第21話 家康との邂逅
物語の区切りが悪く、いつもより少し長くなりました、
俺達は今、この城の当主に会う為に江戸城に来ている。
俺は三和土と呼ばれる土間でブーツを脱がさせられると、板張の廊下を歩き、城の奥へと案内された。少し先に見張りの兵が立っている部屋が見える。おそらく、あそこが大広間だろう。
『少し緊張しますね──』
──俺が、あの忍……女だからくノ一か。あのくノ一を捕まえた日から数日が経った頃だった。
徳川家は俺が思っていたよりもずっと早く行動を起こした。俺がいつもの様に何気なく宿を出ようとすると、城からの使いだと言う男が訪ねてきた。当主自らが俺に会って話をしたいという内容で、近日中に城まで来て欲しいとの事だった。で、特に予定の無かった俺は、さっそく江戸城までやって来た、という訳だ。
(今さら緊張しても仕様がないだろう。当主って言っても会って見るまで、どんな人間なのかもわからないしな)
そう。これから会うのは、この城の当主──
──徳川家康。
俺でも知ってる様な、超有名人だ。
俺の前世では、この国を統一して江戸幕府を開いた超大物。誰でも知ってる三英傑の一人だ。
いったいどんな奴なんだろう。まさか、こんな歴史上の偉人に会う日が来るなんて考えてもいなかった。けど、この世界じゃ、いくら江戸の町を納めているとは言え、数多の地方大名のうちの一人でしかないんだよな……やっぱりここは、俺の前世と全然違う世界みたいだし。何か複雑な気分だ。
そんな事を考えていると、大広間は目の前まで迫っていた。見張りの兵に案内の男が何やら目で伝えている。兵は小さく頷くと、道をあける様に一歩後ろに控えた。俺は大広間の入口に立ち、中の様子を伺ってみた。
肩衣と呼ばれる袖の無い上衣を羽織り、袴を履いた正装の武士達が仰々しく両側に並んでいる。
「ここで暫く待て」
案内の男は偉そうにそう指示すると、俺には一瞥もくれずに立ち去って行った。
異人だから見下してるんだろうなあ……
俺は気にしない事にして、大広間の奥へと入って行った。適当にこの辺に座っていればいいだろう。どうせ、この世界の礼儀作法なんてわからないし。
とりあえず俺は、一段高くなった上座の手前辺りに、腰を下ろして胡座をかいた。
『真人さん、あそこ……』
暇そうにしていた俺に雪が話しかけて来た。雪の言う方を見てみると、蝋の様な物でできた義手を嵌めた猪熊がいた。
めちゃくちゃ此方を睨んでいる。まあ、こいつからすれば、俺は自分から鬼道館と両腕を奪った怨敵でしかないからな。自業自得だと思うけど。
(一応、あいつも剣術指南役らしいからな。それに今回の件では当事者だし。居てもおかしくはないだろ)
『それはそうなんですが……余りに不愉快な視線を向けて来てましたので……真人さんに歯向かった自分が悪いのに』
(ま、まあそうなんだが……)
別に、俺に歯向かったからやった訳じゃないんだけどな……殺そうとして来たから、やり返しただけで。確かに、気に入らないと言う理由だけで、殺してきた奴は今までいたけど。その言い方だと俺はまるで、気に入らない者は全て殺す様な無法者みたいじゃないか……
何だか最近、雪の方が考え方が過激な気がする。
(──ん?)
ふと見ると右奥の方にも人影がいた。
あれは……こないだのくノ一か。
一人だけ黒いローブを目深に被って、顔を隠している。極力、気配も抑えているみたいだ。せっかく可愛いのに勿体ない……
『……真人さんは、ああいう女がお好みなんですか?』
雪が感情の希薄な抑揚が無い声で話しかけてきた。
(い……いや、そう言う意味で見ていた訳じゃない)
俺は思わずドキリとして、少し動揺しながら答えた。
『……そうでしたか』
何だか雪が怖い。やけに黒い感情を感じる。
これは、あれか!? やっぱり俺の影響なのか!? さっきの言動と言い、やっぱり最近、どんどん雪が黒くなっている気がするんだが……
俺が背中に悪寒の様な物を感じていると、突然、大広間内の空気がピリッと張り詰めた。後ろに誰かが現れた気配がする。
来た────家康だ!
一斉に周りの武士達が、拳を床に押し付けて座ったまま頭を下げた。くノ一も掌を重ねてお辞儀をする様に頭を下げている。
俺は顔を上げて真っ直ぐ前を向いたまま、あえて不遜な態度で腕を組んだ。何となくそうしたんだが、何故か頭を下げたくなかった。
俺の横を人が通り過ぎる気配がすると、上座に座る家康がようやく視界に現れた。
そう。上座に座る家康が……
座る家康が。
家康が?
「妾がこの江戸城の当主、徳川家康じゃ」
ええええええええええええええっっ!!!!
こないだの忍者だけじゃなかったのか!?
しかし幾ら何でも、これは無いだろ!?
開いた口が塞がらない。
これはさすがに予想していなかった……
徳川家康は────女だった!!
「………………」
俺は余りの衝撃に目を見開いて、口を開けたまま暫く動く事ができなかった。
マジかっ!? 幾ら何でもこれは斜め上過ぎるだろっ! 誰だよこの美人! ジジイは? 俺の知ってる、鳴くまで待つジジイはどこ行った!?
「何をそんなに驚いておるのじゃ?」
「あ。いや…………」
いかん。完全にパニックだ。
落ち着け。落ち着け、俺。深呼吸だ、深呼吸……
スゥゥゥーッッ……ハァァァーッッ……
「…………」
俺は平静を装うのに全神経を集中した。
「少しは落ち着いたかの?」
「あぁ、すまん……少し取り乱した」
──ようやく少し落ち着いて来た。
さすがに少し、精神への衝撃が強過ぎたみたいだ。
俺は改めて目の前の家康と名乗る女に目を向けた。
家康は肘受けを使って頬杖をつき、しなだれる様にして横座りをしている。墨汁を落した様な真っ黒な髪が腰程まで伸びて、艶かしい白い手足が、少し着崩した赤い着物から覗いていた。はだけた胸元は白い双丘がその存在を大いに主張している。まるで匂うような色香に包まれた美女がそこにいた。
当主と言うよりは遊郭の花魁みたいな雰囲気だ。
…………これが、家康か。
『大きいのがお好きなのですか?』
突然雪に話しかけられて、思わず俺はビクリとした。これは……黒雪だ。
(え? いや! そんなに見てないから! たまたまだから!)
俺は突然現れた黒雪に思わず慌てて答えた。
『…………』
黒雪が無言のプレッシャーをかけて来る。確かに少し、胸元に気を取られたけど……俺は少し、感情の抑制を覚えた方がいいのかもしれない。主に俺の精神衛生上の理由で。
脳内でそんなやり取りをしていると、唐突に家康が口を開いた。
「──では、早速なのじゃが幾つかお主に確認したい事がある」
家康が香る様な甘い声で語りかけて来る。
「単刀直入に聞こう。お主は何処ぞの手の者の刺客か何かか?」
ああ……なるほど。そう言う可能性も考えてたのか。
「安心しろ。俺は誰の手の者でもない。そもそも人間があまり好きじゃないんでな」
俺は淡々と不遜な態度のまま答えた。
「人間が嫌いとな。お主も人間であろうに……変わった奴じゃな。まあ良い。ならば、他領とは一切関係ないと申すのじゃな?」
家康は不思議そうな目で俺を見ると、念を押すように問いかけて来た。
「そうだ」
「ふむ……それだと、些か猪熊の申す話と違う様じゃのう。どうなのじゃ、猪熊?」
家康が視線だけを動かして猪熊に意見を促している。
「ははあっ! 恐れながら申し上げます。儂はこの身を以て確認致しました。この者の使う見た事もない様な妖術……あれは京の手の者が使う妖術に間違い御座いませぬっ!」
猪熊は家康に、義手を見せつける様にして訴えかけた。その表情は憎しみに歪んでいる。
ほう……このジジイ、そう言う手で俺を嵌めようとしてた訳か。
「こやつはこう申しておるが、どうなんじゃ?」
家康は此方に視線を戻し、まるで楽しむ様に俺に回答を促した。その顔には薄く笑みが浮かんでいる。
「馬鹿馬鹿しくて、いちいち反論する気も起こらんが……俺としては違うと証明する義務も無いし、その気も無い」
俺は更に不遜な態度で答えた。
「ほう……では、お主は刺客だと疑われても構わぬ、と申すのじゃな?」
「別にいいよ。疑うなら疑えば。俺は別に、あんた達に敵だと思わた所で何も困らない。だから、そこまで必死になって疑いを晴らす必要がない」
俺がまるで意に介さない風に受け応えていると、猪熊が我が意を得たとばかりに割り込んできた。
「それみたことかっ! 申し開き出来ぬからと、その様な戯言をっ! 上様っ! お聞きになられたで御座いましょう。やはり、こ奴は京の回し者で御座いまするっ! 即刻、打ち首に致しましょうっ!」
猪熊は顔を真っ赤にして家康に訴えた。一気に言い終えた猪熊はその口元を嫌らしく歪めて、此方に見下す様な視線を向けて来た。
わかってないな……こいつ。
「こう申しておるが……お主、本当に弁明は要らぬのか?」
家康が、どうする? と言いたげな顔で問いかけて来た。仕方ない……面倒くさいけど教えてやるか。
「要らん。そもそも、あんた達はわかってない。あんた達がどんな判断を下そうが、俺の敵になると言うのなら潰すだけだ。俺はこんな城くらい一日で潰せる。あんた達だって微塵も恐れていない相手に、弁明出来なければ敵に回ると言われても何とも思わないだろ? それと同じ事だ。だから俺は、あんた達に敵と思われようが、思われまいがどうでもいい。まあ、俺は本当に誰の手下でもないけどな。誤解されたままなのも癪だから言うけど」
俺は淡々と自分の考えを話して聞かせた。
ここまで言えばわかるだろう。
「き、貴様っ! 付け上がるのにも程があるわっ! 上様の御前であるからと大人しくしておれば調子に乗りおって! 貴様など、この儂が切り捨ててくれるわっ!」
「猪熊っ! よさぬかっ!」
猪熊は家康の言葉に耳を貸さず、鬼の様な形相で怒鳴り出した。器用に義手の右手首を取り外すと、剣の様な両刃の刃物を取り付けている。猪熊は片膝立ちで剣を構えると、威嚇する様に此方を睨みつけて来た。
こないだは、あんなにビビりまくっていた癖に……
「はあ……本当にわかってないんだな。特にそこのジジイ。俺がお前を見逃してやったのは、こうして、そこの当主と直接話す機会を作りたかったからだけだ。鬼道館を潰したのは俺だと、早く見つけて欲しかったからな。言ってる意味がわかるか? つまり、お前はもう用無しって事だ。保身の為にいきがっているんだろうが、家康の前だから殺されないとでも思ったか? さっきも言ったけど、俺はお前たちの事なんて何とも思ってないんだ。証明する為に今ここで殺してやろうか?」
「なっ! 貴様っ……」
「…………」
俺は特に力みもせず、正面を向いたまま目線だけを猪熊に向けて淡々と語りかけた。家康は何かを見極めようとする様に、黙って事の成り行きを伺っている。
『この人は……懲りない人ですね、本当に』
雪が呆れた様に呟いた。
(ああ。家康の前で威厳を保ちたかったんだろう……一応、剣術指南役らしいし。馬鹿な奴だ)
『二度も真人さんを怒らせるなんて……身の程知らずにも程があります』
(なんで雪が怒ってんだよ……それに、その理由……)
『この人が真人さんの素晴らしさをわかってないからです』
(…………)
──雪ってもしかして、あれか? ヤンデレってやつなのか? 発想がなんか狂気じみてる。最近は特におかしい。
「で、どうする? かかって来ないのか?」
俺は頭を切り替える様に猪熊に訪ねた。
「ま、待てっ。妾の前でその様な狼藉は許さん」
「う、上様……」
家康が慌てて止めに入ってきた。猪熊は不本意そうな振りをして膝を折り、その場に座り直した。明らかにホッとしている。
「お主の考えはよくわかった。一日でこの江戸城を潰してみせるという話は、にわかには信じられんが……どうやら、嘘や酔狂で言っておる訳ではなさそうじゃ。何か秘策でもあるのじゃろう? 妾もこれ以上、無暗に血を見とうはない。どうやらお主の言う、他領とは無関係だという話を信じる他なさそうじゃ。何せ、調べようにも監視をすぐに見破られてしまうからのう……此度の件はお主と鬼道館の私的な諍いであったという事にしておこう」
家康はくノ一の方をチラリと見て答えた。
別に秘策なんて無いんだけどな……正面から乗り込んでもこの城くらいは落とせる。
「そうか。俺としては、そっちがちょっかい掛けて来ないと言うのなら此方からは何も言う事は無い」
俺は淡々と不遜な態度のまま答えた。
「ふむ。しかし些か困った事になってのう……何せお主が潰したのは、我が徳川家の剣術指南役道場じゃ。そこの猪熊もこの様な腕では満足に刀も降れん。そこで相談なのじゃが、お主……猪熊の代わりに指南役を引き受けてみぬか?」
家康は悪戯っぽい笑みを浮かべて俺に提案してきた。
「う、上様っ! その様な話……しかも、この様な異人ごときに……」
猪熊が慌てて話の間に割り込んできた。よっぽど指南役の地位に未練があるらしい。それにしても異人、異人とやかましい奴らだ。本当に殺してしまおうか……
「黙ってろ、ジジイ。俺は今、家康と話てるんだ。あんまりやかましいと殺すぞ? それに俺は、指南役なんぞにこれっぽっちも興味は無い」
「なっ!」
猪熊がまた真っ赤な顔をして激昂した。
「貴様……上様を呼び捨てとは無礼な……」
「構わん。こ奴の言う通りじゃ。猪熊、少し下がっておれ」
「は、ははっ……」
家康に諫められた猪熊は不服そうに控えると、訝しそうに黙って床を睨みつけた。
「騒がせて悪かったの。しかし、そうか……腕は立ちそうなのに残念じゃ」
家康は少しも残念ではなさそうに笑っている。おそらく俺が提案を受けない事は見越していたんだろう。
「他領に渡られたら困ると思っただけだろ? 飼い殺しはごめんだ」
「ほう……頭も切れるとみえる。益々、惜しいのぉ」
「…………」
家康はニヤリと笑い、値踏みする様な目で此方を見てきた。
図星か……食えない女だ。油断してたらいいように利用されるかも知れない。
「仕方ない。気が変わったらいつでも申して参れ。相応の役職をもって其方を迎えよう。黙って他領の者に仕えるでないぞ?」
家康は俺に言い聞かせる様な目を向けて、機嫌良さそうに口元を悪戯っぽく歪ませた。
「指図は受けん。まあ、今のところ誰の下にも就く気は無いけどな」
俺は家康の言葉を聞き流す様に答えた。
「フフフ……して、先ほど妾に話がある様な事を申しておったの? どのような用件じゃ?」
「別にこれといった用があった訳じゃない。あんたがどんな人間か見てみたかっただけだ」
「ほう……それで、妾はお主の眼鏡には叶ったのかの?」
家康が身を乗り出して、興味深そうに俺の顔を除き込んで来た。
「何とも言えん。ただ……そこのジジイよりは話が分かるみたいだな。俺の事も変な目で見て来ないし」
「お主の髪と瞳の色の事か? 妾はそんな些細な事など気にせぬわ。力のある者ならば尚更じゃ」
フンッと小馬鹿にする様に家康は答えた。
「そいつは良かった。お互いにな。当主のあんたが、異人の差別を助長させる様な考えの人間だったら、この城の人間、皆殺しにするつもりだったからな。実はそいつを見極める為に来たんだ。そこのジジイが暴走しなくてよかったな」
俺は自分の考えを正直に話した。
さすがに俺も、いくらこの国の人間の差別が酷いからと言って、全ての人間がそうだとは思わない。もし納めている当主がまともなら、国として差別を助長している訳でも無さそうだ。だとすれば、もしこの家康がまともなら、殺した所で現状は何も変わらない。差別はもっと根深い所にあると言う事だ。
「フフフ……妾達は命拾いした様じゃの。満更、嘘には聞こえぬのだから不思議じゃ。そういえば……まだ、お主の名を聞いておらんかったの。名は何と申す?」
俺の答えが満足のいく物だったのか、家康は愉快そうに笑いながら尋ねてきた。
「真人だ。瀬上真人」
「真人か……覚えておこう。これからは、自由に我が城へ出入りする事を許す。いつでも気軽に訪ねて来るが良い」
家康はそう言って話を纏めると、傍らに控えていたくノ一に話の終わりを目で告げた。
「気が向いたらな」
俺は家康の視線を感じながらも、目を反らし、興味無さげに答えた。
この日、家康は終始上機嫌だった。
俺への疑いより興味の方が上回った様だ。
俺は、とりあえず家康という人間の評価を保留する事にした。腹黒そうではあるが、本人は差別を助長していた訳でも無さそうだし、その様な人間にも見えなかった。
決して美人だったからでは無い。確かに美人だったけど。美人で……でかかった。
『…………』
──俺はこの日、背中に悪寒を覚えながら江戸城を後にした。
※ようやく出せました。家康! ここは似て非なる世界ですので敢えて女性にしました。色っぽい家康と言うのもまた一興。←決して萌え要素が欲しかった訳じゃありません。
読んで頂いてありがとうございました。
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