第10話 死神の胎動
俺達はようやく大通りに出た。
ちょうど、真正面に見える露店商が木製のテーブルに風呂敷を広げ、自作のアクセサリーのような物を販売していた。それなりに人集りが出来ている。覗き込んで商品を見てみると、髪飾りや飾り櫛などの女性物がメインで、所狭しと商品が風呂敷の上に並べられていた。
(雪にはこういうのが似合いそうだな)
俺は、目に入った銀の簪を見つめて話しかけた。
『私には高価すぎますよ。それにこんな綺麗な物、私には似合いません』
相変わらず、自分の魅力に気付いてない。
(お前の髪はとても綺麗だから、この銀が良く映えると思うんだけどなあ)
『~~っ! そんな事言ってくれるのは真人さんだけです!』
嬉しい様な、恥ずかしい様な……そんな感情が伝わって来た。
その時だ。右側の男がいきなり雪の右腕を掴んで持ち上げると、人集りの輪の外へ引っ張り出された。雪も何が起こったのかわかってないみたいだ。すると男は、わざと周りの人集りに宣言するように叫び始めた。
「いくら金がないからっつって、勝手に盗みを働いちゃいけねえなあ、お嬢ちゃん!」
「えっ?」
気がつくと、四~五人の仲間と思われる男達が、さりげなく周りを囲んでいた。
「売って金にでもしようと思ったのかい?」
腕を掴んでいる男がニヤニヤと、口元に笑いを浮かべながら問いかけてきた。
「私、盗んでなんかいません!」
雪は必死に釈明した。しかし──
「俺達、お嬢ちゃんがこれを懐に入れるの見てたんだよ!」
雪が振り向くと、周りを囲んでいた男達の一人が、いくつかの簪や飾り櫛を、さも雪から取り上げたように見せかけて、叫びながら後ろで掲げていた。
「そんな……! 私、本当に盗ってません!」
思わぬ展開に、雪は少しパニック気味になっている。すると、仲間と思われる別の男が、追い討ちをかける様に問いかけてきた。
「買うつもりだったっていうんなら、ちゃんと金は持ってんだろうな?」
「そ……それは……」
こんな物を買える金を持っている訳がない。雪は着物の裾をグッと握り締めながら、唇を噛み締めて悔しさを堪えている。視界には涙が溢れそうになっていた。
俺は男達を見渡した。どいつもこいつも下衆な笑いを浮かべながら、卑猥な視線で雪の全身を舐めるように見ている。
──はめられたな。
こいつら最初からそれ目的だ。この後、何だかんだ理由をつけて雪の身柄を拐うつもりだろう。全く……本当にこの国は碌な人間がいない。
(雪。逃げるぞ!)
『えっ? でも──』
(こいつら、グルだ。初めからお前の身体が目的だ。これ以上、人が集まる前に逃げた方がいい)
騒ぎを聞き付けて、人集りが出来始めていた。
『は、はい、わかりました!』
(いいか、合図したら右側のデカイやつの金◯を思いっきり蹴りあげろ! んで、その横を抜けて一気に走れ!)
俺には指示する事しか出来ない。とにかく、この場を離れるのが先決だ。すると、男達が嫌らしい手を伸ばそうと近寄って来た。
「他にも何か隠してないか、身ぐるみ剥いだ方が良さそうだな」
「さっさと引ん剥いて身体検さ──」
(今だ!)
俺はタイミングを見計らい、雪に指示を出した。
「ぐわぁぁぁぁ!!」
男のひとりが掴みかかろうとして来た隙をついて、雪は思いっきり男の金◯を蹴り上げた。男は内股になってしゃがみ込み、人壁に隙間が出来る。
(走れっ!!)
雪は必死で走り出した。先程の路地を抜け、ただひたすらに走り続ける。後ろから奴らの怒号が聞こえるが、構わず走った。雪自身、どこを走っているのか分かっていないみたいだ。それぐらい無我夢中で走り続けた。
──奴らはまだ追ってきている。
息が切れ、足と横腹の痛みを堪えながら雪が走り続けていると、呼吸器を通して、肺がこれでもかと言うくらい酸素を求めて悲鳴を上げた。雪の、そんな苦しさと恐怖がこれまでにない程、大きな波となって俺に伝わって来る。
しかし、現実は残酷だった。
元々、大人の男達の体力と、十六歳の少女とでは無理があり過ぎた。袋小路に追い込まれ体力の尽きた雪には、これ以上、抵抗する力は残っていない様だった。
──卑猥な笑みを口元に浮かべながら、奴等がゆっくりと近づいて来る。
俺は、今にも気が狂いそうになっていた。怒りで発狂しそうだ。今すぐこいつ等を殺してやりたいのに、何ひとつ行動に移せない。呪いの言葉すらこいつ等には届かない。
体が無い!
何も出来ない!
やっと! やっと手に入れた自分の大切な物が、目の前で汚されそうになっているというのに!
大切な人の心の悲鳴を聞きながら、見たくなくても見続けさせられる、あまりにも残酷な状況。
(ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁっっ!!)
俺は無意識に、声にもならない叫びを上げていた。怒りとも悲しみとも取れる様な感情が混じりあい、頭の中で爆発する。涙なんか流せないはずなのに、目から血が溢れだしているような感覚。
何も出来ない自分を、こんな転生を仕掛けた女神を、雪を汚そうとするこいつ等を、雪を差別し続けたこの国の人間を、雪を不幸にしたこの世界を──
俺は全てを呪った。
絶対に許さない。
(殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる……)
俺の心が激し過ぎる怒りで染まり、何かが目覚めかけた。そして、自分でも理性を保つのが困難になり始めた、その時……
雪の声が聞こえた。
『──真人さん。私は大丈夫』
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