08 やる気なし四天王譚
ここで語り部となるは私、オルバ。
魔王軍に所属する、精強なる魔族軍人なり。
今日は、魔王様より特なる指令あって、『旧魔都』と呼ばれる区域まで出向いている。
『旧魔都』は、魔国内でも有数の最高危険地帯。
世界二大災厄の一方であるノーライフキングの住まう遺跡型ダンジョンとして、もう何百年と立ち入り禁止の触れが出回っていた。
それが最近になって急に解禁になって、我らのような魔王軍関係者に限定されるものの踏み込み可能となったのは、理由がある。
ダンジョンが消滅し、その主であるノーライフキングが討伐されたからだった。
* * *
報告を受けた魔王軍は、すぐさま調査隊を編成して現地に向かわせた。
その指揮官が、私の上司である。
私もその補佐として当然のように同行させていただいた。
「各班は充分に注意しつつ、担当部の調査を行ってほしい」
魔都から率いてきた兵士たちに指示を与える。
そうした責任ある職務行動は、四天王補佐たる私がやらなければいけないことだ。
「つい最近までダンジョン化していた区域だ。次元の歪みの名残り、生き残りのモンスターなど充分に注意してくれ」
「そーそー、安全第一にねー」
「怪しいものを見つけたら即座に報告、自分たちで勝手に触ったりしないように。拾得物の隠匿は、そのまま軍機違反になるので覚悟するよう……」
「どーせこんなダンジョン崩れ、ロクなお宝なんて埋まってるわけがないんだからさ。そんなんで違反歴ついたらしんどいでしょー? 一攫千金より無事息災を目指してねー……」
「ベルフェガミリア様」
私は、後ろでゴロ寝している上司に訴えた。
「訓示が長引きますので、茶々を入れるのはやめていただけませんか?」
「は~い」
この方こそ、我が上司にして魔王四天王のお一人……。
『堕』のベルフェガミリア様。
現魔王のゼダン様即位と同時に四天王に就任され、その職歴はなかなかに長い。
三十手前のごくごく平凡とした青年。
不健康そうな痩躯に、鎧も着けずゆったりした衣をまとって、まるで軍人というよりは迷い込んだ酔客という雰囲気だった。
日頃の職務態度も散々たるもので、常にやる気の欠片もなく、本来四天王が努めるべき職務も平気で補佐の私たちに丸投げしてくる。
今私がやっている兵士たちの訓示もそうだ。
本当なら四天王にして本部隊の司令官たるベルフェガミリア様みずから、厳しく訓戒して軍規を引き締めてほしいものなのに……。
「適当にやっちゃって~」
却って緩む……!
これが他の四天王……、今は引退してしまったが『妄』のアスタレス様や『怨』のグラシャラ様だったりしたら、空気がビリビリと震えて兵士たちは終始緊張状態だというのに。
なんでこの人だけ、こんなにユルユルなのか……?
「じゃ、解散しまーす。夕方になったら集合してねー。お弁当タイムも各自の自由でいいからー」
ベルフェガミリア様の気の抜けた号令で、兵士たちも「へーい」と気の抜けた変事で散っていった。
私は四天王補佐として、そんな上司へ詰め寄る。
「ベルフェガミリア様……! もう少し、もう少しビシッとなりませんか?」
「へ? やっぱりお弁当タイムは皆で一律がよかった?」
「もっと全体的にです!!」
「ごはんは皆で食べた方がおいしいもんね?」
「ぐはぁー!!」
我が上司!
いつもこう!!
四天王としての威厳というか、触る者皆傷つけるような覇気が一切ない!
普通のオッサン!
「そう肩肘張らないで。力の入れ過ぎはミスの元だよ?」
私の思考を見抜いてか、ベルフェガミリア様はフォローを入れてきた。
「この任務、本当に力を込めてやる必要はないんだよ。『旧魔都』は循環マナを停留させる構造を破壊されて、ダンジョンとしては完全に死んでいる。魔物も根絶しているし、危険はないよ」
「……だったらなんで我々を調査に向かわせたんです?」
「そりゃあ、ここ数百年近寄れなかったと言っても、かつては魔国の中心であった場所だよ?」
地政学から見て利用価値は大いにある、ということか?
「再利用可能か? 可能としてどの程度の手直しが必要か? 魔王様としちゃ早急にデータが欲しいところなんだろう」
「ここが、魔族の生活を支える大都市として復活するかもしれない、ということですか?」
「それも魔王様の判断次第さ」
たしかにこの地は、魔国に散らばるあらゆる大都市を行き来する際必ず通り道になる場所。
そんな場所がダンジョン化していて、回り道の不便さは筆舌に尽くしがたかった。
人間国が支配下に入って、益々人の行き来が活発になることが予想できるこれから。
『旧魔都』は中継都市として大いなる発展が期待される、ということでもあった。
「とてつもないことですね。もっとも恐れられる危険地帯が、要衝に様変わりするなんて夢にも思いませんでした」
「ここのダンジョン主を倒してくれた、人魚さんに感謝感激雨あられ、ってとこだね」
ベルフェガミリア様は、言うほど感動のこもってない口調で言う。
そうだ、噂によればこのダンジョンとしての『旧魔都』を滅ぼしたのは、武者修行中の人魚国の王子であるという。
我ら魔国と並び立つ人類の王国、人魚国の王族で、その次期国王候補。
その王子が、みずからを鍛えるために地上を漫遊しているという。
主要な遊行先が魔国であるのは、その人魚国の王子と我らが魔王様が盟友関係であるからだと言うが、それがこんな形で魔国に益をなすなんて。
「ウチの魔王様は凄いだろ? 強いだけでなく人徳もある。だから友人にも恵まれる」
「はい!!」
「あの人をカシラに掲げておけば、魔族はあと五十年は安泰だよ。僕も安心して昼寝ができるってーもんさ」
…………。
我が敬愛する魔王様は、たしかに友人には恵まれているのかもしれない。
しかし部下には恵まれているのだろうか?
怠惰なこの人を見て、そんな疑問を禁じ得ない私は魔族軍人失格だろうか?
これでも、この方の副官に配属されることが決まった時、期待に胸高鳴ったんだがな……。
当時、魔王軍内で密かに流れていた噂は、今ではただの噂だったとしか思えないぐらいだ……。
魔王軍四天王。その中でもっともやる気がなく、使えない者と目される男の噂……。
「じゃー、僕は昼寝を続行しようかなー? ねえオルバくん、枕に使えそうなピッタリサイズの瓦礫ない?」
「知りませんよ。というか寝ないでください。仕事中なんです」
「仕方ない。では、ちょっと形に不満はあるけど、さっき拾ったコイツを使うか」
「なんです?」
「多分ここのダンジョン主だったノーライフキングの頭蓋骨」
「ぎゃああああああああああああああッッ!?」
そう言ってベルフェガミリア様! 紛うことなき人骨を持ち出した!?
『無礼者おおおおおッ!? ワシを何と心得る!? 元魔王にして不死の王! 世界のすべての支配者となるべきいいいいッ!?』
頭蓋骨が頭蓋骨だけで喚き散らしてるうううううッ!?
何これ!? 何この喋る頭蓋骨!?
「ノーライフキングでしょ? 『旧魔都』を支配してたって言う」
「そうなんですか!?」
「ただのスケルトンは意思も持たないし、頭骨だけになってまで自我を保持できるほど強いアストラル体も持たないからねえ。恐らく件の人魚王子様にブッ倒された時、これだけ破片として残ったんだろう」
それを目敏く見つけて拾ってくるベルフェガミリア様!
仮にこれ見逃してたら一大事ですよ!?
「これこのままにしといていいんですかね……!?」
「いいんじゃない? コイツの力の源であるダンジョンは消え去ったし、より上位のノーライフキングならともかく最底辺クラスのコイツじゃ、もう大したこともできないよ」
というわけで……、とばかりにノーライフキングの頭骨を地面に置き、さらにその上にご自分の後頭部を乗せるベルフェガミリア様。
「あー、これやっぱ枕としては使いづらい。丸くて頭がずれる」
『アホかあああ! ワシは不死の王だぞ! すべての支配者だぞおおお! それを枕代わりとは不遜なああああッ!』
…………。
世界二大災厄の一方を枕代わり。
やっぱりこの人けっこう大物なんでは?
「このように、一番ヤバめなものを既に確保してあるから大丈夫なんだって。兵士たちにも緊張せずに探検して来てよって言っといて」
暴れる頭蓋骨を押さえつけ、そのまま寝息を立ててしまった。
…………。
ベルフェガミリア様。
本当に大物なのか、ただの怠け者なのかわからない人だ。
この方の副官に抜擢されて幾年月。いまだにこの方の底が見えないというのは、自分自身の才気の底が知れてしまっているようで忸怩たる思いがする。
私はこのままでいいんだろうか?
「オルバ様! オルバ様!?」
私が自問自答に耽っていると、兵士が血相変えて駆け込んできた。
最高指揮官のベルフェガミリア様があのザマなので、報告はまず私へ上がってくる。
「大変です! 大変なものが現れました!!」
「どうした? ノーライフキングが抑えられてる以上、それ以上の脅威なんて出るわけが……?」
「勇者です!」
「は?」
「人族の勇者が単身攻め込んできました!!」