07 善行の結果
『レッサードラゴンの死体には触るなよ』
「なんで?」
やけに緊迫感をもった聖剣の注意に、私も緊張。
一体何事が起るの。
『天界でインプットされた知識だが、レッサードラゴンが死んでしばらくすると他のドラゴンがやってきて死体を回収していく』
「葬ってあげるの?」
『さあな。だがその時、死体を動かされたり弄られたりすると怒り狂って周囲を破壊し尽すんだそうだ。何もしなければそのまま綺麗に片づけて去っていく』
「変な話ね。レッサードラゴンを殺すのはOKで、殺したあと死体に手を付けるのはNGってこと?」
『ドラゴンの考えていることなどわからんよ。オレたちも回収ドラゴンが来る前に退散しておくのが、面倒なくてよかろうな』
本当に変な話。
そんなアフターケアするくらいなら、最初から理性を奪ったドラゴンなんて解き放たなければいいのに。
聖剣の話では、偉いドラゴンが怒って罰のためにレッサードラゴンが生まれるという。
このドラゴンは何故、こんな厳しい罰を受けたのだろう?
どんな悪いことをしたら、知識と理性を奪われて獣に堕とされてしまうなんて仕打ちを受けるのだろう?
なんだかザワザワと嫌な感じがした。
『おい勇者よ。それよりも……』
「あっ」
そうだった。
木の洞に隠れていた女の子。
あの子を発見したから、私もクマさんの味方をする気になったんだ。
気づくと、女の子はみずから避難所としていた木の洞から這い出しているところだった。
「大丈夫? もう無事よ、悪いドラゴンはやっつけたから……」
「クマさん!」
女の子は迷うことなく駆け寄っていく。
クマさんの方へ。
「…………」
完全に存在を黙殺された私。
立つ瀬がなかった。
「あのー……!」
ヒシッとクマさんにしがみつく女の子に呼びかける。
「危ないかもしれませんよー? だってクマ、モンスターですしー?」
『勇者やめろ。姑息な言行が株を下げていってるぞ……!』
でも一体何故、女の子はここまでクマさんモンスターに全幅の信頼を寄せているの?
相手はモンスターでしょう?
私、勇者。
勇者とモンスター、どっちが信頼できる相手かな?
んー?
* * *
女の子が一しきり落ち着いて、話を聞ける段階にまでなった。
「私、近くの村に住んでいる村娘です」
見た目的には十歳前後と言ったところだけど、しっかりして受け答えも明確だった。
「木の実を取りに森に入ったら野犬に追いかけられて、必死で逃げてドンドン森の奥に入ったら、今度はドラゴンが出てきて……。追いかけてた野犬もすぐさまドラゴンに食べられちゃって。次は私かと絶望していた時に……!」
「そんな流れだったの……!」
というか意外とけっこう近くに村があったのね。
女の子は見たところ人族。
まだ人間国の勢力圏ということかしら。
できれば私が修行していた半年間で、魔族に支配された人間国がどんなふうになったか詳しく聞いておきたい。
「それで、助けに来てくれたのが、このクマさん!!」
「いや、私も助けに来たわよね?」
『いちいち対抗心を燃やすなよ……!』
聖剣からのツッコミも無視。
ちなみに聖剣の声は、正式な聖剣の主である私にしか聞こえていならしい。
「でも何でこのクマが? モンスターなのに……」
「そんなのカンケーないです!!」
何故か女の子、凄まじい剣幕で反論してくる。
「クマさんは、今人間国で一番の人気ものなのです! 小さな村々を回って、悪い人をやっつけてくれると評判になっているんです! 村にクマさんがやってきたら守護神のごとく歓待しているんです! 英雄です!!」
「ほーん…………」
当のクマさんは、ドラゴン戦でのダメージを癒すかのように毛づくろいしています。
落ち着いてるわね……。
強者の貫禄ってヤツ?
ちッ。
『………………!』
何よ聖剣?
言いたいことがあるなら言えば?
「でもでも、お姉さんもカッコよかったです!」
「え?」
「クマさんだけだったらあのドラゴンに殺されてたかもしれません! 来てくれて助かりました! ありがとうございます!」
「えー、えーッ!? いやいや。いやいやいやいや……!」
いきなりそんなこと言われても困っちゃうじゃない?
私のおかげでピンチを切り抜けたなんて本当のことー?
「…………」
なんか。
クマさんがのっそりのっそりと私の方へ向けてやって来た。
『何? やる気?』と思って身構えたが、クマさんはゆっくりと前足を差し出すのみだった。
まるで握手を求めているかのように。
断る理由がないので手を握り返した。
肉球がプニプニしていた。
『なんかお前、強敵と認められたぞ?』
と聖剣。
え?
少年漫画のライバル風?
私カラテなんてやってないんだけど?
しないよクマ殺し?
「あの、もしよかったら村に来ていただけませんか? お礼がしたいので……?」
そう女の子に誘われたが、即答しようとしたところ戸惑う。
私は勇者。
人間国が滅びた今、魔族の支配下ではお尋ね者になっている可能性が高い。
そんな中、人族の彼女にノコノコついていって見つかるような場所に出ていっては逆に皆さんの迷惑になりはしないか?
それよりも今は、一刻も早く魔王を倒して人族を解放してあげるのが先決ではないのか?
「ごめんなさい……。私には大切な用があって、それを果たしに行かなくてはならないの。寄り道している余裕はないの」
「そうですか……」
女の子は一瞬残念そうな顔をしていたが、これも仕方がない。
すべては人族の未来のためなのよ!
「私は先を急がないといけないんだけど、アナタは大丈夫? ちゃんと自分の村まで帰れる?」
「はい! 私にはクマさんがいますから!」
クマさんは、女の子を促して自分の背に乗せた。
あれで村まで運んでいくのだろうか?
乗り心地よさそう、私も乗りたい。
……いやいや!
誘惑に負けるな!
「じゃあ、気を付けて帰ってね! そしてもう少しの間辛抱していて! 魔族は、私が必ず倒してみせるから!」
「え?」
「今は魔族に支配されて苦しい日々が続くだろうけれど、私が必ず解放してあげるから! 勇者の力を信じて!!」
と言って駆けだす私。
向かうは魔都。
勇者の務めを必ず果たす!
「あのー! 待ってくださいー!? 今人間国は魔族さんたちの支配でけっこう平和に……。人間国の残党が暴れる方が困ってるぐらいなんですがー!? おーい!?」
女の子が何か叫んでいるのが遠のいていく。
きっと声援だろう。
* * *
そして数週間ほどかけて。
やっとたどり着きました、魔都!
「ここに魔王がいるのね……?」
『うむ、間違いない。オレの記憶通りの位置だ』
ならば今すぐ攻め入り、魔王を撃破しちゃうのよ!
待っていて、人族の皆!
この勇者である私が、この世界を変えてみせる!!