11 暁の刃
あの根元からポッキリと折れて、ほとんど柄しか残ってない剣が聖剣?
『そうだ! この匂い間違えるはずがない! 我らが創造主、冥神ハデスより殺し合うことを命じられた同朋の一振り! 堕聖剣フィアゲルプ!』
そうか。
そもそも私がここに来たのは、聖剣が同類の匂いがするからと言って、その匂いをたどってきたから。
私の聖剣が感じ取っていたのは、あの四天王が持っている聖剣の匂いだったんだ……!?
「でもなんで? 折れてるのそれ?」
「魔族における聖剣の意味を知らないらしいね。教えてあげた方が、後々面倒くさくなさそうだ」
そしてベルフェガミリアは語り出した。
冥神ハデスから地上へと放たれた七聖剣。そのうち五本が魔族に渡った。
五聖剣はそれぞれ魔族の有力者の手に渡った。聖剣を得た魔族の群雄は、その力を元に魔族頂点の座を巡って争った。
それは魔族たちの戦いであるのか? 聖剣たちの戦いであるのか?
恐らくは両方の争いがくちゃぐちゃに混ざり合った争いであったのだろう。
「やがて勝者が決まった」
ベルフェガミリアは言った。
「最後に残ったのは怒聖剣アインロートを持つ魔族戦士で、魔族の王になった」
「それが魔王……!?」
「そして敗れ去った他の聖剣使い四人は魔王に屈服し、永遠の下僕となることを誓約させられた。それが四天王だ」
ベルフェガミリアは、折れた剣を改めて掲げる。
「この折られた聖剣は、四天王それぞれの屈服と忠誠の証。年月が移り変わり、親が退き子が台頭しても、四天王の座と共に折られた聖剣も継承されてきた」
「だからアナタも、その折られた剣を持っている……?」
「そう、僕の遠いご先祖様は、ゼダン様の祖先と戦って敗北したわけだね。それが縁で僕みたいな怠け者が四天王なんて大役を任されてしまった」
『グルルルルルルルッ! オレがッ! オレが天界に囚われている間に、戦いはそこまで進んでいたとは! 口惜しいぞ! 何故俺はその戦いに参加できなかったのだ!?』
鏖聖剣さん!?
なんか血の気が多くなっておりますよ。
「アナタとその剣の関係はわかったわ。でもその剣を今ここで出してどうするっていうの?」
聖剣とはいえ、そこまでボッキリ折られては武器として使い物にならない。
四天王の聖剣は、みずからの地位を立証する勲章みたいなものじゃない?
「そう、四天王にとって各々の聖剣は、遠い先祖の敗北を証明するものでしかない。武器でもなく、道具でもない」
すべての歴代四天王にとって。
「この僕を除いては」
ザオン。
そんな太刀風が私の脇を通り抜けて行った。
黄金色の剣気が迅り、衝撃波となって大地を裂き、空気を斬って、空まで駆け抜け雲を割った。
「これは……!?」
聖剣から迸る剣気?
私にはわかる。
私もまた鏖聖剣ズィーベングリューンから放つ剣気でレッサードラゴンを斬り裂いたからわかる。
『バカな……!?』
私の手中にある聖剣も、動揺を隠しきれない事態だった。
『フィアゲルプは……、既にへし折られ、聖剣の力を他の聖剣に奪われている。既に死んだ聖剣なんだ……! なのになぜ聖剣としての力を発揮できる!?』
「僕だけだ」
折れた剣を手の上で弄びつつ、ベルフェガミリアは言う。
「折れた聖剣から、聖剣としての力を引き出し武器として利用できるのは。今代においても、そして過去いかなる世代においても僕と同じことができる者は誰もいなかった」
折れた聖剣を振り下ろす。
放たれる金色の剣気。
『いかんッ!?』
今度は真っ直ぐ私に向かってくる!?
『わざと外した一発目とは違うぞ! オレを使え勇者! 剣気と剣気で相殺するんだ!!』
「う、うんッ!!」
聖剣のアドバイスに従って、鏖聖剣の完全な刀身から深緑の剣気を放つ。
黄金と緑は虚空でぶつかり合い、互いを打ち消し合って霧散した。
「聖剣と聖剣の力は互角。やはり出し惜しみせずに正解だった」
「……!?」
「ドラゴンやノーライフキングはともかく、人類相手にこの聖剣を使ったのは魔王様に続いてキミが二人目だ。それほどに聖剣の力は凄まじい。この偶然に感謝するよ」
「ぐ、偶然……?」
「キミと出会った最初の敵が僕だったということだ」
その間もベルフェガミリアは黄金の剣気を連発し、私は身を守るために相殺の深緑剣気を放ち続けることを余儀なくされる。
「もし僕以外の魔族がキミに出会っていたら、キミはその聖剣でたくさん殺してしまっていただろう。それはとても面倒くさいことだからね」
……ッ!?
ところで……。
そろそろ連射止まらないの?
息が上がってくるでしょう普通なら!?
「悲しみが溢れ、キミは罪を背負う。とても面倒くさいことだ。その多大なる面倒くささを避けるためなら、ここで折れた聖剣を振るうぐらいの面倒さは甘受するさ」
いつまで続くの連射の嵐!?
私の放つズィーベングリューンの深緑剣気。
ベルフェガミリアの放つ黄金剣気。
威力こそ互角で相殺できているけれど、気を溜めて放つ、そのモーションの間隔はあっちの方が断然短くて、私は追いつくために無理に体を動かさなければいけなかった。
手足の腱が軋む!?
しかも、この連発膠着がもう五分は続いている。
それだけ続けたら息が上がったりするものじゃないの!?
五分も全力疾走継続なんて無理でしょう!?
それなのに相手は、少しも疲労した様子も見せず、剣気を放ち続けている。
こっちは全身から汗を拭きだし、指先の感覚がなくなって目が霞み、心臓がなんかおかしな脈拍を刻んでいるというのに。
あっちは少しも疲れる気配がない。
「……本来なら、僕たちの放つ剣気はドラゴンの鱗すら斬り裂き、魔王軍の兵士数百人を一度に吹き飛ばす。僕たちの衝突に他の者は立ち入れない」
ああ、何?
耳もおかしくなってよく聞き取れない。
ゴニョゴニョ言ってることしかわからない。
「誇っていい。たしかにキミは地上最強クラスの使い手だ。実に面倒くさい敵であることはたしかだよ」
やばいッ!?
手元が狂った!?
剣気の衝撃波が明後日の方へ飛んで行って、相殺失敗した敵の剣気が私に向かって……!
「きゃあああああああッ!?」
大爆発に巻き込まれて私は吹っ飛ばされる。
いや待って。
ドラゴンすら真っ二つにできる聖剣の剣気。
人間の私がまともに受けて、まだ生きているなんて?
そうか。
あの四天王、相殺失敗した剣気が私に命中する寸前、追い打ちでさらに剣気を放ったんだ。
その剣気は、前のものより遥かに速くて強力で、一瞬のうちに前に追いついて相互破裂させたんだ。
しかも私が明後日の方向に撃った剣気も、被害を拡散させないように律儀に撃ち落としてる。
私との膠着状態は、まったく本気でなかったってこと?
だからこそそんな与儀を完ぺきにこなせる。
うう……。
体が動かない。
私を襲った爆発は、剣気と剣気のぶつかり合いによる余波だったけど、それでも衝撃に全身が痺れて動かない。
動かないと。
今この瞬間にも追撃を受けたら終わりなのに……!
「よくここまで粘ったね。恐ろしい敵だったよ」
サラリとした顔で言いやがって……!
体が痺れて動かない……!?
「オルバ、彼女を拘束し、魔都へと護送してくれ。鏖聖剣は取り上げて近付けないよう細心の注意を払って」
「はいッ!? ……あの、よろしいのですか? 聖剣使いの勇者など危険極まりない存在、すぐさま始末しなくても……!?」
「殺せっていうの? こんな可愛くて純真そうな女の子を? 良心の呵責が滅茶苦茶めんどくさいから、面倒な判断は魔王様に丸投げしちゃおうよ」
マズい……!
このままじゃ捕まってしまう。
聖剣も取り上げられてしまう……!
せっかくベラスアレス様から修行をつけてもらって、人族のために戦おうって決めたのに。
最初の敵にこうもあっさり負けてしまうの……!?
そんな絶望する私の前に、颯爽と現れる応援。
彼は……。
クマさん!?




