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12 人類最強の男

 私は四天王補佐オルバ。


 であるはずなのに……。


 何もできなかった。

 上官であるベルフェガミリア様が戦うのを立ち尽くしたまま見守ることしかできなかった。


 レベルがまったく別次元の戦い。

 余人には立ち入れない勝負。

 バケモノとバケモノとの攻防が私の目の前で繰り広げられていた。


「私の上官って、こんなにも強かったの……!?」


 独り言で呟くしかない。

 実際、我が上官が一騎打ちする様を目撃したのも今回が初めてなので。


 噂では色々聞いていた。

 曰く。『「妄」のアスタレス、「怨」のグラシャラ、「貪」のラヴィリアン、この全員が四天王筆頭を自称するが、魔王直々に四天王筆頭と称されるのは「堕」のベルフェガミリアだけだ』とか。

『現魔王であるゼダン様と、魔王の座を争ったことがある』とか。

『大魔王様をして「万夫不当の英傑」と言わしめた』とか。


 すぐ近くで本人を見ていると却って信じられなくなるような噂ばかりだが、今はもう完全に信じた。


 やっぱり私の仕える上司は、マジで凄い人だったのだ……!


「あぁ~、久々に体動かしちゃったからマジだるい……! オルバくん、僕昼寝するから、あとお願いね~」

「昼寝ならいつもしてるじゃないですか……!?」


 やっぱりいつも通りの人だ……!


『あとお願い』って、あの女勇者の拘束と護送、私でやれってことですよね?


 マジで怖いんですが……?

 あの勇者ちゃん、聖剣振るって辺りを破壊しまくる凶悪さは災害級。


 私は以前レッサードラゴンに追いかけ回されたことがあるけれど、あれより命が危ないかもしれない。


「あとまあ、念押ししておくけど相手が女の子だからって変なことしないように兵にも徹底させておいてね。魔王軍の品位を貶める者は公開処刑だから」

「無論です! 栄光ある魔王軍に、不埒な行為を働く者など一人もおりません!!」


 とにかく、私の中で上司を尊敬する気持ちが一段と膨れ上がったのは事実。

 この方の期待に応えるために、奮って命令を遂行しなければ。


 まずは言われた通り、やられて動けなくなった女勇者を拘束!

 暴れられたら絶対殺されるので、聖剣は引き離して二度と握れないように……!


 と思って、振り返って今一度女勇者を確認しようとしたところ……。


 クマがいた。


「は?」


 何故かどでかいクマがいた。


「何故クマ!?」


 周囲の雑兵たちも、突然降って湧いたクマに恐れおののいていた。

 私も戸惑わざるを得ない。

 この状況、この環境、この流れから、クマが出てくる必然性があっただろうか!?


 しかもクマは、私たちから見て女勇者との間を遮るような位置に立っていて、まるで倒れる女勇者を庇うかのような位置取りだ。


「おやおや、また面倒くさそうな展開だねえ……!」


 昼寝に入ろうとしていたベルフェガミリア様も、さすがに前線に戻ってくる。


「なんでクマさんが勇者ちゃんを助けようとしているの?」

「報告に聞いたことがあります。なんでも今、旧人間国の領土内では、教団や人族軍の残党が野盗化し、魔族占領軍の監視が届きにくい僻村を襲っていると……」

「また物騒な話だねえ」

「ですが、そうした凶族から村人を守る、謎のモンスターがいるとか。そのモンスターはクマ型だという話です」

「なるほど、今僕らの目の前にいるのもクマ型だ。しかしそんな正義感溢れるモンスターが、何故勇者ちゃんを庇う?」


 たしかに。


「弱い者いじめが、キミの義侠心を刺激しちゃったかい?」

「ベルフェガミリア様! ここは私にお任せを! 邪魔するモンスターを排除し、勇者拘束の命令を遂行してみせます!!」

「ああ、待ちなさい。迂闊に攻め込むと……!」


 勇者との戦いでは、本来お守りすべき上官に働かせて私は何もできなかった。

 その汚名を返上すべく、このアクシデントは絶好の好機!


「ぐはあーーーッ!?」


 強い!?

 このクマ強い!?


 仮にも四天王補佐である私が、一撃で吹っ飛ばされてしまうだと。


「敵の強さを肌で感じ取れないのは未熟だね。あのクマモンスター、明らかに四天王級……、以上かな?」


 ぐえッ!?


 クマにやられた私は、放物線を描いて地面に激突し……。

 その間にも、クマモンスターはベルフェガミリア様に標的を定め、突進している!?


「グルルルァーーーーーーッ!?」


 束ねた斧かと錯覚するほど凶悪なクマの前足が、ベルフェガミリア様に振り下ろされる!

 でもベルフェガミリア様、その攻撃を紙一重でかわす。


「怖いなあ、まともにヒットしたら体がグチャグチャになるよ?」


 ベルフェガミリア様は、勇者戦からまだお手に握っていた堕聖剣フィアゲルプを振り上げようとして……。

 あれ? やめた?

 聖剣による攻撃を思い留まり、クマ側の怒涛連撃を回避に徹している。


「即座に距離を詰めて接近戦に持ち込んだのは、堕聖剣での攻撃を警戒したからかい? 賢いクマくんだね」


 たしかに堕聖剣フィアゲルプから発せられる剣気は大規模で、一定の距離から大軍勢を薙ぎ払うのにもっとも適した攻撃だ。


 しかもベルフェガミリア様の聖剣は折れている。

 それはつまり真っ当な剣としての機能は完全に失っていて、本来剣で戦うべき近距離の間合いではまったくの役立たず。


 あの女勇者が持っているような聖剣なら近~遠距離を完全にカバーできるのだろうが。


 そこまで読んであのクマは、ベルフェガミリア様に接近戦を挑んだと!?

 このままでは我が上官がピンチだ。

 一回ふっ飛ばされた程度でへたばってられるか。

 今すぐ加勢に……、ぐええええッ!?


「オルバくん下がっていなさい。恋人さんから送ってもらった鎧下のおかげでダメージが軽減されているが、本来このクマくんの爪は即死級だよ」

「しかしッ!?」

「おかげで手加減が難しくなってクマくんも戸惑っているじゃないか。いいからキミは引っ込んでろ」


 ベルフェガミリア様の口調から余裕がなくなっている!?


 クマの攻撃は速いだけでなく的確、効率的で、避けるだけのベルフェガミリア様を着実に追い詰めている。

 モンスターとは思えない完成された強さ。

 知勇兼備のモンスターなど、魔族の常識から著しく逸脱している。

 一体どこから、あんなモンスターが生まれたんだ!?


「やれやれ、さっきの勇者ちゃんより面倒くさい相手だなあ。攻防に先読みの要素が加わってる分、やっぱり面倒くさいよ」


 この肉薄した戦況でベルフェガミリア様は……。


「面倒くさいので、キミの策に乗ってあげよう」


 堕聖剣フィアゲルプを捨てた。

 そして素手で……。

 あのクマを殴りつけた!?


「グルブェッ!?」


 しかも効いてる!?

 ベルフェガミリア様のパンチ、あのクマの胸部に豪快に突き刺さる!


 その衝撃にクマはよろめき二、三歩後退した……!?


「ステゴロなんて何年ぶりだろうかね? 今日は本当に面倒くさいことが立て続けに起こる日だよ」


 さらに怒涛のパンチが次々クマにヒットする。

 厚い毛皮を持っているはずのクマが、そのパンチであからさまに後退させられるクマ……!


「……ッ!」


 それに対する次のクマの行動は迅速だった。

 踵を返したと思ったら、ベルフェガミリア様から離れるように猛ダッシュ。


「逃げる気か!?」


 クマの逃走経路の先には、倒れている女勇者がいた。

 器用に前足で女勇者を抱え上げると、少しもスピードを落とさず疾駆する。


 我々から離れるように。


「本当に逃げる気だ!? 追え! 逃がすな!!」


 周囲の兵士たちに檄を飛ばすが……。


「いいよ面倒くさい」


 ベルフェガミリア様に制止された。


「それがあのクマくんの最初からの狙いなんだから。彼が僕に接近戦を挑んだのは、僕に堕聖剣を捨てさせることが狙いだったんだから」


 ベルフェガミリア様は、クマとの殴り合いのために捨てた堕聖剣フィアゲルプを拾い上げた。


「勇者ちゃんを抱えて逃げるのに、堕聖剣による遠距離攻撃は無視できない問題だからね。彼は初めから逃げることを念頭に置いていたようだ。確実な逃走のために戦いを組み込む。まるで軍師のような戦い方だね」

「そこまでわかっていて、あえて敵の思惑通り聖剣を手放したのですか?」

「だってあのまま戦い続けるなんて面倒じゃない。向こうが逃げたいと思ってるんだから、そうさせてあげるのが一番面倒がないよ」


 なんだこの戦い……!?


 最初に挑んできた勇者も、その次に現れたクマモンスターも、一大事となるほどの凶悪な敵だった。


 それを苦も無く敗退させたのは、すべてベルフェガミリア様の才覚によるものだ。


 普段怠けて、ヒトに雑事を押し付けてばっかりの上官が、実は有能で強者であればなあと妄想したことは一度じゃない。

 けど。

 ここまでケタ外れに強いなんて想像してなかった!?


『グフォフォフォ……、今代の魔王軍にいるという異端の麒麟児。貴様のことであったか……!』


 ッ!?

 なんだこの声!?


 見回すと、地面に転がっていた頭蓋骨がひとりでに笑い呟いていた。


『旧魔都』を支配していたというノーライフキングのなれの果て……!

 存在をすっかり忘れてた。


『俗世を疎んじ、隠遁してひっそり暮らそうとしていたのを、現魔王のゼダンとやらが精力的に勧誘してついに四天王に召し上げたとか。その実力は主である魔王以上。その気になれば貴様こそが魔王を倒し世界の支配者になれるだろうに。奇特なヤツよ』

「僕と魔王様しか知らないはずの秘事をよくそこまで……。初めて、アナタがノーライフキングだって実感が持てたよ」


 穏やかな言葉とは裏腹に、ベルフェガミリア様は頭蓋骨のみとなったノーライフキングを思い切り踏みつけた。


「僕はね、面倒くさいのが嫌いなんだ。世界の支配者なんて、これほど面倒くさいことはない。そんなのに望んでなろうという人の気が知れないよ」

『それが貴様の、天下に背を向ける理由だと?』

「だからこそ僕は、面倒くさいことを進んで引き受ける者を尊敬する。魔王ゼダン様はその代表例だ。魔王なんて面倒なだけなのに、誰かがやらなきゃいけないから、究極の責任を果たそうする」

『…………』

「だから、この僕を使える人物はゼダン様しかいないんだ。支配欲に憑りつかれただけのお前と一緒にするな。この僕のことも。ゼダン様のことも」


 世界最悪の脅威ノーライフキングに対してもまったく怖気がない。


 これが魔王様をしてもっとも信頼置ける腹心と言わしめる四天王ベルフェガミリア様の真の姿なのですね!?


「さて、あの女勇者ちゃんには逃げられちゃったな」


 あ、そうだ。


「いかがいたしましょう? 魔都に報告し、指名手配いたしましょうか?」

「いいよ、そんな面倒くさいこと。あの勇者ちゃんも、クマくんも、根はいい子そうじゃないか」


 そう言ってベルフェガミリア様は、またいつもの怠け者にお戻りになられた。


「彼女がどのように世界のためになるかは、彼女自身が見つけるだろうさ。それが、一番面倒なくていいじゃないか」

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