はここから少し先の森で、これから獣退治をする為の討伐隊のメンバーなんです。その為に皆この宿を使っているものですから……」


 どうやらこの男達が団体で泊まっているらしい。だからこの宿が混み合っているみたいだ。


「討伐隊?」


 俺は何気なしに言葉を返した。


「はい。この少し先の街道で狼らしき獣の群れが目撃されたんです……それもかなりの数の。それで、近隣の村が襲われる前にその狼達を退治しようという事になりまして……各村々から人を出して討伐隊を結成したんです」


 狼、ねえ……


「ふーん……それで?」


 狼退治の件はわかったが、俺に声をかけて来た理由がわからない。


「人手は充分足りていますが、戦力は多ければ多い方がいい。その分、危険が少なくなりますからね。それに、その腰の刀……戦力としては充分期待出来そうだと思いまして。もしメンバーに加わって頂けるのであれば、私達の部屋を一つお譲り致します。如何ですか?」


 なるほど、そう言う事か。部屋を譲る代わりに狼退治を手伝え、と……


「……討伐した報酬は?」


「部屋を提供するだけじゃ足りませんか? 強いて言うならば、この近隣の村々を救った名誉と人々からの感謝ですかね。無論、当事者の村人達にとっては生活がかかってるので、それどころではないでしょうけど」


 男はそう言って大袈裟そうに両手を拡げながら説明した。しかし、名誉と感謝ねえ……


「話はわかった。折角だが断らせて貰う」


 俺は全く興味が無い素振りで淡々と断りを告げた。


「どうして? 悪い話では無いと思いますけど。実際には危険なんて殆どありませんよ? 手練の猟師達と獣共を狩るだけだ」


 男は断られたのが意外だったのか、納得いかない素振りを見せた。何故こんないい話を断るのかわからない、と言った顔だ。


「理由は……あんたには関係ない。楓、どうしても自分だけ泊まるのが納得できないのなら、俺と一緒にその辺で野宿だ。適当に場所を探して来てくれ。明日この町で飯を済ませてから出発する」


「かしこまりました」


 楓は俺の話を聞くなり、その場から消える様にして場所を探しに立ち去った。楓には自分だけ宿に泊まると言う選択肢は初めから無い様だ。

 男は驚いた様に口を開けたまま俺を見ている。俺にとって良い話だという自信があったんだろう。

 悪いが全く魅力を感じない。寧ろ正直、恩着せがましいとすら思った。


「すまん。やはり納得出来ない。参考までに聞かさてくれないか? 断る理由を」


 男が少し俯き加減で問いかけて来た。怒りとかでは無く、不思議で仕方無いといった好奇心から聞いている様に見える。


「……多分、聞いても納得出来ないぞ? おそらく、こんな考え方をしてるのは俺くらいのもんだ」


「かまわん。聞かせてくれ」


 男は興味深げに俺の顔を凝視している。その目は先程よりも真剣に見えた。


「わかった。(あらかじ)め言っておくが、理解して貰おうとは思っていない。その上で言うが、そもそも俺は人間が嫌いなんだ。だから村人からの感謝だとか人間社会の名誉なんて、欲しくも無いし興味も無い」


「え……」


「俺にしてみれば人間も狼も変わらないんだ。俺に被害がない限り、村が狼に襲われたとしても何も思わない。始めから人間の事を助けたい同胞だと思っていないからな。大体、まだ狼に襲われた訳じゃないんだろ? 狼が好きな訳じゃないけど、理由も無く味方する程、人間を好きな訳でもない」


「…………」


 男は余りに意外な答えだったのか、ポカンと口を開けて呆然としている。


「そう言う訳だ。わかってくれとは言わんよ。わざわざ声をかけてくれたのに悪かったな。じゃあ」


 俺は男に軽く手で別れを告げて、宿を後にした。

 男はそのままその場に立ち尽くしていた。


 結局その日は、楓が宿場町の入口付近に開けた場所を見つけて来たのでそこで野宿をする事になった──



 翌日。俺達は宿場町に、少し遅めの朝食を摂りに来た。町の入口付近が昨日よりも少しざわついている。武装した村人達みたいだ。昨日、あの男が話していた討伐隊のメンバーだろう。


(思ったより多いな)


 何となく雪に話しかけた。


『大半は冒険者みたいですね』


(冒険者……この国にもいるんだな。やっぱりギルドとかもあるのか?)


『ギルド……? 冒険者組合の事ですか? それなら江戸の町にもありましたよ』


 やっぱりあるんだ……名前は和風だけど。こういう所はファンタジー設定なんだよな、この世界。


 ちなみに朝食は楓の手作りでは無く、普通に食堂で外食だ。楓には同行を許す条件としてある程度、俺の意向を尊重する事を約束させておいた。毎回あれじゃあ気軽に飯も食えやしないからな。


「真人様。それではそろそろ向かいましょう。余り遅くなると森での行動が夜になります」


「ああ、そうだな。」


 俺は楓に答えると、食堂を出て街道に向かい歩き出した。

 宿場町を後にして半日程歩くと、ようやく視界の先に生い茂る樹木が見え始めた。

 あれが樹海の森か……陽はまだ高いし、何とか明るいうちに森に入れそうだな。


「よし、行くか」


『はい』

「はい」


 俺達はこうして何とか明るいうちに森へ入ると、その日はまず、暗くなる前に入口付近で野宿が出来る環境を確保した。今日は初日だし、早目に夜に備えて準備しておこう。本格的に森に入るのは明日からだ。


 俺達は薪を集めて火を起こすと、持っていた干し肉で簡単に食事を済ませた。辺りはだいぶ暗くなってきている。俺は楓と交代で休む事にした。


 パチパチと火の粉が小さく跳ねている。


 俺は火の番をしながら、ボーっとしていた。楓は正面で樹にもたれかかり、俯く様にして眠っている。時々、音に反応しているので完全には眠っていないみたいだけど。


 何となく、これからどうしようかなぁくらいに考えていると、何気に物音が聞こえた。


「っ!」


 楓が反応して警戒した空気を発している。

 さすが忍だな……反応が早い。だけど、雪はもっと早く気付いていたみたいだ。


『狼……ですね。かなりの数です』


 雪は囁くような声で報告を始めた。


(昨日、あの男が言っていた群れかな?)


『おそらく。目撃された場所はここからそう遠くはありませんし、間違いないかと』


(素通りしてくれたらいいんだけどな。殺すのは人間達の手助けするみたいで何か嫌だ)


『フフッ。そうですね──』


 雪は俺を見透かした様に笑っていた。


「真人様。何かが此処に近づいております」


 雪の存在を知らない楓も、声を殺して報告して来た。


「ああ。狼の群れみたいだな」


「狼……真人様は気配でお分かりになるのですか?」


 楓は少し驚きの表情を浮かべた。


「ん? あ、ああ」


 優秀な嫁がいるもんでね。


『フフフッ』


「さすがですね……私の隠密行動等、見透かされる訳だ」


 楓が感心したとも、呆れたともとれる様な素振りで小さく首を横に振った。口元は笑っている様にも見える。そして何故か、顔が赤い。


『…………』


「来るぞ」


 俺は呟くような抑揚の無い声で告げた。


 ──ガサガサッ


 火の明かりに照らされて、森の暗闇から一匹の狼が姿を見せた。

 白い。思っていたよりずっと綺麗だ。それに何か気品の様な物を感じる。目線の高さは変わらないのに、見下されてるみたいだ。


 ──ガサッ、ガサガサッ、ガサガサッ


 木陰から他の狼も姿を見せた。おそらく同じ群れの仲間だろう。だけど、白いのは最初の一匹だけみたいだ。他は皆、灰色の姿をしている。この白いのがリーダーだろうか……


「真人様」


 ──カチャリ。


 楓が俺を庇う様に前に立ち、小太刀を逆手に構えた。


〈グルルルルルルルルッッッ〉


 周りの灰色狼が威嚇する様に一斉に喉を鳴らし始めた。


「何の用だ? ()る気か?」


 俺は何となく、白い狼に語りかけた。本当に何となくだが、言葉が通じる様な気がした。まあ通じなくても、襲ってきたら殺る事に変わりはない。気は進まないけどな。


〈グルルルルルウウウッッッ〉

〈ググルルルルルルルッッッ〉


 ジリジリと少しづつ灰色狼達が周りから(にじ)りよって来た。今にも飛び掛かって来そうな雰囲気だ。


 ──仕方無い。二、三匹瞬殺してびびらせるか。


 俺は腰の刀を抜いて、ダラリと右手を下ろし自然体に構えた。


 灰色狼達が一斉に飛び掛かかろうと姿勢を低くする。そして前足で地面を蹴り一斉に襲い掛かって来た。


〈ガアアアアアアアアアアッッ──〉


「待てっっ!!!!」


 ──ザザザザッッッ。


 突然声が聞こえて、灰色狼達が一斉に動きを止めた。


 何だ?!

 俺は声のした方へ目線を向けた。


「その人間は敵ではない。下がれっ!」



 目線の先には意外な男が立っていた。


 そこにいたのは宿場町の宿で、俺を討伐隊に誘った男だった。




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