第01話 転生だと思ったら憑依だった。
気がつくと俺は、鬱蒼とした森の中を歩いていた。
──歩いている?
いやいや、おかしいだろ!
俺、歩いてないし!
大体、何だ。この原生林は!
こんなのが都会にある訳無いだろ!
そもそも俺は、こんな所に来る理由は無い!
さっきから自分で歩いている感覚も無いのに、景色だけがどんどん森の奥へと進んで行く。その上、勝手に視界が右へ左へと動き回る。
俺は少し、落ち着いて考えてみた。
──なるほど……夢だ。
どうやら俺は夢を見ているらしい。
いや……ちょっと待て。そういえば、俺は死んだ筈では……死んだのに夢を見てるのか? それとも、ここがあの世? 死後の世界って言うやつか?
──いや、それにしては何だか変だ。
もしかして、死んだのも気のせいだったのだろうか……じゃあ、あれは夢? それにしては、めちゃくちゃ痛かった気がするんだけど……
確か、運転してたら子供が急に飛び出して来て……うん、覚えてる。あれが夢だと言うのなら、余りにもリアルな夢だ。リアル過ぎる。やっぱり、あれは夢じゃない。
じゃあ、ここは何だ? やっぱり死後の世界か? ただの森にしか見えないんですけど。しかも勝手に動いている……俺が。動いている? 俺が?
──あぁっ、もう! 何なんだこれは! 何処なんだよ、ここはっ!
いよいよ訳が分からなくなって来た。
何が何だか分からない。
(何なんだ、一体……)
俺は何気無しに、頭の中で呟いてみた……だけだったんだけど。
「え?」
突然、頭の中に声が聞こえて来た。
(え!?)
俺も驚いて思わず聞き返した。
「そら……耳……?」
──やっぱり聞こえた。
頭の中に直接響いて来る様な感じだ。いや、寧ろ俺が自分で喋っているのだと、思わず錯覚してしまいそうだ。
(誰だ、お前?)
とりあえず、俺は気にせずに思った事を尋ねてみた。口を動かしている感覚は無いのに、何故か喋れている様な感じがする。考えただけで伝わりそうな、不思議な感じだ。
「えっ……えぇっ!? だ、誰っ!?」
──質問に質問が帰って来た。
どうやら相手も、かなりパニクっているらしい。
しかし、お陰で逆に、俺は少し冷静になる事が出来た。
声の主は……どうやら若い女の子みたいだ。
しかも、不思議な事にやっぱりこの声は、俺自身が喋っているらしい。……おかしな話だが。
さっきから勝手に動き回る視界も、謎が解けた。どうやらこれは、この子の目が見ている物が、俺にも見えているって事らしい。辺りをキョロキョロと伺って、声の主を探しているみたいだ。
同時にこの子が感じている、恐れや驚きといった感情の波みたいな物が、俺の中に伝わってきた。
なるほど……どうやら、今の状況は……
簡単に言うと、俺はこの子に憑依している様な感じらしい。
何だよ、憑依って……取り憑いてんのか、俺。
自分の状態さえ認識すれば、この状況も何となくだが説明は付く。さっきから見えているこの視界も、考えただけで喋れている様な不思議な感覚も、多分この子に俺が憑依しているからだろう。そうと分かればまあ、憑依ってこんな感じになるのか、位には理解できる。納得は出来ないけど。
それと、もう一つ気付いた事がある。
根拠は無いけど直感的に確信した……間違いない。
これは夢じゃない。
やっぱり、俺はあの時死んだんだ。そして、何故かは分からないけど、今の俺はこの子に憑依している。俺は幽霊にでもなったんだろうか……現世には、全く未練はなかった筈なんだが。大体、この子は誰なんだ。
余りに突拍子も無い状況に呆然としていたら、また何か聞こえて来た。この子とは違う別の声が、耳元で囁く様に優しく語りかけて来る。
《──上手く転生出来たみたいですね》
声の主の姿は見えない。だが、とても心地いい優しい声だ。
(あんた、誰だ?)
俺は、出来るだけ動揺している事を悟られない様に、努めて冷静に問い掛けた。
《はじめまして。私はファラシエルと申します。そちらの世界では女神と呼ばれておりますわ》
(女神?)
《はい。貴方様の幸せを心より願う者です》
──胡散臭い。
(もしかして、この訳の分からない状況もあんたの仕業なのか?)
《はい。貴方様は、前世では既にお亡くなりになりまして……ですがどうやら、前世での貴方様の人生は、あまり恵まれた物では無かった様にお見受け致しましたので。私の独断でこちらの世界に転生して、もう一度人生をやり直せる機会を与えさせて頂きました》
──なるほど。
どうやら、この訳の分からない状況は、こいつの仕業で間違い無いらしい。転生とか、にわかには信じられないけど、自分で女神とか名乗るくらいだ。本当に本物の女神なら、転生くらいは手配出来るのかも知れない。
とりあえず、俺は今どういう状況なんだ?
何で見ず知らずの少女に憑依してるんだ?
少しでも情報が欲しい。今は他に情報源は無さそうだし、こいつが信用出来る、出来ないは置いといて、少しでも現状把握に努めた方が良さそうだ。
(いきなり転生とか言われても分からない事だらけだ。色々と聞きたい事があるんだが)
《勿論、お答えさせて頂きますわ》
ファラシエルと名乗るその女神は、優しい声で淡々と答えた。
(さっき転生とか何とか言ってたけど……何か、俺が知ってる転生とは、ちょっと違う感じみたいなんだが……)
《どういう事でしょうか?》
(転生って言うのは、異世界で新しく生まれ変わったりとかする事なんじゃないのか? これじゃまるで、この子に取り憑いている地縛霊みたいじゃないか……)
──最も気になる部分だ。地縛霊とか……何か嫌だ。
《生まれ変わり……ですか。実は、前世の記憶情報をそのままに、異世界の胎児に転生を施すのは非常に難しいんですの。そもそも、まだこの世界には定着していない魂ですので……ですから普通は、既にこの世界で定着した魂の中から、受入れに適した魂を選定して、転生を行いますのよ》
──なるほど。
どうやら俺のラノベ知識は、ここでは適用されないみたいだ。しかし……
(だからって、いきなり見ず知らずの人間に取り憑くってのはあんまりだろ。大体、こんなの自分の体とは言えないじゃないか。こんなもんが転生って呼べ──)
《──ご心配には及びませんわ》
ファラシエルが、若干、食い気味に返して来た。おそらく俺の反応は、想定内の物だったんだろう。しかし、その後のファラシエルの言葉は、俺にとってはとんでもない、想定外の物だった。
《いつまでも今の状態が続く訳ではございません。その個体は、まもなくお亡くなりになりますので──》
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