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第22話 雪と楓とファラシエル

 雪の機嫌が良くない。



 原因はわかっている。

 俺はいつもの様に朝食を摂る為、宿屋の隣にある食堂へ足を運んだ。一番奥のテーブル席に俺用の朝食が用意されてある。飯屋に入って、既に自分用の食事が用意されているっていうのもおかしな話なんだが。ふと見ると、店の奥に黒いローブの女性が佇んでいる。そう。彼女が雪の機嫌が良くない原因だ。



 ──彼女の名は(かえで)

 徳川家の忍で、家康の懐刀だ。


 家康との邂逅を終えた翌日、楓は俺達のところに突然やってきた。何でも家康から、俺が他領に篭絡(ろうらく)されないか引き続き監視する様に言われたらしい。だが、楓も家康も、俺にばれない様に監視する事は出来ないという事は十分わかっている。


 そこで頭を悩ませた彼女達が出した結論が、忍としての監視行動ではなく、世話役として堂々と俺に張り付こうと言う物だった。要するに押し掛けメイドみたいな物だ。

 それ以来、彼女は世話役として俺に仕えてくれているのだが……極端というか、加減を知らないというか。ある意味、残念メイドだったのだ。見た目は可愛いのに……そういう意味でも残念だった。


 で、問題の雪はというと。こっちはこっちで新たな問題が発生していた。楓が押し掛けて来るようになってから、明らかに機嫌が悪い。どうやら雪は、かなり独占欲が強いみたいだ。

 そこに、今まではある意味二人っきりだった所にいきなり女が、それもかなりの美少女が現れたもんだから、雪のストレスは相当な物だった。まあ、体がなかった経験がある俺は、雪の気持ちもわからなくもないんだが。


 とにかく、その雪のストレスだとか不愉快な感情が、半端ないくらい頭に流れてくるのだ。それも、毎日。俺にしてみればもう、新手の精神攻撃みたいな物だ。

 当然、楓は雪の存在なんて知る訳がないし、俺も言うつもりは無い。魔法がある様な世界なんだし、精神魔法が絶対ないとも言い切れないからだ。万が一にも雪を危険に晒す訳にはいかない。


 とにかくそんな訳で、俺はほとほと参っていた。

 雪がここまで想ってくれるのも、楓みたいな美少女が世話をやいてくれるのも悪い気はしないんだが……

 俺はそんな事を考えながら、食事の置いてあるテーブル席についた。


「で、やっぱり今日も手作りなのか?」


 俺は傍に控えている楓に問いかけた。


「無論です。外食の場合、素材を確認できない以上、全てのメニューを毒見する事など困難な故。自炊が最も安全です」


 これだよ。確かに作ってくれた飯は美味いんだけど。融通が利かないというか何というか。だいたい、飯食いに来て自分で作るって何なんだ!? 食堂のおばちゃんもいい迷惑だ。どうせ家康の名前でも使って黙らせたんだろうけど……とにかく、だ。楓は少し一般常識がおかしい。


「いや、他の人も食ってるし……大丈夫だから」


 俺は少し困惑気味に楓に話しかけた。


「万が一と言う事があります。客が敵の仲間ではないと言い切れません」


 楓は当然の様な顔をして答えた。全く微動だにしていない。


「………」


 だめだ、これは。教育するには暫く時間がかかりそうだ。

 俺はすまし顔で佇む楓を見て、内心頭を抱えた。


『フッ……私がいる限り毒なんて盛らせないのに。料理が出来るのをアピールしたいだけですね』


 こっちも始まった。明らかに不機嫌な声だ。

 最近、なにかと楓を意識しているんだよな、雪は。俺の感情も伝わっているはずだから、わかっていると思っていたんだが……これは一度、はっきり言っておいた方がいいかも知れない。


(そんなに楓の事を意識しなくてもいいだろ。雪が普段から周りに気をつけてくれているのは知ってるよ。だから俺は安心していられるんだ)


 俺はなだめる様に雪に語りかけた。確かに普段から、雪は俺が意識していなくても常に周りを警戒してくれている。


『ですが……』


(それに雪だって本当は分かっているんだろ? 俺がまだ楓の事は信用していないって事を。俺は雪以外の人間は信用していないからな)


 俺は諭すように雪に話した。相手に感情が伝わると言うのは、こういう時は便利だ。説明しなくても俺が嘘を言っていない事が伝わる。


『…………』

 

(そもそも俺達は魂が繋がっているんだぞ? やきもち妬くとかそんなレベルじゃないだろう。少しは本妻らしく堂々としてろ)


『えっ! ほっ……本妻っ?!』


 明らかに雪が動揺した。だけど悪くは思ってない感情だ。


(別に何人も嫁さんを貰うつもりで言ってるんじゃないぞ? 言葉の(あや)だ。だけど実際、本妻みたいなもんだろ? 一生繋がっているんだから)


『あ……は……はい』


 めちゃくちゃ照れてる。俺も言っててちょっと恥ずかしい。だけど、やっぱり言葉にするのは大事な事なんだな。雪の感情が物凄く穏やかになったのを感じる。


 これで何とか今日は、久しぶりにゆっくり飯が食えそうだ。

 俺は楓に促して、無理やり同じテーブルの正面に座らせた。ずっと横に立っていられても落ち着かない。楓は申し訳なさそうな顔をしていたが、俺はこれからも座るように説得した。楓が渋々だが了承すると、俺は朝食も一緒に摂る事を勧めた。しかし、これはまだ説得するのに時間がかかりそうだった。少しずつ慣れて貰うしか無さそうだ。


 そして雪はこの時以降、楓に対して極端に感情を揺らす事は無くなった──







 ──────────


 その日の夜。



 境界線の無い、どこまでも白い世界──空想空間。


 俺は眠りにつくと、強制的にここに立たされていた。

 自分で意識してこの世界に来る事はあるが、夢を見る様に自然にこの世界が現れたのは初めてだった。そして目の前には白いドレスに、光を織り込んだ様な金髪の美女。

 裸足の女神──ファラシエルがいた。


《お久しぶりですね。真人様》


 ファラシエルは優しく微笑みながら語りかけてきた。相変わらず、とんでもない美しさだ。雪がいなければ、やばかったかもしれない。確かに色々、便宜も図ってくれるのだが……俺はまだ、完全にこの女神を信用出来ない。


(これはあんたの仕業か? ファラシエル。突然、何の用だ?)


《突然で申し訳ございません。失礼ながら真人様の夢に干渉させていただきました。どうしても真人様にお伝えしたい事がありましたもので》


 軽くクスッと笑うと、ファラシエルは答えた。


(そんな事も出来るのか……何でもありだな。で、俺に伝えたい事とは?)


《いつでも自由に干渉できる訳ではございませんわ。詳しいご説明は省かせていただきますが、色々と条件がございますの。今回はたまたま上手くいきましたけど……それで、真人様にお伝えしたい事なんですが。わたくしが真人様のお幸せの為に、お手伝いさせて頂いてるのはご承知頂いているかと……》


 ファラシエルは同意を求める様な目で、此方を伺っている。


(ああ。確かにそんな事を言っていたな)


 俺は何気なく答えた。


《はい。真人様にお伝えしたい事というのは、その事ですの。実はわたくし達女神には、天啓(てんけい)(うかがい)い知る事が出来るのですが、その内容で気になる事がございまして》


 ファラシエルは嬉しそうに微笑むと、淡々と話し始めた。


(天啓? 何だそれは)


《天啓とは神のお言葉ですわ。内容は、あまり詳しくお話する事が出来ないのですが、今回の天啓が真人様の今後を大きく左右する様な内容だったのです。その事で真人様にご相談があってお伺いしたのですが……》


 ファラシエルは少し言い辛そうにした後、意を決した様に話を続けた。


《真人様。単刀直入に申し上げますわ。今すぐ江戸の町をお離れになって下さい。理由は申し上げられないのですが……どうか今回は、わたくしの言葉を信じて下さい》


 ファラシエルは真っ直ぐ俺の目を見て、そう告げた。


(江戸の町を……)


 《はい。それも出来るだけ早く。お離れになられた後は……そうですね。どこか、人の少ない場所が望ましいですわ。山奥とか森とか。自然の豊かな土地がいいですね》


 どう言う事だ? 人の少ない場所?

 そもそも突然、江戸の町を出ろだなんて。俺に危険が迫っているとか、そういう事なんだろうか。それも、わざわざ人の少ない所へ逃げなければならない様な。そういう事なら話は分からないでもない。確かに、今すぐ逃げた方がいいんだろう。ファラシエルがこうしてわざわざ来るぐらいだし。

 もし俺の推測が正しいのであれば、今回の危険は俺の能力(ちから)では回避出来ない様な内容なのかもしれない。


(わかった……あんたを信じよう。戻り次第、出来るだけ早く町を離れる)


 俺は考え抜いた挙句、町を出るという決断をした。そもそも江戸の町には多少の愛着はあるものの、失って困るもの等何もない。そんなにいい思いをしていた訳ではないし、どちらかと言えば不愉快な事の方が多かった。雪の為にも万が一の事を考えるのなら、リスクを負ってまで残る程の価値は無いはずだ。


《ありがとうございます。詳しくご説明できないのは心苦しいのですが……信じて頂けて嬉しいですわ》


 ファラシエルは胸元で両手を握り絞めて、嬉しそうにパッと笑顔を浮かべた。


(わざわざ済まなかったな。助かった)


 俺は今回の話が本当だった場合を思い、とりあえず礼を述べた。


《いいえ。今回は事前にお伝え出来て良かったですわ。それに、この様な事は今回で最後だとは限りません。もしまた、このような事がありました時に、今回の事がきっと役に立つと思いますわ》


 ファラシエルはホッとした様な顔を浮かべると、すぐに気を引き締めるような顔をして話した。


(そうだな。その時は……よろしく頼む)


《はい。お任せください。それではまた──》


 ファラシエルは薄く微笑みながら軽くお辞儀をすると、そのまま消えていった。



 さて……そうと決まれば早速、旅に出る準備を始めないといけないな。元々、江戸にはそんなに長居するつもりも無かったし、ちょうどいい機会なのかもしれない。苛つく人間の多い町だったし。

 人の少ないところに行けと言うのなら、人間嫌いの俺には(かえ)って好都合だ。むしろ生活の不便さえ無ければ、人間なんていなくてもいいくらいだし。どこか人里離れた所で、雪と静かに暮らすのも悪くないかもしれない。傍から見れば一人暮らしだけど。


 こうして俺は、この世界に来て初めて、これからの事について考え始めた──



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