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国王陛下の道の先  作者: 一子
オリビア Ⅰ
7/15

侯爵領が落ちた日



「ブライクさま。」


 わたくしは相変わらず彼の逞しい腕の中で揺れていた。足の痛みは大分ひき、お姫様抱っこは恥ずかしいけれど、そんな考えが霞む程にこの両腕の居心地の良さは格別で、ここから抜け出すきっかけがつかめなくなってしまった。



「私は貴族として、失格でしょうか。」


 この腕の中でなら聞けるかもしれない、私はふとそう思い、彼を見上げた。



 私は恐らく、『ギフト』と呼ばれる何百年に一度しか現れない特殊な能力を持って生まれてきた。通常見えない、人々の魔法の属性や量、系統が、その人を囲う色や形として見えるのだ。


 けれどその能力を隠している。理由は母親が光属性であること。両親に確認したことはないけれど、通常光属性の魔法師が戦地に赴くことを考えると、母は属性を偽りその任についていない可能性が高い。私の能力を公表すれば母も検査され、その嘘が暴かれてしまうのではないかと考え幼い私は口を閉ざした。



「失格、だろう。」


 暫く考え込んだ後の、彼の歯切れの悪い返答に私は逡巡する。


 貴族の責務は、国を守ること。その一助となる才能を隠しておくことは到底許されることではない。


「だが、実は父も、属性を偽っている。父が成人する頃は争いがかなり激しく、祖父が魔族である父と魔の兵が戦うことを嫌ったからだ。」


 人の国に魔族の密偵として潜り込んでいた彼の一族の事情を鑑みれば、侯爵の偽りは致し方ないと思える。彼と彼の父である侯爵は、魔法の六属性の中でも最も希少で高い魔法力をもつ闇属性の持ち主で、そうであれば前線に赴くことが当然期待される。魔族なのに魔族と戦うのは、やはり辛いだろうと思う。


「何百年も前に作られた人の国の貴族の規範のようなものは、今も表面上は保たれているけれど、実際には従っていない者も多いだろう。」


 そうかもしれませんね、と頷きつつ、私は自分のドレスを見下ろした。彼の実家である人の国の侯爵家で私のために誂えられたドレス。決して派手ではない。けれど見えないところにまで刺繍が施され、レースもふんだんに使われた最高級の絹で出来たこのドレス。これは国を守る貴族に与えられるべきもので、私が着ていいものではないと、改めて感じる。



「オリビア、君は母君のことがなかったらその能力をどうしていたと思う。」


 頭の上から降ってきた問いに、私は少し考えてから口を開いた。


「恐らく公表していたと思います。子供時代の私ならばそれが正しいことだと考えたことでしょう。」


 伯爵家の三女として他の兄弟よりも自由に育てられた私でも、貴族とは何か、正しさとは何か、幼少の頃より教えられてきた。母のことがなければ、この能力が特別だと気づいた11歳の夏に私は嬉々として自分の能力を公表したと思う。


「私は11歳のあの時まで、何も考えずに生きてきました。けれどこの能力に気づいてからは国のことを知ろうと本を読んだり、両親の慰問活動にもついて行きました。」



 私の実家の伯爵領にはそれなりの数の孤児院があった。そこでは、病気や流行病、戦争で家族を亡くした子供や貧困のために捨てられた子供達が沢山過ごしていた。



 人の国では、とにかく子供を沢山産む必要がある。なぜなら人は呆気なく死んでしまうからだ。市井では7歳になるまでに約半数の子供が死に、貴族でも三人に一人は15歳の成人式を迎えられない。更に、成人後は戦争で亡くなる人も多い。



 男女間に教育や騎士になる資格などの格差はない。けれど実際には女性が戦争に参加するのは希少な魔法師の場合くらいで、女性の兵士は少ない。理由は単純で、女性は子供を産まなければいけないからだ。子供を産める女性を戦争でなくすことは、国の存続に関わる。そのため暗黙の了解で、女性に荒事はさせず家庭に入れようとする考えが存在する。


 男性の場合は、他の職業に比べ戦争に参加する者への敬意が高い為か騎士や兵士になろうとする者が多い。特に貴族の男子ならば一度は前線へ行くべきと言われるくらいに。まして現王は光の大魔法の使い手で、長年前線と王宮を往復する生活を続けていたため沢山の貴族達がそれに追従した。そして死んでいったのだ。



 騎士になるか、魔法師になるか、役人になるか、もしくはそれ以外の職につくかは大抵15歳の成人の議で行われる魔法の属性検査にかかっている。


「領地では、父が個人的にお金を貸すという噂が領土中に広まってから、高等学校の奨学生への自薦が非常に多く、悩む人々を身近で見てきました。」



 人の国での教育機関は、小等学校、中等学校、高等学校の三つに分かれている。


 貴族も平民も男女関係なく基礎教育を行う小等学校には、6歳から12歳まで通わなければいけない。とはいえ費用は安く、簡単な読み書きや足し算引き算といった生活の中で必要なことを学ぶ場であり親に負担はほとんどない。


 中等学校は費用が上がり内容も難しくなるため、貴族、裕福な平民、そして費用を免除された平民の奨学生が通う。12歳から15歳の成人までが対象期間となる。



 そして15歳で自分の属性を知った後、高等学校では普通科、魔法科、騎士科に別れ、専門的な分野を20歳まで学ぶことができる。高等学校は費用が高く少人数制で、学生が優秀であることが求められる。そのため貴族も奨学生も、中等学校とその生徒の出身地の領主の推薦が必要になる。学業の成績だけではなく、本人に加え家族の素行や財政状況など、国の機密に関わるに値する人間かを調べられるのだ。


 奨学生の選抜は、自薦他薦問わず領主に申請をする事ができる。領主はその中からめぼしい者を選び奨学生にする。


 父と母は、奨学生には選ばれなかったけれど有望と思われる子供達に個人的にお金を貸すこともあった。もちろん、返ってこないことを前提に、だ。それが噂となり、実家の領地の屋敷は奨学生の募集期間中は人で溢れかえっていた。



 そして奨学生となった子供達が報告や相談に来ている光景も、よく目にした。


 そこで色々な人を見てきた。子供をどの科に入れるか迷う親たち。お金を出してもらったけれど芽が出ず悩む子供たち。



 その子は魔法には向いていない。その子は系統が違う。私の能力で見えることを教えていれば、救われたかもしれない人達が、沢山いた。


「私は何も言わずにただ見ていました。」


 私が実家の領地でその光景を見ていたのはほんの数ヶ月前のこと。それなのに、今はもう遠い昔のように思える。ただ見ていた自分を責めるつもりはないけれど、次の機会があれば話を聞くだけでもしたいと今は思うようになった。



「今は、その能力をどうしたいと思う。」


 私を腕の中に閉じこめたまま、ブライクさまは歩を進めていた。人の国の侯爵領が、今日魔族の手に落ちた。私達は侯爵の部屋から秘密の地下通路を使い魔の国を目指している。この通路は馴染みのものなのだろうブライクさまの足取りは淀みなかった。



 今。彼は、今、私がどうしたいかを聞いている。何も知らなかった11歳までの私。母を守るために怯えていた16歳までの私。そして彼らと出会い自分の能力と向き合った数ヶ月間。そして今日。彼と魔の国で生きると決めた。


 今、私はこの能力をどうするべきか。決断しなくてはいけない。



「君に何かが起きた際に俺がどう対応すべきか、今君の本音を聞いておきたい。」


 私に何かが起きた際。私は笑ってしまった。今まさに、何かが起きている。起こした張本人が、彼だ。その彼が今度は私を守ると誓ってくれた。このなんとも奇妙な関係が、今更ながらに不思議でならない。



 私は人の国の伯爵家の三女で、この特殊な能力を隠して商家に嫁ぐはずだった平凡な16歳。彼は侯爵家の長男で、希少な闇属性魔法の持ち主で騎士。


 私は舞踏会で彼に、二色の黒を見て怯えた。通常色は一人一色。けれど魔族の場合はその人自身の色と、魔法力を高めるために飲む丸薬の闇属性の黒が、二色見えることを私は初めて知った。


 私を不審に思った彼に攫われ利用するために結婚させられた。けれど私は彼の一族が代々人の国に潜り込み密偵をしていること、その任務を強制するために人質を取られていることを知り、誰を恨めばいいのかわからなくなってしまった。


 そして彼の父がその呪縛から逃れるために一計を案じ、私達は魔の国へ逃れることを決めた。死ぬつもりだった彼を連れ出した私を、彼は生涯愛すると言って。


 けれど悲しいことに、彼の父親も母親も、亡くなってしまった。



 私の本音。もう、涙を流すのは、沢山。


「今、魔法師は希で、その魔法もあまり有効には活用されていません。私が助言をすればもっと沢山の強い魔法師を育てることができると思います。私は富と名声を手に入れて、ブライクさまにも優雅な生活を約束できます。」


 魔法は希少で、ものにするまでに時間がかかる。平均すると10年かかると言われている。現在魔法について調べることができるのは属性のみで、魔力量、どの系統に向いているのかなどは全くわからない。そのため魔法師になるのはいわば賭で、ほとんどの人がその賭に負けている。



 けれど私には、見える。


「ですが。そうなれば、やはり、戦争が激化する未来しか、私には想像ができないのです。」


 私の涙混じりの震える声に、彼は何も言わない。


 私が見れば強い魔法師が増え、彼らは戦争に行くことだろう。もう長い間人の国と魔の国はいがみ合っていて、希少な魔法師は戦争に行く以外の選択肢を持たない。



 一昔前、急に戦争が激化し人の国が領地を広げた時代があった。それは『奇跡の時代』と今でも伝説となっているけれど、市井では『恐怖の時代』でもあったと言われている。日に何百人も兵士が死に、成人前の子供達まで前線にかり出されたと聞く。


 そんな日々が繰り返されることを、私は望み、耐えられるだろうか。


「私はこのドレスを脱げと言われれば脱ぎます。宝石も、ふかふかなベッドも諦めます。この能力を使わなくていいなら、貴族失格だと罵られてもいい。今はそう、考えています。」


 私の拙く弱々しい声に反して、私の頭をぐしゃりと撫で回した彼の手は力強かった。


「君の才能を、俺が利用することは今後ないと誓おう。」


 ブライクさまの誓いに正直私は驚いた。私を利用するために結婚までした彼が、こうもあっさりと私の能力を手放すとは思いもしなかった。ああ、そうか。今の彼にとって、この能力は必要ないのだろう。それでも私と一緒にいることを、選んでくれたのだ。


 私は自然と湧き上がる喜びに、口元が綻ぶのをおさえられなかった。



 しかしふと、あることに気づいて慌てて言葉を足す。


「いえ、もし、もし、ブライクさまに何かが起きた際には、交渉の道具として使ってください。役に立つと思います。」


 すると頭の上からふっと笑い声が落ちてきた。


「姫を守る騎士が、姫を売ってどうするんだ。」


 確かにそうだ。確かにそうだけれど。


「私にも、守りたいものが、あります。」


 くくく、と彼が笑いながらありがとうと言うと、私の頭の上の方でリップ音を響かせた。私は真っ赤になって硬直し、彼を更に笑わせてしまった。





 地下道を進み続ける彼が突然口を開いて、考えながら話しているせいかゆっくりと言葉を紡ぐ。


「貴族は、国を守るために戦う。陛下も俺も君の父君も戦地で戦っている。父は政治家として戦って国を守っていた。俺達の行動はわかりやすいから称えられ認められる。」


 まるで独り言のような彼の呟きに、私は耳を傾けた。


「けれど君は。一人で、沈黙することで国を守っているのではないか。戦わないことが君の戦い方なのではないか。誰も誉めても認めてもくれない地味で孤独な戦いだ。」



 戦わないことが、私の戦い方。


 彼の言葉に、私は息を飲んだ。私も、戦っているのだろうか。守っているのだろうか。


 わからない。何が正しくて何が間違っているのか、考えれば考えるほど、わからなくなってしまう。



「もちろん人の国の貴族としては間違っている。けれど、それが君という人間なんだろう。」


 彼の声は相変わらず起伏が少ないけれど、そこには確かな温かみが感じられた。きっと口元は、そっと笑んでいることだろう。



「それで、いいのでしょうか。」


 自分は間違っている、正しくない、ずっと自分のことをそう思っていた私はごくりと唾を飲み込んだ。私は間違っていないかもしれない、むしろ正しいのかもしれない。自分は肯定されるのだ、そんな期待を胸に秘めて、彼の答えを待つ。



「良いも悪いも、君は案外頑固だし、それ以外にはなれないだろう。君は、君という人間以外にはなれない。だからそれでいいとしか言いようがないな。」


 ブライクさまの答えはひどく曖昧で、私の期待は一気に萎んでいった。



 けれど投げやりなその返答は案外的を得ていて、私は頷いた。正しさなど、あってもなくてもいい。それでいいのかもしれない。



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