20 総督登場
なんかいきなり凄い人と会うことになった。
司令官? 総督?
肩書きからしてメッチャ凄そうなんだけれども!?
「あの……、その総督さんという人のことをもっと教えてくれませんか?」
「マルバストス総督は、平民上がりの士官でもっとも出世した方です」
別室への移動中、案内の役人魔族さんが言う。
見覚えがあるはずの旧王城の回廊も、懐かしさを感じる暇もない。
「いわば筋金入りの叩き上げですね。本来なら四天王に入れるほどの実力と実績をお持ちですが、折れた聖剣の継承家系に入っていなかったため叶いませんでした。旧人間国の占領軍司令官は、四天王を除いて最上級の役職と言えます」
「はあ……!」
「その役に実際マルバストス様を任じること即ち、魔王様からの最大の恩賞と言えましょう。旧来なら平民士官を総督の地位に就けることすら前代未聞でした。慣例を打ち破る現魔王ゼダン様の胆力。その任に堪えうるマルバストス様の能力。双方が両立してこその人事なのです!」
なんか語り調に熱がこもっている……!
ついさっきまで礼儀正しさを乱さなかった役人さんを興奮させるぐらい、これから会う総督さんがそれだけ凄いってこと?
「でも凄いですねー。一番偉い人なんだから忙しいでしょうに、投降してくる勇者全員と会うなんて……! 大変でしょうに……!」
「いいえ、会いませんよ?」
え?
「でも今、私と会おうとしてるじゃないですか……!?」
「それはアナタだけです。通常はいかに人間国最高戦力の勇者とはいえ総督まで煩わせることはありません」
じゃあなんで私と会おうとしてるの!?
急に怖くなってきた!?
まさか私のこと処刑コース!?
「さ、着きました。ここが総督の執務室です」
逃げようかと思ったらもうゴールまで来ていた!?
絶望が私のゴール!?
「既に話は通っていますのでお待ちいただく必要もありません。総督、客人をお連れしました」
ドアをノックして作法正しく開門。
室内にいたのは、明らかにオーラが違うダンディな魔族さん!?
「待っておったぞ」
私のことを見ると不敵に笑う。
「お前はもうよい、下がるがよい」
「では失礼いたします」
流れるように役人さん退室。
私と総督さんの差し向かいになってしまう。
「何故我が前に引き出されたか、わからずにいるのだろう? 戸惑っているか?」「はい!? いいえ!? あの……!?」
「理由を教えてやろう」
凄い総督。
前置きもなしにバンバン要点を叩きつけてくるから追いつけない!?
「その前に確認するが、お前が腰にさしておる剣」
「……あッ!? やっぱダメですか!? お目通りの前にどこかに預けておかないと!?」
「抜いてみよ」
「ええええええええッ!?」
抜く!? 抜刀!?
偉い人との謁見の前に危険物一通りボッシュートとかそういうことじゃなくて。
その逆に臨戦態勢を要求!?
『お、なんだやんのか?』
聖剣さんやる気にならないで! ケンカ売られたわけじゃないから!
「早くせよ」
「は、はい……!?」
拒むこともできずに鞘から剣を出す。
その剣こそ聖剣さんだ。
「…………」
「あの……?」
「……間違いなく聖剣だの」
鏖聖剣ズィーベングリューンさんの刀身をじっと見つめながら偉い人は断定した。
「その深緑色に輝く剣気……。初めて見る色味ではあるが、あの魔王様が振るう怒聖剣アインロートの紅蓮の剣気、そして堕聖剣フィアゲルプの黄金剣気と質は同じ」
「え……!?」
「いいぞ、確認は終わった。剣を鞘に仕舞うがよい。それともこのまま切っ先を我が脳天に振り下ろすか?」
試すような総督さんの視線に、私は黙って聖剣さんを鞘に納めた。
『まあ仕方ないか。あのまま戦いになっていたら殺されていたのは小娘、お前だ』
聖剣さんの囁きに私は本格的にゾクリとした。
漠然と感じていた怖さは真実だったのかと。
「普通なら、恭順してきた勇者に私がいちいち会うことなどない。これでも忙しい身でな」
テーブルに置かれたベルみたいなものを取って鳴らすと、なんか執事みたいな格好の人がドアを開けて入ってきた。
「茶を用意してくれ。寛いで話したい」
「畏まりました」
凄い! この世界にも執事いたんだ!
凄い!
「若い女子だ。茶請けには甘いものがいいだろう。たしか魔王様より下賜されたケーキなる菓子があったはずだが」
「お持ちいたしましょう」
執事さんは下がっていった。
……ん?
今ケーキって言わなかった?
ケーキ!?
こっちの世界に来てから一度として味わったことのないケーキッッ!?
「ベルフェガミリアと戦ったそうだな」
「ケーキ! ケーキ! ケーキ! ケーキ! ……あッ、はい」
いけない取り乱してしまったわ。
大事な話のようなので真面目に振る舞うわ。
「あの怠け者から直々に便りが届くなど珍しいことだ。そのうち人間国に最後の聖剣が現れると伝えてあった。そして実際ヤツの言う通りに今日なった。それで会う気になったというわけだ。この私が直々にな」
「あ……!?」
「さらに書き記されたところによれば、聖剣の所有者は邪心なく『可愛い』ヤツだからよしなにと。もし必要なら占領府で身分を保証してやってくれとまで要請してあった」
おのれベルフェガミリアめ……!?
ヤツは魔王軍四天王の一人。
つまりとっても強い大幹部。
私もこないだ戦ったけれどなすすべなく吹っ飛ばされて手も足も出なかった。
アイツめ……! アタシのことを簡単に倒せたから侮ってやがるのね!?
『今のままじゃ簡単に倒せてつまらないから、もう少し強くなってからおいで』と施しをしてやっている気分なのね!?
屈辱ッ!!
この勇者モモコが、敵に情けを掛けられるなんて!
「しかし私は、正直言ってお前をこのまま野放しにしたくない」
遥か遠くにいるベルフェガミリアのことは置いておいて、今目の前にいる総督さんが問題だった。
「いや、正確にはお前の持っている聖剣だが。それをどこで手に入れた?」
「それは……!」
「いや、入手経路など今さらどうでもいい。重要なのは新たな聖剣が、ここにあるという事実。しかも刀身が折れていない完璧なる聖剣が。本来魔王様の所持する怒聖剣アインロートの他にあってはならない」
詳しく聞くと、折れずに完全な形を保った聖剣は、魔族にとってとても重要な意味を持つらしい。
それは世界に立った一振りしかないはずで、それを所持する資格があるのは魔王ただ一人。
つまり折れていない完全聖剣は、魔王が全魔族の頂点に立っているという証明でもある。
「クサナギノツルギみないなもの?」
『なんだそれ?』
よく知らないけど王様が持つに相応しいものなんでしょう?
「玉璽としての意味を除いても、聖剣は単純に地上最凶の魔具。一振りすれば放たれる剣気が千軍を吹き飛ばし、ドラゴンの鱗すら裂く。そんな危険物をおいそれ外に放置するわけにはいかん」
「では、どうするんです?」
「どこか信頼のおける場所に厳重補完するのがもっともいい。いっそ魔王様に献上するか。とにかく他種族の勇者に持たせておくなど危険極まりない」
……やっぱり総督さんは、私が心から魔族に恭順しているとは思ってない。
ならこれは一種の選択肢。
聖剣さんを渡せば総督さんから一定の信頼は得られる。その分私の安全も保障される。
でも……。
「嫌です」
私は拒否した。
「聖剣さんは渡せません。アナタたちにはわからないかもしれないけれど私と聖剣さんは固い絆で結ばれているんです。今さら離れ離れになんかなれません」
『当然だ。オレとてお前以外の持ち主を一から探し直す気にもなれん』
うー。
ダメかな?
総督さん怒って私たちのこと牢屋に入れちゃうかな?
「よかろう」
「あれッ!?」
いいのッ!?
「ベルフェガミリアからの書簡にある通りの人物だとわかり、安心して聖剣を預けることができる。身分証も発行しよう。この魔族によって治められる旧人間国で大手を振って生きるがいい」
なんかトントン拍子で行って釈然としないくらいなんですけど?
でもいいか?
無事身分証明をゲットしました!?




