03 神山の修行
『人族の敗亡は、定められていることだった』
ベラスアレスという神が、さっきまでのアテナとの流れをなかったことにするかのように厳かに話しだす。
『軍隊が勝利を得るために必要な五つのこと。道・天・地・将・法。人族軍に道はなく、時運が好機を与えてくれることもなかった、いたずらに敵地へ攻め込むゆえ地の利もなく、名将を欠き、大軍を律する法も緩み切っていた』
「…………」
『そのような無理を続けられたのは偏に、父ゼウスが与えた「神聖障壁」や勇者の力、それらにて無理やり継続されたいくさは民を苦しめるばかりだった』
「……」
『こんな戦争は、早く終わる方がよかったのだ』
……。
言っていいのだろうか?
シリアスすぎて却ってさっきのアホっぽさがぶり返してきてるって。
笑っちゃいけないと思うほど笑いそうになる。
何これ?
何この状況?
笑ったらお尻をバットで殴られるヤツ!?
『しかしそれでも私は、人族を守護する神として、敗残に身を置く人族たちを守らねばならない。父の野望から作られた生命だとしても、人を守らずして何が神か?』
「ブフォォ……ッ!?」
我慢できずに噴き出した。
もーダメ。
笑う。
『何か……?』
「いえ、何でもないです……!」
だって!
さっきまでドタバタ調だったのに、急にシリアスになるのが悪いんだもん!
箸が転んでも笑う年頃と呼ばれる女子高生を舐めるなよ!
『人族が敗亡の憂き目にある今、その義務と責任は、勝ち戦の神アテナではなく負け戦を司るこのベラスアレスにこそある。しかし人族のために多くをしてやることはできぬ。あまり私が大っぴらに肩入れすれば冥府の神々も対抗してくる。海神たちも……!』
「……」
『世界はそんな微妙なバランスに成り立っているのだ』
つまり神様は、他勢力の神様からの介入を防ぐために、自分も大きな手助けはできない。
人族は、基本的には自分たちだけで魔族の支配に立ち向かっていかなければならない……!?
『そこで鍵となるのは汝だ。異世界より招かれし勇者よ』
「私……」
『神々の世界へ至る山、オリュンポス山を踏破することは生半可ではない。強い力と意思がなければ不可能だ。そんな偉業を成し遂げた汝こそ、人族にとって希望の星』
「でも私、そんなつもりで登ったわけじゃ……?」
『人間国は滅びたが、一人一人の人族らのために戦ってはくれぬか! 今再び勇者として!』
「…………!」
さすがにもう「笑ってはいけない」的な空気は消し飛んでしまっていた。
私はこの世界に来た時から勇者と呼ばれていたけれど……。
「私、いきなりこの世界に呼ばれて、わけもわからず戦ってきました。それ以外に、この世界で生き延びる方法を知らなかったから」
私を召喚した人間の王国がなくなって、私の戦う理由もなくなったかもしれない。
でも、この世界で私の価値は戦うことしかないんだ。
「私、戦います。国がなくなっても、人々のためというなら。私は勇者として戦います」
『かたじけない、異世界からのマレビトよ……!』
ベラスアレス神は、頭を下げた。
責任感のある、儀礼を弁えた神であるのだろう。少なくともあのアテナよりは。
「で、私はどうすればいいんでしょう? 単身、敵の本拠地に乗り込んで魔王を暗殺?」
『いや、別にそこまで望んでは……』
「そっちの方がRPGっぽいですもんね! いっつもゲームやってる時『なんで勇者だけでなんだよ、国を挙げて攻めこめ!』って思ってましたけど、つまりこういうこと!?」
『いやー? 今生の魔王ゼダンは明君で、むしろ彼に支配してもらった方が人間国改善されそうなんだけど……!?』
ん?
『いや、それは置いとこう。その前に汝には、勇者として足りないものを補っていかねばな』
「勇者として、足りないもの……?」
そんなものが私にあるというのですか?
一体何です?
『強さだ』
また率直に。
『たしかに汝には、才能があり可能性もある。しかし、それらはまだまだ実力に結びついていない』
「……!」
『実力が足りぬということだ。今の汝の実力では、魔王どころかその配下の四天王にすら勝つことはできまい』
四天王!?
そんなヤツらがいるんですか、ますますRPGっぽい!?
『汝はまだまだ単純に弱い。汝ごときの強さでは、真の意味で人々を支え守る勇者の称号には程遠い』
「ぬがっく……!?」
この神……!
言ってはならないことをズケズケと……!
そんなの、あのドラゴンに出会ってから百も承知なんですよ!
『今の強さでは、国の支援なく飛び出してもすぐさま潰されるのがオチであろう。それでは国を失った人族を守り通すことはできぬ』
「で、でも私には『女神の大鎌+2』のスキルが……」
『そんなスキルは役立たずだ。「女神の大鎌」など自分より弱い相手にしか効果を表さぬスキル。これほど勇者に似合わぬ力はない』
異世界に来てからずっと褒められ続けてきた私のスキルが、役立たず!?
でも主張には反論し難い。
自分よりレベルの低い者を一撃死させるスキル。
たしかに弱きを助け強きを挫く感じじゃない!
「じゃあ、どうするって言うんですか!?」
半ばやけ気味に聞く。
「強さが足りないんなら、強くなるしかないじゃない! どうやって!? さっきのアテナが言うみたいに新しいスキルをくれるとでも!?」
『だからそれはできぬと言っているだろう。神々が古来から定めた取り決めだ。神は、人にさらなるものを与えてはならないし、一度与えた者を取り上げてもならない』
じゃあ、どうやって強くなればいい?
『人に与えてはならぬと言うが、人を鍛えてはならぬとは言われていない』
なんです?
『勇なる者よ。私が直々に汝を鍛えてやろう。この戦乱の神ベラスアレスがみずから。汝は力を与えてもらうのではない。この私を礎にしてみずから力をはぐくんでいくのだ』
* * *
こうして私の修行の日々が始まった。
オリュンポスの山頂で、軍神ベラスアレスに鍛えられ、私は強くなっていく。
それまで私の最大の武器だった『女神の大鎌』は、ベラスアレス神には通じない。
当然だろう、相手は神で、かつ遥かに上のレベルの相手なのだから。
ベラスアレス神との修行は終始模擬戦で、神はその万能によってどんな存在にでも形を変え、千差万別の戦況を作り出す。
ベラスアレスは、元の姿となる剛健な男性から、ライオンに変身したり、大蛇に変身したり、大蜘蛛に変身したり、形のない幽霊に変身したり、時には数万の軍隊にすら変身した。
それら敵の形に合わせて、オリュンポスの山頂もサバンナ、密林、沼地、墓場、戦場と様々に変わった。
すべては私に様々な戦況を経験させて、勇者として成長させようという意図なのだろう。
戦って、戦って、戦い抜いた。
一日、二日、三日、四日……。
一週間、二週間、三週間、四週間……。
一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月、四ヶ月……。
どれだけ経ったかわからなくなってしまうほど戦い続けて……。
私は強くなった。
* * *
『この半年間、よくぞ戦い続けた』
ベラスアレス様の厳しい修業を終え、私は逞しくなった。
手足が筋肉で太くなっていないか、ちょっと気になる。
一応女の子ですし。
胸も大きくなってたらいいんだけど……。
『それほどの強さになっていたら、世界のどこでも通じるはずだ。その力で、人族の益となる戦いをすることを願うばかりである……』
「今の私ならドラゴン倒せます!?」
『ドラゴン? ん~?』
あれ、厳しい?
まあいいや。
考えてみたらたった半年の修行で世界最強になれてもつまんないものね。
「ベラスアレス様、今までありがとうございました」
半年間みっちり修行してくれたベラスアレス様にペコリと頭を下げる。
「アナタに鍛えてもらったこの力で、世界のために何ができるか実際に試してみるつもりです」
『下界に降りるか。よかろう。では最後に私からの選別を持っていくがいい』
「?」
『山を下りるに、汝が登ってきた時とは別のルートがある。そこを通っていくがいい。途中に何かあるはずだ』
「神は人に、さらなるものを与えてはいけないんでは?」
『与えるのはダメだ。しかし置いてあるものを勝手に持っていくのなら、抵触しまい』
神は、悪戯っぽく笑った。
それが見送りの表情だった。
『負け戦の神だからこそな。生き延びるために詭弁が不可欠なのさ』




