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17 世界に示す痕跡

 オレは魔王軍の兵士。

 種族は魔族。出身は平民。兄弟がたくさんいて食い扶持を減らすために魔王軍へと入隊させられた。

 当年二十二歳で未婚。

 そんな状況からか、人間国占領軍に編入されて、現在は故郷から遠く離れた場所にて生活している。


 職務は、当地の治安維持。

 崩壊した人間国に代わって、現地民の安全を保障するのが支配者の義務、ってとこらしい。


 ある時通報が来て、同僚幾人と共に駆けつけてみると、犯罪者が既に縛り上げられていた。


 全員見覚えのある顔だった。


 旧人間国に抱えられていた勇者たち。

 国が落ちたと同時に制御役もいなくなり、一気に野盗へと鞍替えしていた凶悪犯だ。


 勇者の実力は、優に一般兵百人分に匹敵するというので、オレレベルが普通に遭遇していたら死を覚悟しなければならない。


 だからオレは、コイツらが息絶え絶えで縛られている段階で駆けつけていて幸運を自覚せざるをえなかった。


 でも、誰が勇者たちをここまでボコボコに?


 通報してきた村人たちじゃないよな? 村人レベルでそこまで強かったら魔王軍は戦争で勝てていないだろう。


 オレはより詳しく事情を聞くことにした。


「別の勇者が倒した、だって!?」


 村長から事情を聴取して、その珍妙な経緯に輪をかけて驚く。


「へえ、そうです。最初運びこまれた時には、そんなこと夢にも思いませんでしたが。何せ見た目は可愛い女の子でしたんで……!」


 何!?

 可愛い女の子!?


 いやいや、注目すべきはそこじゃない。

 単身赴任の未婚男には芳しすぎるフレーズだけど、そこに惹かれちゃダメ。


 勇者と勇者で同士討ちしたってことか? なんで?

 人間国のヤツらが考えることはよくわからん!?


「簡単なことでごぜえます。ワシらを助けてくれた娘っ子勇者様は、悪行を働くかつての仲間を許せなかったんでございやしょう」


 老人が、忘れてしまった遠い昔を愛おしむような顔で言う。


「あの子の顔は、正しい気持ちで輝いておりました。あの顔を見ておると、勇者というのも捨てたもんではないなという思いになりますじゃ」


 なるほど、あそこで縛られて転がっているクズとは違うというわけか。


「兵士様、お願いでございますじゃ! あの子を見つけても、どうか酷いマネはせんでくだされ! あの子はワシらの恩人なんですじゃ!」


 うおう。

 なんだか凄い勢いでグイグイ迫ってくる!?


 田舎者って、純粋に利己主義で、自分たちに禍が降りかかろうとしたらたとえ恩人でも見捨てるような気がしてたんだけど、オレの先入観? 

 人族捨てたもんじゃないなあ……!


「ま、まあ……! 盗む殺すを働いていないなら、治安維持の観点から彼女を拘束する理由なんかないが……!」


 問題は、彼女が勇者ってことだろ?


 勇者って存在自体が敵軍。

 その敵軍が滅んだ今、残党ということになる。


 魔族への敵意が残っているなら当然対処しなければならない。これは治安維持者としてでなく占領軍としての責務。


 魔族兵が急行すると知った途端に逃げ去ったとい事実も、その子が魔王軍への敵対意識を残しているという証左となるし。

 もし遭遇したら一悶着ないわけには……。


「……ん?」


 そこでオレは一つ思い出す。

 手元の資料をパタパタめくって、つい先日送られてきたばかりの通達書を見る。


 そこに描かれているのは、ある女の子の似顔絵(上手い)だった。


「ここを救った女勇者って、この子?」

「おお! そうですじゃ!! 似てますなあ、よく描けておりますなあ……!」


 村長も感心するこの似顔絵は、魔王軍四天王ベルフェガミリア様の直筆。

 この通達書もベルフェガミリア様の署名で送られてきたものだ。


 曰く『女勇者モモコ。彼女はいまだ魔王軍に反意を持ちながらも、心情実直、臣民社会に無害と判断し、拘束の必要なし』。


 要するに『見つけても捕まえなくていいよ』というお達し。


 四天王ベルフェガミリア様は、魔王様が政務に専念するために、このたび軍事の全権を負託されて『魔軍司令』の肩書きを得た。

 そんな人から直々の指示だから従わないわけにはいかないけれど……。


「大丈夫だよおじいさん。魔王軍は、この女性に酷いことはしない」

「マジでございますか!? ありがたやありがたや……! 魔族様はホントに神様仏様ですじゃあああ……!!」


 何か色々噛みあってない気もするけど。

 オレたち一般兵に勇者をどうにかできるとも思えないし、追わなくていいなら命を懸けずに済んでありがたい。


 人間国は滅びて、オレたち魔族が支配することになったんだけど。

 将来この国がどういった方向に進むのかまったく見当がつかない。


 残党の勇者が、良心だけを行動方針に暴れ回っている混沌とした状況は、一体どう落ち着いていくのか?


 一兵士のオレには計り知れないが、そんなオレが言えることはただ一つ。


 ……オレも早く嫁さん欲しぃ~~。


              *    *    *


『ほんじゃらぼげぇぇぇぇーーーーーーーーッッ!!』


 ここは天界。

 勝利の戦争を司る女神アテナが奇声を発していた。


 下界の模様を眺めて。


『おぴっぷ! おぴっぷ! おぴっぷうううーーーーーッ!?』

『落ち着け女神。神の威厳の欠片もない興奮だぞ』


 私、敗北の戦争を司る神ベラスアレスは、女神の狂態に呆れるばかりだった。

 同じ戦いを司る神として会合を持つことは多いが、あまり頻繁に近づきたくない

神である。


『なんで!? なんで!? なんでモモコちゃんは魔王を倒さないのよ! あの力なら充分行けるでしょう! 聖剣まであるのに!?』


 私たちが遠見の術で眺めていたのは、件の勇者モモコの活躍。


 人間国の管理から離れ、私欲に走った元勇者たちを一掃するという非常に痛快なシーンだった。


『あの力があれば魔王倒せるのに! 魔国倒せるのに! 人族が勝利できるのにいいッ!?』

『魔王ゼダンはそう簡単な輩ではないぞ。今のモモコの実力では「可能性がある」程度だろう。その前に立ちはだかるベルフェガミリアはさらに困難な障害だ』


 ベルフェガミリアの戦闘能力は、魔王ゼダンを上回る。

 そんな彼を家臣として使えるのは、偏にゼダンの人徳が魔王の名に恥じぬものであるからだろう。


『そんなのやり様は、いくらでもあるでしょおおおお!? アイツがしっかり働けば、アタシの勝ち戦の女神としての名声が復活するのにいいいい! ちゃんとやれよ役立たずうううううッ!!』


 たしかにモモコは強くなった。

 本人はベルフェガミリアに惨敗したことで、まだまだ実力不足の念が強いが、充分に人類最強クラスに属するだろう。


『あ、そうだ! アタシが直々にあの子の下に行ってアドバイスしてあげれば!? ついでに伝説の武具もいくつか……!?』

『アテナよ』


 釘をさしておく。


『人魔戦争は既に勝敗を決し、人族の敗北は確定している。よって今は負け戦の神である私の管轄。お前の余計な口出しは認めんぞ』

『そんなケチなこと言わないで……!?』

『戦争の決着がつき、地上は今や安定に向かいつつある。それをお前一人の満足のために再び乱そうとするなら、このベラスアレスが神としてお前の暴走を阻む』

『うわあああーーーーーーーん!! この下っ端神の意地悪! パパに言いつけてやるんだからあああああーーーーッ!!』


 アテナは泣きながら走り去っていった。

 まあ、そのゼウスパパ神も、こないだ天使再起動事件でやらかして縛座縛殿鋼鎖暗黒無限回廊死々永遠落下監獄(コキュートス&無間地獄併用版)に幽閉されちゃったから。

 その威を借りてアテナが何かできるわけでもあるまい。


 だからこっちは大丈夫として……。


『あとはモモコが、これからどう動くかだな』


 私はたしかにモモコを鍛えたが、それは別に魔王を倒して人族敗亡の状況に大逆転を起こしたいからではない。

 モモコ自身はそう思っているらしいが。


 人魔戦争に、人族側の義はなく、彼らの敗北による終戦はもっとも順当な決着の付け方であった。


 それでも、今の人族たちが滅びねばならぬほどの罪はない。

 終戦という時代の区切りに、混乱は必ず起こる。


 その混乱に巻き込まれて涙を流す人族がいてはならぬ。そのためにモモコには戦ってほしい。

 私はそこまで明確にモモコに言い含めず彼女を送り出した。それは彼女が何のために戦うか、その選択も彼女自身のものであってほしかったからだ。


 もはや、地上は神が好き勝手に口出ししていい場所ではない。

 地上のことは、地上に住む人類が決めるべきなのだ。


 神の私にできることは……。

 私の信じる人間を信じ抜くことのみ。

モモコの活躍はこれで一区切りとなります。

彼女はこれから基本的に旧人間国で活躍していくこととなりますので、本伝の方が進み、彼女の活躍もさらに触れなければならなくなった時こちらで書き重ねていこうと思いますので、完結にはせずにこのまま置いておこうと思います。

一ヶ月二ヶ月以上更新が事になるかと思いますが、ある時ふと思い出したように再開するかもしれませんのでその時はよろしくお願いします。


とりあえずは本伝『異世界で土地を買って農場を作ろう』をよろしくお願いします。

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