15 勇者崩れ
勇者キダンへと続く糸口は、あのクマさんにあった!?
クマさんは、人間国にある村々を遍歴していて、気づくと既に姿なく次の村に向かっていたりするらしい。
でも幸い、私が慌てて外に出ると、まだ出立せずに軒先に寝転んでいた。
その上に、村のわんぱくな子どもたちが群がっている。
クマさんの巨体によじ登っては、その体を滑り台やトランポリン代わりにして遊んでいた。
数人がかりで。
「あの……! あのあの! アナタに聞きたいことがあるんだけど……!!」
私はクマさんに呼びかけるが、当のクマさんは子どもらの暴虐に耐えるばかりで私にかまっている余裕などなさそう。
「あのう……! アイアム、プリーズ聖者……! ユア、アンダスタン?」
『何言ってんだお前?』
同行の聖剣からツッコミを受けるものの、クマと意思疎通するにどんな言葉を使えばいいかわからないもので……!
英語で喋ってみたけど無理かしら……?
『お前御執心の聖者とやらと繋がりがあるとしても、さすがにクマ相手じゃ言葉が通じるまい。今はそんなことよりも、今の人間国の状況をもっと詳しく……!』
聖剣の正論に私が反論できないと、そんな苦い状況の時だった。
村中に響き渡る金属音が鳴りだしたのは。
カンカンカン! カンカンカン! カンカンカン!
と断続的に鳴り続けている。
「これは……!」
『いかにも緊急事態ってカンジだな』
母親たちが慌てた様子で、クマさんに群がる子どもたちを掻っ攫うように抱きかかえて家に戻っていった。
代わりに鍬と棒とか、いかにも間に合わせの武器代わりというものを携えた男の人が駆けだしてくる。
「お前は……! 今日、森から来たっていう行き倒れか……!? いいか、何処でもいいから家の中に入れ!!」
武器を持った男衆の一人が、目障り半分親切半分といった口調で私へ言う。
「何が起こったんですか?」
「あの鐘は、村の見張り役が打つ異変の合図だ! 火事とか洪水とか……! でも、今度のはどっちでもねえ……!!」
「!?」
と言うと……!?
「今人族の田舎村で、一番警戒すべきなのはアイツらだ。国がなくなって、賊に成り下がった……!」
次に吐き出された言葉に、私は耳を疑った。
「勇者どもだ!!」
* * *
村人たちの制止を振り切って、私は賊が押し寄せてきたという方に向かった。
村外れまで到着してみると、そこには武装した一団がたむろしていて、村人たちと睨み合っていた。
襲われる側の戦意が予想以上に高くて躊躇している……、て感じ?
でも私は、それ以上に驚くべきことがあった。
村を襲撃せんとする賊の一団に、多くの見覚えがあったからだ。
「あ、あ、アナタは……!?」
戸惑いと絶望と共にその名を呼ぶ。
「アノワロニーさん!?」
山賊を率いるリーダーらしき人物。
私は、彼を知っている。
かつて一緒に戦った戦友だから。
「勇者ゲランニューさん!? どうしてここに!?」
「そういうお前は勇者モモコ? 久しぶりだな。ここしばらく、まったく見かけないから死んだものと思っていたぜ」
ゲランニューさんは、私と同様異世界から呼ばれ、人間国のために戦う勇者。
私が前いた世界とは、またさらに別の世界から異世界召喚らしく、その岩石みたいな表皮で全身覆われていて、こちらの世界の人とも、私が元々いた世界の人とも似つかない。
私より少し先に召喚されたらしくて、前線ではやたらと先輩風を吹かせていた。
たしかドラゴンが現れて戦線が停滞してから会ってない。
そのまま人間国が滅ぼされて、完全に音信不通となっていたが。
「何してるんです……? こんなところで……!?」
「見ればわかるだろう? 勇者から盗賊に転職よ」
村の人たちも、攻めかけてきた山賊と私が顔見知りであるかのような会話に不審を感じている。
でも今はそこまで気を回していられない。
「生きていくには仕方のないことさ。違う世界から呼び出されて、他に寄る辺もないオレたちは、人間国に食わせてもらう以外生きる道がねえ。その人間国がなくなったんだ。オレたちにどう生きろっていうんだ?」
「それは……!?」
「盗賊になるしか他にねえだろ? 生きるためには仕方のねえことだ。オレの言うことに間違いはあるか?」
「間違いだらけですゲランニューさん!!」
全力で反論する。
「この世界の弱い人々を守るために私たちが召喚されたんじゃないですか! それが弱い人を虐げる側に回るなんて言語道断です!!」
「むしろ今日まで守ってやったんだ。今度は困ってるオレらのために分け前をくれてもいいとは思わねえか? それが助け合いの精神ってヤツだぜ?」
私の後ろから「ウソだッ!」という厳しい声が飛んだ。
「アイツらは、オレたちの備蓄している食料をすべて奪おうとしているんだ! 村の年頃の女まで! アイツらの好きにさせたら村は滅んじまう!!」
「だから何だよ? オレたちは勇者だぞ? 勇者のために何でも差し出すのが村人の義務だろうが?」
なんて勝手な理屈。
ゲランニューさんは、人族軍にいた時から勇者の肩書きを振りかざす横柄な人だった。
元々の人種として強力らしく、それに異世界渡りのスキルが加わって益々強力となり、勇者の中でもかなり上位の猛者だった。
でもそれが、彼の傲慢を助長した。
「どうだモモコ? ここで会ったの何かの縁だ。どうしてもって言うならオレの山賊団に入れてやってもいいぜ?」
ゲランニューさん……、いやゲランニューがいやらしい目つきで私を見る。
「入団資格が勇者なんで、お前はもちろん合格だ。お前の持ってるスキルは強力だし、さらに見てくれがいいと来てやがる。特別な条件さえ飲めばすぐさま副団長にしてやってもいいぜ?」
「…………」
「オレの情婦になるって条件さえ飲めばなあ! ゲヒャヒャヒャヒャヒ!!」
ゲランニューの下卑た笑いにつられて、他の盗賊たちもゲヒャゲヒャ笑い声を上げる。
全部ではないけれど、かなりの割合で見知った顔があった。
かつて同じ陣営にいた勇者たちだった。
「皆さん……! すみません……!!」
私が謝罪した相手は、私の肩より後方にいる村人たち。
「アナタたちを苦しめているのは、本来アナタたちを守るべき勇者たちでした。私は、同じ勇者として本当に恥ずかしく思います。私にできることはただ一つ……!」
携えていた鏖聖剣を抜刀する。
「勇者の一人として、道を誤った勇者たちをこの手で罰する! 私一人でも勇者の務めを果たして見せる」
「チッ、バカな女だ」
ゲランニューが、その岩石のような顔を不機嫌に歪めた。
「いいぜ、勇者として格の違いを教えてやる。徹底的にぶちのめして手足を折って、チーム全員でマワしたあとにまた仲間になるか聞いてやるぜ」
「アニキ……! 本当にやるんですかい?」
「モモコの実力は本物ですぜ? オレらじゃ手に負えないっつーか……!?」
引け腰の手下たちに、ゲランニューは舌打ちする。
「最初からテメエらなんかに期待してねえよ。オレ一人でやる」
「アナタたちも下がっていてください」
私は村人たちに被害を及ぼさないように促す。
「モモコ、お前のスキルはたしか一撃死だったなあ? どんな敵でも一撃当てさえすれば防御力生命力に関係なく殺せる」
「…………」
「でもそれは当たらなきゃ意味がないってことだ。オレの授かったスキルは『俊敏+8』。目にもとまらぬ速さで動くことができる」
ヤツの言ってることはハッタリじゃない。
『+8』というデタラメなまでのプラス補正は、あの大男を飛燕に変える。
実際戦場で、私はあの男を目で捉えることはできなかった。
『敵じゃなくてよかった』とその都度感じたものだ。
「それに加え、オレには生来の特殊性質がある。召喚前の故郷でオレはガンロック星人と呼ばれててなあ。皮膚を極限まで硬化できるのさ!」
ゲランニューの表面が黒光りし、アスファルトのような質感になる。
「この状態になったオレは、剣でも斬れねえ、逆に剣をへし折れる! この硬度で高速移動。衝突したらどうなるか予想できるだろう?」
予想するどころか、その破壊力は魔王軍との戦場で幾度も見てきた。
ヤツに高速体当たりされた擬人モンスターが、粉々になって千切れ飛ぶ様も。
「やりあう前に一つ教えてやるぜ。オレがこの世界に召喚される前のことだ」
「?」
「オレは前の世界で犯罪者だったのよ。五人殺して、六つの惑星系で指名手配されていた。もう逃げ切れねえと思ったところに、この世界に召喚されたもんだから助かったぜ」
……!?
そんなヤツが、勇者として……!
「国の保護があるうちは行儀よくしてたが、その国が滅びたからには昔ながらのやり方で行くのが気持ち的にもスッキリするだろう? 人間、誰しも性に合ったやり方が一番いいんだよ」
なるほど。
ならばその先でどんな報いを受けたとしても、アナタの性根が導き出した末ということで文句ないわね?
「私にも、私の性に合ったやり方がある……!」
それに従って悪を倒す。




