02 戦争の神(善)
『なんでよー!? つべこべ言わずに修得しなさいよ! アタシの考えた究極上級スキル!』
「修得できるわけあるかぁー!? そんな醜いバケモノになるなんて! どんだけ醜いのか想像すら難しいわ!」
女神アテナが私に追加で与えようとしたスキルは、想像しがたいほど醜いクリーチャーに変身するスキルだった。
当然ながら断固拒否。
『アナタ勇者でしょう!? 人族のために命を投げ出して戦うのが勇者でしょう!? その勇者が、たかが醜くなることぐらいに許容できなくてどうするのよ!?』
「だったらアナタがなってみせなさいよ醜いバケモノに!」
『え? やだ。醜いバケモノになんてなりたくない』
「このクズ女神!!」
人族が、魔族にあっさり敗れた理由が何となく実感できてきた。
こんなちゃらんぽらんな上にドクズの神が守護についていたら、そりゃ勝てるものも勝てないわ!!
「……あの、これまでの話だと、天の神様ってアナタの他にもいっぱいいるのかな?」
『うん? そうよ?』
「その天の神様全員が、アンタみたいなクズっぽい神様だとしたら……」
『何言ってるの!? この戦争の神アテナこそ、三界神の中でも特に優れた天神の中で、特に優れた神。能力、美貌、人格! いずれにおいても欠点なく、皆が讃えて生贄の三千人四千人喜んで捧げるという……』
あ、ダメだコイツ、やっぱ邪神だ。
これは地上に住む生きとし生ける者たちのために神殺ししとくか? と心が傾きかけた時……。
『ていっす』
『くぶろごッ!?』
突如現れた新しい何者かが、アテナの首筋に手刀を叩きこんだ。
三十過ぎぐらいの年頃の男の人で、筋骨はガッシリしているけれど、どこか顔つきに優し気のある紳士っぽい人。
この人も、一目見てすぐ神様だとわかった。
そういう雰囲気はアテナを見て覚えた。
『ぎゃー! 何すんの!? 延髄! 今アタシの延髄にチョップ入った!? 急所よ殺す気!? この美貌と能力を兼ね備えた女神アテナを殺す気!?』
『延髄を狙ったんだよ。上手く当身で気絶しないかなー? と思って』
男の神様……、男神はアテナの振る舞いに心底うんざりしているっぽい雰囲気だった。
その脱力感に親近感がわいた。
なんだか『同じ問題に頭を悩ませる者同士』的な。
『私は、天に連なる神ベラスアレス』
私の『誰?』と思う空気を察したのか、自分から自己紹介してくれた神。
アテナの『ただひたすら我が事のみ』という雰囲気とは全然違う。
『っとも天界に近き場所、オリュンポスの山頂が騒がしいと来てみれば、こんなことになっているとは。人の子よ、迷惑をかけてしまったな』
「あ、いえいえ……」
『まして汝のような異世界よりの来訪者は、各自の都合の考えずに無理やり我らが世界へと連れてきてしまった。二重に詫びるべき相手だというのにアテナごときに煩わさせてしまって。……本当にすまない』
……何この。
徹底的に紳士的な神は?
女神アテナのおかげで固まりつつあった私の神観が早くもぐらついてきたのですが?
『そんなことよりー! チャンスよ! 今絶好のチャンスなのよ! この子に神の力を多分に預けて下山させたら、魔族ぐらい皆殺しでしょー!?』
『だから自分の都合だけで物事を進めるなと言っているのだ』
ベラスアレスさんとかいう神の、厄介者に煩わされるオーラ。
……うん。
いい神様だ。
『第一、彼女には既にお前からスキルを授けられているではないか。「人の子に、さらなるものを与えてはならない」という神の定めた掟に抵触するぞ?』
あ、そんな決まり事あったんだ。
『アタシは女神アテナよ! 女神の前ではあらゆるルールも無意味に!!』
『ならねーよ。私たちより格の高いゼウス、ハデス、ポセイドスによって定められた協定だぞ?』
『でもでも、今この子に新しい力を与えないと、アタシたちの人族が負けちゃうのよ!? 真面目にルール守って戦争に負けたらバカみたいじゃない!!』
『戦争を成立させるためのルールだ。我ら天界神が際限なく人類を支援すれば、冥界神の方々も同じことをする。それが行き着くところまで行けば地上を破壊する神々の戦争となる』
うわー。
あとから出てきた男の神様、色々考えてるー。
『異世界からの来訪者に力を与える手法もグレーゾーンで、他の神々から物言いが激しかったのだ。これ以上ダーティなマネは許されん。それに……』
それに?
『一人の人の子に多くを与えすぎるのは弊害があると過去立証されているだろう』
『ゼウスのパパが、与えられるだけ力を与えた挙句に裏切られたってヤツ? 大丈夫よ! その辺の対策はしているから!!』
対策?
『力を与えると同時に理性と思考を奪い取るのよ! そうすれば裏切る考えもなくなるでしょう!』
「このクズ神!!」
恐ろしい。
この女神、思った以上に正真正銘のクズだった。
見るも無残なクリーチャーに帰られた挙句、人並みの思考までなくなるって罰ゲームの域を超えている。
「あのッ! この女神、滅ぼしていいですか!? 絶対人類にとって災いになりそうなんですが!?」
『気持ちはわかるけど、正論だけどもちょっと待ってくれたまいか?』
紳士的な男神に、私も一旦は荒ぶる気持ちを鎮めざるを得ない。
『汝の主張はもっともだし、アイツはたしかに封印でもした方が人のためだと思う瞬間もあるけれど……。私にも神としての立場があってな……』
「立場?」
『私は戦争を司る神だ』
と自己紹介する男神様。
戦争の神ベラスアレス。
あれ? でも待って?
その肩書き、ついさっきも聞いたような。
「あの邪神も戦争の神だって言ってましたよ?」
とアテナを指さす。
同じものを司っている二神って、構造に無駄がりませんか?
『大丈夫よ。神々の分担はしっかり効率的にできてるんだもの』
アナタの存在自体が非効率と言っていい場面かな?
『アタシが、勝ち戦の神』
アテナがみずからを指さす。
『そしてそっちのベラスアレスが負け戦を司る神なのよ』
ああ、そういう分担……?
いるんですかそれ?
『この美しく栄光ある私の指揮する元、敗北なんてあるわけないじゃない。だからアタシは勝利の戦争だけプロデュースしていればいいのよ!』
『しかし、そんな都合のいいことばかりが現実で起こりうるわけもなく。勝者の陰に敗者がいることは常。その後処理のためにこの私がいるわけだ』
うわー……。
なんか……。
負担そう。
『アテナのヤツは、天神の王ゼウスの子どもの中でも一、二を争うお気に入りでな。大抵の我がままは通せてしまう』
『その尻拭いのためにアナタが……』
単なる苦労人じゃないですか。
苦労神?
その佇まいから人格者オーラが出てくるのも当然。
『あ、よく考えたら人族ども負けちゃったんだし。アタシの庇護を受ける資格なんてないわよね。負け戦こそベラスアレスの働きどころじゃない』
『…………』
『負け犬の処理は下級神にこそ相応しいってことね。なーんだ。慌てて損しちゃったー。じゃあもう人族が滅びようと知ったこっちゃないし、あとは全部ベラスアレスに任せるねー。よろぴー』
そう言い残してアテナは、天界へと昇っていく。
天女のような軽やかさで。
『トラキアビーム!!』
『ぎゃあああああああああッ!?』
そんなアテナ目掛けてベラスアレスの重ねた手の平から閃光が発し、見事命中。
アテナは黒焦げになって、落ちていった。
『…………』
「…………」
私と神、互いに無言。
『……いくら神でもな、耐えがたい衝動というものがあってな?』
「わかります」
大丈夫です。
アナタを咎める者はいません。
私もあの黒焦げになったアホ女神の姿を見て内心喝采を上げました。
『スッキリしたところで、私からの話を切り出していいだろうか?』
「はい?」
あるんですか?
アナタからも用件が?
『先ほど紹介した通り、私は負け戦を司る神。よって今回の人間国占領には、私にとってもっとも忙しい状況なのだ』
「あ、はい」
わかります。
『敗残処理ほど困難で、しかし避けることのできない仕事はない。今代の魔族たちは、人族を必要以上に痛めつけることはないだろうが。それでも一体制の消滅と交代。混乱が起きないはずがない』
「…………」
『その混乱の中、揉み潰されて消えていく無辜の命がなきように。秩序を支える力がいる。魔王ゼダンは大器ではあるが、人族側から何の影響もないわけにはいくまい。勇者モモコよ』
「はい!?」
『その役目を汝に託したい。人の国家ではなく、人の民に尽くすまことの勇者になってみないか?』