29 使命より友
セレナちゃんが何者かに連れ去られた。
それを追って私たちはいつの間にやらダンジョンの奥深くに。
昼間入った時より、さらに深く進んでいる。
「おかしいな……!? このダンジョンは昼間隅々まで行き尽くしたって言ってたのに……!?」
『小娘、既に次の階層に移ったぞ』
「え? うそ!?」
星なしダンジョンは一階層のみなんじゃないの?
そんなこじんまりした規模だから最低等級だって。
『昼間の泥モンスターと同じ理屈だろう。今人間国には自然マナが満ち溢れている』
そうか。
人間国が滅亡して自然マナが戻ってきたことで、ダンジョンが活性化している。
マナの凝縮で出来るダンジョン自体も、自然マナの加増で巨大化した?
『気にいらんのは、それを上手く利用しているヤツがいるってことだ。ここ最近のダンジョンの変化なぞギルドも把握してないだろう。それをいいことに拡張された区画を秘密基地にしている』
さっき解除した幻覚魔法はそういうことだよね?
だとしたら新たに生まれたダンジョン第二層には何があって、誰がいるというの?
セレナちゃんはいるんだよね?
まんじり進むうちに、ダンジョン下層部はさらに様相を変えてきた。
「何これ!?」
金属の剥き出しだった。
しかもただの金属じゃない。パイプとかネジとか、明らかに人工的な手を加えられた金属部品が組み上げられて、一個の装置を作り上げている。
しかもそれがたくさん!?
「まるで工場じゃない……!?」
『こうじょう?』
こっちの世界でこんなものにお目にかかれるなんて。
でもなんで工場が?
謎は深まっていく。
『小娘、注意しろ』
うん聖剣さん。わかってる。
人の気配がしてきた。
やっと追い詰めたわよ。
セレナちゃんを拉致した犯人め。
「ッ!? ~~~ッ!!」
セレナちゃんお無事確認。
ただ聖剣さんの推測通り縄で縛られ猿ぐつわがしてあった。魔法封じの対処だろうか。
私を確認してモゴモゴ蠢き、何かしら声を上げているセレナちゃん。猿ぐつわのため声にならない。
そしてセレナちゃんの背後周囲には彼女を拉致した犯人と思しき男たちが……。
……二十人はいた。
「けっこうたくさんいる……!?」
なんでコイツらはセレナちゃんをさらったの?
セレナちゃんが可愛いから? やだコイツら変態だわ!?
「……まさかこんなに早く見つけてくるとはなあ……!?」
犯人集団の中から一人進み出てくる。
その顔が見知ったものだったので驚いた。
「アンタは!? 酔っ払いのアコポロ!? ……アホアホ!」
「違う!! オレはE級冒険者のアコプト様だ! ポロでもアホでもねえ! ついでに言うと酔っ払いでもねえ!!」
そうだそういう名前だったわ。
昼間一緒にダンジョンに入った地元冒険者の一人。あんまり横柄な態度だから私の実力見せつけて煽り返してやったんだけど。
「まさかそれを根に持っての報復!? 拉致監禁!? 何て心が狭いの大人のくせに!?」
「違ぇよ、まあ仕返しの意図も混じっちゃいたが大方はこの人の指示よ。テメエに話があるとさ」
え? 私に話?
一体何?
「こうなったからにはこの場で話つけるしかねえんじゃないですかい? 予定が早まっただけのことだ」
「そうかもね」
アコプトの脇を通って、さらに前へ出て私と対峙したのは、……これは初めて見る顔だった。
「誰?」
男の人で、二十代後半かな? なかなかのイケメンでモデルになれそうだけど、ゆったりとした純白のローブを着ていた。
「初めまして勇者モモコ。アナタにずっとおお会いしたかった」
「私のこと知ってる?」
「当然ですとも。申し遅れました小生の名はマナサーグ。かつては上級神官を務めていました」
神官……!?
たしかに法衣だからそれっぽい……!?
『教団のヤツか……! 法術魔法の痕跡がいくつもあったから、いるだろうとは思っていたが……!』
聖剣さんが警戒している。
……私も気を付けよう。
「私はずっと探していたのです。アナタのように強く、美しく、心清き勇者を。今この時代は、以前より一層勇者を必要としております」
「言ってることがよくわからないから……」
やっぱり警戒しよう。
「……結論だけ先に言ってもらえます?」
「言うまでもないことと思いますが? 私は教団の神官、アナタは勇者です」
「うむ」
「つまり同じ目的へと進む同志。我々は手を取り合い協力し合うことができるはずです。我らの崇高にして大いなる目的、人間国復活のために」
人間国復活。
と言いましたか。
既に魔族によって滅ぼされた国を復活させようと?
「アナタもそのために戦っているのでしょう? 魔族打倒のために力を欲し、ダンジョンに挑戦して己を鍛えている。しかし悲しいかな、人一人の力は乏しい。とても魔族という一国単位の災厄を打ち砕くには足りない。……しかし?」
しかし?
「足りないのであれば、同じ目的を持つ者同士で合わせればよい。力と数と志、そのすべてが揃ったならば正義に倒せぬ悪はありません。我々は協力を求められているのです!」
神官さんは、自分に酔ったように喋り続ける。
「小生も恥ずかしながら魔王軍の侵略に抗する術もなく、このように逃げて身を隠すしかできませんでした。もはや神の恩寵溢れる清浄な世界を取り戻せないと絶望していました。しかし小生と同じように邪悪な魔族の支配に対抗しようとする勇士たちはおり、彼らと出会うことで小生は希望を取り戻したのです」
背後の、いかにもガラ悪い集団を見回し……。
「彼らは、小生に同調し共に魔族と戦うことを約束してくれた聖戦士たち! 今はまだ小さな集団ですが仲間は増えいずれ大軍団となるでしょう! 魔王軍の支配に不満を持つ人々はもっとたくさんいるはずなのですから!」
『レジスタンス気取りか、コイツら……!』
聖剣さんの見立てももっともだった。
私もちょっと前までは、同じようなことを思っていた。
私たちは負けた。誰だって負けるのは嫌だ。
だからここからでも大逆転の可能性はあると信じてしまう。
実際はベルフェガミリアに手も足も出ないぐらいボロ負けして。そして魔王軍の支配で人間国がどう変わったかも見てきた。
そして得た結論は……。
「我々の志をわかっていただけたなら、是非とも勇者モモコ殿にも我らの同志に加わってはいただけませんか? 共に戦い魔族を皆殺しにして、神聖なる人間国を取り戻しましょう!」
「その前に聞きたいんだけど……」
私は、相手の口調を一切無視して。
「何故セレナちゃんをさらったの?」
「? ……ああ、彼女ですか。敵たる魔族を排除することに何の理由があるのでしょう? まあ今回に限っては、アナタへの勧誘の場を持つことに邪魔でしたので。かと言って殺せば騒ぎになるのでこうして拘束に収めた次第ですが」
そんな。
そんなことのためにセレナちゃんを……!
「セレナちゃんを離して」
「はい?」
「アナタたちの目標なんてどうでもいいわ。私が要求することは一つ、セレナちゃんを返すこと。生きたまま。傷一つつけてごらんなさい、アンタたち全員の命はないわよ!!」
聖剣さんを突きつけ叫ぶ。
それを見て神官は困惑の風で。
「何を仰っている? 魔族など皆すべて殺してもいい者たちでしょう? 今は生かしてあるが、その必要がなくなればすぐにでも殺すべきです」
「だからそれをやめろと言ってるのよ!!」
私と集団の間に敵対ムードが燃え上がる。
こんなヤツら、私と聖剣さんなら一瞬で蹴散らせるのに、向こうの手にセレナちゃんがいるから迂闊に攻め込めない。
むこうもそれをわかってるんだろう。セレナちゃんを生かしてあるのは明らかに私に対する人質としての利用価値だった。
あの小奇麗な神官はともかく、あのアホポコ? だっけかは確実にそれを狙ってセレナちゃんを確保している。
一体どうすれば……!?
『……落ち着いて、落ち着いて』
「!?」
声がしてきた。
『反応しないで。前の連中には聞こえていないだろう? キミだけに聞こえるよう特別な方法で話しかけているんだ。あくまで何も聞こえてないような態度を装いながら聞いてくれ』
一瞬聖剣さんの声かと思ったが違う。
口調も性質も全然違う。
じゃあ本当に一体誰!?
『方法はある、キミの友達を無傷で助けつつ、アイツらを一網打尽にする方法が。そのためにも協力してほしい。これから僕の言う通りに動いてほしいんだ』




