27 ブラックシスター
私はセレナ。
魔王軍所属の下士官階級。
いまだに自分で率いる隊を持たせてもらえない使いっ走りで、いまは占領駐屯軍に加わって人間国に赴任している。
みずから志願して人間国に赴任した、ということにはなっている。
しかし実際には、手柄が欲しくて欲しくてたまらない実家の者どもが私を送り込んだのだった。
『これから平和な魔国じゃ戦功なんか得られない! そうだ人間国だ! 占領されたばかりでいまだ不穏な人間国なら功名の種が残っている!』
とかなんとか。
そんなゴリ押しで人間国赴任となった私だが、それほど不安には思ってない。
何よりあの煩い実家と距離を置けたのは僥倖。
故郷より離れてのびのびと軍の仕事に従事していたら、やはり実家連中の執念が通じたのだろうか。
けっこうな重要任務を命じられることになった。
人間国占領府の長、叩き上げの星マルバストス総督から呼び出され、こう命じられたのだ。
「勇者の監視……、ですか……?」
勇者といえば人魔戦争の頃、人間国が切り札として大量投入した人間兵器。
一人一種、神から与えられたスキルを駆使して戦場にて無双の働きを見せる。
これまで何百体という軍用オークやゴブリンが勇者によって蹴散らされ、また勇者を倒すことで立身出世した魔族軍人がいたことだろう。
その勇者が、戦争が終わってから私の前に。
「ただの勇者ではない。聖剣を所持している」
「聖剣!?」
それは魔王様が所持している、それこそ魔王の証。
昔は複数あったと伝え聞いているけど……?
「まだ他に存在していたんですか……!?」
「完璧な形のものがな。伝承では聖剣は全部で七振りある。うち五振りを魔王様と四天王がそれぞれ所持し、行方不明が二振り。今回勇者が持って現れたのがそのうちの一振りだ」
「そんな重要なものが……!?」
だから私に監視しろというのですね?
たしかに聖剣を所持する勇者なんて、もしよからぬことでも企みだしたら大惨事は確実……!?
「で、ですが、そんなに危険な因子なら監視などと悠長なことを言わず、もっと積極的に動いたらどうでしょう? 勇者を拘束するとか、聖剣を取り上げてしまうとか……!?」
「それは私も考えなかったわけではない。だが止める者がいてな」
誰ですそれは!?
魔国と世界の危険を放置しろだなんて軍法会議ものですよ!
「ベルフェガミリアのヤツだ」
「なッ!?」
「知っての通り、あの男は四天王であるだけでなく、このたび魔王様から魔王軍の全権を委ねられ魔軍司令の任に就く。そんなヤツからの指示をまるっきり無視などできん。まあ今回は私的な『お願い』というていだったが……!?」
何をお考えなのベルフェガミリア様は……!?
かねてから『無気力』『堕落』『怠惰』『なんでこんなのが四天王にいるの?』と散々な評価で、しかし何故か上からも下からも信頼厚い魔王軍始まって以来の曲者が。
「ベルフェガミリアからの便りには、こうもあった。聖剣を持つ勇者、彼女こそが魔族人族の融和に、大きな役割を果たすのではないかと」
「えー?」
「私も先ほど実際会ってみて同じ印象を持った。彼女は別の世界からやってきた客人だが、だからこそこの世界のしがらみに囚われることなく異種族を繋ぐ触媒のようなものになるのではないかと。聖剣という大きな力がその援けになるのではないかと」
ベルフェガミリア様もマルバストス総督も、そんな巨大な視野でもって先を見据えている。
「ならばせめて、その勇者に忠誠を誓わせるべきではないですか? 魔王軍に取り込み絶対に逆らえぬように……!!」
「それでは意味がない。彼女には彼女の思うままに動いて、混じりけなしの善意によって世界に役立ってもらわねばならない」
魔族のため人族のためと気負うのではなく、彼女と彼女の近しい人のために働いてこそ、新しい世界の幕開けとなる?
「セレナよ、お前には監視と命じたが、実際のところはそんな彼女の手助けをしてほしいと思っているのだ。そして彼女が真に新しい時代の担い手の一人になれるか、近くから品定めしてほしい」
そのための監視……!?
「魔王様はおっしゃられた。この人間国を、新たに得た領地としてでなく、千年前から治め続けてきた国土のように治めていきたいと。あの聖剣の勇者が、魔王様の望みに必要なものであるか、お前が見極めるのだ」
* * *
そんな指令の下、私は勇者監視の任に発した。
勇者が向かったという冒険者ギルドまで追って、そこで初めて当人と対面し、そしてこんな地方都市にまで同行し同じ部屋に泊まる。
「一体何なのこの人……!?」
自分のことを姉と思えとか、洗体のためとはいえ服を剥ぎとって裸にしてきたり……。
変なヤツであることはたしかだった。
夜も更け、監視対象も私の隣のベッドで大いびきをかいている。
ちょっと女の子にあるまじきレベルでのいびき音量だった。
「……眠れない」
騒音のせいもあるが、何やら考え事が多くて頭の中が目まぐるしい。
目がさえてとても眠れない。
「夜風に当たってこよう」
頭が冷えれば眠気も来るかもしれない。
本来監視対象から離れることはNGだが、これだけド爆睡してたら問題ないだろう。
というわけで私は部屋から出た。
* * *
人気のない夜道では、自分の足音がやたらうるさく感じる。
今夜は月が丸々と肥えていて、宵闇も明るかった。
「月は魔国でも人間国でも同じなんだなあ……」
がらにもなく景色に思い馳せてしまうのは、あのわけわかんない人に心掻き乱されてしまったから。
……本当にあんな子が、マルバストス総督の言うように世界の未来に貢献するんだろうか?
私にはただのアホの子にしか見えないんだが。
いきなり私の姉代わりになるなど。
年齢も全然違うし、姉当人とも似ても似つかないのに何をそんな……。
……いや待て?
私の実姉ってどんな顔だったっけ?
思い出せない印象の薄い人だったから。
とにかく勇者監視の任務は思った以上にしんどくて、精神的にしんどくて、やり遂げられるか不安になってきた。
そこへ……。
「よう」
声を掛けられた。
「女の子が夜に一人で出歩くなんて不用心だぜ? それともやっぱり邪悪な魔族は、お天道様が眩しくて昼間はしんどいのかい?」
「それは年がら年中ミミズのように地中に潜っている冒険者の方ではないですか? ねえ、そうたしか……、アコプトさんでしたっけ?」
気づけば深夜の街中、私は取り囲まれていた。
いるのはアコプト一人だけではない。他にも数人。いかにもガラの悪い男たちだった。
「私に何か御用ですか?」
と聞けば……。
「気に入らねえんだよ。あの生意気小娘もそうだが、特にテメエはな魔族女!」
「戦争に勝ったぐらいでいい気になりやがって! オレたちのシマを征服者気取りでのし歩いてるのかよ!?」
「ブタの糞みてえな肌の色しやがって! 血も同じような糞色なのかたしかめてやる!」
思わぬところで魔族への憎しみの噴出を知る。
やはり人族にとって魔族は征服者。その反発が各所で燻っている……?
「私が目障りというわけですか、いいでしょう」
しかし私とて魔王軍に籍を置く者、そこらの町娘と一緒にしてもらっては困る。
「ですが暴力に訴えかけるなら覚悟してください。我が魔術魔法が放つ火炎が、アナタたちに美味しい焼き色を付けますよ?」
そう言いつつ実際に呪文を唱え、手の上に火炎を浮かべる。
暴漢たちは火を恐れる獣のように後退した。
「ひえええッ!?」
「魔法!? 魔法だ……?」
そもそも魔王軍の下士官と街のチンピラでは相手がまるで違う。
何十人いようと魔法で一吹きに焼き尽くせる。
一人注意がいるのはE級冒険者のアコプトぐらいで、私クラスが本気で警戒すべきはC級冒険者からだ。
「私とて無駄な人死には望みません。そのまま尻尾を巻いて逃げ出せば追わずにいてあげますが?」
「へへ、勝ち誇ってるなあ? でも本当にそれでいいのかなあ?」
「何を……?」
……意味のわからないことを。
そう言おうとした瞬間だった。
手の上に浮かべる炎が消えた。
唐突に。
「えッ!?」
どうして!?
魔力も注力も維持していたし、精神も乱していない。
それなのになんで魔法が強制中断されたの!?
そして原因をたしかめようとより感覚を研ぎ澄ませて気づく。
「精霊の気配が……、ない!?」
私たち魔族の使う魔術魔法は、主に自然界の精霊の力を借りて行う。
今使っていた火炎魔法だって、大気中あまねくところにいる炎の精霊の助力を得ていたというのに、周囲の空間から炎の精霊たちがいなくなっている。
「ほら、どうした姉ちゃん? 威勢はどうだあ?」
「魔法が使えなければただの小娘だぜえ……?」
勢いを盛り返した暴漢たちが、私に近づいてくる。
これはまさか……、『聖域』?
任意の範囲内を聖別し、精霊を踏み込めなくする魔法結界?
たしか人間族の使う法術魔法に、そんな術があったと。
するとまさかこの中に、人族の神官がいる!?




