24 ダンジョン初挑戦
そしてやっと。
やっと私たちはダンジョンへ入る。
『モレンターレ三号洞窟』。
その入り口は、何とダンジョンの建物を通り抜けて向こう側。入り口向かいの三方をギルド支部建物の厚い壁が囲んでいて、厳重に遮断されていた。
「これって……、やっぱり勝手にダンジョンを行き来できないように……?」
「侵入者を防ぐためでもあるし、モンスターが外部へ溢れ出るのを防ぐためでもある。これぐらい厳重でないとダンジョンの周りに町村は作れないよ」
入り口まで見送りに来てくれたサザンナさんが言う。
やっぱり支部長はダンジョン内までは同行しないみたい。
「ダンジョンの案内や指導は、こっちのアコプトくんとコージーくんが行うよ。二人ともこのダンジョンには何度も入っているベテランだから、彼らの指導を受けて冒険者の基礎を身に付けてくれ」
「ダンジョン内ではオレ様に絶対服従だぞ! 星なしとはいえ油断してたらすぐ死ぬからなあ!!」
この二人を待ってたのはそういうことだったのか。
たしかに私のダンジョン初挑戦。経験者の人に同伴してもらって万全を期したいところだけれど。
「……すみませんチェンジできます?」
「気持ちはわかります」
セレナちゃんから同意された。
だって酔っ払いと、なんか頼りない子分風。
指導役にしてももっと頼れる人がいるはず!!
「ごめんね、ウチの支部にメイン登録してる冒険者ってこの二人だけなんだ」
「なんと!?」
「星なしダンジョンなら、この人数で充分対応できるからね」
冒険者ギルドのマニュアルに沿えば、最低難易度の星なしダンジョンに常駐する冒険者は二人から多くて三人。
星なしダンジョンで一通りの研修をこなしたらF級からE級に上がれて、より高みを目指して一つ星ダンジョンに挑戦するか、無難に星なしで安定した収入を得るのだという。
「星なしダンジョンだって定期的に草刈りしなきゃで常駐冒険者は必要だよ。アコプトくんもコージーくんも既にE級だからキミに教える資格はある。まあ頑張ってキミもまずはE級昇格を目指すんだね」
と益体もない励ましを受けてダンジョンへと向かうのだった。
私とセレナちゃん、そして先輩冒険者二名の計四人。
ダンジョンを進むパーティとしては実に適切な数とのこと。
出入口を固める見張り役さんたちに軽く挨拶し、ついに私たちはダンジョンの中に足を踏み入れた。
* * *
「……うっわ」
一歩足を踏み入れただけで、すぐさま肌に感じた。
ここは異界だと。
いや、私にとってはこの世界自体が異世界で、そのさらに異界って何じゃらほいとなっちゃうけれど……。
「……ダンジョンは、凝縮したマナが生み出す異空間です」
私の戸惑いを見かねたのかセレナが解説する。
「世界中を還流するマナが場所によっては動きを止め、滞積します。そうしたマナ溜まりにダンジョンは発生します。溜まったマナを原動力にして空間を歪め、そしてモンスターを発生させるのです」
じゃあ、この空気のねっとりした感じも、外よりも濃厚なマナのせいってことかな?
「ちなみにマナ溜まりの規模は千差万別で。大きなマナ溜まりほど大きなダンジョンを発生させる。星なしから五つ星と等級の差も、そうして生まれるのでしょう」
「へッ、さすが魔族の軍人様はお勉強してなさるなあ」
酔っ払い冒険者のガチ皮肉にセレナちゃんは眉を顰める。
ただ、酔っ払い冒険者はいつの間にか酔いを醒まし、酔っ払いでなくなっていた。
どんなに酔っていてもダンジョンに一歩足を踏み入れただけでシラフに戻れる。そこがプロらしさと言えようか。
「机の上で聞き齧ったことが現場でも通じると思ったら大間違いだがよ。精々モンスターに追われて泣きながら逃げ回るところを見せてくれや」
しかし性格の悪さはシラフになっても治らなかった。
彼のお陰で何とも言えない険悪な空気の中、私たちは上下左右を岩と泥に囲まれた洞窟内を進んでいく。
「……お、早速来たぜ?」
真っ先に察知したのは酔っ払い(元)冒険者のベテランアピールか。
たしかに前方、一本道の洞窟通路の先からノソノソ接近してくる影がある。
その正体は……。
「ひうッ!? カエル……!?」
水辺でぴょんぴょん、ゲコゲコ言うアレ。
ただ私の知っているカエルよりも数段大きく、ウシガエル……図鑑でしか見たことがないけど、それより格段に大きかった。
犬ぐらい大きい。
「コージー、お嬢ちゃん方に説明してやれよ」
「あれはベルゼブフォ。洞窟ダンジョンで一番スタンダードなモンスターだね。星なしから五つ星まで全等級で満遍なく出没し、よくお目にかかるカエルだよ」
子分風の冒険者さんが解説してくれる。
「それだけに特に強くもないし、肉も皮も利用しやすくて需要があるから一番の初心者向けとも言えるね。じゃあ新人さん、あれ試しに狩ってみようか?」
すんなり言われた。
「とは言ってもモンスターだから充分気をつけてね。アイツら食欲旺盛で野ウサギ程度なら丸飲みにするし。カエルのくせに鋭い歯も持ってるから噛まれると超痛いよ」
「はっはっは、女の子じゃ怖くて泣いちまうかもなあ? 無理せずオジサンたちに任せてもらってもいいんだぜ?」
酔っ払い(元)冒険者の挑発を受けながら、私は踏み出す。
「いいえ、やります」
私はダンジョンでたくさん戦って強くならなければならない。
レベル1程度の相手にてこずってなんかいられないわ。
カエル型モンスター。名前がベルゼブフォだっけ?
ヤツらは単体で登場したわけではなく、蠢く影は少なくとも五体。
団体さんで出現だった。
「…………」
「どうした固まっちまって? カエルのねとねとした質感に気持ち悪くて鳥肌立っちまったか!? ギャハハハハハ!」
「……可愛い」
「えッ?」
だって可愛くないカエルって!?
コロコロした体型。ノソノソ歩く仕草。何だか悟りきったような表情。
可愛い!!
「女の子って時たま妙なものに可愛さを見出すよね……!」
でも感情移入しちゃダメよ!
相手は討伐対象のモンスターなんだから心を鬼にして!
私は聖剣さんを抜き放った。
行けるよね聖剣さん!?
『無論だ。レッサードラゴンを斬り裂いた我が剣気。今さらカエルごときに通じぬわけがない』
でもレッサードラゴンを倒したのと同等威力じゃ洞窟そのものを崩しかねないから……。
力をセーブして……。
……えいッ!!
聖剣さんから放たれた緑色の剣気は、矢のように飛んでカエルの一匹に命中した。
その威力でカエルさんは跡形もなく消滅した。
「んげえええーーーーーーッ!?」
「あれが聖剣の力……!?」
ふっふっふ。
酔っ払いもセレナちゃんも度肝を抜かれているようね。
全力を出してもっと驚かせてあげられないのが残念だわ!
「ちょ! ちょっとちょっとダメだよ……!?」
しかし子分風の冒険者さんは逆に私を窘めてきた。
何です?
「言ったでしょう? モンスターの肉や皮は有効利用されるの。狩った死体を持ち帰って報酬に換金されるんだから跡形もなく吹き飛ばしちゃダメだよ!」
言われてみればそうね。
大失敗!
「じゃあもっと力をセーブしないと……。聖剣さんできる?」
『誰に尋ねている? オレは鏖聖剣ズィーベングリューン。地上最強の鋭剣だ。ただ高威力なだけじゃない。テクニカルに調節して包丁役でもノコギリ役でも何でもこなせる! できてもプライドがあるからしないがな!!』
頼りになるー。
私も絶妙にパワーを抑えて剣気を放つ。
命中したカエルさんたちはポコンと跳ね飛ばされて、無傷のまま絶命した。
「「どういうこと!?」」
驚く人々。
うーん心地いいわ。
カエルさんたちは奥からズンズン現れて数を増やしていく。
それらを片っ端から剣気で薙ぎ倒していく。
この勢いでなんかの記録を樹立するわよ!




