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01 戦争の神(悪)

 そうして私、勇者モモコこと明坂桃子は山に挑んだ。


 人間国一の峻険と名高いオリュンポス山に。

 高山地帯ゆえに、通年雪が降り積もり固まって、足を滑らせる山肌。

 確立された登山道はなく、深いクレバスや壁のごとき絶壁が行く手に立ちはだかる。

 少しでも足を踏み外せば谷底まで真っ逆さまという恐怖の下、一歩一歩慎重に進む。


 頂上を目指して。

 何故山に登るのか? てっぺんまで行って何を得られるのというのか?


 疲労と限界と共に愚にもつかない疑問が頭の中に張り付き、振り払おうとしても振り払えず、それでもなお先に進む。


 一歩一歩。

 傾斜のついた山道を登って。


 ついに辿り着く。

 山頂……。


              *    *    *


『ゴールおめでとー』


 見知らぬ女の人がパチパチ拍手して、私のことを出迎えた。

 多分人間じゃない。


 なんか体全体がキラキラ輝いてるし。

 服装も、なんか地上の人々とは違う、古代ギリシャの人が着ているようなゆったりした服装ながら、体のところどころに甲冑めいたものをつけて武装している。


『さっすがアタシのみ込んだ勇者! よくオリュンポス山を踏破してアタシの下までたどり着いたわね! 讃えましょう!!』

「え? アナタ誰?」


 女の人は私のことを見知っているようなのだが。

 私の方にはとんと心当たりがない。


 それ以前に、こんな険しい山の頂上付近で人が待ち構えているなんて思いもよらなかった。

 考えられるとしたら、山姥系の妖怪?

 だってここ山だし!


「はぁーッ!? 食われてたまるか! 三枚の御札はないけど必ず貴様から逃げ切る!」

『モモコちゃん、アタシのこと何と勘違いしているの? 山の険しさに混乱するのも仕方ないけど、当初の目的を忘れちゃダメよ?』

「当初の目的!?」


 そうだった!

 私は聖者キダンを探して色んな山を登ったり降りたりしていたんだ!

 だって聖者って高い山の上に住んでそうなイメージあるじゃない!

 それは仙人!?

 まあどうでもいいや。

 それを知っていて、かつ山の頂上で遭遇したということは……。


 まさか彼女こそが聖者キダン!?

 聖者キダンは女性だったの!?


『アタシこそ天神に所属する女神アテナよ! 敬いなさい!!』

「…………」


 え?

 今なんて?


『アタシこそ女神アテナ!!』

「……」


 ちーがーうー。

 私が探し求めていた目標の相手じゃないー。


「聖者キダンじゃないヤツに用はないわ! 気を持たせやがってハズレ枠! 偽物が! ケッ!」

『あーれー!?』


 聖者キダンがいないなら、この場に留まる一時の余裕もない!

 魔王軍が人間国全土を支配しきる前に、その短い時間をフル活用して聖者キダンの真の居場所を探し出さねば!!


『えーッ!? ちょっと待ってよー!? アナタ、アタシに会いに来たんでしょー!?』

「うっさい! 聖者キダンじゃないヤツになんか用はない! アタシは聖者キダンに会って、人族を救い出す一発逆転の方法を貰いに行くのよ!!」

『だからそれをアタシが与えてあげるって言ってるでしょー!? 誰よその聖者何とかって!? 神のアタシを差し置いて得体が知れなさすぎる!!』

「えッ!?」


 腰にしがみつい私を帰すまいとする迷惑な女。

 その女の一言に、私は反応してしまった。


「……アナタが、人族を救う手段を教えてくれるっていうの?」

『モチのロングバケーション!!』


 この返答の仕方によって信頼度が五ダウン。


『アタシは、人族を守護する天界神の一員なのよ! しかも戦争を司る女神! 人族が魔族に! 戦争で負けようとしている局面で指を咥えて見ているだけなんてないでしょう!!』

「おおッ!!」


 これはもしや、目的は果たせなかったけど成果は得られたってヤツ!?

 聖者キダンは見つけられずとも、聖者キダンの代わりに助けてくれる人登場!?


『大体アナタ、アタシに会うために山を登ってきたんじゃないの?』

「え? なんで?」

『だってこのオリュンポス山は、地上と天界を繋ぐ唯一の通路。神と交わろうとする者が必ず至る巡礼地ですもの。神を求めずして何のためにオリュンポス山に登るのよ? ってことなのよ?』


 …………。


 すみません。

 そんなこと露も考えず登ってきてしまいました。


 高いところなら何かしら凄いのが住んでいないかと。

 実際いたんですけど凄いのが。


『いい? この世界には三種類の神が住んでいるの。アタシたち天神の他には、海を司る海神、地下に蠢く冥神たちがね』

「はあ……?」

『魔族たちを守護し、バックアップしているのは冥神どもよ。この天の神に連なるアテナが守護する人族が、ネクラ陰キャの冥神どもの庇護する魔族に負けるなんてあってはならない! アタシの面子をぶっ潰す現象など起こってはならないのだわ!!』


 ……。

 そこはかとなく言い方酷くないですか?


『そこにアナタが、オリュンポスの山頂まで登ってきたのはまさにラッキー! 僥倖で、天佑ってヤツだわ!』

「天佑ってアナタたちが与えるものなんじゃ?」

『アナタは、たしかに召喚された勇者の中でもとりわけ高い資質を持ち、オリュンポス山を踏破することで実力を示したわ。アナタこそ数ある勇者の中からさらに抜擢されて、救世主となるに相応しい』

「ええッ!?」


 救世主なんて……!?

 私がそんな大層なものに!?


『アタシからアナタへ、さらなるスキルを与えてあげましょう。それこそ魔王も、魔王も率いる軍勢も一撃で消し飛ばせるほどの』

「スキル!?」


 アタシの持っている『女神の大鎌+2』みたいな?


『アラ覚えていないの? アナタたち異世界召喚者にスキルを与えたのはアタシよ?』

「マジですか!?」

『勇者は人族の助っ人。その勇者に力を与えるのは人族の守護者、天神の務め。さらにアタシは戦争を司る神だもの。当然の中の当然でしょう?』


 そう言われれば当然かもしれませんが。


『大体アナタだって、この世界に来る時アタシに会ったはずよ?』

「え?」

『そういう仕来りだもの。異世界召喚者は、神に直接会ってスキルを授かるって。ちゃんと会っているのにアタシのこと忘れて、「誰?」なんて言うとは不敬な人ねえ』

「ええ!? ちょっと待ってよ!? アナタなんかに会ってないわよ!?」


 こっちの世界に来た時、気づいたらもう王城にいたし。

 スキルは知らない間に身に付いていたし。


「私アナタなんかに会ってないって! 絶対今回が初対面!」

『まだ言ってるの! そういうルールなんだから召喚時にアタシがアナタと会っているのは絶対……!』


 と言いつつ、途中で口ごもる神。


『そういえば、いちいち会うのがメンドクセーって感じててスキル与えるの全自動設定にしてたんだー。会ってない会ってない。勘違いしてゴメンねー?』


 この神への信頼度がどん底まで下がったんですけど。

 全自動って何?

 私たちそんなテキトーに、自分たちの異世界生活の成否を左右する重要なスキルを与えられてたの!?


『でも! 今回は違うわよ! 何しろ人族が一発逆転するための、超上級スキルを追加で! アナタに与えてあげるんだもの!!』

「超上級スキル!?」

『そうよ! この世界最強になって、どんな敵でもワンパンで殺せる即死チートよ!! これさえあれば無敵よ!』

「それは……、敵がドラゴンでも?」

『モチのロンドンブーツ!』


 だから逐一信頼度下げてくるのやめてくださいませ。


 しかし女神アテナからの提案は魅力的でもある。


 ドラゴンにすら対抗できるスキルを追加で貰える?


 そうすれば人間国に攻め入ってきた魔族を残らず駆逐できるだろうし、聖者キダン探しも捗ることだろう。

 私にとっても、人間国にとってもメリットのある話!


「あの……、具体的にはどんなスキルを貰えるんでしょう?」

『聞きたい?』

「聞きたいです!」

『本当に聞きたい?』

「本当に!」


 ああ、ウザいなあ!

 この神!!


『仕方ないなあ教えてあげましょう。アナタのために用意してあげた超上級スキルは……!』

「スキルは……!」

『腕が六本、足が八本、顔が三つに増えて、おっぱいも一七〇個に増加! その乳首の一つ一つから濃硫酸が噴出する! 髪の毛の一本一本が蛇になって猛毒を吐き出し、股間からはライオン、ヤギ、大蛇の頭が生えてくる! 背中には天使の翼が千四百枚生え出す! 口からは砂嵐、鼻からは突風を吐き出し、目を合わせた者は悉く石になる! そしてお尻からあらゆる種類の攻撃魔法を撃ち出すこととができるという最強クリーチャーとなるスキルよ!!』

「いるかぁーーーーーーーーーーーッッ!!」


 私は全開全力で新スキルの拝領を拒否した。

 オリュンポス山登頂が、すべて無駄な努力に終わったと確信した瞬間だった。

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