第12話 転生
──雪は静かに息を引き取った。
やがて、俺の視界は眩しいくらい真っ白に染まって行き、何もない、何も感じない真っ白な空間へと姿を変えた。あの白い世界だ。眩しい程、真っ白な空間に少しずつ目が慣れてくると、ぼんやりと正面に誰かが居るのが見えた。やがて、その姿がはっきりと認識出来るまでに輪郭が顕になる。
高級感を醸し出す木製のチェアーに、脚を組んで腰掛けている美女。艶々しく輝いている、腰まで伸びた金色の美しい髪。そして、伏し目がちの切れ長な目と、長い睫毛から覗く金色の瞳……薄い、真っ白なドレスからは細くて白い腕がスラリと伸び、組んだ脚の裾からは細い足首が覗いている。時間が止まったかの様な錯覚を覚える程、その姿は美しかった。
《──無事に転生が始まったみたいですね》
聞き覚えのある声だった。どうやら転生を仕掛けた張本人は、この裸足の女神らしい。
(お前が……ファラシエルとかいう女神か?)
《あら。私の名前を覚えていて下さったのですね……はい、ファラシエルと申します。はじめまして、と言うのもおかしいかしら?》
そう言うと裸足の女神──ファラシエルは、指先を口許に添えてクスクスと笑った。
(ここはどこだ? 俺は……雪はどうなった?)
まずは今、何が起こっているのか、自分の置かれている状況を知る必要がある。雪の魂はどうなってしまったのかも心配だった。
《意外と冷静でいらっしゃいますのね? ここがどこか……既に、御存知なのではございませんか? ここは貴方様の──真人様の空想世界ですわ。ここまで何も無い世界は初めて拝見致しましたけど》
ファラシエルは更にクスクスと、悪戯っぽく笑った。
《真人様の転生が始まりましたので、こうしてご説明に上がりましたのよ。なかなか、この姿でご挨拶する事が出来ませんもので。空想世界には干渉できるタイミングが限られておりますの》
(だから、前回は声だけだったのか。こっちは別に、聞きたい事に答えてさえくれるならそれでいい。頻繁に干渉されても鬱陶しいだけだ)
《あらあら……つれないですわねえ》
ハンカチを取り出して、わざとらしく泣き真似をするファラシエル。何だか、いちいち勘に触る。
(それで、今のこの状況はどういう状態なんだ。雪はどうなった!)
俺は感情のままに叫んだ。
《転生が始まりましたので、あの雪という娘の体を再生させます。今は前世からの真人様の空想、夢想情報を、この空想世界で収集しているところですわ。もう暫くすると、真人様が前世より望まれていた力──この空想世界で求めた力の情報を元にして、肉体の再構築が始まります。真人様の魂は既に、この体に定着しておりますので、問題なく力を発揮できるはずですわ》
ファラシエルは俺の訴え等は何処吹く風で、淡々と状況を説明して来た。そして、その内容は俺の想像していた物とは随分違った。
(──なっ!? それってまさか、俺の今までのくだらない夢想や空想が、全て現実の力になるって事か?)
《簡単に申し上げますと、そう言う事です》
ファラシエルは言い切った。
──それって、とんでもないチートになるかも知れないんだが……ぼっち人生が長かったもんで、かなり中二病的な妄想を繰り返してきし……俺。それに何か、人に見られるのも恥ずかしい気がするし……
《私は能力の中身までは存じておりませんわ》
チラリとファラシエルの方に目をやると、相変わらず薄い笑みを浮かべながら、見透かした様にさらっと言われた。
《能力には対象者が無意識に求める物や、環境が大きく影響致します。望んだ夢を見る事が出来無い様に、無意識の中で求めている能力です。空想した力が何でも現実になる訳ではありませんのでご安心下さい。それでも、常識では考えられない能力が発現する事にはなると思いますわ》
なるほど。要するに、転生してみない事には誰にもその能力は分からないって事か。
《以前にも申し上げましたが、真人様には今回の転生で、前世の分も人生を謳歌して戴きたいのです。多少、反則染みた能力かも知れませんが、遠慮なくご自身のお幸せの為にお使いになられて結構ですわ》
(俺は誰にも邪魔されず、好き勝手に生きていければそれでいいんだが……自身の幸せか。だったら一つ、お前に頼みがある)
これは、前々から考えていた事でもある。はっきり言って、ダメ元だ。
《何でございましょう?》
(雪を生き返らせてくれ)
俺が幸せになるのを手助けしてくれるって言うのなら、こいつは絶対条件だ。俺は、雪以外の人間を信用出来ない。
《申し訳ございません……それは出来ませんわ。あの者の魂は既に、真人様の中で眠りについております。それに……この世界で適合する事の出来る体は他にございません》
(俺の幸せな人生に雪は絶対条件だ。体が必要なら、俺は転生出来なくてもいい。手助けしてくれるんだろ? 何とかしてくれ!)
俺は無茶を承知で懇願した。最悪、雪が生き返るなら、このまま転生なんて出来なくてもいいと思った。
《そこまで仰るのであれば……生き返らせるのは無理ですが、出来る事はあります。あまりお薦めは致しませんが……》
(出来る事とは?)
藁にもすがる気分だった。
《これまでの真人様の様に、雪様の魂を真人様の新しい体に適応させます。その上で、真人様の魂の中で自我を維持できる様、真人様の魂とも適合を図ります。既に一度、適合しておりますので相性は問題無いかと思いますが……但しこの場合、死後、真人様の魂は輪郭の輪には帰れません。元々の体の所有者である、雪様の魂のみが輪郭の輪へと帰る事になります》
(つまり、俺が生きてる間は今までの俺達が逆になるって事か? )
《簡単に申し上げますと、そうですね。それに肉体にも、もしかすると何らかの影響が出るかも知れません。こればっかりは、やってみないと分かりかねますが……》
本当にこの辺りが限界なんだろう。それでも、雪の自我が残るだけでも上出来だ。それにもしかしたら、他にも生き返らせれる可能性だって出てくるかもしれない。なにしろ、ここは魔法がある世界だ。
(上出来だ! やってくれ。ついでに……幾つか教えて貰いたい事があるんだが)
《何でございましょう?》
(たとえば──)
俺は、他にも幾つか気になっていた事や可能性、頼みたい事なんかを事細かく聞き出した。概ね、俺の予想通りの答えだったのだが……。
《────問題ございませんわ》
(頼んだ)
やれる事は全てやった。後は雪の自我が目覚めるのと、肉体の再生を待つだけだ。
ファラシエルはひと通り話が終わると僅かに微笑んで、光の粒子となって、そのまま消えてしまった。
(──っ!)
──どうやら、新しい体への再生が始まったみたいだ……
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