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 僕の名はカトウ。

 その名で呼ばれるのが随分長くなったから忘れがちだけど本名は火藤健。

 異世界から召喚されてきたマレビトというヤツだね。


 今では冒険者としての名前ブラウンカトウの方が呼ばれ慣れて親しみができてしまった。


 異世界に召喚されてもう二十年。

 今ではこっちで過ごした時間の方が長くなって、故郷の風景も思い出せなくなってきた。


 それでも日々を過ごしていくために、目の前の仕事を一つ一つこなしていく。

 今回の仕事も一段落して、ウォッティルトさん報告に行くことにした。


    *    *    *


「ここまで完璧に解決してくれるとは、お前に任せた甲斐があったな」

「またおだててくるー」


 そうやって持ち上げて、毎回厄介な任務を僕のところに持ってくるんだから。


「あんまり僕に負担偏らせないでくださいよ。次は別の人に任務回してくださいよね?」

「仕方ねえだろう? 他のS級といったら犬顔やら猫顔やらドクロ顔やら、やたら目立つ見てくれのヤツばっかりなんだ。潜入任務なんてとても務まらねえよ」


 それはそうなんですが。


「ある程度信頼できる腕があって、かつ地味で目立たないとなったらお前ぐらいのもんだからな。重宝させられてくれや」


 冒険者ギルド王都支部長のウォッティルトさんは、現ギルドマスターの三男に当たり自身屈強の冒険者でもあった。

 そんな彼が引退して事務方に回ったのはギルドマスターを継ぐ準備だと言われている。


 要するに無視はできない重要人物ということだった。


 今回、魔王軍と連携して『モレンターレ三号洞窟』の調査任務を発したのもこの人だ。


「……これからはそうでもないんじゃないですか?」

「ん? ああ、あの小娘か? お前に気に入られるとは、やっぱり逸材だったか」


 そう。

 あのモモコちゃんが冒険者として成長したなら、きっとS級も夢ではないだろう。

 彼女が八面六臂で働いてくれれば、僕も楽ができていいんだけどさ。


「最初に見た時は、『ああまた自信過剰で脱落するヤツだ』と思ったんだがな。なかなか慎重さを知ってるじゃねえか? あの歳で考えて動けるのは見込みがあるぜ?」

「彼女なりに積み上げた経験があるんでしょう。自分だって負けることがあるとよく知っています」


 当たり前のことだが、それをちゃんと理解している人は意外に少ない。

 モモコちゃんぐらいの年の子ならなおさらだ。


「よければ、もうしばらく彼女の面倒を見てあげたいんですがいいですか? 同郷の誼もあって、できるかぎり援けてあげたいんです」

「将来有望な若手をS級が世話してくれるってんなら願ったりかなったりだ! 本当は他のS級にもそういう仕事を任せたいんだがなあ」


 難しいでしょう。

 彼らは相当に自由だから。

 今も最難関ダンジョンの攻略に脇目もふらないんじゃないです?


「僕自身モモコちゃんに世話になりましたからね。この借りは返さないと」


 今回の任務……。

 冒険者ギルドでは普通、ギルドから依頼される仕事をクエストと呼ぶが、今回は特別だ。

 元々は魔王軍が進めていた調査で浮かび上がったものだったのだから。


 魔王軍の占領から逃走し、地下へ潜伏した教団残党。


 ヤツらが隠れ家としてダンジョンを利用し、あまつさえダンジョン管理するギルド支部が協力しているとなれば冒険者ギルド全体にとって大問題だった。


「今は冒険者ギルドにとっても難しい時期ですからねえ」

「元々あった人間国が滅ぼされ、魔族が新たの支配者になった。冒険者ギルドがまったく無関係でいられるなんて不可能だ」


 人間国亡きあとも冒険者ギルドは変わらず存続できるか?

 それは新たな支配者、魔族の判断次第ということで、ここ最近ギルドは本当に神経を使っていた。


「今回のダンジョン潜伏事件に、冒険者ギルド全体が関わっているなんて魔族から思われたら致命的だ。ギルドが教団共々魔王軍に敵意を持っていると見做され、解散命令が出るところまでありえたのが今回だ」


 だからウォッティルトさんはS級冒険者である僕まで駈り出して調査に全力を注ぎ、進展がないと焦れてモモコちゃんまで送り込んできた。

 まあそのお陰で調査が劇的に進展したんだが。


「モモコの監視役として魔族の娘が同行していたのも結果としてよかった。彼女が目撃者になってくれたおかげで、冒険者ギルドの中で関与したのが末端だけという事実がスムーズに伝わるだろうからな」


 セレナちゃんのことね。


「実際、旧教団関係者を匿った常駐冒険者や支部長はどうするの?」

「当然いつも以上に厳しく罰する。とりあえず登録を抹消して、ギルドとまったく無関係にしてから魔王軍に引き渡すつもりだ。あとは煮るなり焼くなり好きにしろってところかな?」

「あまり積極的すぎると卑屈ととられません? 内部の反発も面白くありませんよ」

「冒険者ギルドはルールに忠実だ。昔からのポリシーを守っているだけだ」

「今は魔王軍が人間国のルールですか」


 ただ僕としても、まだ人間国が健在な頃から王族も教団も嫌いだった。

 ヤツらを根絶やしにするフェイズなら喜んで協力するし、そういうお仕事はこれからも発生することと思う。


「何しろ、ヤツらが組織化していることが今回ハッキリしましたからね」

「修道服反逆同盟だっけ? まったくふざけた名前だよなあ」


 それも今回の収穫の一つ。

 捕まえた神官が負け惜しみながらペラペラ喋ってくれたのが助かった。


「今回、端々に見えた片鱗がどうも気になるものばかりでね」


 僕が元いた地球世界を彷彿させる機械工場。


 その構成の半分には人族の法術魔法が使われていたが、この世界の人々に作れるものにはとても見えなかった。

 むしろ石油とか電気とか、この世界ではどうしても用意できないものを魔法で代用し補ったような……。


「しかもあの機械の使用目的。これまでまったく顧みられなかった産廃モンスターを利用してもっとも価値の高い純金を生み出す工法……」


 その仕組みは人智を越えているだけでなく、僕にとってはどこか懐かしさを感じさせるものだった。

 泥や砂利。

 様々なものが混ざりあった中から、様々な選別過程を経て望むものだけを抽出する。


「僕の故郷の世界でも、そういうことが行われたと聞きます。鉱山とかで……」


 もちろんこの世界でも鉱物の精製は行われている。

 僕は直接見たことはないが、ドワーフという種族が地下に潜って鉱物を掘り出し、純粋な金属にして武器や道具にするところまで一手に行うそうな。


「……じゃあ、ドワーフ族が支援してるっていうのか? 旧教団の反乱組織に」

「いいえ、それはないと思います」


 人族は元々選民思想。

 天神ゼウスに生み出された自分たちこそが最高と自惚れ、他の種族を軒並み見下してきた。

 敵である魔族はもちろんのこと、エルフやドワーフといった亜種族。元は同族であったはずの獣人たちまで。


「そうした悪しき思想がもっとも先鋭化されていたのが教団です。彼らは異種族亜種族を動物以下のように見下していました。そんな彼らが窮したと言ってもドワーフに慈悲を乞うとは思えません」

「あの厚顔無恥の教団ならありうるかもぞ。……と思ったがドワーフの方が拒絶するか。どっちにしろないな」


 それにもう一つ重要なのは、僕が持った懐かしさ。

 僕はあれに似た施設を見たことがある。小学生の頃にいった社会見学で。


 社会見学で見て回ったのは製鉄場だった。


 あの雰囲気、気配。


 仮にドワーフがこっちのテクノロジーで生み出したものだとしたら、あそこまで根っこの雰囲気が似るものなのか。


「僕は確信をもって言います。あの施設は、僕が元いた世界の技術で生み出されたものだ」


 地球の技術、地球の科学力。

 それらがあの泥モンスターから金を精製する機械施設に使われている。


 そんなことが実現可能なのか?

 あり得るとしたら、それをあっちの世界からこっちの世界に伝えてきた橋渡しがいるはず。

 考えられる可能性は一つしかない。


「修道服反逆同盟などというたわけたネーミングセンスからも、事実は伝わっています。……異世界召喚者がいる」


 教団残党どもに協力している異世界召喚者が。


「お前と同じ世界から渡ってきたっていうのか?」

「恐らくは、しかも元いた世界の知識をこっちに伝え、ある程度機能する形にできるほどの知恵と技術を持っています。厄介極まる相手です」


 そして修道服反逆同盟などというたわけたネーミングセンスから考えても……。


「相手は、僕と同じか、ちょっと上の世代!」

「そこはどうでもいい」


 そんなヤツが敵に回るとしたら。

 しかしよりにもよって教団なんかに技術提供している辺り、最悪の敵対的意志を見せている。


「相当厄介なことになりそうだな……!」

「正直教団残党だけならいくらでも相当できたでしょうが。この謎の異世界召喚者がもたらす文明技術に、教団の法術魔法が合わさるとけっこう大変なことができるでしょう。今回みたいにね」


 あの『モレンターレ三号洞窟』に隠匿してあった純金製造機械も、既に抑えはしたがそれまでに、けっこうな量の金を製造したはずだ。

 それはそのまま反抗組織の資金になっているはず。


「このことは今すぐにでも魔王軍に伝えた方がいいと思います。まだ推測の段階ですが、警戒するに越したことはない。上手くすれば、こっちのことを信頼してくれるかもしれません」

「そうだな……! それが一番大事だ、早速伝えてくる!」


 いそいそ部屋を出ていくウォッティルトさんを見送り、僕は天井を見上げた。


「まさか異世界まで来て同郷と戦うことになるとは……!」


 しかし戦い事態を放棄しようとは思わない。


 僕は教団が嫌いだし、何より慣れ親しんだこの世界を今さら掻き乱されたくない。

 まだしばらくは戦いが続くだろう。


 平和を守る戦いが。


 その時彼女は協力してくれるだろうか?


「あの子に出会えたことだけが、この事件の収穫だったかなあ?」

とりあえず今回で一区切りとなります。

続きも書いていきたいと思いますが、更新再開予定日は確定していません。

本伝優先ということで、気長にお待ちください。

忘れた頃に……、という感じになると思います。

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[一言] レタスレートに瞬殺された瞬間に 彼女のヒロイン資格はマスクと共に剥奪されました (哀涙) 今後どうしましょう? 自分の中では プラティと同格のヒロインなのですが ・・・
[良い点] 全体的な感想として一般的?召喚者の苦労がよくみえる [一言] 続きを見たいです たま~にでいいからお願いします
[良い点] 本編に関与しつつも独自の視点で独立した物語をうまく構成している。所どころに、本編主人公の活躍が織り交ぜてあり、物語の広がりを別の視点から支えている所はとても素晴らしいと思う。 [一言] 中…
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